FC2ブログ

ブルガリア留学生の思い出

みなさまこんにちは。
お盆休みですね。そして暑いですね。
お元気でしょうか?

今週はやることいっぱいありますので、超手抜き記事で失礼します。

僕の今の会社は欧系だが、その前は米系の会社に勤めていた。
28~9歳の時に、ある都内の大学に研究室として派遣されていた。
厳しい研究室として有名で、博士課程、修士課程、学部4年生、外部からの卒業研究生などが、頻繁に徹夜していた。

僕にとって2年目の研究生生活が始まる頃、ブルガリアからの留学生をいきなり指導することになった。
それまでの人生で人を指導したことはそれなりにはあったが、目上の人(35歳、男性)で、しかも外国からの立派な人を指導するなんて。

なぜ若造の僕が指導することになったかと言うと、助手以上のスタッフで海外経験のある人でないと英語を話せる人がいなかったから。
実に単純な理由である。博士課程以下の学生では英語を話せる人は皆無だった。(今ではそんなことは全然ない)
大学側もテキトーな判断だったし、僕の勤めていた会社のマネジャーもよくも合意したものだ。
で、僕自身はというと、おかなしな判断だとは思ったものの、自分の勉強になりそうだと思ったので、快諾した。

指導とは言っても、研究そのものの目標や進捗のチェックは助教授がやる。
それ以外の一切の指導は僕だった。実験のやり方や安全面、生活もろもろ面なども。

そのブルガリアからの留学生をSさんとしよう。
Sさんは国立科学アカデミーに属していたので、エリートである。
日本の大学で研究したいことがあったのだが、共産圏からの研究生ということで、研究内容に規制がかかり、Sさんにとっては不本意な内容を研究することになった。
時は1988年。ベルリンの壁崩壊の前なので、ブルガリアは純粋な共産圏の国だった。
僕としてそれなりに理解していたつもりの国だったが、Sさんと付き合ってみて、知らないことがとてもたくさんあった。

さて、Sさんの指導を開始した。
予想通り、時間も労力もかかったが、英語の勉強にもなり、またいろんな勉強ができた。
研究室のミーティングや輪講などにもSさんは出席したので、その通訳はとても大変だった。

最初の頃に困ったのは、Sさんの思い描いていた勤務時間の感覚である。
ブルガリアの職場では9~5時の勤務時間が徹底されており、この日本の大学の研究室でもその時間帯を押し通そうとしていた。
時間管理はさすがに僕の一存では指導できないので、助教授に任せた。
すると助教授はSさんに向かって激怒し、Do in Rome as the Romans do!(郷に入っては郷に従え)、と。
Sさんは最初は反発していたが、最後の頃(1年間の終わりの頃)は少しは学生たちの時間に合わせていた。

しかし、Sさんは夏休みは妥協しなかった。
確か3週間くらい取ったと思う。学生やスタッフはろくに夏休みも取らなかった中で。
Sさんは日本国内をいろいろ旅行し、富士山にも登った。
当時僕はまだ富士山に登ったことがなく、なんで留学生が先に日本の象徴に登るのだ、と少し憤慨してしまったけど。
また、アカデミーから予算をたくさんもらっていたらしく、かなりよいアパートに住んでいた。

そんなSさんだったが、僕には結構信頼を寄せてくれて、いろんな話ができた。
最初は学生たちが寄り付こうとしなかったが、次第に溶け込んでいき、研究もそれなりにまとめることができた。

Sさんにとって日本というのは異国中の異国であり、戸惑うこともたくさんあった。
1年間にはたくさんのエピソードがあった。いくつか紹介しよう。

ブルガリアでは、エレベータをどちらの方向に動かしたいかでボタンを押すそうである。
例えば、今3階にいて5階に行きたいとし、今エレベータは4階にいるとしよう。エレベータをまず3階に下ろさないといけないので、「下へ」を押すそうである。(外で待っていて押す時も、中にいて押す時も同じ)
「日本では行きたい階のボタンを押せば、エレベータが自分の動く方向を勝手に判断してくれますよ」と言ったら、驚いていた。
エレベータの中には、「開」と「閉」と書いた小さいボタンがあり、皆がどっちかを押している。(注:古いエレベータだったので、開閉のボタンがすごく小さい)
「この2つのボタンの意味は何か?」と訊くので、「『開』がopenで『閉』がcloseです」と言ったら、メチャ驚いていた。
まるで正反対の意味なのに、字がほとんど一緒だし、虫眼鏡でないと読めないような複雑な字だし、それに、開と閉の違いは、ごく一部がわずかに違うだけであり、とても正反対の意味の字とは思えない!と。
これにはSさんに一理ある。
こんな似ていて複雑な字のわずかな違いを一瞬にして見分けられる日本人の識別力はすごい、と言いながらも、どこか合理性を疑っている風にも取れた。

