ビートルズ解析例 その2

ビートルズ解析例その2を紹介します。

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第2章 嗚呼ベーシスト "ベースとギターの不思議な関係"

ベースとは?

ベースギター。略してベース。ベースを奏でる人をベーシストという。
ベースの意味は、基礎を意味するBaseを思い出しがちだが、正しくはBass。つまり低音担当楽器が本来の意味である。
クラシックでいえばコントラバス、ジャズやフォーク&カントリーでいえばウッドベース、ロックでいえばエレキベース、どれも基本は4本弦で音の構成は同じである(E-A-D-G)。本稿はロックにおけるエレキベースについての話である。

ベーシストといえば誰を思い浮かべるだろうか? ビートルズのポール・マッカートニー、ローリング・ストーンズのビル・ワイマン、クイーンのジョン・ディーコン、シカゴのピーター・セテラ、キャロルの矢沢永吉、カシオペアの桜井哲夫...? 女性だって多くはないがベーシストはいる。古くはスージー・クワトロ。最近ではGo! Go! 7188のアッコなど。珍しいベーシストといえばいかりや長介なども。
まずお断りしたいのは、私は熱烈なビートルズファン、ポール・マッカートニーファンなので、ポールに関する記述が多くなることを申しておく。

ベーシストの位置付け

今でこそベースは単に低音担当だけではなく音楽の重要な要素になってきたし、ベーシストの存在感も高くなってきた。しかし昔は違った。1950年代~60年代初期にかけてはベースというのは補助的な役割でしかなかった。単にルート音を4ビートなどで刻むような単純な演奏しかなかった。ベーシストといえばバンドにおいて裏方でしかなく、ステージにおいては後ろの方で控えめに突っ立って演奏していたものだ。ベーシストなんかには誰にもなりたくなかった。あるいは逆に、バンドに入るためにベースを仕方なく担当するなんてことが多かった。
ビートルズのレコードデビュー前、"Silver Beatles"と名乗っていたころ、ジョン・レノンが無理やり連れて来た美術学校の学友であるスチュアート・サトクリフにベースを担当させたことは有名である。そんな付け焼刃的人間がベースを弾けてしまう、そんな単純なパートでしかなかったベースであったのだ。

ベーシスト ポール・マッカートニー

私が敬愛してやまないポール・マッカートニーはもともとギターの人間だ。Silver Beatles時代にはポールはギターを担当していた。ジョン、ジョージ・ハリスン、ポールという3人のギタリストがいたのだ。この状態はこれはこれで非常に興味深いが、その話は後に譲る。
さて、ある時アクシデントが起こる。ベース担当のスチュが脳腫瘍で突然亡くなってしまいベーシストがいなくなってしまったのだ。では誰が後任になるか? 当時彼らは相当悩んだに違いない。ジョンとポールは既に類稀なる音楽センスをもちギタリストとしてだけではなくボーカリストとしても活躍していた。ギターという花形を捨てたくなかったし、ベーシストという裏方に回ることは屈辱と考えたであろう。ジョージをベースに回すという考えは当然あっただろう。しかし、そうしてしまうとボーカルのもともと少ない彼が全く可愛そうになってしまうので、仕方なくジョージにはリードギターを授け、ポールがベースに回り、ボーカルはジョンとポールが中心、ということで落ち着いたものとみられる。ここでポールはギターを捨てたフラストレーションが相当たまっていたものと思われる。また、「ただじゃ済まないぞ」とも思ったことであろう。

さて、ともかくも「ベーシスト ポール・マッカートニー」の誕生だ。私は、これは歴史的な意味をもつと考える。よく言われるような感覚的な意味ではない。以下に詳細な考察からこれを述べることにする。

その歴史的意味

結論を急ぐようだが、その歴史的意味とは次のような点ではないかと思う。
1.もともと音楽的センスの高い人間がベースを担当し、ベースの立場から作曲、演奏することにより、ベースの役割が向上し、しかも音楽全体が向上した。
2.ベースを弾きながらでもボーカルが勤まるということを証明した。
3.ステージにおいてベースが他の楽器と張り合うほどの演奏ができることを証明した。
4.2&3の結果、ベーシストの立場が向上した。その結果ベーシストを志す人が増えた。
5.ベースと他の楽器を弾き比べることにより互いに刺激を与え、各々の楽器に対する感性および演奏力が向上することを示した。この関係は特にベースとギターの関係において顕著である。

補足を加えたい。
1については、ギター出身であり音楽的センスの高かったポールがベース担当になり、音楽を総合的に見られるようになったことと、ベーシストの自分をアピールしたいこともあって、ベースの可能性を無限に引き出したのである。また、ベースのパートを中心に曲の構成を考え全体をcreateしていくプロセスも見出した。この時点でベースは、BassではなくBaseといった方がふさわしいような役割に変わったと考える。
ではポールにより音楽がどう変わったのか、ここで論ずるよりもビートルズの各種曲を聴いてもらう方がよほど説得力がある。大凡簡単に言うと、ビートルズ初期においては8ビートの導入、存在感のある「リードベース」(注;私の造語。ギターが主旋律をリードするのがリードギターであるなら、ベースが曲調を支配することをリードベースと呼ぶ)、中~後期においては魅力的かつ複雑なベースラインである。ポールの果した役割は誠に大きいと言わざるを得ない。

