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今回の台風について

みなさまこんばんは。
今回の台風で被害に遭われた方々へ心からお見舞いを申し上げます。

僕の千葉の家はたまたま損壊を受けず、停電もすぐに復旧しました。
全くたまたまに過ぎず、根本的ないろんな問題を感じました。

千葉県というのは元々災害の少ない所です。
台風は時々来ますが、今回のようなものすごいのは珍しいです。

今回の大規模の停電被害。
仕方ない部分はあるにせよ、建物や送電線鉄塔の耐風基準とか、電線にかかった倒木の除去の作業についての東電と自治体の事前合意とか、これまで災害の少なかった県だけに対策が不十分であったかもしれません。
その点については、専門の方にお願いするとして、この記事では台風そのもののことの解説と、純粋な気象災害の観点から今回の問題点を述べてみます。

ちなみに僕は、子供の頃から気象、特に台風について興味がありました。
小学生の頃に、母親に専門書をねだったりしていました。

みなさまご存知のように、台風の強さと被害を与える大きさの最も重要な尺度は中心の気圧です。
中心気圧が低いほど台風は強く、大きな被害を与えると言ってほぼ間違いありません。

とても大雑把に言えば、日本に上陸する時の中心気圧が960hPa(ヘクトパスカル)を割るような台風は、メチャメチャ甚大な被害を与えると言えます。例えば去年の関西を襲った台風21号のように。
ちなみに、去年の21号は上陸時は955hPaでした。
950台という数字は非常に警戒するべきです。960台との差はとても大きいです。
もちろん960台でも警戒すべきですが、結構頻繁にある数字ですので、災害と程度は予測しやすいです。
ところが、950台以下で上陸する台風は滅多にないので、特別な警戒をすべきです。
ましてや、940台とか930台で上陸しようものなら、伊勢湾台風(1959年)並みの警戒が必要です。

さて、今回の台風15号。
割と日本の近海で発生し、速攻で日本にやってきました。
接近してきた時の中心気圧は965hPaでした。そして小型でした

この時点でテレビなどでは、去年の21号と同様の甚大な被害の恐れがある、と言っていました。
この言い方は正しくありません。通常台風は陸に近づくとともに勢力が弱まり、上陸するとさらに弱まるからです。
よって、15号は上陸時には970hPa、東京あたりを通過する時は975程度、そしてさらに内陸に行くに従い980程度まで弱まると予想されました。

ところが、ところが、ところがです。
何と、むちゃむちゃ不思議なことが起こりました。
15号がまさに上陸せんとして相模湾を進んでいた時、955hPaに発達したのです!!!!!!!!
こんなこと、常識的には全くあり得ません。
その後、955のまま上陸し、しばらくその勢力を保ち、千葉県を抜ける頃ようやく960になり、茨城を通過して東方海上に抜けた時、ようやく965になりました。

なぜこんなことが起きたのか。
気象庁や気象予報士は少しは予測したのでしょうか。
もし想定外だったなら、その原因を徹底的に解明すべきです。
相模湾の海水温が異常に高かったか、暖かい気流が流れ込んだか。
僕は、あの台風はまだ発生から時間の経っていない”幼年期”だったため、発達しやすい状況があったように想像します。

原因はともかく、僕が今回の台風15号において、大問題と感じたのは、上陸直前に中心気圧が955hPaへ発達したことの脅威を十分に、あるいは全然?、視聴者に伝えなかったことです。
だって、通常の台風と違うことが高い確率で起こるはずですから。

みなさまは、台風の進行方向の右側のほうが風が強いことをご存知でしょうか?
台風は左回りの風が吹きます。よって、進行方向の右側、すなわち東側は北向きに風が吹きます。右側では台風そのものの進む速さが風に加わるので、より風が強くなるのです。
逆に進行方向の左側、すなわち西側は南向きの風が吹くので、台風の進む速さが引かれ、むしろ風は弱めになります。
このことはとても大事なことなのに、テレビではほとんど解説をしません。