日本に来て初めて野球を観た(テレビで)とのこと。
なぜ、あんなに小さい球をあんなに細い棒っきれで打てるのだろう!と。
言われてみればその通りである。

日本の看板はなぜ英語だらけなのか?と不思議がっていた。
日本語だけでよいのではないか?と。

日本の唐辛子をSさんはかなり気に入った。
いろんな料理とか白いご飯にかけまくるのである。
料理やご飯の表面が赤で覆い尽くされるまでかけるのである。
ちょっと行き過ぎな感じだが。

あの当時はまだタバコ天国だった。
机の上の適当な場所に灰皿を置いて、誰もがプカプカやれる時代だった。
とこりがSさん、タバコの火を軽くもみ消してからゴミ箱にポイ。これは驚いた。
それとか、夏の暑い時期に、実験に着るTシャツを、ずっと同じものを洗濯もせず来ていた。
ここらあたりは、やや紳士さに欠ける人だった。

ブルガリア語はロシア語とほとんど同じで、使う文字も共通している。
Sさんによれば、ロシア語がブルガリア語から派生したとのこと。

以上のようなエピソードはあるものの、基本は欧米人に特有のロジカルな考え方は強かった。
僕としても、多いに研究に役立てたし、考え方として影響も受けた。
基本は学ぶものが多かったのである。
ただ、日本的な考えの延長に新しい発見があるのも確かだということも実感した。

Sさんが帰国後も文通を続けていたが、ブルガリアで政変が起こると、音信不通になってしまった。
しかしまた最近、研究関係のサイトを検索したらSさんの名前が出てきて、活躍していることを知り、うれしくなった。

30歳になろうという多感な時期にした貴重な体験だった。
スポンサーサイト



テーマ : ♪人生・生き方♪
ジャンル : ライフ

セミのお話(その2?)

みなさまこんばんは。
ついに梅雨が明けました。そして8月です。
昨日、今日は晴れて気温が上がったものの、毎年恒例のあの超酷暑とは違い、湿度が低くて気温がそこそこの、アメリカ西部かヨーロッパの夏のような気候です。
今年はこんな状態がずっと続くといいですね。
まだまだのコロナ禍、いかがお過ごしでしょうか。

みまさまは夏の風物詩といったら何を思い浮かべますか?
昭和の時代であれば、風鈴、スイカ、蚊帳、蚊取り線香、花火、かき氷、浴衣、と言ったところでしょうか。
僕らが子供の頃(昭和30年代から40年代の初め頃)は、家庭に冷蔵庫が普及したおかげで、かき氷を家で作ったり、ゼリーを製氷機で作ったりしました。粉ジュースなんかもありました。
懐かしいですね。

そして、昔も今も変らぬ夏の風物詩と言ったらセミでしょう。
僕はセミが大好きなのです。
今はそれほどでもないですが、子供の頃はセミ大好き少年でした。

セミに限らず昆虫は大好きでした。
バッタ、カミキリ虫、カブト虫、鈴虫などの鳴く虫、蟻などです。

なぜか蝶はあまり好きではありませんでした。
一応、アゲハチョウの卵や毛子(黒くて小さい幼虫)を取ってきて、家の中で飼い、蝶まで育てたことはあります。
でも、芋虫、毛虫、ナメクジ、ミミズのような”ヌルツル系”、”ブヨブヨ系”の虫(英語でworm(ワーム)という類のやつですね)はあまり好きではありません。
一度、アゲハチョウの緑色の幼虫が飼育器から脱走し、おばあさんの部屋の畳の上を徘徊していたことがあり、大騒ぎになりました。

昆虫ではありませんが、オタマジャクシを飼ったこともありました。
あれって、結構急にカエルになるんです。
ある時、家の中に小さいカエルがすごくたくさん、ピョンピョン跳ねていて大変なことになりました。

