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感染もコミュニケーションも掛け算である

みなさまこんばんは。
昨日は雨だったものの、今日を含めとてもよい天気である。
こんなよい天気にはコロナビールがめちゃ旨い。
コップなんかに注ぐのではなく、ワイルドに瓶ごと飲む。
飲み口にライムの切れ端を差して、岩塩を少しまぶすとなおよい。
これで新型コロナウイルスも飲み干す、と。

こういうことを書くのは本当はよくないのだが、超責任ある立場の人間、しかも我々が託している人間だからこそ、敢えて書かせていただく。
最近の新型コロナ関係での安倍さん、小池さんの、国民、都民に説明しているのを見るにつけ、ああこの人たちは現場を見たことがないんだなあ、とつくづく思ってしまう。
説明している時の顔つき、表情、物言い、そして滲み出るもの。
現場の辛苦を舐めた人のものとは到底思えない。
ギリギリの状況の中、進退窮まる中、清濁併せ飲んだ末に、少しでも合理的かつ有意義な決断をする。
そんな経験は皆無の連中だと思った。
国家の存亡、都の存亡がかかっている時に、銭湯で力説するオヤジ、井戸端会議で仕切るオバチャンと同程度の論旨ではないか。

苦節40年のビジネス・パースンから見れば一発でわかる。
ついでに言うと、今回の政府の専門家会議の中心的人物の顔つき、物言いも、一発で御用学者だとバレてしまう。
顔の皺一つ、目の輝き一つとってもろくな研究をしてこなかったことを物語っている。

では以下、僕がなぜこのような判断をしたのかを書いていこう。

もし、存亡の危機にある会社の社長が社員とか株主に対しあんなプレゼンをしようものなら、その社長は即刻辞任に追い込まれるだろう。
あるいは、社長でなくてもある程度責任のあるマネジャーがあんなプレゼンをしたら、やはり即刻降格ないしそれに類する人事措置が取られることであろう。

NGの理由はいくつかあるが、その最たるものが、物事の論証がなされていないこと。雰囲気だけで語ることにある。
例えば、今回感染者数(正しくは陽性者数)の終息を迎えたのは自粛をしたからと証明することはできないにもかかわらず(僕はそう思っていない、民衆の細々とした努力の集大成だ)、そのように断定した前提で説明を進め、今後も自粛するに越したことはないという説明に終始している。
なんとも論理性、定量性に欠けた説明である。データベースで話していない。

僕はむやみやたらに自粛反対、などと言っているのではない。
自粛はとんでもないマイナスを伴うのだから、お坊ちゃま感覚、お嬢様感覚で自粛してください、なんてとんでもない、という意味。

「コロナ解体新書」というとてもレベルの高いユーチューブ番組があって、政府の専門家会議よりもよっぽど優秀かつ説得性があり、真の危機管理の在り方を示唆してくれる。
そのユーチューバーさん曰く「自粛というのは抗がん剤のようなものだ」。
僕はポンと膝を打った。その通りだ!
そのユーチューバーさんはそれ以上、なぜ自粛が抗がん剤なのかの説明はしないで終わってしまった。
そこで僕は、その点を掘り下げて考えてみた。

Aさんというがん患者と、それを診ているB医師がいるとしよう。
Aさんのがんはめずらしいがんであって、これまであまり症例(データベース)がなく、どのように治療すればよいかほとんどわかっていなかった。
しかもAさんは末期であって、あと1年ももつかどうかのように思われた。

そんな中、B医師はAさんに抗がん剤治療を勧め、Aさんは納得して、半年間抗がん剤を受けたのだった。

ここで、抗がん剤のことをあまりご存知ない方のために少し説明しておく。
抗がん剤とは、がん細胞に対しかなり強烈な作用で殺傷せしめる薬剤である。
細胞分裂の速い細胞をがん細胞とみなして、強烈に攻撃を加える。

