ビートルズの解析の一例紹介

9月に「悩める現代の会社人・主婦の創造的解放のためのページ」と題してブログデビューし、記事のように所信表明しました。しかし内容がブロード過ぎるため、まずはビートルズに絞って当面発信させていただきます。ビートルズの解析としてその一部をまず紹介します。

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第1章 ビートルズ東京公演の謎

ビートルズ!

ビートルズ・・・20世紀最大のミュージシャン、そして私に最も音楽的、精神的に影響を与えた集団である。私は生まれてこの方、ビートルズについては誰にも語り負けたことはない...。(ホントか?)
その彼らが来日し、東京・武道館で公演を行ったのが1966年6月30日から7月2日にかけて計5回。公演の模様のビデオが出回っているし、あの時の喧騒を覚えていらっしゃる方も多いであろう。まだ生まれていなかった若い方も映像を目にされた方が多いであろう。
私は当時小学校3年。残念ながら当時はビートルズのファンではなく、親からは「ビートルズのまねはするな」と言われていた位であり、6/30のNTVでの公演生中継も見ていない。ところが、奇特な人がいた。後に高校生になってから私と知リ合うことになる女性が、テレビの画面をカメラで写していたのだ。今では笑ってしまうテクだが、当時はそうでもする以外に記録の手だてはなかったのである。高校生になった時、私が熱狂的なビートルズファンだと知るや彼女はその写真を全部私にくれたのである。今となってはとても希少価値のある品物である。今ごろ彼女は地団太を踏んでいるに違いない(この言い方ってもう死語なのかな?)。

東京公演の謎...

かの東京公演...、いろいろエピソードあれど、何が変(へん)かってその演奏である! 今の時世、ミュージシャンともあろうもの、CDに収録されているのとさして変わらないレベルの演奏を公演で聞かせるのがプロっていうものである。そんなミュージシャンはそう珍しくもない。ところがである。ビートルズの東京公演での演奏ときたら、まことにヘタである、いやヘタに聞える。というかコンサートになっていないのである。音はとにかくレコードとは全然違う、などなど何から何まで変である。当時のマスコミは、「ビートルズのレコードというのは誰か別のうまい人が演奏しているのに違いない」という論調まで現れた。無理もない。

ビートルズの東京公演の分析については当然これまで多くの人がそれなりには行ってきた。しかしそのどれもが不完全だった。今回、私のあらゆる知識と知恵を結集してこの謎の解明を総合的に行った。研究的価値に値するものであると自負している。本邦初公開!

本当にヘタに演奏していたのか

分析の手始めとしてまず、ビートルズは東京公演で本当にヘタに演奏していたのか、あるいはうまく演奏していたにもかかわらずヘタに聞えていたのか、をつきとめることにする。答えを先に言ってしまうと、私の結論は後者。つまり連中は本当は結構うまく演奏し歌っていた。ただしジョージ・ハリスンを除けばだ(この点は後述する)。1人1人の演奏に注視してみるとなかなかシュアな演奏をしていることがわかる。
ベストなプレイはベーシストのポール・マッカートニーである。7thのロックンロールにおいては小指がうまく使われているし、とても指が動いている。リズムも申し分なし。ドラマーのリンゴ・スターもまあまあである。アドリブを随所に入れていて名演といえよう。サイドギターのジョン・レノンもまあまあであった。リードギターのジョージ・ハリスンは、ややミスが多く、またリズムや音階を外した場面があった。
全体としてリズムセクションがうまく動いていたので曲の進行は問題なかった。

