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受験の話は意外におもしろい

みなさまこんばんは。
このところ急に寒くなりました。
しかし、今日は日も差して少し暖かくなりました。
どうもここ数年、すごく過ごしやすい秋の日が減ったように感じてなりません。

ついに茨城やりました。
万年最下位を脱し、42位に。
栃木が最下位はかわいそうです。
ちなみに、「いばらぎ」ではなく「いばらき」です(笑)

再雇用の僕ですが、このところすごい試練に見舞われています。
自ら仕掛けたのですから、仕方ありません。

そんな最近の僕ですが、毎日いろんなyoutubeを楽しんでます。
自分の関心に合うユーチューバーに出会うのは無常の喜びです。
どうも最近、AIによるものなのでしょうか、おすすめ欄には自分の関心のある動画が出てくるようになったと感じます。

最近、意外にもおもしろいと思うのは、受験に関する動画なんですよ。
天才的な受験生とかすごい努力家の受験生の話もおもしろいのですが、もっとおもしろいのが、「**列伝」と言われるような存在になっている、いわゆる「変わった人」の話です。

例えば、東大理Ⅲ(全員が医学部に進学する科類。日本で最高難度)に9浪で入ったルシファーさんという人は超変わっています。
超受験校の”筑駒”(筑波大学付属駒場中学・高校)に中学から入りますが、高1の時に、周囲になじめず、退めてしまいます。勉強はとてもできました。
その後すぐに大検を取ります。
現役の時に自信満々で理Ⅲを受けますが、あと2点届かず落ちてしまいます。
あまりのショックで、その後7年も何もしない時期が続いてしまいます。

7浪目に、親の勧めで東大理Ⅱ(主に農学部や薬学部に進学するコース。医学部にも10人行ける)を受け、楽々受かります。
入学して授業は受けますが、医者になりたい気持ちが強く、いわゆる”仮面浪人”で理Ⅲを再度受けることに。
8浪目は失敗し、9浪目でようやく受かりました。

このルシファーさん、数学ができるので有名で、偏差値95を出したことがあるそうです。
その後、東大医学部を卒業しましたが、何とですね、国試(医師国家試験)を2度も落ち、現在2浪です。
ルシファーさんは、アスペルガー症候群と診断されたことを自ら公表しています。

このルシファーさんの動画の何がおもしろいかと言うと、常識に捉われない独自の論旨の展開です。
数学を解く力は、他の科目を解く力になるとか。
国試は、受験者の9割も合格するのに、なぜルシファーさんには難しいのか、彼自身も悩みつつ、独自の解析をしています。
難しい数学の問題を解くことと、択一式のやさしい問題を解くことの違い、興味深いですね。僕は国試の問題を知りませんが、社会性を問われる問題もあるのでしょうか。
ルシファーさんの生き様に対し、中には批判をする人もいます。
どう評価するかは人次第です。

受験系の話題でおもしろいユーチューバーは、ベテランちさん、しがない数学徒さん(いずれも灘卒)、などです。
開成卒の小林尚さんの主宰するチャンネルもおもしろいです。
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関東vs関西 おもしろ話

みなさまこんばんは。
今回の台風、前回に引き続き、またまた大大大大幅に予想コースから外れてしまいましたね。
ここ数年の台風の進路予想技術はめざましく、ぼぼ予想中心コースの上を進むほど正確になったのですが、この2回の台風は、最も確率の低い端っこの線をさらに外れるコースとなりました。
気象的に何か特別の事情があるに違いありません。
今後時間に余裕ができれば、そのあたり勉強してみたいと思います。

さて。
僕は根っからの関東人です。
さいたま市に生まれ、さいたまで育ち、東京の中学~大学院で学び、その後、千葉、東京、千葉、茨城と住んできました。
正直、関東が大好きです。

大阪には僕をとてもかわいがってくれた叔母がいて、その後身寄りがなくなったので、僕が葬式を上げました。
関西弁や関西の人の気質を少しは知っていましたが、圧倒的に関西の理解はこれまで不足していました。

