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少しの間失礼しました

2020-6-7(日) 16:00 末尾に青字で追記しました。 悩みの解決法に興味のある方は是非読んでください。

みなさまおはようございます。
蒸し暑い日が続きますね。
昨日初めてクーラーを点けました。

数か月前から会社で失意なことがあるので、精神的にとても大きなダメージを受けています。
正直とても苦しいです。
何度も書きましたが、紺屋の白袴じゃいけないので、かつて書いてきたこと、プレゼンしてきたことを自分に言い聞かせています。
マイナスにはマイナスで処しない。マイナスにはプラスで攻撃をしかける。
休日には心技体のバランスを取る。
考えてみたら仕事なんてしなくてもいい年代ですし、同年の友人でも働いていない人もたくさんいます。
しばらくはそのようなことは無縁の状況が続くことでしょう。

さて、ネットが少しの間つながらず失礼をしました。
結局、機器を交換することで解決しました。
ネットにつながらないことがどんなに不便か、そしてつながることがどんなにありがたいか、を痛切に感じた数日でした。

在宅勤務中の先週水曜午後に突然機器が壊れ、ネットにつながらなくなりました。
特殊な方法を使い、1時間に一度くらいメールチェックをして過ごしました。
考えてみれば、多くの在宅勤務のネット環境が、個人の私用のものに依存しているというのも妙な話です。
って言うか、依存してもいいんですけど、制度とルールが全然整備されていないのです。

ネット契約の業者へ連絡するのが至難の業でした。
このステイホーム・在宅勤務の状況のため、問い合わせが殺到しているからです。
電話もチャットもまるで繋がりませんでした。
電話の場合、10分待っていると、時間切れで切れてしまいます。
最初は「何で切るのか!」とムッとしましたが、実は切る方がいいんです。
もし切らないと、1時間や2時間待たないと繋がらないからです。

最初、5、6回かけても繋がらないので、もう諦めようかとさえ思いました。
でも考えました。
「いやいや、ちょっと待てよ。オペレーターは誰かとは話しているんだ。では、どういう人が繋がるのか?」
かけた順番につなぐのと、10分待つわけだけら、10分経った時点でちょうとタイミングよく誰かの電話が終わったところへ食い込むのだな、と。
ということは、何度かかければ必ず繋がるのだな、と。

この論法に自信を得たので、あとはひたすらかけまくりました。
なお、チャットは「オペレーターがいません」と表示されるばかりで、全然だめでした。
結局、電話を全部で15回くらいかけたところで、つながりました。

思ったのですが、10分以上待ってもつながらないほど混んでいる時は、時間切れで切らざるを得ませんが、切るのであれば、待ち時間なしでつながるか話し中かだけでも同じかな、と。だって、10分待ったところで、つながるかどうかは偶然なのだから。
でも、10分くらい待たせてから切る方式のほうが客には説明しやすいでしょう。

電話につながってからは、機器の交換のための手順はポンポンと進みました。

それにしても、コールセンター方式花盛りですね。
亡き父が生前、コールセンター方式に激怒してしまい、そのメーカーの本社へ電話し「ちゃんと商品について説明できる者を出せ」と言ったそうです。
一種の”クレイマー”と捉えられたかもしれませんけど、結局のそのメーカーは真摯に説明する人から父に電話をくれたそうです。

僕は父ほどではないにしても、コールセンターのオペレーターの人にいらつくことは多いです。
全く応用力が利かなかったり、客に対するひたむきさが足りなかったり・・・
個々のオペレーターの力量の問題もさることながら、オペレーターの人たちはそのメーカーの責任を背負っていない場合が多いのが問題だと思います。
メーカーにとってはコールセンターはクレームのためのクッションの役割もあるのでしょう。
今や、郵便再配達や110番も全国集中コールセンター方式ですからね。
保険会社の契約内容の問い合わせもコールセンターの場合もあります。

2020-6-7(日) 16:00 追記。

みなさまこんばんは。
日曜の午後のひととき、いかがお過ごしですか?