ここで問題なのは、細胞分裂の速さだけでがん細胞かどうかを見分けるので、正常細胞で細胞分裂が速い細胞もがん細胞とみなしてしまう。例えば、味覚細胞や抹消神経や毛根細胞など。
従って、抗がん剤はこうした正常細胞の一部も攻撃し死滅せしめるのである。
これが副作用である。
がん患者が抗がん剤を受けると、激しい嘔吐感、髪の毛の抜け、手足のしびれ、味覚を失う、倦怠感、体重の減少などに見舞われる。

こんなに激しい副作用に見舞われながらも、がん細胞が減少し、あるいはがんの再発や転移を防ぐことにより、結果的には、抗がん剤を受けなかったよりも受けたことによるプラス効果はあり得るのである。
しかし一方で、あまりの副作用によりすっかり体調を崩し、場合により抗がん剤により死亡することすらある。
さらに、抗がん剤そのものが発がん性を示す場合もあると言われる。

要するに、抗がん剤は諸刃の剣である。
抗がん剤を受けるからとにかくがん治療にとってよいこと、なんてことでは全然ない。
よいことよくないことか拮抗して、総合的に少しはよいことのほうが多い程度、というのが抗がん剤の正しい姿だ。

抗がん剤をやるべきかどうかの判断は、がんの種類によっても違うし、個々の病状にとって違う。
がんの種類によっては抗がん剤はほとんど効かないということもあるし、またあるがんの種類では、こういう場合い効いた、というデータもある。

そして、患者と医師との念には念を入れたディスカションの末に決めるべきものである。

AさんとB医師の関係において、安倍さんの国民に対する説明は次のようである。
前提として、AさんはB医師から半年前に抗がん剤を勧められた。
Aさんのがんの種類に抗がん剤が効いたというデータはこれまでなかったが、B医師はとにかく勧めた。

Aさんは、抗がん剤はいやだったものの、B医師の勧めを受け入れ抗がん剤治療を行った。
それはそれはつらい治療だった。
生きた心地がしないほど身体がつらく、食欲はなく、食べ物の味もせず、髪の毛はなくなり、全ての意欲を失った。
手足のしびれは甚大で、おそらく一生の後遺症となりそうだった。

Aさんは抗がん剤だけに頼るのは心もとないと考え、しかも抗がん剤自体も毒の側面もあるため、自ら考えて、あらゆる民間療法を取り入れた。

半年後、がんはほとんど消えた。
ただし、Aさんの体は消耗甚だしく、精神面もほとんど限界であった。

さて、こんな状況で、AさんがB医師に次のようなことを言われたらどうする!?
「Aさん、抗がん剤、半年頑張ってくれました。抗がん剤ががんを小さくしてくれました。でも気を緩めてはいけません。またがんが再発したり転移します。だから、もう半年抗がん剤を続けましょう。抗がん剤は大変ですけど、ダイエットという本来の目的にも沿うものなので、その意味でもいいことですし」

これが今の安倍さんであり、小池さんである。
(注:ダイエットの喩えは、安倍さんが、「テレワークという本来的なことにも沿うので」ということに引っ掛けた)

もし僕がB医師の上司であったら、間違いなく一発でダメ出しである!
B医師は次のようにAさんに言うべきである。
「Aさん、半年の治療、本当に大変でした。頭が下がります。がんはほとんど消えました。しかしこれが抗がん剤によるものか、あるいはAさんの民間療法によるものなのかは、はっきり言ってわかりません。Aさんのがんにおいては、抗がん剤が積極的に効いたというデータはまだないので、正直手探りの段階です。さて、これからなんですが、がんが再発または、転移しないための予防としての抗がん剤を使う例があります。ただし、Aさんのがんではなく、大腸がんにおけるデータです。大腸がんでは、予防の目的での抗がん剤の半年の投与で、5年生存率が10%上がりました。このデータが、即、Aさんのがんに当てはまるわけではありません。しかし、類似のがんであることから、おそらくは半年の抗がん剤の投与をしないよりはした方が優位的に5年生存率が上がると考えています。副作用はもちろん大きいです。少しでも生存確率があがるために副作用に打ち克つというAさんのご意思があるなら、抗がん剤を勧めます」

