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ああ、なんと奥深い"alternative"という単語

みなさまこんばんは。
たまにちょっと雨が降るものの、全般的にとてもよい天気が続きますね。
そして季節はまさに晩秋。朝晩は大分冷えるようになりました。北海道では雪が本番となり始めました。
お元気でしょうか?

英語をテーマとした記事は人気がないのはよくわかっています。
でもワタクシ、あと何年生きられるか知りませんが、人生の残り時間もそんなには多くはなくなってきた(注:病気に罹っているという意味ではありません、念のため)ので、これからは人に合わせることよりも、自分の言いたいことを優先に書きたいと思います。

英語が人気がない最大の理由は、そもそも英語に喜びがあるということが教えられることが少なく、ネット等においても啓蒙がほとんどされていないことによるものと思います。
英文のブログや日本語英語併記のブログはありますが、英語そのものの喜びを伝えているブログはあまり多くはありません。
また、以前記事にも書きましたが、英語を高度に習得した人のみが英語を堪能できるものだ、という誤った思い込みが多くの人にあることも、人気のない理由の一つと思います。

一言で言うと、英語=スポーツと考えてください。
習得度に応じた楽しみ方、その人の置かれた立場なりの楽しみ方、文化込みでの楽しみ方、などなどが、スポーツ同様に英語にもあるということです。

スポーツをやったことによる快感、喜びが英語にもあるのです。
そして、スポーツの習い方・教え方が全く一様でないのと同様に、英語のそれも一様であってはならないはずです。
ただ、基礎的な部分はそれなりの集合教育でやることに意義はあります。

日本の英語教育の最大の問題は、単語と単語、文と文を、一対一で対応させて機械的に変換する教育をやり過ぎてしまったことだと考えます。
この対応関係を覚える苦しみの先には単に「英語ができる」という状態があるのみです。
そして、対応関係を覚えるだけなので、そこには何の喜びもありません。

では、英語の喜びとは一体何なのか。
それを伝えたいからこそ、今までこのブログで書いてきたのです。
お時間のある方はぜひ、カテゴリ「英語」の過去記事をご覧ください。

今日は、英語の単語を文化的に理解する喜びについて、ほんの一例を挙げて書いてみます。

前述しましたように、英語の単語と日本語の単語、あるいは英語の文と日本語の文は機械的に変換できるものではありません。
そもそもそういう発想からフリーになるべきです。
単語や文を文化的に捉えてみること。それが英語の喜びを知る大きな足掛かりの一つです。

中でも僕がお勧めする英語の喜びの一つは、日本語には相当する単語が存在しない英語の単語について、自分なりの文化的解釈をすることです。
もしそれができたなら、どんなに音楽を楽しんだ場合よりも、どんなにおいしい物を食べた場合よりも、そしてどんなにおもしろいテレビ番組を観た時よりも、知的興奮という快感が得られることでしょう。

厳密に言えば、ほぼ同じ意味と思われている単語(または文)でも、英語と日本語とでは微妙に違う場合がほとんどです。
例えば、Yesは必ずしも「はい」と同じではないし、Thank youも「ありがとう」とイコールではありませんし、apologizeの社会的意味も「謝罪する」とは微妙に違います。こうしたことは既に過去記事で書きました。

日本人は同じだと思っているが実は意味が大きく違う単語というのもたくさんあります。
例えば、この記事で何度も書いているand。
「”And"を「と」と最初に訳した人は間違いだった」という記事およびその他の記事でこの違いを書きました。
Andは足し算よりも掛け算的意味(よって「かつ」が適訳)で使うのが英語的な用法です。
ですから、「ある2名のブロガーさんの記事から」で書いたとように、エジソンの言葉"Genious is 1% inspiration and 99% perspiration"(天才とは1%のひらめきと99%の努力である)におけるandの解釈は、日本語の「と」とは違い、掛け算ですので、ひらめきがゼロだと天才度はゼロになります。

そして、日本語には存在しない英語の単語というものがあります。
そしてその文化的意味を自分なりに解明した時ほどの快感はこの世には存在しない、と断言できます。

「デフォルトとは本来こういう意味だったのか」の記事では、デフォルト(default)という単語のことを書きました。
この言葉はITその他のいろんな場面で、「初期設定」とか「標準状態」などとして使われます。
一方、ある国の破綻とか、債務不履行の状態もデフォルトと言います。
なぜ同じ言葉なのに、こんなに正反対の意味で用いられるのでしょうか。
記事では、この日本語にはない概念であるデフォルトの謎に挑みました。

さてさて大分前置きが長くなってしまいました。
ようやく今日のお題のalternative(オルタナティブ)です。
動詞のalternateの形容詞形または名詞形です。
よく、「代替(の)」とか「二者択一(の)」という日本語訳が辞書には載っています。