そして、台風は中心に近いほど風が強くなります。
ただし、中心そのものは目なので風がほとんど吹かないため、中心のすぐそば(数十kmあたり)が最も風が強いのです。

したがって、台風の進路の向かって右側で、中心から数十kmあたりが最も風が強く、最も大きい被害を与えるのです。

15号は、東京湾の真ん中あたりを進むことが、結構前から予想できていました。
したがって、中心気圧が955hPaに発達した時点で、中心の右側数十kmあたりにめちゃめちゃとんでもない被害が出ることがわかったはずです。
そしてそこが千葉県というわけです。

15号は台風のサイズ、すなわち暴風域や強風域は狭かったでした。
要するに、”コンパクトで深い”台風でした。
だから、甚大な被害は千葉に集中して起こることは予想できたはずです。

建物や設備の強度を突然増すなんてことはできません。
でも、上陸直前の955に発達した時点に、千葉県民に備えを訴えることはできたはずです。
例えば、水を汲み置いたり、食べ物を確保したり。

それだけでもかなり違っていたのではないでしょうか。
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テーマ : 台風
ジャンル : ニュース

この時代に向けて短文でメッセージ

みなさまおはようございます。
時間がないので、今回は要点のみで短文で行きます。

今の若い人たちは、夫婦共働きでないと生きていけません。
そして、何から何まで、男性と女性が同じことができないといけない時代です。

この30年、日本は間違えましたね。
国家としては世界一の黒字を築きながら、労働者が受益するようにはならなかった。
労働者がひたすら身を粉にして、コストカットかつ高品質の製品やサービスを作ったにもかかわらず、その利益が労働者に回らなかったのです。
この問題を根本的に解決するには既存の政党、政治家では全くだめです。
まずはこの問題に国民全員が気付くべきです。
全体的なことを考えつつ、身近な問題もコツコツ改善していくべきです。
僕個人も、定年再雇用の問題で会社と対峙しています。

ブログのコメント。
このネット時代なんだから、自由に、どんなことをどのように書いてもいいじゃないか。
否定はしません。
でも、僕は少し違う考えを持っています。
こんな時代だからこそ、作者の言いたいことをよく読解し、作者の気持ちに沿い、その上で同意なり反意なりのコメントを書くのがよいと思います。
イメージとしては現代国語の問題を解くが如しです。「作者の最も言いたいことは何か」という問題がよくありますよね。
あるいは、誰かの講演会を聞いた後の質疑応答の如しです。
このようなコメントを書くことにより、人と人と真の交流が生まれると思います。そして、物事が建設的に発展していくと思います。
こんな時代だからこそ。

よい週末をお過ごしください。

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自己を見失うことなく、したたかに実行しなければ

みなさまおはようございます。
ついに9月になりました。
大分暑さは和らいできたものの、まだまだ暑いですね。

今日は関東大震災があった日(大正12年(1923年)9月1日)です。
僕の父は3歳で被災しました。
横浜の家で、倒れた柱や家財の陰でかろうじて発見されたそうです。
母はまだ生まれていませんでした。
自分の親が被災したので、僕にとって身近な震災でしたが、若い人たちにとってははるか昔の出来事でしょう。
ネットか何かでぜひ、どんな震災だったかを見てみてください。
関東大震災の様子は、大河ドラマ『いだてん』で詳細に描かれていました。
復興省はかなり優秀であったとされています。

僕は以前からこのブログで、今はゼロ成長となったので、誰もが等しく健全に努力すれば皆ハッピーという訳にはいかず、誰かのマイナスの上に自分が相対的に上に立つことにより優位に立つ、ということが横行していると書いてきました。
すなわち、リスクを取った上で「私はこう思います」のような溌溂とした仕事ぶりなんて今はできなくて、そのリスクは突かれ、マイナスに貶められ、その分自分がプラスに転じようという考え方です。
業の種類によらず、あらゆる職場ではこの傾向が強まっていると感じます。
マネジャーは保身と減点管理、部下の方もそれに合わせて自己抹殺のうえ無難なことしか報告しなくなっています。