はい、そして、僕が子供の時に一番好きだった昆虫はセミです。
何といってもあの鳴き声から来る存在感。そして、7年の地中での生活と、子孫繁栄のためのはかない数週間。そんな生き様に魅了させられたからかもしれません。
僕がさいたま市にいた小学校の時の夏の第一優先はとにかくセミ採りでした。
昆虫網を持ってとにかく1日中行動します。
よそのお家でセミが鳴いている時に、入らせてもらったことなどしょっちゅうでした。
仲間がたいてい数人いました。

さて、西日本の方にとって、セミと言えばクマゼミなのではないでしょうか?
夏には常にクマゼミの鳴き声が聴こえているのではないでしょうか。あの「シャンシャンシャンシャン」というけたたましい鳴き声。
体もとても大きいし真っ黒なので、存在感もあります。

でもこのクマゼミ、基本的に関東やそれ以北にはいないんです。
ただ、神奈川県は例外です。
つい最近まで、クマゼミの生息域の東端は神奈川と言われてきました。

僕ら関東人にとってのセミと言ったら、何と言ってもミンミンゼミなのです。
とにかく夏は基本、ミンミンゼミの鳴き声が聴こえていますからね。

このミンミンゼミ。
生息域は結構日本全国なのですが、なぜか西日本では山地とか海岸沿いのような涼しい地域にしかいないようで、都市部にはいないようなのです。
僕は真夏に西日本を訪れたことはあまりないのですが、一度大阪の中心部に泊まった時、朝からクマゼミの大合唱だったのでびっくりしました。ミンミンゼミは聴こえませんでした。
ところが、関東では、東京都心などのヒートアイランドの典型のような暑い所にもなぜかミンミンゼミはいるのです。
都市部であろうと、郊外であろうと山地であろうと、ミンミンゼミはとてもたくさんいます。

僕が初めてクマゼミの声を生で聴いたのは、家族で湯河原(神奈川県の西部。静岡の熱海に近い所)に海水浴に行った時でした。
そこで泊まった旅館は、山の斜面の麓の風情のある場所に建っており、朝、顔を洗いに水道場に行った時に、窓の向こうの山の斜面の鬱蒼たる林の中で、クマゼミとミンミンゼミが大合唱していました。
また、小学校の時に、さいたまの自宅から横浜の親戚の家に遊びに行った時に、従兄が、クマゼミが時々鳴くと言っていました。

その後、クマゼミは少しずつ東進をしており、僕は一度、東京都心でクマゼミを聴いたことがあり、茨城でも一度だけ聴いたことがあります。
現在の最北生存域は福島あたりのようです。

個体数で言えば、アブラゼミが一番多いと思います。
都市部でも郊外でも山地でも日本全国で一番たくさんいるのではないでしょうか。
でも、鳴き声が地味で単調なので印象が強くなく、一種の雑音のように脳内で処理され、あまり気にならないのかもしれません。
ところがミンミンゼミは、あの「ミーンミンミンミンミンミンミー」というあの抑揚で、声も大きく通るので、すごく存在感がありますね。
外国人にとっても印象深い鳴き声のようです。

セミが鳴く(オスのみ)ことがメスへの求愛行動だとすれば、鳴き方の違いによる戦略の違いがあるかもしれませんね。
意外に、アブラゼミのような地味な鳴き方で一番繁殖しているとしたら、そちらの方が効率的かもしれませんね。

あるいは、夏の初めの頃のみに活動するニイニイゼミや、終わりの頃のみに活動するツクツクボウシや、林の中だけに暮らし朝夕のみ鳴くヒグラシ戦略と、夏中いろんなところで活動するアブラゼミ、ミンミンゼミ、クマゼミの戦略の違いは何なのか、など興味深いですね。

八丈島にいるセミはツクツクボウシ1種だけとのことです。しかも、ひと夏中鳴いているそうです。
とすると、本土のツクツクボウシも本当は夏の早い時期から活動したいのだけど、他の種類のセミに遠慮して遅い時期のみ活動しているのかもしれませんね。

それにしても、夏休みの初期に鳴くニイニイゼミの声を聴くと、「ああ夏休みが来たな」と嬉しくなり、盆過ぎにツクツクボウシを聴くと、「宿題やらなきゃ」と憂鬱になった小学生時代を思い出します。

