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攻撃は最大の防御なり (その2)

みなさまこんばんは。
お正月はいかがお過ごしで(したで)しょうか?
どうぞ今年もよろしくお願いします。
なんだかんだで2020年も終了し、2021年が始まりました。
よい意味での転換の年としたいですね。

今年は年賀状は、メールで出す人とか、来年から年賀状をやめるという人も少しずつ出始めています。
なんか寂しいですね。

さらに今年の場合は、喪中の人がかなり多かったでした。
友人や知り合いの親御さんが90歳くらいで亡くなったことが相次ぎました。
ちなみに、僕の母は、僕が43歳になったとたんに76歳で早々亡くなりましたし、父は4年前に97歳で亡くなりました。
僕は、遅い子だったので、親との別れを普通の人より早く体験することになりました。

さて、今日(4日)からお仕事の方もいらっしゃると思います。
いきなり月曜スタートなので、とても大変だと思います。頭が下がります。
僕の会社は6日からです。
先日の記事で「会社と真っ向から戦った」と書きましたように、6日からの仕事はまだまだ平坦ではありません。
自分を信じての戦いはまだまだ続きます。
「戦い」とは言っても、純粋なスポーツのような「フェアプレイ精神」でやるのではないので(注:少なくとも僕はアンフェアなプレイはしませんよ(^^)/)、心的なマイナスのエネルギーもかなり使います。

僕に限らず、現在仕事が大変な人は多いことでしょう。

僕は、「悩み」というものをどう解消するのか、自分なりに随分研究してきました。我が身の人体実験を通じて。
すると、僕なりの結論は「攻撃は最大の防御なり」です。
同名のタイトルで2015年1月30日に記事(←クリック)を書きました。是非読んでみてください。
今回は「その2」としました。

悩みを和らげるには、やるべきことの負担を減らし、周囲と同化し、安らぎや癒しを得て、精神を落ち着けるのが大事なことは言うまでもありません。
ところが、自分が何かに貢献したり生み出しているという充足感が減っていき、場合によりかえって落ち込むことがあるのと、世の中の生産性は下がり発展がなくなる方向になってしまう、という別の側面もあります。

「攻撃は最大の防御なり」は、やや劇薬的なものであり、大失敗の可能性もそこそこありますが、うまく行けば悩みを吹っ飛ばす効果は絶大であり、自分も含めて、関わる人たちと、その集団の発展が期待できます。
世の中では、この格言はスポーツや戦争の場合に象徴的に使われますが、僕がここで言うのはもっと意味が広く、必ずしも相手を打ちのめすことではありません。

相手がいようといまいと、悩みが深い場合に、その悩みに「よしよし」するのはなく、自らが何か積極的で前向きなことに打って出るのです。
必ずしも、その悩みそのものに対峙することでなくてもよいのです。

例えば、上司から自分の考えを否定されまくって八方塞がりの時は、まずは上司の考えのもとにざっとこなして安心させた後、自分の考えに基づいた検討をやって、その結果を突き付ける。
むしろ上司が困っていることに対し、行く先を示してあげる位の気持ちでこちらがリードする。
そもそも問題上司というのは、考える力がないので、逆にこちらが上司のつもりでリードするのがよいと思います。

あるいは、超問題児がいたとして、敢えてその人間と同盟を組み、困難な課題を解決する。

さらにあるいは、もし会社にすごい悩みが今あるなら、それよりももっとしんどいことを自分に課す。今日は5kmを22分以内に走れなければ、明日の仕事では部下からさんざん突き上げられるぞ、とか。
すると、会社での悩みが取るに足らなくちっぽけなものに思えてくる。

以上の例は、これまで僕が体験して大きな効果を得たもののほんの3例です。
要は、ここで言う「攻撃」の意味するところは、「悩み」というマイナスの事柄のマイナスの程度を小さくすることではなく、何かのプラスのことで打って出るということです。(必ずしも”ガチバトル”ということではありません。)
これをやる過程あるいは結果で、脳内に快感物質が放出されるようで、とってもワクワク感になり、さらに意識が高揚します。
そして、悩みが客観的、有限的に思えてきます。
さらには、自分も相手も集団も発展します。