十代(1977年まで)まではいろんな情報に接することが不足しており、ネット社会でもありませんでしたので、関西に関わる情報が圧倒的に不足していました。

大阪万博(1970年の夏、12歳の時)の時、新幹線で新大阪まで行き、ローカルの電車に乗り換えたら、車内ではみんなすごい大声でけたたましく話をしているではありませんか。
これにはびっくり。あちこちで大ゲンカをしているのかと思いました。東京の電車では、あり得ません。電車の中では人は黙っているものと思っていましたから。

二十歳頃になって、ようやく知った関西のこととしては、関西には納豆を食べる習慣がないこと、関西では地震がないこと(その後阪神大震災によりその常識は崩れました)、とか。
大学生の時、サークルの同期が岡山出身なのですが、「散髪に行ってきたよ」と言うのです。
一応、「散髪」という言葉は知ってしましたが、なんで「床屋」と言わず「散髪」と言うのか謎でした。
関西では散髪と言うことを知ったのは大分後になってからです。

最初に就職した会社で、名古屋での実習が終わり、千葉へ配属された時、大阪出身の同期が言いました。
「首都高を運転したんだが、譲り合いの精神があるのでびっくりしたよ。阪神高速では、基本は、他車の進路変更は阻止し、自車は割り込むのだ。ある4車線くらいの所を端から端まで移動する場面があるのだけど、そこはいつもすさまじいクラクションの鳴らし合いだよ」と。
僕はそれを聞いて、「そんなことあるわけないじゃん」と思ったのでした。
ところが、今から15年くらい前ですが、初めて京都へ車で行ったのですが、京都市内の車の大半はそんな感じでした。
脇道から本道へ合流する際、本道の車の流れがゆるやかになれば、本道の車は脇道の車に道を譲るのが関東の常識でしたが、京都ではほぼ100%その期待が裏切られました。
ロマンスグレイの初老の紳士を含めて、ほぼ100%が目も合わせず、脇道からの僕の車の合流を猛然と阻止します。
とても悲しい体験でした。
関西は今でもこんなでしょうか?

毎日2回訪問してくださる、僕より5歳上の大阪の先輩ブロガーさんは、関西と関東の違いをよく書いてくださるので、いろいろ知ることができます。
例えば、関西では松の内は7日までではなく、15日までとか、灯油缶は青だとか。

大阪の叔母のキップのよさは別格でしたが、基本的に僕は関西弁は苦手でした。
関西の方には申し訳ないのですが、基本的に「ねちっこい言葉」、「相手をやっつける言葉」という印象がありました。
物事をハスに見て、ひねくれて、相手をけなし合う。そんな感じでした。
でも、けなし合いながらも、相手を心底けなしているわけではなく、結局友情が芽生えるみたいな。

だから、ハッピーエンドではあるものの、ガラはよくない言葉、という印象でした。

ところが最近、関西弁の理解がやや変わるできごとがありましした。

TV番組「新婚さんいらっしゃい」に出演したカップルで、だんなさんは関東人、奥さんは関西人でした。
その奥さん曰く、「だんなは、『知らんけど』(何かを話した後に締めくくる言葉)、『なんでやねん?』という言葉が感じ悪いと言うのだけど、私こそだんなの『なんで?』と言う言葉は冷たくて好きではない」と。

「知らんけど」というのは、僕はこれまで、喧嘩を売っている言葉だと思っていました。多くの関東人は好意的に受け取らない言葉だと思います。
でも、その奥さんの話を聞いて認識を新たにしました。
よく訪問いただく関西のブロガーさんも、「知らんけど」をよく使われているので、認識を新たにしたところです。

「なんでやねん?」という言葉はとてもねちっこい言葉だと思っていました。「なんでお前はそんなアホな考えをするのか?」みたいな。
しかし、正しくは優しい言葉だったんですね。