以上が前置きである。(すごい長い前置きで失礼m(__)m)

何週間前から、感染を8割減らすために人出を8割減らす目標となり、いろんな繁華街の人出の減少率をモニターしている。
これには大きな数学的な誤りがある。

ある場所に通常10人の人出あると仮定しよう。
話を簡単にするために、Aさん、Bさん、・・・・、Jさんの10人がいつもその場所に繰り出すと仮定する。

数学的にわかりやすくするために、ウイルスの感染を2人の人の間で起こるとする。(本当は3人以上の間で起こることもあるが、それはごくわずかなので無視する)
10人の間で、感染が起きる「2人」の場合の数を考えてみる。
はい、数Iで習った。
2人の組合せは、AさんとBさん、AさんとCさん、・・・・・・・・IさんとJさんというように、45通りある。
数学的には10C2と称するが、今日のところはそこは述べない。とにかく45通りだ。
つまり、誰と誰との間で感染が起こるという可能性は45通りある。

では、人出を8割減にしたらどうなるか?
つまり2人がその場所へ行くわけだ。
すると、感染が起こる2人の場合の数は1通りしかない。
従って、人出を10人から8割減の2人にすると、感染の可能性は45通りから1通りになるので、1/45、すなわち2.2%となる。
8割減どころか9割8分も感染の度合いが減る。

では、人でを半分に減らしたらどうか?
つまり、その場所へ5人が繰り出すとする。
5人の場合、感染する2人の場合の数は、10通り。
従って、感染機会は10/45で22%となる。ほぼ8割減だ。

このように、感染の機会を8割減にしたいのなら、人でを8割減にする必要はなく、5割減かそのやや少し少ない程度で十分だ。

このことを、男女の出会いで考えてみるともっと理解しやすい。
テレビ番組「フィーリングカップル5対5」を思い出してほしい。
あらら、古いね(^^)/ 50歳未満の人は知らないね、きっと。
一言で言うと、合コンのテレビ版。
5人ずつ男女が出てしゃべり合い、カップル成立を目指す。
最大5件のカップルが成立する場合もあれば、1件も成立しない場合もある。

男女5人ずつの計10人の場合、カップルの組み合わせは25通りある。
先ほどの10人の人出で感染する2人は、同姓間でもよかったが、カップルの場合は異性間のみなので、25通りとなる。
人の数を8割減らして、2人、つまりフィーリングカップル1対1にすると、カップルの組み合えせは1通りしかない。
従って、人の数の8割減にすると、男女の出会いは1/25、すなわち4%となる。
もし人の数を6割減らして、4人、つまりフィーリングカップル2対2にすると、カップルの組み合えせは4通りとなり、男女の出会いは4/25、すなわち16%となる。

かように、男女の出会いは、人の数が減ると掛け算で出会いの機会が減ってくる。

では、人の数を増やす場合を考えてみよう。
昔から「三人寄れば文殊の知恵」という素晴らしい諺がある。
2人で話しているより3人の方が知恵が膨らむというように一般には理解されているかもしれない。

でも僕は、この諺はもっと重大な意味を示していると思う。
2人に比べて3人の方が情報量が1.5倍に増えたから、というよりももっと重大だと思う。

今仮に、AさんとBさんが、それぞれ3つずつの情報を持っていたと仮定する。
よくありがちな、そのへんのおじさんやおばさんの会話は、相手の話に相槌こそ打っても、それに対してどうこう味付けをして返すわけでなく、単に自分の話をするだけだ。
するとこの場合、単に3つの情報が合わさって、3+3=6となる。
情報が増えたのだから、それはそれでいいことではある。

しかし、有意義なコミュニケーションとは、足し算でなく、掛け算だ。
つまり、AさんとBさんが有機的にディスカションしたことにより、3X3=9のアウトプットが得られる。

そしてこれが3人になると。
単なる井戸端会議では、3+3+3=9。
でも、3人で有機的なディスカションをすれば、3X3X3=27。
これこそ「文殊の知恵」だと思う。
ビジネスの場面でも経験することである。