こういう僕の考え方というのは、実はメジャーじゃないんだ、と最近ようやく気付き始めたところです。
確かに、僕とて誰からも教えられたものではなく、あまりに苦しかった20代~40代に、もがきながら必死に編み出した術なのですから。

たまに人から「STさんはマゾみたいだ」と言われます。
最初は「ひどいな」と思いましたが、「言い得て妙」とも思っています。
ま、「マゾ」は極端にしても、苦しいことを何種類か極めることで、心技体の極限状態を司る脳の部分がうまく作用して、悩みを鎮めるようです。
だから、マラソンを完走するような極限の体験をする人は、悩みを克服できる力が少し大きいように思います。(あくまで私感ですが)
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テーマ : メンタルヘルス
ジャンル : 心と身体

会社員を40年近くやってみて

みなさまこんばんは。
今年も残すところ1日強となりました。
いかがお過ごしでしょうか?

僕は63のおじさんです。
1982年にマスターを卒業して製造業の会社に入社しずっと技術職として働き、2005年に今の会社に転職し、やはり技術に軸足をおいた仕事をし続けています。
60過ぎてからは再雇用で働いています。
普通は仕事ぶりはフェイドアウトする存在ですが、何回か前の記事に書いたように、会社と真っ向から戦いました。ひとえに「是々非々」からです。
結果は1勝1敗。
この”自らの人体実験”の結果も採り入れながら、このブログベースの発信活動を続行し、さらにはそれを形のあるものへまとめて行きます。

今日は、年末ということもあるので、これまでの40年近い会社生活を振り返りつつ、日本の会社というものはどうなってきたのか、について僕なりに総括してみます。
そして、会社で苦労されている方々へ、若干のメッセージを書いてみます。

まだ日本の高度成長のなごりがあり、好景気であった時に入社し、その後、破竹のニッポン半導体攻勢で湧いた時期を迎えました。
好景気であった頃の日本の会社というのは、基本的に市場が青天井であり、進むべきベクトル(方向)もほぼ自明であり、ゆえに、真面目で頑張り屋であれば誰でも報われました。
もちろん、人間の所業として、保身、画策、搾取といったものはその頃から存在はしていましたが、度が過ぎる人間は自然淘汰されたと思います。
そんな中、基本は真面目で頑張り屋であり、さらに多少のリーダーシップがある人がマネジャーになり、そして出世していきました。

その後、日本はバブルの崩壊が起こり、そして、低成長時代へと向かっていきます。
低成長へ向かった原因はいろいろありますが、一つは、日本型の加工的な産業が頭打ちになってきたことが挙げられるでしょう。
もっと言ってしまうと、日本に限らずですが、技術の進歩は、人間の生活パターンを革命的に変える種類のもの(かつての例言えば、自動車、石油化学製品、コンピュータ/ICなど)が出にくくなっているため、社会全体の大きな流れで牽引するようなものが最近は出ていないことが挙げられます。

そうなってくると、各会社の方向性を定めるのは難しくなります。
もし国全体が、ほぼ同じ方向に成長しているなら、そこで頑張った会社は、そして頑張った社員は、それに見合った利益が得られるでしょうし、そこから生産した物は、次の会社なり人の元手となって、さらなる利益を生み出していくでしょう。
しかし、全体がゼロ成長となると、そのような好循環で回る部分は全体の中の全てではなくなります。
場合により、どこかの会社の利益は、別のどこかの会社の損益に基づく場合があるでしょう。
会社内でも同じことが言えます。会社全体が健全に伸びていればいいですが、会社の方向が錯綜している場合は、誰かの社員の飛躍は別の誰かの社員の不幸に基づく場合があり得るでしょう。

こうなってくると、かなり強力な戦略とリーダーシップを持っている社長による会社でないと、会社内で社員たちが健全に働けず、保身、画策、搾取といったものがはびこりがちになるでしょう。
そして、その流れに余計に拍車をかけたのが、欧米式の実力主義の導入だと考えています。
(やや脱線ですが、欧米各国は早くから日本の労働の美徳や協力精神、チームプレイというものに危機を覚え、個人主義、点数主義、結果主義という欧米流の考え方を日本に押し付けたと思います。
僕が前にいたアメリカ系の会社でも、上役にかわいがられた30歳そこそこのスマートでパワポを使いこなしてプレゼンする人が目立っていました。
もちろん、中には実力のある人もいましたが、困るのは、見掛け倒しの人もいっぱいいるということです。)