してみると、関西弁の誤解はまだまだありそうですね。

今からでも関西の認識を新たにしようと思っています。

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嗚呼PC、会社の仕事、今、昔

みなさまこんばんは。
「暑さ寒さも彼岸まで」というのはその通りなんですが、どうも10年くらい前から、酷暑からいきなり寒いくらいの気温に突入してしまう感があります。
「やや暑い」くらいから「ちょうどよい」へ、徐々に移行してほしいものです。

ところで今回の台風。
超超思いっきり進路予想から外れました。
こんなんにとんでもない外れは、おそらくここ30年くらいでは初めてでしょう。

23日に社長(外人)とアポを取っていました。しかも外部の人を招いてです。
ところが台風のため、社長の一時帰国が1日早まり、23日の予定がキャンセルになりました。
結局、台風は飛行機には全然影響がありませんでした。

今朝、私用PCのマウスが突然動かなくなりました。
ブルートゥースで使っています。
ブルートゥースの設定が変になってしまったとか、いろいろ考えました。
ところがなんと、ブルートゥース自体が消えてしまっているではありませんか!
デバイスマネジャーにもないんですよ。

そこで、ネットで調べてみたところ、完全シャットダウンをやってから起動したらブルートゥースが復活したとのこと。
コメント欄に同様体験をした書き込みが多かったので、やってみたところ、復活しました。
本当にネット様様ですね。
最近は、エクセルとかパワポの操作法とかも、ネットだとほぼほぼ解決してくれますね。
変なマニュアルとか、ソフトのヘルプ機能なんかよりも、ネットで検索する方がよほど確実です。

さてさて。
今の時代というのは、ほぼ全世代がPCを使えますし、電子媒体で連絡が可能です。
ところが、僕の世代が若い頃には、年配の人たちは使えませんでした。
職場にPCや電子媒体が導入されても、頑なに紙で書き続ける人もいました。
僕らがワープロを使うと、「おまえらは暇だ、とか、遊んでいる」と言われたことがありました。
あるいは、ワープロというのは、紙に書いた下書きを清書するもの、という認識の人もいました。

前の会社で、僕が40歳ちょっとの頃、間もなく定年になるという僕の上司が、記念のプレゼンをすることになり、パワポで資料を作ることになりました。
その人はPCが苦手であり、ほとんど紙に書いてきた人でした。
たまたまその時、僕はその人の隣に座っていたので、パワポの操作法をさんざん訊かれました。
しかもその人は、基本的なWindowsの操作、例えば、コピペ、ドラッグ、とか、テキストとかの用語もほとんど知らなかったので、もうほんとに手取り足取り教えることになりました。

ひとしきり教えて差し上げると、「ありがとう!」と言ってやり始めるのですが、10分も経たないうちにまた、「ST君、度々悪いんだけど教えてくれない?」と。
そんな感じが1月くらい続き、全く仕事になりませんでした。

また、今の会社に入ってから、僕が56歳くらいの頃でしたが、2つ上の先輩が、これまたパワポをやったことはない状態で発表会で発表することになりました。
エクセルくらいは少しはやったことのある程度でしたが、基本的にPCが苦手な人でしたので、これまた手取り足取りで、数週間が仕事になりませんでした。この方も隣に座っていたので。

前回も書きましたように、僕は、老人とはむしろ実質価値は上がっていくものと考えています。
しかし、もし上で書いたように、努力をしないで、結局人の世話になるような老人である場合は、非難されても仕方ないと思います。

それにしても、若い頃は、PCがなかったので、書類も報告書も全部手書きでしたね。
しかも、書類書きや報告書は仕事ではないと思われていた(製品を開発したり生産したりする行為ではない)ので、サービス残業や休日家で書くものとされていました。
いろんな意味で懐かしいなあ。

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”老害”を訴えるあなた、ちょっとだけ耳を貸してください

みなさまこんばんは。
今日は暑かったですね。
ただし、フェーン現象(太平洋側では)なので、湿度が低い分だけ、やや楽ではありました。
夏に太平洋側がフェーン現象というのは珍しいです。
長年、40.8℃という国内最高気温を誇ってきた山形は、日本海側のフェーン現象でした。
いずれにしても、今年の猛暑はこれで最後でしょう。
いよいよ明日から本格的な秋ですね。