かくように、感染もコミュニケーションも掛け算なのである。

最後に蛇足。
大西つねきさんと藤井聡さんの対談を1,500円払って観た。
藤井聡さんという人、大した人であることは間違いないが、どうも話が下手くそのような気がする。
前から三橋貴明さんとの対談は何度も聞いたことがあったが、正直三橋さんも話が下手くそなので(ごめんm(__)m)、藤井さんの話がわかりにくかった。
大西さんの話は超わかりやすいのだが、それでも藤井さんの話はわかりにくい。
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必要条件、十分条件、必要十分条件

4/19(日)午前10時、わかりやすいように手書きのイメージを末尾に追記しました。

みなさまこんばんは。
引き続き大変な世の中が続いています。本当にお疲れ様です。
今日は関東は大嵐です。
僕は子供の頃から大嵐になると心身のどこかの感覚がハイになるようなのです。
もちろん災害を伴うような場合は、そのための理性は働きますが。
気圧が低くなると人間をハイにさせるという研究もありますので、そのせいでしょうか。

今週も会社でかなり困ったことに対処し続けているので、かなり精神が参りました。
この土日で何とか回復するために、今回は映画を観ました。
ブロ友のGOMA28さんの紹介されている「ブランカとギター弾き」です。
自分の生きている世界とは特殊なものだとつくづく思いました。
自分の悩みを客観的に見ることに少し役立った気がしましたし、何より心が洗われた気がしました。

では今日のお題へ入ってまいります。

僕は新課程の1年目なんです。
「新課程」と言っても、僕らが高校に入学する1973年のことを指します(笑)
その新課程で強化されたことの一つが、数学Ⅰにおいて、命題の論証、確率、集合、ベクトル、行列などでした。
それまでの旧課程での数学では数式のオンパレードだったのを、「考え方」を重視する教育に変わったのです。
僕はこの流れをよいことだと思ってきました。
おかげさまで、僕はこの教育の恩恵を受け、その後の人生において、これらのことを実践続けています。このブログでもこの考え方に基づいた発信をしてきています。

テレビの報道などでもこうした考え方は比較的採り入れられてきたように思います。
ところがどうもここ数年のテレビでは、この考え方に基づかず、ただただ定性的な情報(極論すると、よいか、悪いかだけの情報)しか言わなくなってきている気がします。
例えば、台風、コロナ、原発などの報道において顕著です。

ネットでは自由な議論ができるはずですので、考え方重視の動画がたくさんあってもよいはずなのですが、どうも「あいつの言っていることはだめだ」と叩くような定性的な論調がほとんどです。
あの人の唱える考え方の道筋のここが参考になる、などのようなやり方で自分なりの考えを構築していくことが人間の本来的な生き方のはずです。

それでは今日は、必要条件、十分条件、必要十分条件のお話をしてみます。

A: その人は男性です。
B: その人は人間です。
という2つのことの関係を考えてみます。

「AならばB」と言えるでしょうか? Yesですね。
では、「BならばA」と言えるでしょうか? 必ずしもそうとは言えないので、Noです。

数学的に表現すると、「AならばB」という命題が真(正しい)である時、AはBの十分条件であり、BはAの必要条件である、と言います。
つまり、上の例で言えば、男性であれば必ず人間ですが、人間であれば必ず男性ではありません。

では次のような場合はどうでしょうか?
A: その人は男性です。
C: その人はY染色体を持っています。

はい、「AならばC」と「CならばA」の両方向の命題が真となります。
つまり、男性であれば必ずY染色体を持っていますし、Y染色体を持っている人は必ず男性なのです。
数学的には、AとCは互いに必要十分条件である、と言います。
つまり、AとCは互いに必要条件であり、かつ十分条件であるわけです。
集合論で言えば、AとCの集合はイコールということになります。Aの集合またはCの集合のどちらかだけにしか存在しない個体はない、という意味です。

実は、物事の関係が、必要条件、十分条件、必要十分条件のどれなのかということは、この世の中では極めて重要なことです。
今問題の新型コロナウイルスにおいてその重要さを指摘してみます。