要するに、今の時代は、会社で働く人にとっては、昔の好景気の時代よりも厳しくなってきていると思います。
「ならばどうするのですか?」という問いに応えようとしているのが、このブログであります。
はっきり言って、その応え方は何通りもあります。
まずは、現状を是認するのか、変えるのかだけでも、根本から二分します。
そしてそこから先の考え方も何通りもあります。

これまで、少しは考え、発信してきましたので、ご興味のある方は、カテゴリの「メンタルヘルス」、「社会」、「考え方」などを見てください。

少しだけ書いておきますと、かつての日本のような成長産業を再燃させるなんてほぼ無理です。
低成長またはゼロ成長をある程度受け入れる中で、少しでも優れた技術やサービスを考えるのがまず一つでしょう。

そしてこのへんで、そろそろ、そもそも人間は、好景気自体にマッチした「ピラミッド型組織」ものから離れる視線を持ってもよいのかもしれません。
誰もが生き生きと、幸せに生きられる組織。会社でも役所でも学校でも何でも。
そういうことを我々シニアが考えて、若い人たちに少しでも道筋をつけたいと思います。

最後に、会社で苦労されている方へ、少しでもご参考になればと思い、僕がかつて会社での苦労をどうやって解決、克服または低減したかを書こうかと思いました。

しかしですね、僕の場合、悩み症なんですが、どうもそこから先が頑丈みたいんなですよ。つまり、なかなか壊れない。
24歳以来、とんでもない会社の苦労をしてきているんですが、土壇場で乗り切れちゃうし、しかも「くそ~!」と思って、却って自分なりに頑張ってしまうのです。
だから、もしかしたら、あまり参考にならないかもしれません。

もし、ご興味のある方は、ぜひカテゴリの「メンタルヘルス」、「社会」、「考え方」などの記事を読んでください。
最後に、悩みを脱するポイントだけ下記しておきます。

・心技体のバランスを取ること(特に休日)(僕の場合は、手足に計5kgを付けての1~2時間の歩行訓練と多重録音。これでどんな悩みの時でもでも、日曜の夜を乗り切られます)
・悩みを客観視すること(絶対に主観視しない)、有限として捉えること(絶対に無限の悩みとしない)。
・全く違う立場の違う人たちとの交流の場を持つこと(僕の場合は、かつては、地元のスポーツクラブ的な人との交わり、今は、素晴らしい友人)
・会社でも親友をもつ。(しかもできればマネジャーの力があるけどマネジャーではない人)
・絶対に人には負けないものを持つこと(できれば複数)

では、よい大晦日をお迎えください。

テーマ : 心と身体
ジャンル : 心と身体

ワタクシにとって超ヤバい曲

みなさまこんばんは。
いつの間にか師走も本番ですね。
いかがお過ごしですか?

今回の記事は、メンタルの調子が現在よろしくない方は読まないほうがいいかもですよ。

続きを読む

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少しの間失礼しました

2020-6-7(日) 16:00 末尾に青字で追記しました。 悩みの解決法に興味のある方は是非読んでください。

みなさまおはようございます。
蒸し暑い日が続きますね。
昨日初めてクーラーを点けました。

数か月前から会社で失意なことがあるので、精神的にとても大きなダメージを受けています。
正直とても苦しいです。
何度も書きましたが、紺屋の白袴じゃいけないので、かつて書いてきたこと、プレゼンしてきたことを自分に言い聞かせています。
マイナスにはマイナスで処しない。マイナスにはプラスで攻撃をしかける。
休日には心技体のバランスを取る。
考えてみたら仕事なんてしなくてもいい年代ですし、同年の友人でも働いていない人もたくさんいます。
しばらくはそのようなことは無縁の状況が続くことでしょう。

さて、ネットが少しの間つながらず失礼をしました。
結局、機器を交換することで解決しました。
ネットにつながらないことがどんなに不便か、そしてつながることがどんなにありがたいか、を痛切に感じた数日でした。