さて、新内閣のメンバーの年齢が高過ぎる、という批判が多いです。
そこで今日は、私的に老人というものの見方について、ちょっと意見を言ってみようと思います。

ブログなどで、新内閣の”老害”を強烈に批判している方もいます。
私は、こういう方をバッシングしようというのでは全然ありません。
言論の自由は保障されなくてはいけませんし、その方のカラーでもあるからです。
そこで、「参考意見」として少し聞いていただきたい、ということです。

この記事では仮に、「老人」とは大体60歳以上の人のことを指すことにします。

言うまでもなく、人間は、歳を取るにつれ、体力は落ち、脳細胞は次第に死滅して行き、健康上の問題は増していきます
政治の世界だけでなく、会社をはじめ色々な組織では、老人はネガティブな評価をされ、若い人ほど重用されるのが現代の主たる考え方です。
特に、高度成長以降、欧米の考え方がすごい勢いで浸透してきて、重要なポジションはとても若くて潜在能力が高い人材を充てることこそが競争力のように考えられています。

若い人に積極的に機会を与えることや、後進に道を譲る、ということはもちろん大事です。それは全く否定しません。
今日は、そのことは一旦置いておいて、人間は、歳を取るにつれ能力が本当に衰えるのかどうかについて、私なりの見解を述べてみます。

まずですが、歳を取るほど能力が上がると私が考えていることは、次のようなことです。
知識、考える枠組み(その種類の豊富さ、その1つ1つの体系の完成度)、経験、人格、そしてそれらに伴う判断力。
一方で、上で赤字で示した衰える点もあるわけですので、結局のアウトプットは、青字×赤字となると思います。

ここで私の意見ですが、青字が成長していく程度の方が、赤字が衰えていく程度よりもはるかに上回ると思います。
しかしその掛け算は、さすがにどこかの時点では下降に転じるのは明らかです。
それは人にもよりますが、90歳くらいではないでしょうか。
つまり、90歳くらいまでは人間は価値が高まっていくと考えます。(単なる方便とかでなく、客観的な価値判断として)

そして、ここからがさらに大事なのですが、
好奇心とか冒険心とか、リスクを取る力などは、若ければ若いほど優れている、あるいは若者の特権と捉えられているのが一般ですが、私は多いに疑問です。
確かにこうしたことの優れた若い人はいますが、ふつうは若者というのは経験がない分、世の中に不安を感じ、怯える場合の方が多いと思うのです。
むしろ、いろんなことに鍛えられ百戦錬磨だからこそ、こうした力がついてくるのだと思います。

事実、60代、70代で、とても新しい感覚で世の中の改革のために挑戦している人がたくさんいます。
その卓越した考え方を政治にもぜひ利用してみたら、と思う老人も結構いらっしゃいます。
社会的な貢献が期待できるなら、老人も、というか老人こそ積極的に登用すべきではないでしょうか。

しかし、中には、世間からの老人の迫害に打算的になり、努力を忘れ、私利私欲に走ってしまっている老人もいるのかもしれません。
ですから、やはり、個人を見て判断してほしいですね。
閣僚についても、年齢だけで判断するのではなく、一度、個々人の評価を年齢とは関係ないところでしていただくのはどうでしょうか。

最後になりますが、私は、「後進に道を譲る」という考え方は、そんなには好きではありません。
世の中というものは”枠”のようなものがあって、誰かを追い出さないと存続しないような考え方だからです。

そうではなくて、足せばいいではないですか。
若者も老人も足して、共に能力を発揮して助け合いながら頑張る。
老人は老人で、世の中に付加価値を与えるポテンシャルがあるのだから、GDPを上げられますよ。