今朝の記事はそっけなかったので、追記します。
今日は心技体のバランスに努めました。
先ほどは、手足に軽5kgの重りをまとって、1時間弱歩きました。

とにかくサラリーマン人生。
嫌なことが山ほどありました。
大きな悩みも小さな悩みも、ありとあらゆる悩みが押し寄せてきました。
もう絶体絶命というピンチも5回や6回はありました。
しかし一方で女神が微笑んでくれたことも5回か6回ありました。

我がサラリーマン人生、これまでかろうじて薄皮1枚分、よいことの方が多かった気がしてます。
だからここまで来られています。
とても嫌な輩(やから)がたくさんいました。でも、その数より1人多い輩(ともがら)がいました。
そして、神様はいつも見てくださっていたのです。
そして、「昨日の敵は明日の友」という場面もありました。外交と同じ側面もサラリーマンにはあるのです。

(以下、「だ、である」調で失礼します)

で、僕は今62、そしてそう遠くない日に63になるじいさんが、年甲斐もなく、サラリーマン人生最大の危機を迎えている。
そして一方では、なんと、自分の力がこれまで最高になることの手応えも感じている。

ああ何という試練を神様は与えてくださったのだ。
ふつう60を越えれば、能力は下り坂の一方で、感情も淡くなり、会社でも目立った発言はしなくなり、ただただ再雇用の条件に甘んじて隅っこでおとなしく微笑んでいる。
でも僕は全く違う。
30や40の人間などには負けてたまるかと思っている。
確かに、単調作業の体力と記憶力は30、40代には負ける。でも、経験と知恵と創造力を掛ければ、僕の方が上だ。

よく「若い者に席を譲りなさい」という人がいる。再雇用なんだから考えなさいという人がいる。
でもそれは、とても浅薄な考えだ。
物事の真の発展とは何かを考えられない人だ。

よくブログに書くが、我が人生は、すごいマイナスとすごいプラスが怒涛のように行き来する人生である。
このように生まれたのだから仕方ない。
他者に-1を貶めて自らは+1を獲得する情けない輩が多くなった今。
僕はいつもそうした輩の攻撃対象となる。
僕はマイナスの攻撃を仕掛けないので、与(くみ)しやすい、とでも思っているのだろう。
でも僕はそういう無能な「マイナス貶め者」には容赦がないのである。

僕の今のサラリーマン生活で最大の悩みとは、上記した背景が基礎にある。
スタンドプレイをして”偽”の成果をアピールする困ったちゃん。そして、自己保身のためにそれを認める無能な上司。
そしてさらに困ったことが、今の状態では会社に未来がなくなること。
そして僕の仕事にもマイナスの影響がもたらされることが容易に想像できる。

従って、僕の今の悩みとは、上記の困ったちゃんと上司の行いをやめさせて会社に未来をもらたすにはどうすべきかということと、毎日の僕のとても大きなストレスをどうするかということ。
おかしなことというのは、あまりに毎日頻繁に起きると、それが当たり前のようなことになってしまい、こっちが逆に落ち込んでしまうこと。
DVなんかと似た感じでる。

僕の悩み解決法というのは、カテゴリ「メンタルヘルス」の記事をご覧になればおわかりだと思うけど、悩みに対してお慰みを言うことではないのである。
マイナスに対してマイナスで処するのではない。
「マイナスで処する」とは、悪いことをする奴を今度はこっちが貶める、とか、悩んでいる人に”よしよし”すること。

マイナスの応酬はさらなるマイナスをもたらす。
そうではなくて、「攻撃は最大の防御なり」である。
ここで言う「攻撃」とは、相手を傷付けることではなくて、自分の新しいプラスの考えを行動に移すことなのである。