在宅勤務中の先週水曜午後に突然機器が壊れ、ネットにつながらなくなりました。
特殊な方法を使い、1時間に一度くらいメールチェックをして過ごしました。
考えてみれば、多くの在宅勤務のネット環境が、個人の私用のものに依存しているというのも妙な話です。
って言うか、依存してもいいんですけど、制度とルールが全然整備されていないのです。

ネット契約の業者へ連絡するのが至難の業でした。
このステイホーム・在宅勤務の状況のため、問い合わせが殺到しているからです。
電話もチャットもまるで繋がりませんでした。
電話の場合、10分待っていると、時間切れで切れてしまいます。
最初は「何で切るのか!」とムッとしましたが、実は切る方がいいんです。
もし切らないと、1時間や2時間待たないと繋がらないからです。

最初、5、6回かけても繋がらないので、もう諦めようかとさえ思いました。
でも考えました。
「いやいや、ちょっと待てよ。オペレーターは誰かとは話しているんだ。では、どういう人が繋がるのか?」
かけた順番につなぐのと、10分待つわけだけら、10分経った時点でちょうとタイミングよく誰かの電話が終わったところへ食い込むのだな、と。
ということは、何度かかければ必ず繋がるのだな、と。

この論法に自信を得たので、あとはひたすらかけまくりました。
なお、チャットは「オペレーターがいません」と表示されるばかりで、全然だめでした。
結局、電話を全部で15回くらいかけたところで、つながりました。

思ったのですが、10分以上待ってもつながらないほど混んでいる時は、時間切れで切らざるを得ませんが、切るのであれば、待ち時間なしでつながるか話し中かだけでも同じかな、と。だって、10分待ったところで、つながるかどうかは偶然なのだから。
でも、10分くらい待たせてから切る方式のほうが客には説明しやすいでしょう。

電話につながってからは、機器の交換のための手順はポンポンと進みました。

それにしても、コールセンター方式花盛りですね。
亡き父が生前、コールセンター方式に激怒してしまい、そのメーカーの本社へ電話し「ちゃんと商品について説明できる者を出せ」と言ったそうです。
一種の”クレイマー”と捉えられたかもしれませんけど、結局のそのメーカーは真摯に説明する人から父に電話をくれたそうです。

僕は父ほどではないにしても、コールセンターのオペレーターの人にいらつくことは多いです。
全く応用力が利かなかったり、客に対するひたむきさが足りなかったり・・・
個々のオペレーターの力量の問題もさることながら、オペレーターの人たちはそのメーカーの責任を背負っていない場合が多いのが問題だと思います。
メーカーにとってはコールセンターはクレームのためのクッションの役割もあるのでしょう。
今や、郵便再配達や110番も全国集中コールセンター方式ですからね。
保険会社の契約内容の問い合わせもコールセンターの場合もあります。

2020-6-7(日) 16:00 追記。

みなさまこんばんは。
日曜の午後のひととき、いかがお過ごしですか?

今朝の記事はそっけなかったので、追記します。
今日は心技体のバランスに努めました。
先ほどは、手足に軽5kgの重りをまとって、1時間弱歩きました。

とにかくサラリーマン人生。
嫌なことが山ほどありました。
大きな悩みも小さな悩みも、ありとあらゆる悩みが押し寄せてきました。
もう絶体絶命というピンチも5回や6回はありました。
しかし一方で女神が微笑んでくれたことも5回か6回ありました。

我がサラリーマン人生、これまでかろうじて薄皮1枚分、よいことの方が多かった気がしてます。
だからここまで来られています。
とても嫌な輩(やから)がたくさんいました。でも、その数より1人多い輩(ともがら)がいました。
そして、神様はいつも見てくださっていたのです。
そして、「昨日の敵は明日の友」という場面もありました。外交と同じ側面もサラリーマンにはあるのです。

(以下、「だ、である」調で失礼します)

で、僕は今62、そしてそう遠くない日に63になるじいさんが、年甲斐もなく、サラリーマン人生最大の危機を迎えている。
そして一方では、なんと、自分の力がこれまで最高になることの手応えも感じている。