PA

最大の犯人はこれであった。PAつまり場内拡声装置系、が全くお粗末なものだった。1966年だから昔ということもある。しかし、問題は日本のレベルの低さであった。日本は当時、エレキギターを使った大コンサートを開くなんていう技術はもっていなかった。ビートルズの東京公演ではボーカル用のマイクが演奏中にグラグラ回ってしまい、ろくに歌うこともできなかった。未熟な技術の一端がここに窺える。
東京公演ではPAの何から何までがお粗末だった。マイクがボーカルやドラムに当たっていない、ミキシングは最初から最後までメチャクチャ。音のバランスがまるでダメ。おまけにどうもモニターが効いていないようなのだ。ビートルズ自身も証言しているが、モニターが聞けない状態(つまり自分の歌っている声が聞えない状態)で演奏したのである。これがどんなにシンドイことかおわかりだろうか。普通は全く音程を外してしまうのだ。私もバンドをやっていたからわかるが、モニターなしで歌うと音痴そのものになる。よって、ビートルズがいかに優れたミュージシャンだったかがかわっていただけるだろう。
もしPAを最適に行えば東京公演は名演として聞えたかもしれない。

ということで、PAが最大の犯人と言えそうだが、これで分析を終るつもりはない。PAを差し引いてもやはり何だが変なのである東京公演は。残り30%の謎に挑む。

演奏曲目

Rock'n'roll Music、She's a Woman、If I Needed Someone、I Feel Fine、Day Tripper、Baby's in Black、Nowhere Man、Paperback Writer、Yesterday、I Wanna Be Your Man、I'm Down。(何か忘れている気もするが)

この曲目構成は同時期に行われたアジアツアーでも一緒だった。
この構成、ハードなものからバラードまでが程よく混ぜられている点ではいいのだが、かつて一世を風靡したステージ向けのメジャーな曲があまりないのだ。例えばShe Loves You、I Want To Hold Your Hand、Can't Buy Me Love、Help...。
選曲としては「ややマイナーだが味のある曲」を重視したということか。それにしても、およそステージ向けではない室内音楽であるIf I Needed Someone、Day Tripper、Baby's in Black、Nowhere Man、Paperback Writer、Yesterdayなどを演奏したのには恐れ入る。詞の内容も風刺的なものや退廃的なものもあってアイドルとしての歌ではないものもある。さらに、弦楽四重奏のYesterdayをエレキギター、ベース、ドラムスの編成で演奏することや、決してベースを演奏しながら歌えないPaperback Writerを演奏したことなども実に変である。つまり、メジャーでない曲、ステージ向けでない曲、本来なら演奏できない曲を演ってしまったのだ。それにもかかわらず観衆の女の子達のあの歓声。そのアンバランスがとても妙であった。彼女たちはあの時の選曲や演奏についてどう感じていたのか、実に興味がある。先輩の奥さんが見に行っていたというので、今度質問してみよう。
そんな中、私が1つ印象的に思う曲がある。それはBaby's in Black。三拍子のこの曲をビートルズは東京でブルージーでやや暗さを醸し出していい感じで演奏している。レコードよりもいい。レコードはややアップテンポで軽薄に聞える。東京公演でのBaby's in Blackを聞くと当時のいろいろなことまでも思い浮かべるほど印象的な演奏である。

チューニング

演奏の下手とかPAや使用楽器がどうのこうのということを抜きにして、ビートルズの東京公演の演奏は「何か変だぞ!」と思ってしまう。ここに驚くべき事実が判明した。
この事実は、私が知る限りどのようなメディアも未だ明らかにしていない。とは言っても少しでも音楽に専門性のある人ならすぐに気付くことであろうが...。
結論を先に言おう。東京公演ではビートルズは楽器(ドラム除く)を半音低くチューニングしていたのだ! 弦を低くチューニングすることは張力を弱めることだから演奏しやすくなるし、歌のキーも下がるから素人はよく使う手である。しかしビートルズはそこまで素人じゃない。事実それまでの公演ではちゃんとノーマルチューニングで演奏している。ではなぜ?! 以下は私の華麗なる解析結果。
まず背景としてレコードでのYesterdayを考えてみる。この曲のキーはFである。伴奏として印象的に使われているアコースティックギターの秘密をご存じだろうか。実はあのギターは全音低くチューニングされているのだ。その状態でGのフォームで弾くとあのYesterdayになるのである。偉大なる発明である。ノーマルチューニングでFのフォームで弾いても決してあの音の構成とゆるみ気味の弦の切ない音色は出ないのである。(ここまでは結構知られている) さてここからが推測。
東京公演でYesterdayを演ることになったビートルズはどうしてもレコードで採った方法で演奏したかった。しかし全音も下げてチューニングしたのでは他の曲が演奏できない。そこで折衷案として半音低くチューニングすることにした。そしてGのフォームで弾く。だからYesterdayのキーはF#となる。半音だけ高い音で歌わなくてはいけないのでちょっと苦しいが高音の得意なポールのこと、そんなのどうってことない。そして他の曲を半音低く演奏(フォームは通常通り)することになった。
はっきり言って半音ちがう曲なんて全く違う曲といっても過言でない。メロディーの運びは一緒だけどキーによる「色付け」が変わっちゃうと思う。キーの色とは? 例えば、Let It Be。このキーはC。小学校から習っている音楽の授業のまじめな感覚を覚えませんか? でも半音下のBのキーのOne After 909やローリングストーンズのJumpin' Jack Flash。これらは何か不良っぽい色でしょう(?)。 ロックンロールはAのキーがとてもぴったりだけど、AフラットのRock'n'roll Musicはどうも変だよね。
というわけで、キーがオリジナルと違うことと弦の張りの問題で「変」に感じたわけである。