昭和には、都市部でも、あちこちに雑木林が点在していたので、ヒグラシの「カナカナカナ」という風情ある声が聴こえたものでしたが、最近はかなり郊外に行かないと聴けません。

日が暮れかかる時間帯に、神社やお寺などの木が生い茂ったところでは、必ず、地中からセミの幼虫が這い出してきて、木の幹につかまり、羽化します。
とても感動的な光景です。

セミは、羽化してからは、地上では1~2週間しか生きられない、とずっと言われてきました。
まさに人生の最後のはかない時を、繁殖のために過ごすのです。
ところが、数年前に、ある小学生の実験により、セミはもっと生きることが分かってきました。
セミに印を付け、放し、また捕まえるという地道な方法です。
最大で1か月くらい生きることがわかったのです。
よく、10月の暑い日にセミが鳴くことがありますが、もしセミが1~2週間しか地上で生きられないなら、10月に鳴くセミはわざわざその時期に目指して地上に出てきたことになってしまい変ですから。

僕は希少種のセミは、実はそれほど興味はありません。
でも、それでも、ヒメハルゼという、千葉のあるお寺の境内の林と他数か所しか生息していない種に興味があって、何度かそのお寺に行ったことがあります。
しかも7月の限られた期間しか鳴かないので。

ハルゼミもおもしろいです。
6月に松林なんかで鳴いています。
普通の人は、あれがセミだとは気付いていないでしょう。

あと、東北や北海道の山地を中心にいるエゾゼミを、筑波山で聴いたことがあります。

海外のセミはいろんなのがいますね。
中でも、アメリカの17年ゼミは、全員一斉に17年毎にしか現れませんしね。
素数となんか関係あるのでしょうか。

最後に、ゼミは食べるとおいしいそうです。
エビのような香ばしい感じだそうです。
でも食いたくないけどね。
野良猫なんかは、よく、弱ったセミを咥えてますけど。

テーマ : その他
ジャンル : その他

検査の判定基準は人により、機関により違う?

みなさまこんにちは。
雨がとても長く続きますね。
お元気でしょうか?
先ほど、少しの間日が差したのですが、また本格的な雨になってしまいました。

さて、東京都をはじめ、連日多くの新規のPCR検査の陽性者が報告されています。
今日は、新型コロナのPCR検査における「特異度」を考えてみます。

「特異度」とは、本当は感染していない人が、ちゃんと「陰性」と出る確率のことです。
特異度が100%であれば、PCR検査の結果が陽性でさえあれば、新型コロナに感染していると断定できます。
しかし、あらゆる病気の検査は、特異度が完全に100%というのはあり得ません。

東京都は、大体の最近の1日の検査数が4,000人で、陽性者は200人です。(話を簡単にするために、このような数字にします)
陽性者の率は5%です。
もし特異度が100%なら、この200人は全員、真の感染者となります。
また、もし特異度が95%なら、この200人はほぼ全員、真の非感染者と言っていいと思います。

このように、陽性者の解釈をするには、特異度の理解がいかに重要であるかを同意いただけると思います。

そこで、新型コロナの特異度を研究している論文を調べてみました。
日本語の論文は見つかりませんでした。
そこで、英語でspecificity(特異度の意味)で検索して英文の論文を調べてみました。
下記の論文がヒットしました。

https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.04.24.20078949v1
特異度は98.8%。4/29報告。武漢のデータをアメリカの研究者が解析。601人の陽性者の解析から。

https://www.centerforhealthsecurity.org/resources/COVID-19/serology/Serology-based-tests-for-COVID-19.html
新型コロナに限らず、SARSその他のウイルスの特異度等を解析した報告の集大成の論文。
アメリカ、スペイン、イギリスなどの研究機関の報告結果を集めた。
特異度は、低いもので95.6%、高いもので99.8%。大体98~99%が多い。1件、90%という例外あり。

https://www.bmj.com/content/bmj/369/bmj.m1808.full.pdf#search='Specificity+corona'
特異度は95%。

https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/lab/resources/antibody-tests-guidelines.html
特異度は95%。

https://www.fda.gov/medical-devices/emergency-situations-medical-devices/eua-authorized-serology-test-performance
特異度は98.8%。