ああ何という試練を神様は与えてくださったのだ。
ふつう60を越えれば、能力は下り坂の一方で、感情も淡くなり、会社でも目立った発言はしなくなり、ただただ再雇用の条件に甘んじて隅っこでおとなしく微笑んでいる。
でも僕は全く違う。
30や40の人間などには負けてたまるかと思っている。
確かに、単調作業の体力と記憶力は30、40代には負ける。でも、経験と知恵と創造力を掛ければ、僕の方が上だ。

よく「若い者に席を譲りなさい」という人がいる。再雇用なんだから考えなさいという人がいる。
でもそれは、とても浅薄な考えだ。
物事の真の発展とは何かを考えられない人だ。

よくブログに書くが、我が人生は、すごいマイナスとすごいプラスが怒涛のように行き来する人生である。
このように生まれたのだから仕方ない。
他者に-1を貶めて自らは+1を獲得する情けない輩が多くなった今。
僕はいつもそうした輩の攻撃対象となる。
僕はマイナスの攻撃を仕掛けないので、与(くみ)しやすい、とでも思っているのだろう。
でも僕はそういう無能な「マイナス貶め者」には容赦がないのである。

僕の今のサラリーマン生活で最大の悩みとは、上記した背景が基礎にある。
スタンドプレイをして”偽”の成果をアピールする困ったちゃん。そして、自己保身のためにそれを認める無能な上司。
そしてさらに困ったことが、今の状態では会社に未来がなくなること。
そして僕の仕事にもマイナスの影響がもたらされることが容易に想像できる。

従って、僕の今の悩みとは、上記の困ったちゃんと上司の行いをやめさせて会社に未来をもらたすにはどうすべきかということと、毎日の僕のとても大きなストレスをどうするかということ。
おかしなことというのは、あまりに毎日頻繁に起きると、それが当たり前のようなことになってしまい、こっちが逆に落ち込んでしまうこと。
DVなんかと似た感じでる。

僕の悩み解決法というのは、カテゴリ「メンタルヘルス」の記事をご覧になればおわかりだと思うけど、悩みに対してお慰みを言うことではないのである。
マイナスに対してマイナスで処するのではない。
「マイナスで処する」とは、悪いことをする奴を今度はこっちが貶める、とか、悩んでいる人に”よしよし”すること。

マイナスの応酬はさらなるマイナスをもたらす。
そうではなくて、「攻撃は最大の防御なり」である。
ここで言う「攻撃」とは、相手を傷付けることではなくて、自分の新しいプラスの考えを行動に移すことなのである。

問題点や悩みというのは、一種の”低レベル”の「膠着状態」であるから、それを抜本解決する新しいアイデア、しかもそれは上位概念なのである、を打って出るのである。
「くそみそ」の醜い塊をもひっくるめて、嫌な奴をもひっくめて、新しい生産活動に持っていくのである。
そうすれば、自分もハッピー、問題児もハッピーになる。

「悩み」という観点から見れば、悩みをなるべく客観視する。
悩みを絶対視し過ぎてドツボにはまらない。
悩みを無限大にせず、「しょせんあんなもんだ」という、ささいな有限のことだ、と悟る。

僕は若い頃、すごく嫌な上司に付いたことがあった。
土日もそのことが頭から離れない。
当時ランニングをやっていた。京葉コンビートの煙突から出る煙が真横にたなびく強風の冬の日でも、「この5kmを22分以内で駆け抜けないとあの上司に明日負けるぞ」と試練を課した。
この考えはよかった。自分には、自分なりのもっと尊く厳しい目標がある」と。
上司の理不尽な考えなどしょせんこんなものだという客観視と、自分の余裕の精神力でかわせるな、という自信ができた。

よって、今回の会社の悩みに対しては、自分の味方数人とタグを組んで新しいプロジェクトを立ち上げることにしたのだ。
困ったちゃんや上司を貶めるのではなく、困っちゃんがスタンドプレイなどやるのもむなしく、上司もそれを抱擁するのもむなしいほどの価値のあるプロジェクトだ。