使用楽器

東京公演における使用楽器は、ポール・マッカートニーは相も変わらずトレードマークのカールヘフナーのベースとリンゴのボックスのドラム。問題はジョンとジョージのギターである。実は東京公演で使われた彼ら2人のギターはエピフォンの「カジノ」という全く同じ機種であったのだ。これはボディーが若干の空洞をもち共鳴させる「セミアコースティック」というタイプである。デビュー以来、東京公演の前あたりまでの使用楽器は、ジョンはリッケンバッカーのソリッドタイプ、ジョージはグレッチのセミアコタイプであった。
同一機種のギター2台を使ったのだから音色は似ている。しかも音色や音量のコントロールにバラエティーを出さなかったことから、2台は同じような音色と音量になってサウンドに厚みが出なかった。ましてやミキシングが貧相であったために全体としてモノトーンに聞えることになってしまったのだ。

演奏テクニック

前述したように、ジョージを除けばまあまあちゃんと弾けていたと考えていいであろう。Day TripperやI Feel Fineを弾きながら歌うのはとても難しい(ギターやベースのリズムと歌のリズムが独立しているから)。一度試されたし。私もやったことあるから身にしみてわかるけどこれらの曲をステージで演奏するのは至難の技である。
ハーモニーもまあまあである。あのPAの状態でよくハモれたものである。

当時の彼らの関心・方向性

あの1966年6月の時点。ビートルズは公演には辟易していたはずである。時は「リボルバー」を出した頃。より高度で実験的な音楽を追究していた。だから東京公演でもそのへんの意識が選曲に表れたのであろう。
今から思い直すと、ジョンが小野洋子と出会ったのは東京公演と近い時期である。その後ジョンとヨーコが作り出した深遠なる精神世界。そのことを考えると東京公演当時のジョンの気質の一端が窺える。アイドルとしてファンにサービスすることの矛盾を感じていたのに違いない。
ポールはジョンのような精神的な動揺はなく、アイドルとして比較的サービス精神旺盛であったものと思われる。ただし音楽的進化を示したかったに違いない。ジョージは当時かなり悩んでいたようである。後のジョンの弁によると、ジョージは当時創作が伸び悩みジョンに相談していた、しかしそれに対し恩義を感じていないという。彼ら4人が気持一つになってステージを行う精神的状態ではなかったことは想像に難くない。事実、同行カメラマンの浅井慎平氏によると、彼らはホテルではほとんど会話を交わしていなかったということが裏打ちしている。

まとめ

以上のようにいろいろな要因が重なって、ビートルズの東京公演は「変(へん)」なものになってしまった。彼らとしては幾多の葛藤があったに違いないが、初めての公演に対する日本のファンのために精一杯頑張ったのであろう。
いろいろな思いを込めてもう一度ビデオを見ることにしよう。
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プロフィール

ST Rocker

Author:ST Rocker
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つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
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