以上のように、大体の状況はわかりました。
現状の新型コロナの研究やPCR検査の精度は、まだまだ結論が出るには早過ぎると思うので、今後、特異度の数字は次第に一定の値に収れんしていくものと思われます。
現状では、非感染者が検査を受けた場合、数%程度は陽性と出てしまう、と理解しておいてよいと思います。
東京都の例で言えば、陽性者200人を、現段階では全員感染者とも全員非感染者とも決めつけられない、というのが正しいところであり、特異度の収れんを待ちつつ、最も現実的な方策を考えるべき、と言う以外にないでしょう。

さて、特異度が次第に収れんしていくだろう、とは言ったものの、そもそもPCR検査なるものが既に確立した手段であれば収れんするだろうけど、実際は確立しているのでしょうか?
もちろん、PCRという原理は既に確立しています。

しかし、新型コロナのPCR検査において次の事柄はどうなのでしょうか?
・新型コロナの塩基配列は確定したか?(多分yesだろうが)
・検査キットのメーカー毎のバリエーションはどうか?
・検査員のスキルはどうか?(これほど多くのPCRがかつて実施されたことはなかったので、習熟度が不足している人が多くはないか?)
・結果の読み取りの基準は確立されているのだろうか?(単純なon/offで出るのではなく、出力の曲線を解読することで、人為的に判断するようです。(これについては、まだまだ勉強不足なので、ざっと調べただけですが))
・検査員の疲労や、1日あたりにこなす数との関係
・新型コロナウイルスの変異との関係

まあ、細かいことは置いておきまして、一つの大きな疑問が湧きました。
おそらく、判定の難しい検体や、グレイ領域も多いことでしょう。
そこで、そもそも、陽性か陰性かの判定の基準はどうなのでしょうか?
技術的な難しさもさることながら、判定基準は誰がどのように定めるのか?
仮に基準がしっかり決められたとしても、人(検査員)による判定の基準が違うことはないのでしょうか?

ある検査機関が、新型コロナPCR検査の陽陰性の判定をする場合の基準は、機関に一任されているのでしょうか?
あるいはまた、行政からの依頼で基準を変えてくれ、のような要請があったりするのでしょうか?
例えば、検査数をぐっと絞って、すごく疑わしい患者っぽい人に対してのみPCR検査をして、本当にコロナかどうかを見極める場合は、グレイ的な結果は白とし、明らかに陽性と判断できる検体のみを陽性と判定するとか、あるいは、不特定多数の人に検査する場合はグレイ領域を陽性と判定する、とか。
もちろん、この逆の場合もありますが。

岩手県は、これまで1,290人のPCR検査をしてきて、陽性がゼロです。
すなわち、このデータは特異度が100%(より正しくは、少なくとも99.9%)であることを示しています。
前々回の記事では、新型コロナのPCR検査の特異度はもっとずっと低い(90%を割るような)と思っていましたので、岩手県で陽性者ゼロは天文学的に小さい確率、と書きましたが、今回、論文を調べたら、大体95~99%程度とわかってきたので、天文学的というのは訂正しますが、それでも、1,290人が全て陰性というのは、全くあり得ないことはないにしても、やや疑問ではあります。

PCR検査の結果の判定の基準が、検査機関に委ねられていたり、行政からの依頼で基準が変わったりすることが仮に事実だとしても、必ずしも悪いことでもないと思います。
あらゆる病気の検査というものが完全な結果を与えない以上、それは参考の情報に留めておくべきであり、そして、どのように参考にするのかは考え方によるわけですから、検査の基準を変えることはあり得なくないことだと思います。

ただし、その場合、国民が疑問を持った場合に、国民が混乱しないようにすべきと思います。
というか、そもそも検査結果が陽性か陰性かという情報をそのまま大々的に流すこと自体、いかがなものかと思います。

以上、PCR検査の解釈だけでもこれだけの見方がありますので、さらに感染者と重症者の関係や、感染防止の対策のことを掛け合わせると、いかに問題の複雑さが大きいかわかります。

引き続き、共に頑張ってまいりましょう。

おまけ=2018年7月15日のLove Me Do
https://blog-imgs-119.fc2.com/s/t/r/strocker2/201807150846198e8.mp3

テーマ : その他
ジャンル : その他

Coffee Break Beatles No.204 「一度はこの曲を通しでやってみたかった・・Love Me Do」

みなさまこんばんは。
まだまだ雨が続きますね。
お元気でしょうか?