僕はこの原因は、日本のGDPがずっと伸びないまま、つまり、日本が新しいビジネスを開発できていないからだ、と考えてきました。
確かにこの考えは正しいと思うのですが、それ以前の問題として、大西つねきさんが主張しているところの、お金の増え方は1980年代以降は実体経済を超えてしまっていることがあり、それが僕の考える職場の発想につながっている、と最近強く思うようになりました。

大西さんの主だった動画は観尽くしました。(ちなみに、僕は注目する著者の本は片っ端から読みまくるということを若い時からやってきました。賛否両論ありますが、僕の意見ではお勧めです。全部読むことによりその人の考える枠組みがわかりますから)
そもそもお金というものは、誰かが銀行から借金することにより生まれる”概念”であり、実体ではないこと。
この世にある全ての借金を返したら、お金はゼロ(=なくなる)になること。
そして、借金には利子があるので、借金を返すということは新たなお金が要ることになり、その新たなお金こそが政府の国債発行というわけです。
つまりですね、日本政府の財政問題は政府の怠慢とかよりも、その本質は、そもそものお金の仕組が招く必然のこと、と大西さんは説きます。

1980年代前半あたりまでは、実体経済が成長していましたので、借金も実体に裏打ちされたものが多かったので、その借金は新たな実体を生みました。
でもそれ以降は、実体の成長が飽和してしまっているので、借金は実体に裏打ちされない”バブル”なものが主体になってしまっています。
1980年代末にはバブルの崩壊があったのですが、実は崩壊していない、と大西さんは見事な論法を展開します。
あの時に確かに不良債権は大分整理されたのですが、その後引き続きバブルは増え続けています。

僕は、このお金の傾向が、今の職場の問題の根底にある気がしてきました。
とにかく今はお金を回すことが最優先になってしまっています。しかもそのお金は実体を伴わない。
産業界は何か新しい物を開発するようなことにお金を十分に投資できていない。
実体がないお金だから、仮に収益を上げたとしても労働者には回ってこない。しかも労働者はコスト改善を求められる。
これでは職場の人たちは溌溂と働けないし、マイナス管理が横行してしまう原因ではないかと考えます。

僕の身の回りでも大変な人が結構います。

ある年配の人は、元々優秀なのに、人が印刷したメールや文書がプリンターに置き忘れたものを億面もなく読んでいるし、女子社員たちが集まりだべリングをするロビーで一人ぽつんと座り聞き耳を立てています。その人はそこから得られた情報を元に自分が有利になるように画策しています。(僕には結構その話をします)
なぜ彼はこんなみっともない真似をするのか理解できませんでしたけど、上で書いたようなこの世の中なら情報戦も仕方ないのかな、とさえ思えてきます。

あるいは別の、僕よりは若い人と先日折り入って話しました。
彼はとても優秀であるものの、上司のマイナス管理にすっかり絶望し、投げやり的で行き当たりばったり的な面が感じられます。
人当たりのよい印象ではあるものの、現在の内心はすっかり不健全になってしまっています。
その分、ある自己啓発に一生懸命になっており、そのこと自体はいいことですが、僕に対してそのことで言いたい放題になってしまっており、これも一種の反動なのかなと思っています。

この時代、人の話を聞き過ぎるのもよくないのかな、とさえも一瞬思ってしまいます。
こうして気持ちを閉ざしてしまい自己防衛に回るだけでは負の連鎖になってしまいますね。

以上、こうしたことはおそらくどこでもあるのではないでしょうか。
まさに苦難の時代ですね。

さてさて。
僕はビジネス計画をずっと考えてきまして、このブログでもその計画を折あるごとに紹介してきました。
でも、思いのほか会社の仕事が忙しくなってしまいまして。
会社から期待されていることもあるので、そのこと自体はありがたいですが、上記したような問題もあり、またそれに対峙する自分の問題ももちろんありますし(もちろん環境だけが悪いのではなく自分も悪いです)、さらにはあるチャレンジをやっていまして、すっかり忙殺されまた精神的にも目いっぱいだったので、正直、自己を見失いがちでした。
さらには、ここへ来てある試練もあり。