問題点や悩みというのは、一種の”低レベル”の「膠着状態」であるから、それを抜本解決する新しいアイデア、しかもそれは上位概念なのである、を打って出るのである。
「くそみそ」の醜い塊をもひっくるめて、嫌な奴をもひっくめて、新しい生産活動に持っていくのである。
そうすれば、自分もハッピー、問題児もハッピーになる。

「悩み」という観点から見れば、悩みをなるべく客観視する。
悩みを絶対視し過ぎてドツボにはまらない。
悩みを無限大にせず、「しょせんあんなもんだ」という、ささいな有限のことだ、と悟る。

僕は若い頃、すごく嫌な上司に付いたことがあった。
土日もそのことが頭から離れない。
当時ランニングをやっていた。京葉コンビートの煙突から出る煙が真横にたなびく強風の冬の日でも、「この5kmを22分以内で駆け抜けないとあの上司に明日負けるぞ」と試練を課した。
この考えはよかった。自分には、自分なりのもっと尊く厳しい目標がある」と。
上司の理不尽な考えなどしょせんこんなものだという客観視と、自分の余裕の精神力でかわせるな、という自信ができた。

よって、今回の会社の悩みに対しては、自分の味方数人とタグを組んで新しいプロジェクトを立ち上げることにしたのだ。
困ったちゃんや上司を貶めるのではなく、困っちゃんがスタンドプレイなどやるのもむなしく、上司もそれを抱擁するのもむなしいほどの価値のあるプロジェクトだ。

そして一方では、困ったちゃんや上司とは極力仲良く楽しく振る舞うこと。
一見矛盾しているようだけど、この人たちだって人間だ。基本は尊重しよう。
今たまたま、ちょっとずるいことをしようとしてしまっているけど、それをなんとか放念してもらおう。

そして、もし無能上司が自己保身を何よりも優先させ、困ったちゃんのスタンドプレイを100%肯定し、しかも人事も社長もそれを認容したなら、いくら愛すべき会社とはいえ、もう未来はないのだから、潔くケツをまくって(これって今や死語だね)会社を辞めるつもりだ。

明日からまた闘いだ。
でも仲良く、仲良く。
一方で、プロジェクトを推進しよう。

そして、いつもこんな僕をサポートしてくれる、偉大な友だち、ありがとう!
では、残り日曜のひととき、充実して過ごそうね。
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ピンチの時は必ず味方がいる

みなさまこんばんは。
月曜からお天道様のお顔を一度も見ていませんでしたが、昨日の夕方に突然お顔を見せられました。
そして今日はとてもよい天気でした。でも少し蒸し暑いかな。

お元気でしょうか?
ようやく感染者(正しくは陽性者)数もかなり少なくなってきました。
これから第2波、3波はあるにせよ、第1波の被害は諸外国に比べても極めて小さかった結果となりました。

ならば全てを手放しで喜べるのでしょうか?
答はもちろんノー。
経済と教育に与えた計り知れない損失がよかったのかを真剣に検証しないといけません。

物事何でもそうですが、過去の判断の是非を結果だけを見て評価してはいけません。
今回のコロナで言えば、政府による学校の休校要請と緊急事態宣言(および自粛要請)は、一定の効果は上げたことでしょうし、あの時にこの判断をしたことは1つの考え方ではあります。

ただし、大きな問題がありました。
国民に対する説明が圧倒的に不足していました。
オーバーシュート、クラスター、3密のような説明しかありませんでした。
新型コロナの問題に限らず、物事の難しい判断をするには、立体的でかつデータベースで検討してから判断するべきであり、そしてその判断の根拠を国民に立体的かつデータベースで説明する必要があります。

2月とか3月の時点では、既に中国をはじめとした多くのデータがあり、立体的かつデータベースで検討し判断し説明することは十分に可能であったにもかかわらず、政府や知道府県知事は、とてものっぺらとした説明(”さあ自粛しよう”みたいな)しかしませんでした。
(もっとも緊急事態宣言以後は8割削減とか、再生産数(何人に移す能力があるか)とか、10万に当たりの1週間の感染者数とかの目安的話は出てきたものの、これは後出しじゃんけん的でした。しかも立体性に欠け非常に薄っぺらいものです)