以上、63歳の老人からでした。

今日のおまけは、ちょうど1年前の多重録音で、森田健作のTVドラマ「俺は男だ!」の主題歌「さらば涙と言おう」です。
1971年、中2の時、このドラマに憧れましたね。あんな青春時代を送るぞ!と。
今や森田さんもすっかり変わってしまいましたが(^^;
さらば涙と言おう(←クリック)

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ご当地ナンバー続々誕生す

2020-5-14(木) 20:00に末尾に追記しました。

みなさまこんばんは。
前回記事(多重録音)ではたくさんのコメント、拍手、ありがとう!!
とっても励みになりました。

新型コロナウイルスの陽性者数が大分減ってきました。
間もなく、それなりの”第一次終息宣言”と相成ることでありましょう。

ここで言いたいのは、ここまで優秀に陽性者数の収束を迎えたのは、首相や都道府県知事(ごく一部の例外は除く)のリーダーシップではなく、日本人の魂と知恵によるものに他ならないと考えます。
単に”三密を防ぐ”などということではなく、物を介しての接触感染を含めてのあらゆる感染の可能性を検討した、いろんな業者さんや一般市民の真摯な態度と、具体的な方策を徹底して考案し実践した賜物であると考えます。
首相とか知事なんてのは、”神輿に乗ったリーダー”ですよ。僕らが支えているんですから。

高校の同期が、一流の感染症の研究者であることを思い出しました。
彼は既に、インフル等の感染症においては優れた業績を上げています。新型コロナについてもググってみたら、彼は既に、製薬会社と連携して検査キットを開発していました。
同期がこのような活躍をしているのは本当にうれしいですし、そして自分も、コロナそのものには貢献できないけど、考え方とかにおいては少しは役に立てるのではないかと思った次第です。

もう少しです。ぜひ頑張りましょう。

今日も在宅勤務でした。
今日は飲み曜日なので、フレックスで4時に上がって、まだお日様が照っているうちにから飲んでいます。無常の幸せ(^^♪

さて、今週月曜(2020年5月11日)から新たなご当地ナンバーが交付始まりました。
北から、知床、苫小牧、弘前、白河、上越、板橋、葛飾、江東、市川、船橋、松戸、市原、伊勢志摩、四日市、飛鳥、出雲、高松です。

ご当地ナンバーてのは、風情があるものですし、その土地の民意が反映されたものです(一応)ので、喜ばしくはありますね。
でも僕は、基本的にご当地ナンバーは反対です。というか、日本の車のナンバーの制度には抜本的な改革が必要です。理由を下記のようにまとめます。

1.車のナンバーというものは、一見してその車がどこのものであるかを視認し理解しなくてはいけない。その意味からは、ナンバーは都道府県の名を冠したものであるべきである。
2.もしナンバーを県の単位より小さい単位で分けようとするならば、誰もが納得して公平性を感じてもらうような分け方などはあり得ない。
3.同じナンバーを再利用することを制度化しない限り、ナンバーはどんどん使い切り、ナンバーを細かい地域に分割せざるを得なくなる。
4.以上より、日本の車の名ナンバーは市の単位にならざるを得ない。事実そうなってきている。そしてそれは本来的な目標である1とは逆行する。

僕は、車のナンバーに関しては関心があり、これまで次のような記事を上げてきています。

2017-9-20「またまた、ご当地ナンバー再燃」
2016-6-11「車のナンバーを替えました」
2015-6-23「ご当地ナンバーを考える」
2013-8-17「またまたご当地ナンバーの奇妙」
2013-6-19「また車のナンバーの話を少し」
2013-6-16「嗚呼、袖ヶ浦ナンバー」
2012-3-12「車のナンバーあれこれ」

では、このあたりぶっちゃけ話を交えて書かせていただきます。
なお、若干ミーハー的な話を含みますが、車のナンバーはミーハー的な話抜きには論じられない点、ご了承ください。