PCR検査において、次の2つの関係を考えてみます。
P: その人にPCR検査を施すと陽性が出る。
Q: その人は新型コロナウイルス感染者である。

今まさにテレビは、P=Qという関係、すなわち、PとQは互いに必要十分条件である、という立場で報道しています。
もし今の新型コロナ用PCR検査というものが、真の感染者を100%陽性とし、真の非感染者の100%陰性とするのなら、必要十分条件であると言えます。
でも現状ではそうではなないのですから、どちらがどちらの必要条件か、あるいは十分条件か、はたまた必要条件でも十分条件でもないのか、を見極めることが重要となります。

これを検討するに当たっては、例えばまず、今やっている新型コロナ検知用PCR検査は新型コロナ以外のコロナも陽性としてしまうのか、さらにはコロナ以外の風邪も陽性としてしまうのか、の検証が重要です。
ネットでは、ほとんど全ての風邪を検出してしまうという医療関係者もいます。
そこでいろいろネット上を調べてみましたが、どうもはっきりとした定量的なことを示している論文や記事は見当たりませんでした。
一応、検査原理は新型コロナだけを検出するようには設計されています。
今現在陽性が出ている人の数の中で、少なからず悲感染者がいるのは事実と思いますが、その存在確率がごくわずかなのか、はたまた大半なのか、様々な意見が交錯している状態です。

つまり現時点では、「PならばQ」という命題は真というにはデータが不足していると言えます。

では、逆方向の「QならばP」という命題はどうでしょうか。
こちらは、「PならばQ」よりはかなり真に近いと思います。
これに関しても今のところはっきりとした定量的データはないものの、実際に感染している人が検査をすれば大半は陽性になると見てよいでしょう。

従って、目下の情報を元に判断すると、Pという集合とQという集合は、どちらかが他方を包含する関係ではなく、重なり合った部分をもつと言えます。
Pの方が大きい集合と思われますが、Qよりもどれほど大きいかは不明です。
PとQの重なり部分は、Qの大半部分を占めると思われます。

PCR検査のことを検証するだけでも、これだけのことを検証しないといけないので、さらに次のような関係はさらに複雑な様相を呈します。

X: 1日当たりの新たなPCR陽性者数が増える。
Y: 人々の自粛が足りない。

この両者の関係も、必要十分条件であることが当たり前のように報道していますが、実に多くの検証すべきポイントがあります。
PCR検査の不確実性に加えて、最近は検査数が急増していますので、その効果なども考慮に入れなければいけません。
また、伝染の経路やメカニズムの検証も大事です。

言いたいことは、「危険です」という煽り論調と、「全然大丈夫です」という楽観論調の、2つの定性的な両極論しかないことが問題ということです。

新型であり、一部の人は重症化しやすく、ワクチンや治療薬がない今、安全サイドで行くべきですし、政府や自治体の要請には従います。
けど、必要条件、十分条件、必要十分条件を全く考慮しない危険論調に国民が一様に振り回されるのは最善策ではありませんし、逆に必要条件、十分条件、必要十分条件を全く考慮しない楽観論調(例えば、PCRは風邪を全部検出するので、今の騒ぎは風邪が流行っているのと同じ、だから全く対策必要なし)を妄信的に信ずるのも防がないといけません。

可能性があることと必要十分条件をごっちゃにしてはいけません。
今回のコロナ禍を機にぜひ、必要条件、十分条件、必要十分条件をいろんなことに対して意識してみてはいかがでしょうか。
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現在テレビが伝えているイメージ_20200419 - コピー
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大事なこと(主にマスコミの問題点において)

みなさまこんにちは。
いろいろと本当にお疲れ様です!