実はこのalternativeも日本語にはない概念です。
「代替(の)」とか「二者択一(の)」というのは近似訳であり、イコールではありません。

先日、うちの会社のある技術者が、欧州の親会社のマネジャーに向けメールで質問をしました。
あることを進めるにあたり、2通りのやり方があるので、どっちのやり方でやるべきかを問うていたのです。
すると、そのマネジャーは、「どちらでもいいから総合的に労力の少ない方法でやりなさい」の意味で"choose the alternative"と回答したのです。

僕は「おやっ?」と思いました。
まずは、こんなalternativeの使い方を見たのは初めてでした。
そのマネジャーはロシア出身で、現在は欧州の英語を母国語としていない国に住みます。
英語ネイティブではないのですが、十分な経験を積んでいるために、ネイティブ並みの英語を使えます。

これまで僕は、アメリカ人がalternativeを使っているのを見たことは何度かありますし、自分でも使ったこともありました。
多くは、A案という既存の案に対する「代替」案としてのB案、のようなalternativeの使い方でした。
つまり、A案を別のB案にスイッチするようなイメージでした。
ですので、今回のマネジャーの使い方はすごく異質に見えたのです。

そこで、僕は15分くらいの時間で足早にネットでalternativeを調べ、研究しました。
すると、僕のこれまでのalternativeの理解の仕方は誤っていることに気付きました。
僕のこれまでの理解は、substrate((一部)置き換える)やreplace(取り替える)の感覚でした。
日本語では、これらもひっくるめて「代替」と言ってしまいますから。

わずか15分でしたけど、alternativeは、AとBという2つのことの「どっちでもいい」というニュアンスが正しいようでした。
あるいは「どっちもどっち」のようなニュアンスも含むようです。
さらに踏み込むと、「行き来可能な」という発想が、本来このalternativeにはあるように僕は感じました。

そしてさらに思いを巡らせました。
電気の交流は英語ではalternating currentといいます。
電池のような電気はプラスとマイナスが常に一方向ですが、交流はプラスとマイナスを行った来たりします。
家庭用電源100Vは、1秒間に50回、プラスとマイナスを行き来します。(西日本では60回)

ああこれだな!と思いました。
そうです、alternativeとはこんな状態なんだ、と膝をポンと打ちました。
だから、マネジャーの言うchoose the alternativeとは、オプション1でもオプション2でも、どっちもどっちなんだから、どっちかに決めちゃいなさいということだと、自分なりに解釈完了しました。

そう考えると、動詞alternateの本来的意味も見えてきます。
「代替する」とか「選択する」ということとイコールではなく、「どっちでもよい存在となる」ニュアンスを醸し出しているのでしょう。

そして、では英語にはなぜこういう概念としてのalternateという単語が必要だったのかをさらに考えれば、さらにおもいしろいでしょう。
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英語を全く使わない英語の話

みなさまこんばんは。
夏もついに盛りを過ぎました。
暑い日でもどこか秋風が匂うような感覚が出たりします。
お元気でしょうか?

さて僕の趣味の一つは英語です。
これを言うと「ええ~っ!!」とすごく驚く方がいます。
あんな嫌なもの、何で趣味なんかになるの? 金もらったっていやだ、と。

ま、わからなくもないですね。

最初に断っておきます。
僕は英語が上手いのではありません。
英語が好きなのです。
もっと正確に言うと、英語の中には僕の好きなことが見出せるのです。
英語の何から何まで好きなのではありません。英語のしんどい部分もあります。

例えば、英語という言葉のもつ性格がどう欧米人の人格や考え方に影響しているのか、とか、仕事の世界でも、政治の世界でも、あるいは遊びの世界でも、日本人と欧米人のどんなすれ違いがあるとか。
あるいは単にトリビア的な英語をたくさん知るのが楽しいとか。
またあるいは英語の歌にはどんな喜びがあるのか、とか。

こんな僕ですが、このブログを始めるまで、即ち50代の前半まで、英語が趣味という人は多いものだと思っていました。
ところが、ブログで英語の記事を書いたところ、ほとんど関心を得られなかったのです。
中には、英語の記事だとパスしちゃう、と言う方も少なからずいました。

なぜこんなことが起きているのだろう、と首をひねりつつ考えた末の結論。
それは、多くの人は「英語は上手くならないと意味をなさない」と考えているらしいことでした。

それは全くの誤解なのであります!
英語は上手い下手に関係なく(そもそもが「上手い」とか「下手だ」という言い方は好きではありませんが)、楽しめるものなのです。
それは、スポーツや音楽と全く同じなのです。