ビートルズのデビュー曲はLove Me Doという曲です。
その次のPlease Please Meは、ビートルズ旋風を予感する曲調ですが、このLove Me Doはやや地味な感じの曲です。
ビートルズ結成前のブラックな感じもします。

この曲はこれまで、遊び的感覚で、部分的に録音したことはありましたが、通しでフルバンド録音したことはありませんでした。
デビュー曲でもあることですし、一度はやりたかったのですが、大分のびのびになってきました。
そしてようやく今日できました。

この曲はテクニック的には他の曲に比べればシンプルですが、リズムを取るのに苦労しました。
また、高音部が苦しいですね。

また、ジョンのハーモニカが何と言っても特徴ですが、シンセではこんな単調な演奏しかできません。
もしかしてハーモニカらしく演奏する機能があるのかもしれませんが。

こうやって自分で演奏すると、曲のよさってわかりますね。
そして。演奏はまだまだ道半ばです。

テーマ : THE BEATLES
ジャンル : 音楽

今の政治のあり方は僕ら世代の責任

みなさまこんばんは。
豪雨で被災された方々へ心よりお見舞い申し上げます。

まだまだ会社では戦いが続きます。
それにしても、上司というのは部下に気を遣わせてはいけませんね。

岩手県で感染者ゼロは疑わしいと思います。
単なる感覚で言っているのではありません。
通常、ウイルス検査においては、本当は感染者ではないのに陽性と出る確率が一定数あります。
通常、その確率は1~2割と言われています。
新型コロナにおいてはまだその確率は明らかになっていませんが、ゼロというのはあり得ません。
岩手県でのこれまでの新型コロナに関するPCR検査の実施数は、県のウェブサイトによれば、7/9まで1,078件となっています。
1,078件続けて陰性が出るのは、天文学的に低い確率です。

そもそもウイルスの検査というのは目安あるいは確認のためのものであって、その結果だけをもって唯一無二の判断根拠にするのは誤りなのです。
首相の言う「真の感染者数はその10倍とも20倍とも考えられる」は一面の真実ですし、あるいは逆に、「陽性者数のうち、真の感染者数はその8割とも考えられる」という言い方も一面の真実だと思います。
そろそろ検査の陽性者数で一喜一憂するのはやめ、患者数(もっと言うと重症患者数)の推移で論ずるべき局面に入ってきていると思います。
また、一人置きに座るとか、ステイホームとかは、本来期限付きの対策であったにもかかわらず、これが新しい時代のトレンドであるが如くに、新しい勝ち組を張りたいマスコミや一部商業家にすっかり乗せられてしまっているのが大多数の国民です。

もともと日本人は、個々が本質的なことを考えるのが苦手な民族でした。
しかし、頭がよく、勤勉で、和を重んずる日本人は、”集団智”(僕の造語です)とも言えるべき優秀な全体成果を出してきたのでした。

戦後、高度成長が起こり、半導体や自動車に象徴されるように”ジャパン・アズ・ナンバーワン”となったのです。
そして大きな貿易黒字を上げました。

そして1985年にプラザ合意となるのです。
すなわち、アメリカは日本と西ドイツに円高(マルク高)を強く求め、日本はそのようにしました。
そして、バブル崩壊、そして今に至るまで、低(ゼロ)成長が今に至るまで続きます。

これにより日本は貿易で利益を上げることはできなくなりました。
そこでどうしたかというと、コストダウン。
いい意味でのコストダウンだけではなく、サービス残業や派遣労働も。

世界一のコストダウンと品質管理により、しばらくはいい意味で日本は隆盛を続けてきたのですが、やがて中国はじめ第3国の台頭が起こり、日本でのコストダウンも底がつきました。

そしてその後、日本ではこれ以上のコストダウンはできないし、新しいビジネスを生む力もなくなってきました。
こうなってくると、日本人はどんな傾向になってきたかというと、他者をだまくらかして貶め、自分がその分吸い上げるというものです。
いわゆる格差社会というものができ始め、そこには”勝ち組”、”負け組”という存在ができ始めました。