今回も新型コロナウイルス関係で、私が感じていることを書かせていただきます。

私の考え方の基本は、もちろん、国民一丸となって危機を乗り越えるスタンスに変りはありません。
しかし、今のままでは多くの国民は十分な納得が得られないまま、ただただ疲弊することになってしまうでしょう。
そこで今日は大事なことを書きます。

マスコミは事実を客観的に、しかも公正に報道すべきです。
しかし現状ではそうなっていません。
去年の台風でもそうでした。

最終的な行動は国民自らの考えや判断基準にに則りすべきです。
それを尊重すべく、マスコミは情報を提供すべきです。

人間の行動というのは、個人レベルでも、集団においても、あるいは社会全体においても、物事を立体的に検討し、定量的に考え、分かっていることといないことを明らかにした上で、何をゴールにするかを決め、効果とリスクを総合判断していくべきです。
実はこれは当たり前のことです。
子供を育てる場合を考えてみてください。
あらゆることを検討して育てますよね。
誰が、一辺倒のことだけを考えて子供を育てますか?

ところが、台風や新型コロナに関しては、国民は一辺倒になってしまっているのです。
マスコミは、全体をもやっと一元的な、そして誘導するような報道しかしていないからだと思います。

今回の新型コロナの報道で、少し例を出しましょう。

まず、「感染拡大」という言葉。
マスコミは、累計感染者数が右肩上がりに上がっていることだけをもって感染拡大と言っており、これを視聴者はそのまま受け取っているのが現状です。
例えば、1日の新たな感染者数が全国で50人程度の状態がずっと続いていた時も「感染拡大」と言っていました。
感染症というのは、罹った人はどんどん回復していくわけですから、毎日の新たな感染者数が一定ということは、患者数は一定ということになります。
つまり、一人の患者が別の一人に移している状態です。
これは感染拡大ではありません。
一人の患者が二人に移し、さらにその人が次の二人に移し・・・のような”倍々ゲーム”のようであれば感染拡大と言えるでしょう。

我が国においては、1日の新たな感染者数は、数十人から100人程度に移行した瞬間、さらにはそれが数百人レベルにジャンプアップした瞬間はありました。
そうした何回かの瞬間そのものは感染拡大と言えなくはないかもしれません。ただし、それが何によるものなのかが重要です。

「感染拡大」という言葉を累計感染者数の毎日の増加のみをもって使っているマスコミは非常に罪深いものと言わざるを得ません。

また、感染者の実名を挙げて報道するのもおかしいですね。  
台風の時もそうでしたが、国民全体にもや~とした超ヤバ危機意識を植え付け、全体の行動を委縮させています。

くりかえしますが、物事は立体的に検討し、定量的に考え、分かっていることといないことを明らかにした上で、何をゴールにするかを決め、効果とリスクを総合判断していくべきです。
それを国民が個々に判断できるような客観的、立体的事実を公正に報道すべきなのがマスコミでしょう。

新型コロナについて、ネット上にはマスコミの言わないいろんな意見が示されています。
しかし、いろんな意見を理解し、系統立てるのは自分自身であるべきです。自分自身の中に考える枠がないと、単に奇異な情報としてGoodかBadの感覚しか生まれないことになります。

もし、自分自身の考える枠があるという自負がある方は、下記の武田邦彦さんの動画を観てみてください。
実に立体的、定量的、総合判断的な見解が示されています。
ただし、あくまで冷静に受け取ってください。決して全てを流されないでください。

https://youtu.be/4b8eTOsaQxM

前回記事で紹介した山中先生のHPも立体的、定量的、総合判断的な内容です。

政府レベルで考えること、自治体レベルで考えること、個人レベルで考えること、そのいずれも立体的、定量的、総合判断的であるべきです。
さあ、最も強力な戦略を一緒に考えましょう。

以上です。
土日は少しでもリラックスするようにしましょう。
私も心技体のバランスを図ります。楽しいこともやりますよ。

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堤未果さんの本

この記事は、英文ブログ(←クリック)でも同内容で同時掲載しています。
時々、英文で発信することはとても大事だと考えています。
(なお、英文ブログは現在、トップには固定記事を掲載中で、一般記事は2番目からですので、ご注意ください)