では、どのような検討、判断、説明が可能であったのかを僕なりに考えてみます。
もちろん結果論だけの論点は避けます。

今回の新型コロナは、全ての人に等しく攻撃を与えるのではなく、老人や持病がある人に特異的に攻撃を与えるものです。
この傾向は、インフルなどのウイルス性感染症には共通ではあるものの、新型コロナは特に顕著です。
このことは、2月や3月の時点で十分にわかっていました。
にもかかわらず、全ての国民に等しく行動制限を加えたことが、まず問われます。

今回の場合、「新型コロナの感染を遅らせるために休校・自粛する」ということと、「経済・教育が停滞してしまう」ということを天秤にかけ、この二律背反(トレードオフ)にどう立ち向かうかという挑戦でありました。
ところが、そもそも、2月、3月の時点で、違う捉え方があったはずです。

ハイリスクの人たちは全人口のこく少数(1割程度か)しかいないので、この人たちをどう守るかを考える方がよかったかもしれません。
リスクのない(あるいはとても少ない)大多数の人も含めて、全国民が等しく自粛することがよかったかどうかです。

政府は、緊急事態宣言を出したから収まったと言っていますが、逆にデータは、緊急事態宣言後に急に感染者数が跳ね上がったと読めなくもありません。
1つは、家庭内感染が大きいことと、院内感染が大きいことの事実を見逃してはいけません。
新型コロナの感染は、飛沫感染よりも物の表面を手で触って感染するルートの方が多いという報告もあるとのことです。

もちろん、屋形船的な宴会とかカラオケとかキャバレーのような場所は飛沫感染のリスクは大きいでしょうけど、そうでなければ自粛してもそうかわらないと見ることもできます、むしろ自粛では家庭内感染が増え、スーパーの商品を触ることなどの経路で感染し、院内感染し、という感じで感染が増えていくことすらあると思います。
僕はむしろ、緊急事態の期間の間に感染者数がピークを過ぎて減少に転じたのは、自粛したからというよりも、スーパーやコンビニの「物経由での感染」の対策が急に進み、そして人々の個々の衛生対策意識が進んだことによると思っています。

それともう1つの大きい論点は「集団免疫」。
ウイルス感染症というのは基本的に、一度感染すると抗体が形成され、次には感染しない(あるいはしにくい)という免疫の機能が人間にはあります。
従って、リスクの少ない人たちは、むしろどんどんウイルスに感染して集団免疫を獲得する、という考えがあります。
既に欧米ではこの考えに転換しています。

ということは、今回の新型コロナに対しては、ハイリスクの人たちのみ自粛し、リスクの少ない若者を中心とした普通の人は自粛せず(カラオケのような極端な場所は除く)、集団免疫を獲得するという戦略もあり得ます。
免疫を受けた人は、感染を防ぐ”盾”にもなりえます。
この考えだと、一瞬はかなり感染者数が増え大変な時期がありますが、それを乗り越えると、オーバーオールにはいち早い終息を迎えるということになります。
なによりこの場合、経済・教育に対するダメージは最小になります。

このような戦略で行くことを、緊急事態発令の段階で十分オプションとしてあり得た話ですし、緊急事態の途中でもこのような戦略への転換もできたはずです。でもしなかった。

では、政府とか都道府県の立場になって考えてみましょう。
首相とか知事のような人たちにとっても、もちろん、二律背反(トレードオフ)があります。
二律の一方は当然、人民を救うこと。
ではもう一方は?
残念ながら、経済や教育の停滞ではなく、自己の保身でしょう。すなわち、責任を問われること。