そして、勝ち組のやり方というのは、ただでさえ個の考える力が弱い日本人を、さらに考えなくさせ、一定の方向に導き、それを礎として自分は新しい(悪の)ビジネスモデルを立ち上げ甘い汁を吸うものです。
悪平等としての男女が全く同じことをやらないといけないという考え。
派遣労働。
アメリカ流の成果主義。
これらは、今になって考えると、安易に導入すべきではありませんでした。

日本人というのはこれだけゼロ成長になってもなお、頑張って生き働き、コストダウンに協力し続けています。
政治とかマスコミは、上記したような風潮で”弱い民”をコントロールしています。

以上、誇張して書きました。
これが全ての見方というわけではありません。
けど、日本人がなぜ考えない民族になってしまったかのかということを考察するには、おそらく誤っていない見方だと確信しています。

そして思うのです。
僕らの世代がもっとちゃんと考えていればよかったのです。
安易にコストダウンせず、サービス残業などすることなく、製品は高くてもよいので適正な価格で売り、余暇を犠牲にすることなく、安易にアメリカ流成果主義に乗らず、派遣労働の設立には合意せず、そして悪平等の男女同等には賛同しなければよかったのです。
まさに僕らが一番いけないのです。

せめて死ぬまでの期間、できる限り、今からでも考えてみたいと思います。

例えば、向こう10年くらい、次のようなことをやってみたらどうかと思います。
・残業をやめる(多くても毎月20時間以内)
・終身雇用とし、アメリカ式成果主義の廃止
・夫婦の一人だけでも十分暮らせる給与に上げる
・派遣をやめ全員正式雇用
・企業の内部留保を減らし従業員に還元
・以上を実施した企業には政府から多額の補助金の給付
・各家庭にも毎年100万程度の給付金

今なお、多額の政府の資産として黒字計上されているお金を切り崩してもらいましょう。
日本人のことだから、上記対策を実施したところで、そこそこのコストダウンはできるし、それこそ集団智により優れた物を生産し続けることでしょう。
すると、かつてのジャパン・アズ・ナンバーワンにはならなくても、余裕で世界5位以内くらいのリッチな国であり続けることでしょう。
10年くらい試行してもいいのではないでしょうか。
ただし、強力なリーダーシップが必要になりますね。

さらに言うと、対外収支が赤字になってもいいのです。
アメリカのように真っ赤でも、強味を生かして存在し続ける国もありますから。

要は、今こそ、日本人が本質から考えることをするべき時期なのではないか、と思う次第であります。

それでは今日のオマケは、2018-12-1に多重録音したビートルズ初期の傑作の一つNo Reply。
最近、リバイバル品ばかりですみません。
どうにも忙しくて、なかなか新しい多重録音に取り組めません。もう少ししたら必ずやります。

このNo Replyの録音は超手抜きでかつ荒っぽくやり、しかも途中リズムが乱れまくっているし、高音の声がかすれてしまったり、と散々な出来でしたので、酷評されるべき作品でした。
しかし、予想に反して思わぬ高評価をいただいたのでした。
ハートだけは伝わったかもしれません。

さて、今回これをリバイバルする理由の一つは、当時はまだyoutubeをやっておらず、BLESTARという再生プレイヤー機能を提供するサービスを利用していました。
そのサービスは再生サービスだけを提供するので、音源はどっか別の所に置く必要がありました。
そこで、FC2に無料で置かせてもらっていました。みなさまが画像を置くのと同じことです。
無料で置く場合の容量制限が1ファイル2MB。
楽曲の場合の2MBって、mp3の場合、まともな音密度ではせいぜい2分までですよ。
No Replyの場合は3分近かったので、大幅に音密度を落とさずを得ませんでした。
そのBLESTARは、最近どうもサービスを終了したようで、使えなくなりました。

そこで今回は、音密度を十分上げた状態でオリジナル音源からmp3を書き出し、youtubeに投稿しました。
では、駄作ながらお楽しみください。

テーマ : これからの日本について
ジャンル : 政治・経済

プロフィール

ST Rocker

Author:ST Rocker
ビートルズ解析ブログへようこそ!
つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
コメントは本筋に沿ったものをお願いします。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
FC2カウンター
Number of visitors
リンク
RSSリンクの表示
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

月別アーカイブ
最新トラックバック
QRコード
QRコード