そして一方では、困ったちゃんや上司とは極力仲良く楽しく振る舞うこと。
一見矛盾しているようだけど、この人たちだって人間だ。基本は尊重しよう。
今たまたま、ちょっとずるいことをしようとしてしまっているけど、それをなんとか放念してもらおう。

そして、もし無能上司が自己保身を何よりも優先させ、困ったちゃんのスタンドプレイを100%肯定し、しかも人事も社長もそれを認容したなら、いくら愛すべき会社とはいえ、もう未来はないのだから、潔くケツをまくって(これって今や死語だね)会社を辞めるつもりだ。

明日からまた闘いだ。
でも仲良く、仲良く。
一方で、プロジェクトを推進しよう。

そして、いつもこんな僕をサポートしてくれる、偉大な友だち、ありがとう!
では、残り日曜のひととき、充実して過ごそうね。

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ピンチの時は必ず味方がいる

みなさまこんばんは。
月曜からお天道様のお顔を一度も見ていませんでしたが、昨日の夕方に突然お顔を見せられました。
そして今日はとてもよい天気でした。でも少し蒸し暑いかな。

お元気でしょうか?
ようやく感染者(正しくは陽性者)数もかなり少なくなってきました。
これから第2波、3波はあるにせよ、第1波の被害は諸外国に比べても極めて小さかった結果となりました。

ならば全てを手放しで喜べるのでしょうか?
答はもちろんノー。
経済と教育に与えた計り知れない損失がよかったのかを真剣に検証しないといけません。

物事何でもそうですが、過去の判断の是非を結果だけを見て評価してはいけません。
今回のコロナで言えば、政府による学校の休校要請と緊急事態宣言(および自粛要請)は、一定の効果は上げたことでしょうし、あの時にこの判断をしたことは1つの考え方ではあります。

ただし、大きな問題がありました。
国民に対する説明が圧倒的に不足していました。
オーバーシュート、クラスター、3密のような説明しかありませんでした。
新型コロナの問題に限らず、物事の難しい判断をするには、立体的でかつデータベースで検討してから判断するべきであり、そしてその判断の根拠を国民に立体的かつデータベースで説明する必要があります。

2月とか3月の時点では、既に中国をはじめとした多くのデータがあり、立体的かつデータベースで検討し判断し説明することは十分に可能であったにもかかわらず、政府や知道府県知事は、とてものっぺらとした説明(”さあ自粛しよう”みたいな)しかしませんでした。
(もっとも緊急事態宣言以後は8割削減とか、再生産数(何人に移す能力があるか)とか、10万に当たりの1週間の感染者数とかの目安的話は出てきたものの、これは後出しじゃんけん的でした。しかも立体性に欠け非常に薄っぺらいものです)

では、どのような検討、判断、説明が可能であったのかを僕なりに考えてみます。
もちろん結果論だけの論点は避けます。

今回の新型コロナは、全ての人に等しく攻撃を与えるのではなく、老人や持病がある人に特異的に攻撃を与えるものです。
この傾向は、インフルなどのウイルス性感染症には共通ではあるものの、新型コロナは特に顕著です。
このことは、2月や3月の時点で十分にわかっていました。
にもかかわらず、全ての国民に等しく行動制限を加えたことが、まず問われます。

今回の場合、「新型コロナの感染を遅らせるために休校・自粛する」ということと、「経済・教育が停滞してしまう」ということを天秤にかけ、この二律背反(トレードオフ)にどう立ち向かうかという挑戦でありました。
ところが、そもそも、2月、3月の時点で、違う捉え方があったはずです。

ハイリスクの人たちは全人口のこく少数(1割程度か)しかいないので、この人たちをどう守るかを考える方がよかったかもしれません。
リスクのない(あるいはとても少ない)大多数の人も含めて、全国民が等しく自粛することがよかったかどうかです。

政府は、緊急事態宣言を出したから収まったと言っていますが、逆にデータは、緊急事態宣言後に急に感染者数が跳ね上がったと読めなくもありません。
1つは、家庭内感染が大きいことと、院内感染が大きいことの事実を見逃してはいけません。
新型コロナの感染は、飛沫感染よりも物の表面を手で触って感染するルートの方が多いという報告もあるとのことです。