たとえ、僕が上記した「ハイリスクの人たちのみ自粛し普通の人は集団免疫を獲得する」ことが本当の最善の案だと仮に思えても、天秤に載せる相手は自己の保身。
日本のみ感染者が少ないから独自の戦略を採ったということで他国から受ける非難をすごく重視するでしょう。
あるいは、全国民が等しく自粛することによる経済・教育面のマイナスは、首相や知事には大したマイナスではないでしょう。

このように、首相や知事における二律背反(天秤)のバランスは、国民におけるバランスとは著しくかけ離れれいるのでしょう。

さて、前置きが長くなりました。本題を書きます。

ここ半年くらい、かなりピンチです。
再雇用を早く脱して自分の仕事を始めたいのに、ずるずると来てしまったサラリーマン生活。
24でサラリーマンになってから苦節38年。
その中でもかなりのピンチです。

僕がしている仕事の分野が、会社としてピンチですし、僕自身もピンチです。
会社のいやなことって、花粉症みたいで、いやなことが積み重なっていくようです(過去のものが消えることなく加算される感じ)。
だからもし、サラリーマン生活を100年続けろと言われたら、発狂しますね。

日頃、ブログでは会社の困難をどう乗り越えるかについて書き、外部でプレゼンもやっている僕ですけど、自分自身のこととなるとなかなかそう簡単には行きませんね。(紺屋の白袴)
このブログのカテゴリ「メンタルヘルス」にあるようなことを、自らにも読み聞かせています。
みなさまもぜひ読んでください。
そして、この件でご要望あれば出張プレゼンします。(コロナ落ち着いたら)

そしてつくづく思うのは、こんなピンチでも必ず味方はいるということです!
ほんとにありがたいことですね。
人間、信じて生きていれば必ず味方はいるものです。
神様もきっと見捨てないでしょう。

では今日のおまけは、3年近く前のレット・イット・ビー。
ピアノとボーカルとコーラスだけで、しかも曲の一部のみで失礼します。

テーマ : 心と身体
ジャンル : 心と身体

「神様はいつも見てくださっている」の意味 (+前回のクイズの答え)

Hさん、残念ながらTさんより数十秒早く、444,443人目でした。
その後すぐに再訪問されましたが、同じ人が同じ日に再訪問してもカウントされません。
でも、HさんもTさんもほとんど同じご訪問でしたので、Hさんももちろん感謝です。
そして、言うまでもなく、みなさまに感謝です。


みなさまこんばんは。
先ほど、1月16日(木)23時7分頃、累積ご訪問者数が444,444人に達しました。
みなさまのおかげをもちましてここまで来られました。
本当にありがとうございます。
ちょうど444,444人目の方は、もし訪問履歴の方がそうだとすれば、Tさんです。
Tさんおめでとうございます。
では、頑張って45万人、50万人を目指します。

さて、年末にも書きましたような職場で生きることの苦しみ。
年明けの記事では、まずはこの苦しみを共有しましょう、と書きました。
誰もが生き生きと働けるための図式というのを考えないといけません。
それは個人のレベル、職場のレベル、そして大きくは日本のレベルでそれぞれ考えるべきなのです。

でも、それ以前の問題として、職場の中で個人はどう振る舞うべきか、についても年明けの記事で書きました。
本当は、職場全体を引っ張るような骨太の事業の方向性みたいなものがあるのが何よりですけど、それがなくても、できる限り無用な相手の貶め合いはなくし、健全な関係を築こう、という趣旨でした。

今日は、さらにそれ以前の問題として、職場で働く際のすごく基本的な心構えを書きます。
別に職場でなくても、あらゆる集団とか人の集まりで当てはまると思います。

はい、それは「神様はいつも見てくださっている」です。
このブログでも既に数回書きました。
職場の中で、このところずっと不運だ、不遇だ、とお悩みの方は多いでしょう。
これから先々、悪いことこそあれ、よいことなど全く予想すらできない、と絶望的な方も少なくないかもしれません。