みなさまこんにちは。
お彼岸3連休はいかがお過ごしですか?
当初は3日間ずっと雨が降りっぱなしの予報でしたが、幸いにも大きく外れました。

僕は、30代、40代の頃は本の虫でした。
図書館の貸し出しカードを5枚駆使し、1週間に20冊くらい読んでいました。
もちろん、全部を精読ではありません。

よく、誰かの著書をそのまま紹介する記事を拝見しますが、僕はそれをしません。
なんとなれば(←死語ですねぇ(^^;)、本は、自分自身がどう咀嚼するのかが最大のポイントである、と考えるからです。
それに、ある本を、自分が紹介したようには相手は読まないからです。
本は、濫読した末に、自らに意義をもたらす本を見出すのが王道と考えます。
また、このネット時代、ただでさえ「読解」というセンスが大幅に失われようとしている中、安易に本を紹介することは、流される人が増えると危惧します。
以上は、あくまで僕の持論であり、違う考えをする人を否定するものでは一切ありません。

堤未果さんの本がネットでとても話題になっています。
「売国奴」のようなテーマで、日本の支配者層の恥部をえぐったような新進気鋭の本として、多くの評論家とかユーチューバーに取り上げらています。
アマゾンのレビューでは、ほとんどが5つ星評価です。

まだ堤さんの本を読んだことがなかったので、買ってみようと思いました。
まずはすぐにKindleで読めるものを、ということで、「政府は必ず嘘をつく 増補版」を買いました。

以下、それを読み始めた僕のコメントですが、上述したように、決してみなさんに押し付けではなく、どちらかというと自戒を込めてのコメントです。

「政府は・・・・」のまえがき、プロローグ、そして本文の最初の方を読んだ限りでは、正直、とても読みにくいです。
ふつう、評価が高い本は僕にとって読みやすいのですけど、この本は違いました。
全般に、人の心模様を綴った語り口なんです。文字の多くの部分が、直接話法(つまり誰かが言ったこと、書いたことをそのまま「 」で引用している)なのです。
よく、Nスぺあたりが、ドキュメンタリーを若干物語仕立てにして、関係する人々の心情のせめぎ合いを描く、みたいな。

物語も悪くはなく、最初からそれを期待していれば、僕もよくNスぺなんかは観ます。
でも、純粋な社会批判の著述を堤さんに期待していた僕としては、直接話法のオンパレードには面喰いました。

時代的な要請もあるのかもしれませんね。
もう少し読み進めてみます。

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体系的思考こそが醍醐味だ

みなさまこんばんは。
いよいよ真夏の暑さ到来ですかね。
僕は家ではまだ冷房使ってませんけど、間もなく使うことでしょう。

ノーベル賞受賞者の野依良治さんが最近言われていることは、本を読む時には目次を読むことこそ重要なのだが、索引を読んでしまう人が多い。
目次は体系を示しているのであるが、索引は知りたいことのスポット情報を与えるのみである。
体系的思考こそが大事なのだ、と。

僕は野依さんのこの考えに100%、いや1000%賛成だ。
体系的思考こそ我々人類は学ぶべきだ。
そして体系的思考こそが醍醐味だ。人間が生きる原動力だ。日本を発展させる最も大事なことだ。

にもかかわらず、世間はスポット的情報で溢れかえっている。
残念ながら、このネット、ブログの世界もスポット的情報の授受で満足しきっている。(もちろん例外はあり!)

ある年配の方は、池上さんを否定していた。
わからなくもないが、表層的過ぎる。
池上さんは、今現在のスポット情報の海の中では珍しく体系的思考を発信している。

もちろん、今のテレビ番組は問題点は多い。
視聴者を考えなくさせている部分も多い。
しかし、一方では良質な番組も多い。

それに対して「テレビはだめだ」と言ってテレビを観ないことで自己満足する老年がいてどうする!?

我々老年は、我が身の安泰の延長でテキトーなことを言って若い人に悪影響を与えてはならないのである。

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プロフィール

ST Rocker

Author:ST Rocker
ビートルズ解析ブログへようこそ!
つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
コメントは本筋に沿ったものをお願いします。

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