まず、千葉県についてです。
千葉県は、かつての「千ナンバー」が2つに分かれた時、千葉市以南を「千葉」、その北側を「習志野」ナンバーとなりました。
みなさま、習志野ナンバーの習志野とは習志野市のことではない、とご存知でしたか?
千葉陸運局習志野陸運事務所は、船橋市習志野台にあります。自衛隊の近くですね。
本拠は船橋市なんです。

ならば船橋ナンバーでもよかったのでしょうけど、市川や松戸や柏から猛反対が起きると見たのでしょうね。
ごく最近ネットで知ったのですが、習志野というのは、昭和天皇が命名された、船橋から習志野市一帯の広域の地域名称だったとのことです。
なるほど、だから習志野ナンバーが採用されたのかもしれませんね。
でも、「北総ナンバー」とかでもよかったかもしれませんね。

習志野という地名は、天皇がお付けになってこともあって、確かに風情のある地名ですね。
ですので、市川、船橋、松戸、柏といった北総地域の車のユーザーにとって習志野ナンバーは、多少の違和感こそあっても、それほど嫌ではなかったに違いありません。
しかし、習志野ナンバーが次第に満杯になってしまったことを受け、旧習志野ナンバー地域内に野田ナンバー(野田市、松戸市、柏市、我孫子市、流山市)(ご当地ナンバーでない)ができたことが一石を投じました。
野田市の方には申し訳ないですけど、やはり柏市、松戸市の人にとって野田ナンバーは耐えがたいものでありますm(__)m
だから、ご当地ナンバーとして柏ナンバーができ、そして今週、松戸ナンバーができました。

千葉県を2つに分ける時、北部を北総、南部を房総などと分ければよかったものを、習志野、野田、成田、袖ケ浦という、ややマイナーな地名のナンバーを付けたものですから、ユーザーとしては納得せず、柏、市川、船橋、松戸、市原ということになったのでしょう。ある意味、当然です。そのうち、木更津、君津、館山、銚子が名乗りを挙げてくるでしょうね。

神奈川県の場合は、ご当地ナンバーではありませんが、湘南ナンバーの誕生の際に醜い自治体の主張がありました。
湘南というのは、本来、鎌倉から二宮あたりの沿岸地域のみを指すものですが、結局、「オレも入れてくれ」と、湘南とは言えない地域の市町村の数々の利己的な主張により、湘南ナンバーは随分広いものになってしまいました。

茨城県の場合は、従来、水戸ナンバーと土浦ナンバーの2つでした。
土浦というのは実はよい場所なのですけど、とにかく「土」という字がダサイんですね。
つくば市は、ダサい茨城の中でも唯一ブランドがある市です。研究、国際という意味で、特別な場所です。
ですので、つくばナンバーは人気があります。
湘南ナンバーほどではありませんが、茨城県の各市も、我も我もと、つくばナンバーを望みました。
すると、西は古河に至るまでの恐ろしいほどに広域の地域がつくばナンバーになってしまいました。
本家土浦ナンバーの残党はごくわずかの地域になってしまいました。

埼玉県は、映画「翔んで埼玉」でも描かれていたように、浦和と大宮はとっても仲が悪いです。
なのになぜ大宮ナンバーというのがあったのかというと、交通の要は大宮であることは浦和も認めていたからでしょうね。
埼玉の東部地域が春日部ナンバーというのは不自然でしたね。だから越谷ナンバーができたのでしょうど。
それにしても、越谷ナンバーなんて。
こんな一介の市の名前が車のナンバーになるなんて!
だって、越谷という地名を知らない日本人はごまんといるでしょ。

以上、書いてきたように、ある県を地域に分けて車のナンバーにしようとすると、必ず何らかの不合理さ、不公平感を生むのです。
だから、一番いいのは、車のナンバーは県の名前であることです。
これなら、不公平感もないし、視認性もいいし、「どこの車だ」ってすぐにわかるし。
関西の県は、1県1ナンバーを貫いている所が多いのは、理解できます。