しかしです。
人間、頑張って働いて(生きて)いれば、不運・不遇のばっかりであることなどあり得ません。
必ずよいことが起きるのです。
はい、神様はいつも見てくださっているからです。
僕の38年のサラリーマン生活から、そのことは絶対に言えることなのです。

これはお慰みで言っているのではありません。
科学的にも実証できることです。

集団(職場等)に所属する人々は、各々の特性と考え方を影響し合って集団が機能しています。
構成メンバーである個人には、その特性と考え方には何種類もの要素があって、その時々のニーズやいろんな条件の影響を受けて、何かの要素と要素が絡み合って機能するのです。
どの要素が絡むかは、時と共にどんどん変化していきます。

外交と一緒だと考えるとわかりやすいです。
例えば、ヨーロッパのいろんな国同士の関係は時代とともにとても複雑で、しかも目まぐるしくその関係は変わっていきます。
ある時はこの国とあの国が仲良かったと思ったら、次の年には合わない部分(上で言う人の特性や考え方の要素と考えてください)が出てきたので、別の国と仲良くなったり。
昨日の敵は今日の友とか。
ある国が、昔から将来までずっと見捨てられてるなんてありえないのです。
あるとしたら、何の努力もせず悪だくみだけしている国でしょうね。

どんな人に対しても神様はいつも見てくださってる、とは言っても、やはりそこは、より努力する人にはより見てくださっている、という差はつきます。
それは仕方ないですね。

それと、漫然と努力するよりも、何か考える枠組みがある方が、人は絡みやすくなると言えます。
単なる総花的な知識ばかりが増えても、それが体系化されていなければ、他人はそれに価値を見出しにくいと思います。
従って、よく努力し、そして枠組みを持てば、神様はより見てくださることになるでしょう。

人間関係は国の外交と似ているので、それなりの用心とか、場合により話術とか企てが重要になることはあります。
でも、画策こそが全てということにはならないです。

いずれにしても、「神様はいつも見てくださっている」ということを常に意識するのとしないのとでは大違いです。

では、前回のクイズに行きましょう。
問題: ケニア人をはじめとするアフリカ人はなぜ、他の民族より飛びぬけて長距離走が速いのか?
答え: 脚が細いから。

まるでチコちゃんの番組の問題みたいですね(笑)
超意外な答えでしょ。

あくまでも、かなり前(7、8年前?)にEテレの番組で取り上げていた、ある研究機関の研究の結果ではこの答えだ、とお断りしておきます。
とにかく、たまたまチャンネルを回したら目に入った番組でしたので、録画も何もしていませんでした。
大分時間も経ったので、かなり詳細は忘れてしまいましたが、すごくきちんとした研究であったことは間違いないです。
ヨーロッパのどこかの国の研究機関だったと思います。

実際に何人かのアスリート(ケニア人、非アフリカ人等)が実験台になり、あらゆる因子が検討されました。
長年研究人生を送った僕から見ても、正しい研究方法、統計方法だと思いました。

検討した因子は、最大酸素摂取量、筋力のような運動能力面、身体的特徴や内臓の働きのような医学面、食べ物や生活習慣の面、精神面、トレーニングの方法・環境面、学歴、育った環境、経済面等の社会的側面、などなどです。
そして、これらの全ての因子は、意外にもケニア人が優れている面はありませんでした。

よく、ケニア人は子供の頃に長距離を走って通学していたので自然と鍛えられた、のようなことをよく言われますが、そんな環境でなかった選手も走力がおしなべて高いのです。
トレーニングの質もさして特別ではなく、そしてその結果としての運動能力も特別なものではなかったのです。

唯一、脚が細いというケニア人(というかアフリカ人全般でしょう)という民族的特質のみが影響していました。
要するに、振り子の原理で、脚が細い分軽いので楽に振れるので、足送りが速くでき、しかも疲労が少ないのです。