よく数学のおもしろさにはどうしても入れない人の感覚として、「だって数式はチンプンカンプンだもの」というのがあります。
英語もこれと同じで、いかに平易な英語のお話を書いても、そこに英文がある限り拒絶反応を示してしまう人は少なくないでしょう。

数年前に小室直樹氏が、数式を全く使わない数学の話(正式なタイトルは忘れました)、という本を出しました。
数学のおもしろさは数式を使わなくても伝えられる、という氏の信念がこめられた本でした。
僕も飛びついて買って読み、感銘を受けました。

ならば、英語を全く使わない英語の話だってできるのはないかと、ふと今日思ったのです。

今日は、この記事をここまで書くのに疲れてしまいましたので、ほんの少しお話を紹介するに留め、また機会があれば「日本語だけの英語の話」に挑戦したいと思います。

日本人が英語の最大の問題点は、日本語⇔英語を機械的に置き換えるという英語の教育をやり過ぎたことにあると思います。
単語とか文法、構文を徹底的にやり、ルールを覚えさせられました。

日本人が話す時の特徴は、「はい、はい、はい」と頻繁に相槌を打ちます。
また、二言目には「すいません」とか「申し訳ありません」を言います。
日本人の多くは、これらをそのまま英語にしてしまうのです。

英語を話す欧米人は、話す時はほとんど無言でじっと相手の話を聞きます。
でも日本人が英語を話すと、頻繁に「イエス・・・イエス・・・イエス」と言ってしまいます。
イエスというのは英語では結構重い肯定の言葉なのですが、一言話す毎にイエスと言われるのですから、日本人は最初すごく奇異に見られます。
サンキューの異様な多用も然りですね。

僕の職場にはよく外国から電話が架かってきます。
すると若い技術者の多くは、日本語と同じようなノリでソーリー(すみません)を言ってしまいます。
例えば、「ミスター・タナカはいますか?」という電話が架かると、
「ソーリー、彼は今ミーティング中です。」
「では、何時ごろ戻りますか?」
「ソーリー、11時ごろまでかかってしまうと思います。」
「分かりました。では、折り返し電話するようお伝えください。」
「ソーリー、お名前をもう一度お願いします。」
てな具合。
ソーリーも英米人にはここぞという時に使う重い言葉。これを連発する日本人はやはり奇異なのです。

それとか、文の最初に動詞が出てきて、それが原形なら命令文を意味する、と。
しかも全くの例外もないほどの明解なルールであるかの如くに習いました。
これも正しい理解ではありません
もちろん命令を意味することもあります。
原形が最初に出てきた時の正しい理解は、状況により変わるということです。
すなわち、敬語や丁寧語にもなるのです。

例えば、そこに椅子があって、相手に座ってもらいたい時は「シット・ダウン」で十分なのです。
あるいは、目的地までの道順を教える時なども、「ここをまっすぐに行って、あの角で曲がる」というような言い方も、通常、原形です。
ところが日本人は、「***ください」のところを全部「プリーズ」を使ってしまうのです。
プリーズは英語にとってそんなに乱発はせず、要所で「どうぞ」とか「お願い」の意味で使います。

日本人の英語はとにかく、イエス、サンキュー、ソーリー、プリーズ」を乱発しまくっているわけです。
一度これらの言葉を全く使わないで英語を話してみるのも手です。
そしたら、日本人の交渉力はもっと上がるかもしれませんね。

あるいは、そうした日本人の「心」を欧米人に知ってもらうことも考えてもいいかもしれません。
ただし、その場合は、欧米人の誤解を解くような努力も日本人はしなければいけないと思います。

もし英語に興味が湧いてきた方がいらっしゃいましたら、ぜひカテゴリーの「英語」の過去記事をご覧ください。

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英語の冠詞に関心のある日本人はほとんどいない

2019-5-12(日) 19:30、末尾に青字で追記しました。

みなさまこんばんは。
夢の10連休が終わったとは言え、まだまだよい気候が続いていて、すがすがしい日々ですね。
連休明けの5月病などに罹っている方はいませんか?
気楽にやりましょうね。

今日の記事の要約
・日本人が英語の冠詞に関心がないことの背景や実情を書いた。
・それだけではなく、もう少し僕なりに踏み込んで考えてみた。

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"And"は足し算ではなく掛け算である

みなさまこんばんは。
日本列島の大きな天災の多さに改めて驚くとともに、被害に遭われた方々には心よりお見舞い申し上げます。

今日は本社へ出張でした。
朝の通勤電車で僕の座っている前にスーツケースを引いたオバチャン3人連れが立ちました。
最初は「こんな時間帯に電車で大荷物とは何て大変なことでしょう」と同情していたのですが、同情は次第に減っていったのです。
次第に車内が混んでくるとそれらのスーツケースは、僕の脚を含めて他の客を容赦なく圧迫します。
他の客への気遣いは一切せず、自分のスーツケースがちゃんと確保できているかを身内内で気遣うのみです。
それにおしゃべりが超うるさいこと。
話の内容なんて聞くつもりはなかったですが、いやでも耳に入ってきます。
相手の話に「なるほど!」的に大きく頷きはするものの、すぐに自分の話をしてしまいます。(一応関連する話ではあるんですけどね)
要するにディスカションになっていないんです。
公共の場でのマナーってどこで線引きするか難しいですよね。
このオバチャンたちは基準線からやや不合格ってところだと思います。
今回はよい旅行であることを願いますが、次回からは時間帯を選ぶか、別の交通機関を選ぶことを勧めますね。