もちろん、屋形船的な宴会とかカラオケとかキャバレーのような場所は飛沫感染のリスクは大きいでしょうけど、そうでなければ自粛してもそうかわらないと見ることもできます、むしろ自粛では家庭内感染が増え、スーパーの商品を触ることなどの経路で感染し、院内感染し、という感じで感染が増えていくことすらあると思います。
僕はむしろ、緊急事態の期間の間に感染者数がピークを過ぎて減少に転じたのは、自粛したからというよりも、スーパーやコンビニの「物経由での感染」の対策が急に進み、そして人々の個々の衛生対策意識が進んだことによると思っています。

それともう1つの大きい論点は「集団免疫」。
ウイルス感染症というのは基本的に、一度感染すると抗体が形成され、次には感染しない(あるいはしにくい)という免疫の機能が人間にはあります。
従って、リスクの少ない人たちは、むしろどんどんウイルスに感染して集団免疫を獲得する、という考えがあります。
既に欧米ではこの考えに転換しています。

ということは、今回の新型コロナに対しては、ハイリスクの人たちのみ自粛し、リスクの少ない若者を中心とした普通の人は自粛せず(カラオケのような極端な場所は除く)、集団免疫を獲得するという戦略もあり得ます。
免疫を受けた人は、感染を防ぐ”盾”にもなりえます。
この考えだと、一瞬はかなり感染者数が増え大変な時期がありますが、それを乗り越えると、オーバーオールにはいち早い終息を迎えるということになります。
なによりこの場合、経済・教育に対するダメージは最小になります。

このような戦略で行くことを、緊急事態発令の段階で十分オプションとしてあり得た話ですし、緊急事態の途中でもこのような戦略への転換もできたはずです。でもしなかった。

では、政府とか都道府県の立場になって考えてみましょう。
首相とか知事のような人たちにとっても、もちろん、二律背反(トレードオフ)があります。
二律の一方は当然、人民を救うこと。
ではもう一方は?
残念ながら、経済や教育の停滞ではなく、自己の保身でしょう。すなわち、責任を問われること。

たとえ、僕が上記した「ハイリスクの人たちのみ自粛し普通の人は集団免疫を獲得する」ことが本当の最善の案だと仮に思えても、天秤に載せる相手は自己の保身。
日本のみ感染者が少ないから独自の戦略を採ったということで他国から受ける非難をすごく重視するでしょう。
あるいは、全国民が等しく自粛することによる経済・教育面のマイナスは、首相や知事には大したマイナスではないでしょう。

このように、首相や知事における二律背反(天秤)のバランスは、国民におけるバランスとは著しくかけ離れれいるのでしょう。

さて、前置きが長くなりました。本題を書きます。

ここ半年くらい、かなりピンチです。
再雇用を早く脱して自分の仕事を始めたいのに、ずるずると来てしまったサラリーマン生活。
24でサラリーマンになってから苦節38年。
その中でもかなりのピンチです。

僕がしている仕事の分野が、会社としてピンチですし、僕自身もピンチです。
会社のいやなことって、花粉症みたいで、いやなことが積み重なっていくようです(過去のものが消えることなく加算される感じ)。
だからもし、サラリーマン生活を100年続けろと言われたら、発狂しますね。

日頃、ブログでは会社の困難をどう乗り越えるかについて書き、外部でプレゼンもやっている僕ですけど、自分自身のこととなるとなかなかそう簡単には行きませんね。(紺屋の白袴)
このブログのカテゴリ「メンタルヘルス」にあるようなことを、自らにも読み聞かせています。
みなさまもぜひ読んでください。
そして、この件でご要望あれば出張プレゼンします。(コロナ落ち着いたら)

そしてつくづく思うのは、こんなピンチでも必ず味方はいるということです!
ほんとにありがたいことですね。
人間、信じて生きていれば必ず味方はいるものです。
神様もきっと見捨てないでしょう。

では今日のおまけは、3年近く前のレット・イット・ビー。
ピアノとボーカルとコーラスだけで、しかも曲の一部のみで失礼します。

テーマ : 心と身体
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ST Rocker

Author:ST Rocker
ビートルズ解析ブログへようこそ!
つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
コメントは本筋に沿ったものをお願いします。

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