超意外でしょ。
ならば、日本人でも脚の細い人を厳選すればいいのでは?
ただ、ケニア人は全員脚が細い中、能力の高い人を選べる中、日本人の脚の細い人は母数が著しく限られるので、ずっと不利ですね。

経済的に不利の中のハングリー精神が強いので、走りも速いことを答えてくださった方もいらっしゃいました。
確かにそうした要因も大事ですね。
でも、もしそれが主たる要因であるなら、ケニア人をはじめとするアフリカ人が一様に、しかも突出して長距離が速いのは、説明がつきにくい面もあると思います。
経済的に裕福だったケニア人も長距離は速いという事実もあります。

今回クイズに応募いただいた方々、ありがとうございました。

テーマ : メンタルヘルス
ジャンル : 心と身体

悪い気を追い払います

本日(8/10金)、累積訪問者数カウンターが、345678人を迎えます。
午前10時頃と思います。
どなたか踏んでくださいませ(^^)/


みなさまこんばんは。
暑い日が続いています。
しかし今日はいくらか暑さが和らいでいる気がします。湿度が少し低いからかもしれません。

英文ブログ「A new sound of business」と同じ内容で同時公開です。

実はワタクシ、仕事上で超難問に直面しています。
相手のいることなんです。
いつになく精神的にやられています。

そこで今日はお家の掃除をしっかりとやりました。
特別なことは何もないのですが、とにかくしっかりと。
すると気持ちがかなり落ち着きました。
悪い「気」を追い払った気がします。

そして、多重録音もやってみました。
前回のSingle Pigeonは、5年前のかなりラフな弾き語りの録音でした。
そこで、今日はもう少し丁寧に多重録音してみました。
以前に耳コピしていたので、すぐにコードを思い出しました。

イヤホンで聴いてください。

こちらは本物です。

本物を紹介することがよいのかどうか・・・(^^;

2018-8-5(日) 19:50追記

みなさまこんばんは。
いやあ、暑いですね。
昨日は湿度がやや低かったですが、今日は湿度たっぷりで、気温も高いです。
そんな中、計5kgの重りを手足にまとい、2時間の行軍をしてきました。

悩みが深い時は敢えて超しんどいことに挑戦。
とんでもなくしんどいことを乗り越えることで、悩みがちっぽけに思えてくる。
僕が若い時からやっている悩み解決法です。
荒療治ではありますけど、効果はあります。

それにしても今日の天候で5kg重りでの2時間行軍はしんどいにも程がありました。
正直、みなさまはマネしないでください。
悩み深い時にしんどいことを敢えてやるということは勧めますが、この天候での激しい運動は普通の人は避けるべきです。

僕は30代のころからマラソンとか悪条件で地形を制覇したり山に行ったりと、極限で自分がどれだけ頑張れるかをよく知っていますし、どうなれば休まなければならないかもよく知っています。
今日はすごい高温に加え湿度もすごかったでした。
日陰に入ってもあまり楽になりません。
2010年に田子の浦から富士山頂まで行軍した時、富士の裾野の密林の中の道を歩いた際の高温多湿のとんでもなくしどかった状況を思い出しました。
ですから、日陰ではゆっくり歩いて体力を回復し、日陰の公園では1回小休止しました。
冷凍庫で凍らせた500mlの水のPETを上手に飲みながらの行軍でした。

とにもかくにもやり遂げました。
充実感いっぱいです。
明日のバトルに向け英気を養い中です。

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

今日はこうして過ごしました(みなさまぜひ参考にしてください)

みなさまこんばんは。
日曜はいかがお過ごしですか?

「水曜以外の特別記事」、2日連続でお届けします。

昨日からの深い落ち込みからの脱却の様子を書きます。
みまさま、ぜひ参考にしてください。

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テーマ : 心と身体
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ST Rocker

Author:ST Rocker
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つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
コメントは本筋に沿ったものをお願いします。

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