2014年8月23日に書いた記事「"And"を『と』と最初に訳した人は間違いだった」は、我ながらよく書けたと自負しております。
今日はこれに関連して、実例を交えながらお話ししましょう。

車のナンバーを考えてみましょう。

静岡県のナンバー「と」山梨県のナンバーを挙げなさい、と問われたらどうでしょうか?
おそらく多くの人は次のように挙げるでしょう。
静岡、沼津、浜松、伊豆、富士山、山梨。

日本人が「AとBとC」のように「と」を使う場合を思い起こしてください。
「と」というのは足し算(+)であり、英語の"and"と同じ意味でしょう、と思うことでしょう。あるいは特別意味を意識せずA、B、Cを示している程度の場合もあるでしょう。
日本語の「と」=英語の"and“という誤りにメスを入れたのが2014年8月23日の記事だったのです。

では英語ではどうでしょうか?
Please give examples of district names of car license plate for Shizuoka Prefecture “and” Yamanashi Prefecture.
この問いに対する答えは、It is Fujisan. です。

もし、Please give examples of district names of car license plate for Shizuoka Prefecture “or” Yamanashi Prefecture. と問われたなら、
It is Shizuoka, Numazu, Hamamatsu, Izu, Fujisan or Yamanashi. となります。

静岡県のナンバーの集合=静岡、沼津、浜松、伊豆、富士山
山梨県のナンバーの集合=山梨、富士山
(注: 富士山ナンバーは静岡県、山梨県両方に存在するナンバー)

英語の発想では、「静岡県のナンバーの集合」and「山梨県のナンバーの集合」と言う場合、意味するところは「静岡県のナンバーの集合」かつ「山梨県のナンバーの集合」なのです。
それを満たすナンバーは山梨ナンバーしかありません。
これに対し、「静岡県のナンバーの集合」or「山梨県のナンバーの集合」と言う場合、意味するところは「静岡県のナンバーの集合」または「山梨県のナンバーの集合」なので、静岡、沼津、浜松、伊豆、富士山、山梨となる訳です。

すなわち、英語では”and”は足し算ではなく掛け算(×)です。そして”or”は足し算です。
日本語はそのあたりが曖昧であり、「と」という元々紛らわしい助詞があったことに加え、”and”を「と」と最初に訳すという大罪を犯してしまった人がいたために、andを足し算と捉える習慣ができ上がってしまったのです。

“And”は掛け算、”or”は足し算であることは、コンピューターや数学や検索などの集合を正確に扱う世界では厳格に守られています。
実は英語も適当なところはあるにはあり、andを「と」的に使わないこともありません。
でも概して日常会話においても欧米人は日本人よりずっとロジカル・シンキングなのです。

英語においてandが本来のand的に使われている場面では、その日本語訳としては「かつ」としたいですね。

(なお、一見ややこしい話ですが、集合を問われた場合は、その構成メンバーをandでつなぎます。
What are the members of the group of district names of car license plate for Shizuoka Prefecture Yamanashi Prefecture? に対しThey are Shizuoka, Numazu, Hamamatsu, Izu, Fujisan and Yamanashi. となります。
その集合を規定するにはどの構成員も必ず存在している必要を示すためのandなのです。)

Have a nice weekend !

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改めて、毎日英語のシャワーを浴びるべきと思った

2018-2-17(土)17:45 記事の最後に録音を載せました。

みなさまこんばんは。
ピョンチャンオリンピック観てますか?

実力のある選手でもなかなか本番でよい成績を上げるのは難しいものですね。
引き続き、日本選手応援しましょう。

今日は英語についての記事ですが、英語の思いについて日本語で書いたものであり、英語そのものの記事ではありませんので、ご安心ください。

今日の要約
・先週2日間、あるヨーロッパからのゲストにフルアテンドした。
・彼の英語は高尚で素晴らしかった。でも速いしゃべりが連続するので、十分に聞き取れなかった。
・”英語脳”を形成するくらいに毎日英語のシャワーを浴びるべき、と改めて思い、ある実行を開始した。

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Author:ST Rocker
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つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
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