要するに、これではいかんというわけで、ここでしっかり自己を取り戻し、したたかに実行すべし、と昨日あたりから思い始めています。

お金の本質に伴う問題はまさに大西さんの言う通り、そろそろ抜本的な対策を打つ必要があると思います。
誰もが健全な発想をもち、溌溂と働き遊び、そして労働にしっかり見合った対価を得ること。
資本主義の見直しも含めた抜本策が必要でしょう。

僕の場合はそこまで抜本的なことはできないので、「部分的な改善」ではありますが、これまで提案してきていることがあります。
具体的にはカテゴリ「提案・起業計画」をご覧ください。

具体的なビジネス内容はここでは書く余裕はありませんが、大事なことは、エネルギーをプラスに向かわせることです。
今のこの職場の構成員に内在する途方もない負のエネルギーを何とかプラスに持っていかねば。

しかもそのビジネスは、何かをマイナスに貶めることにより成立するものではなく、新たな市場を創出するもの。
大西さんの提唱する抜本改革ではありませんが、実体経済を少しでも伸ばすため。

最後になりますが、職場の問題の捉え方として、ビジネスをどう発展させるかという取り組みの他に、辛い状況をどう乗り越えるか、というノウハウの紹介もあります。
後者についてはプレゼンできる状況にありますので、もしご興味のある方はお知らせください。

明日からの職場も学校もぜひ希望を持って乗り越えていきましょう。
みなさまもぜひ、自己を見失うことのないようにされてください。
よい日曜をお過ごしください。

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英語を全く使わない英語の話

みなさまこんばんは。
夏もついに盛りを過ぎました。
暑い日でもどこか秋風が匂うような感覚が出たりします。
お元気でしょうか?

さて僕の趣味の一つは英語です。
これを言うと「ええ~っ!!」とすごく驚く方がいます。
あんな嫌なもの、何で趣味なんかになるの? 金もらったっていやだ、と。

ま、わからなくもないですね。

最初に断っておきます。
僕は英語が上手いのではありません。
英語が好きなのです。
もっと正確に言うと、英語の中には僕の好きなことが見出せるのです。
英語の何から何まで好きなのではありません。英語のしんどい部分もあります。

例えば、英語という言葉のもつ性格がどう欧米人の人格や考え方に影響しているのか、とか、仕事の世界でも、政治の世界でも、あるいは遊びの世界でも、日本人と欧米人のどんなすれ違いがあるとか。
あるいは単にトリビア的な英語をたくさん知るのが楽しいとか。
またあるいは英語の歌にはどんな喜びがあるのか、とか。

こんな僕ですが、このブログを始めるまで、即ち50代の前半まで、英語が趣味という人は多いものだと思っていました。
ところが、ブログで英語の記事を書いたところ、ほとんど関心を得られなかったのです。
中には、英語の記事だとパスしちゃう、と言う方も少なからずいました。

なぜこんなことが起きているのだろう、と首をひねりつつ考えた末の結論。
それは、多くの人は「英語は上手くならないと意味をなさない」と考えているらしいことでした。

それは全くの誤解なのであります!
英語は上手い下手に関係なく(そもそもが「上手い」とか「下手だ」という言い方は好きではありませんが)、楽しめるものなのです。
それは、スポーツや音楽と全く同じなのです。

よく数学のおもしろさにはどうしても入れない人の感覚として、「だって数式はチンプンカンプンだもの」というのがあります。
英語もこれと同じで、いかに平易な英語のお話を書いても、そこに英文がある限り拒絶反応を示してしまう人は少なくないでしょう。

数年前に小室直樹氏が、数式を全く使わない数学の話(正式なタイトルは忘れました)、という本を出しました。
数学のおもしろさは数式を使わなくても伝えられる、という氏の信念がこめられた本でした。
僕も飛びついて買って読み、感銘を受けました。

ならば、英語を全く使わない英語の話だってできるのはないかと、ふと今日思ったのです。

今日は、この記事をここまで書くのに疲れてしまいましたので、ほんの少しお話を紹介するに留め、また機会があれば「日本語だけの英語の話」に挑戦したいと思います。

日本人が英語の最大の問題点は、日本語⇔英語を機械的に置き換えるという英語の教育をやり過ぎたことにあると思います。
単語とか文法、構文を徹底的にやり、ルールを覚えさせられました。