今年2月亡くなった愛知の叔父は、名古屋陸運局に勤めていました。
僕が若い時に、名古屋方面に出張があると、よく飲みに連れて行ってくれました。
叔父は陸運の仕事に誇りを持っていましたし、また苦労も大きかったようでした。
特に、尾張小牧ナンバーが誕生する時のバトルを調整するのはすごく大変だったことを話してくれました。
僕は、叔父に対して「なぜ一度使ったナンバーを再利用しないのか?」という質問をぶつけたことがありました。
すると叔父は、「それは確かに論点だ」と、僕の質問を尊重してくれ、長々と説明してくれて、「やはり日本では車のナンバーというものは財産と捉えているので、再利用は難しいのだ」と結論付けました。
ああ、もっときちんと記憶しておけばよかった。
叔父の貴重な話の中味をほとんど忘れてしまいました。
このことは今でも謎です。なぜ、日本は車のナンバーを再利用しないのだ!?
分類番号として7を使ったり、アルファベットも使い始めたけど、焼石に水ですね。

そうです、日本の車は、ナンバーを再利用しないから、すぐに満杯になる。だから細かい地域名に分ける必要になってくる。いずれ市だって満杯になるでしょう。
その点、アメリカは、州の名前のプレートであり続けています。そして、ナンバーを再利用しています。
登録年を付したり色を替えたりもしています。

やはり、車のナンバーに関してはアメリカを見習うべきでしょうね。
1県1ナンバーで、再利用あり。
ぜひ陸運局に検討してほしいです。

2020-5-14(木) 20:00 以下補足します。

我が国では希望ナンバー制度というのがあり、人気であり、よく利用されています。
4桁の数字部分のみ、自由に選べるというものです。
4桁の数字なので、1から9999までの9999通りの中から1つを選べるわけです。
誕生日を選ぶ人が多いです。あるいは何かの記念日。
当然ながら、「何月何日」というのは365通りあります。
誕生日以外で人気の番号は、何かの語呂になっているもの、例えば1122(いい夫婦)、2525(ニコニコ)なんかですね。

そうなんです。希望ナンバーって、実際問題、ごくごく限られているんです。
9999通りがまんべんなく使われればいいですが、ごく特定のものに集中しちゃっているわけです。
ここが問題なんです。

1とか3とか7とかのごく限られたナンバーは抽選なのですが、誕生日とか1122とかの希望ナンバーは手数料さえ払えば全員もらえます。
すると、1122とかは恐ろしい勢いで埋まってしまうのです。
例えば、「530さ」で始まるとして、まず530の平仮名を使い果たし、次は「531さ」となり、これも使い果たし、結局599まで行って使い果たし。

この希望ナンバー制度が、ナンバーの満杯に拍車をかけているのです。
もし希望ナンバーがなければ、そうそうはすぐには一杯になりません。

599までいったら次は7百台を使うのです。
しかしこれも、1122などの人気ナンバーによって瞬く間に使い果たされるわけです。
で、苦肉の策が、分類番号にアルファベットを使うことです。
しかしこれも抜本策でなく、焼石に水でしかないのです。

要するに、希望ナンバーを野放図に与えまくっていてはいけないのです。
それと、同じナンバー(分類番号と平仮名含めての)が再利用できないことですね。

アメリカではナンバーは再利用できます。ただし、一定の期間を経てから使えるようです。
ある車のユーザーがナンバーを取得しようとする場合、その人は陸運事務所のサイトにアクセスすれば、自分の希望するナンバーが今使えるかどうか、一瞬に判別できます。
もうかなり前からアメリカではやられてますよ。

僕はアメリカかぶれというわけではありませんが、車のナンバーに関してはアメリカに倣うべきだと思いますね。
今回のコロナでは、アメリカよりも日本のほうがはるかに優秀だったわけで、日本人のほうが優れることは確実にあります。
車のナンバーについては日本は遅れていると言わざるを得ないでしょう。

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ST Rocker

Author:ST Rocker
ビートルズ解析ブログへようこそ!
つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
コメントは本筋に沿ったものをお願いします。

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