日本人が話す時の特徴は、「はい、はい、はい」と頻繁に相槌を打ちます。
また、二言目には「すいません」とか「申し訳ありません」を言います。
日本人の多くは、これらをそのまま英語にしてしまうのです。

英語を話す欧米人は、話す時はほとんど無言でじっと相手の話を聞きます。
でも日本人が英語を話すと、頻繁に「イエス・・・イエス・・・イエス」と言ってしまいます。
イエスというのは英語では結構重い肯定の言葉なのですが、一言話す毎にイエスと言われるのですから、日本人は最初すごく奇異に見られます。
サンキューの異様な多用も然りですね。

僕の職場にはよく外国から電話が架かってきます。
すると若い技術者の多くは、日本語と同じようなノリでソーリー(すみません)を言ってしまいます。
例えば、「ミスター・タナカはいますか?」という電話が架かると、
「ソーリー、彼は今ミーティング中です。」
「では、何時ごろ戻りますか?」
「ソーリー、11時ごろまでかかってしまうと思います。」
「分かりました。では、折り返し電話するようお伝えください。」
「ソーリー、お名前をもう一度お願いします。」
てな具合。
ソーリーも英米人にはここぞという時に使う重い言葉。これを連発する日本人はやはり奇異なのです。

それとか、文の最初に動詞が出てきて、それが原形なら命令文を意味する、と。
しかも全くの例外もないほどの明解なルールであるかの如くに習いました。
これも正しい理解ではありません
もちろん命令を意味することもあります。
原形が最初に出てきた時の正しい理解は、状況により変わるということです。
すなわち、敬語や丁寧語にもなるのです。

例えば、そこに椅子があって、相手に座ってもらいたい時は「シット・ダウン」で十分なのです。
あるいは、目的地までの道順を教える時なども、「ここをまっすぐに行って、あの角で曲がる」というような言い方も、通常、原形です。
ところが日本人は、「***ください」のところを全部「プリーズ」を使ってしまうのです。
プリーズは英語にとってそんなに乱発はせず、要所で「どうぞ」とか「お願い」の意味で使います。

日本人の英語はとにかく、イエス、サンキュー、ソーリー、プリーズ」を乱発しまくっているわけです。
一度これらの言葉を全く使わないで英語を話してみるのも手です。
そしたら、日本人の交渉力はもっと上がるかもしれませんね。

あるいは、そうした日本人の「心」を欧米人に知ってもらうことも考えてもいいかもしれません。
ただし、その場合は、欧米人の誤解を解くような努力も日本人はしなければいけないと思います。

もし英語に興味が湧いてきた方がいらっしゃいましたら、ぜひカテゴリーの「英語」の過去記事をご覧ください。

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TX守谷-みらい平間 無電区間

みなさまこんばんは。
ついに盆休みも明けてしまい、しんどい1週間が始まっています。
お元気でしょうか?

さて、僕にとって2番目の孫ですが、日曜の早朝に無事生まれました。
母子ともに順調です。

盆休みは、たまに仕事上のよからぬメールをよこす輩に立腹しながらも、まあまあ休みらしく過ごせました。
いつ生まれるかわからなかったので、遠出とかはできないので、音楽をやったり、体を鍛えたり、神社巡りをしたり、勉強をしたりして過ごしました。

今日は鉄道のお話です。
よく、「乗り鉄」とか「撮り鉄」とか言われますけど、僕の場合に一番ぴったり来るのが「システム鉄」でしょうか。
要するに「仕組み」ですかね。

鉄道関係で嫌いなものは一つもありませんけど、特に好きなシーンは、線路脇で電車が通過する光景を見ることです。
実家が与野駅のすぐ近くなので、2歳の頃から祖母におんぶされて、鉄道を見に行ったことが原体験です。

そんな「システム鉄」が大興奮するテーマの一つが、直流か交流か、ということです。
本当はこのあたりの基礎的な話もじっくりしたいのですが、軽く徹夜になりますので、今回は割愛します。

電車に対し付与する電力が直流であろうと交流であろうと、架線、パンタグラフ、電車は同じように見えます。
しかし、電気の性質は全く違います。
直流とはプラスとマイナスの方向が常に一定なものであり、電池がその例です。
交流とはプラスとマイナスの方向が1秒間に50回とかの周期で行ったり来たり振動するものであり、家庭用の電力がその例です。

電車を動かすに当たっては、直流、交流それぞれの一長一短があり、使い分けられています。
概ね、大都市区間は直流、地方区間は交流、というすみ分けが通常です。
電車には、直流専用車、交流専用車、交直両用車、の3種類があります。

ある鉄道のある路線区間は、基本的には直流か、交流のどちらかだけである方が、コスト的にも運用的にも有利です。
ところが、どうしても、直流区間と交流区間をまたいで交直両用車を運行しないといけない路線が存在するのです。理由はいくつかありますが。

茨城県の場合、石岡に地磁気観測所があるために、常磐線では取手より北の部分は交流にする必要があったとのことです。
同じ理由で、TX(つくばエクスプレス)も、守谷より北では交流にする必要がありました。
TXとしては、当然、全線(秋葉原-つくば)直流でやりたかったでしょうが、仕方なく、守谷より北は交流とし、秋葉原-つくば間を運行する用に交直両用車を製造したのです。

このことは、7/27の記事「TXについて思い切り語る」でも書きました。

そこで、「システム鉄」の興味としては、直流、交流という全く性質の違う送電システムの間を、どうやって電車が通過するのだろう? と。
性質の違う電気の線をまさかつなぐわけにはいきませんので、切り替えの所は、通常、「無電区間」(デッドゾーン)と言って全く電圧がかかっていない区間があるのです。
その間は、電車は惰性走行します。そして、その間に電車内の回路を切り替えるはずです。

こんなワクワクする仕組みはどのようになっているのだろう? と、鉄っちゃんでなくてもヨダレが垂れます。

そこで、8/16(金)に守谷-みらい平間の無電区間に行って来ました。
事前にネットで調べたら、車内の運転席の後ろから撮った動画はいくつかありました。
でも、外から撮ったものはなかったので、記事にしようと思いました。
車内からの動画を参考に、「大体この辺りだろう」と目星を付けて、車で向かいました。

少し迷いましたが、割とすぐに現場に着くことができました。
都合よく、田んぼの脇道のような細い道があり、線路のすぐそばだったので、そこに車を停めました。

では、下記に無電区間を通過する電車の動画を紹介します。
当日は台風の強風域にまだかかっており、風の音がうるさくなってしまいました。
実はこれが僕にとって初のyoutubeへの動画のアップ(音と静止画のアップはもう何度もやりましたけど)なのに、何ともお粗末なものになりました(^^;



向かって右が守谷方面、すなわち直流区間です。左がみらい平方面、すなわち交流区間です。
電車が目の前を通り過ぎる少し手前の架線の下側の線(トロリー線と呼ばれます)をご覧ください。
見にくいですが、丸っこい物がいくつか挿入されています。
これはおそらく碍子でしょう。すなわち電気絶縁物です。
この碍子がいくつかある状態で、直流の電気をシャットアウトするものと思われます。
要するに、この左側が無電区間です。

そして、電車が左側に行った時に見えているのが、交流の架線の一番端っこです。電信柱にかかっていますね。
そして電車は、何か網のようなものや太い柱のようなもので枠になったゾーンを通過します。
そこの下の一画は「変電所」と書かれていました。
変電所の意味が分かりませんでした。
想像ですが、直流区間の絶縁がもし破れた場合とか、電車に直流のチャージが残っていた場合に、完全にアースをするためかなぁ、などと考えました。

ほんとは、もっと写真などを駆使して、技術的に詳細な解説を加えたかったですが、時間がないためこれにておしまいです。

とてもおもしろい探検でした。

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プロフィール

ST Rocker

Author:ST Rocker
ビートルズ解析ブログへようこそ!
つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
コメントは本筋に沿ったものをお願いします。

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