2、3について。ベースはネックが長くボディが重い。弦が太く押さえるのに力がいる。フレット間が長く運指も容易ではない。言ってみれば体ごと弾く感じである。特にダイナミックなベースラインや速弾き、複雑なフレーズなどは全く大変である。そんなわけでベースを弾きながらボーカルをとるのは容易ではない。一般には無理といってもいいだろう。シンプルなリズムを刻むだけなら比較的容易である。例えば、私が24、25歳のころ会社で組んでいたバンドで、私がビートルズ"Get Back"ならベースを演奏しながらボーカルをとれた。(注;ちなみにこの"Get Back"、実は単にAとDを8ビートで刻むだけではない。ポールは譜面には書けないようなハンマリングオン、プリングオフをめまぐるしく行っている。詳しくは映画Let It Be屋上演奏参照。) これに対し、サイドギターは比較的容易にボーカルがとれる。慣れれば手拍子を打ちながら歌う感覚になれる。

ドイツ カールヘフナー社製500-1(バイオリンベース)の選択

このように、ギターと張り合うほどのベースフレーズ、そしてボーカルとの両立。このことにポールとて悩んだに違いない。
ここでポールによるベースの機種の選定。ドイツ・カールヘフナー社製の500-1型。通称"バイオリンベース"だ。左右対称のバイオリンボディという親しみのあるモデルだが、ホロボディー(セミアコースティック)およびショートスケールのため音にあまり重量感がないという理由のためかロックシーンにおいてはそれほど支持はされていない。しかし、ポールがこのバイオリンーベースを選んだことは非常に大きい意味をもつと私は考える。当時(61年頃)ビートルズがハンブルグ講演を行っていてヘフナー社を好意的に見たことは想像に難くないし、左右対称形のためサウスポーであるポールには好都合であったはずだ。
それ以外の理由として私が重視したいのは、ヘフナー500-1はショートスケール(フレット間隔が短い)なのと弦の間隔が狭いことである。つまり弾きやすいのである。特にポールは、ベースを比較的体の低い位置まで下ろしネックを寝かせて弾くというルックスのよさを追求したのである。このようなスタイルでは手首が折れ難いので指が開きにくいのである。もし弾きやすさを優先するなら、ボディを(胸のあたりまで)上にもっていく(田端義夫スタイル)か、ネックを立てるかである。初期のストーンズのワイマンは垂直に近いほどネックを立てていた。しかしこれではルックスが悪い。500-1ならルックスのよい状態で何とか指が開ける。
このように、複雑フレーズかつルックスを保つという意味でもポールは500-1を選んだものと筆者は考える。

500-1でビートルズサウンド炸裂

こうして500-1の導入により魅力的なベース演奏とボーカルの両立が誕生した。8ビートだけも美しい"Please Please Me"などもあるが、なかでも群を抜いて特筆すべきが"I Saw Her Standing There"だ。リズムこそ8ビートだが、コード構成音をめまぐるしく上下させうなるようなベースワークである。この曲を支配しているのはこのベースだ。まさに「リードベース」である。しかもベースを弾きながらボーカルをとっているのである。躍動感あり魅力的なロック。その主役はベースであり、しかもボーカルと両立だ。まさにベーシスト・ポールの華麗なプレイである。高校生の頃筆者はギターをやっていたので、この曲のベースの魅力は感じていたし、どのフレットをどう弾くのかも知っていた。よく楽器店に行きベースを取り上げて弾いてみる。「こんなに長いフレット間を行き来しながらボーカルをとるなんて..」全く信じられなくてため息をついたものだ。そしてこの"I Saw Her Standing There"をベースで弾きながらボーカルをとることを一生の夢として抱き続けるようになる。

他のバイオリンベースプレイヤー

矢沢永吉がキャロルにいた頃、やはりバイオリンベースを使用していた。ただしヘフナー製ではなく国産(ヤマハ?)のコピーモデルだったはずだ。矢沢もまたベースの音の魅力を知り尽くした人間だ。ポール同様、ベースを引き立たせかつボーカルと両立することもバイオリンベースを選んだ理由だったと私は考えたい。お馴染みの「ファンキー・モンキー・ベイビー」は軽快かつ60年代前半のギンギンのロックンロールを彷彿させるナンバーだが、このベースがたまらない。私は、この曲は"I Saw Her Standing There"に影響を受けて作られたのではないかと思う。同じキー(E)であることと、曲を支配しているのはベースである。"I Saw Her Standing There"よりもさらにダイナミックなベースだ。"I Saw Her Standing There"のベースは、Eのコードの時は上はBまでしか行かない。(これにしたってかなり忙しいのだ)。しかし「ファンキー・モンキー・ベイビー」にいたっては1オクターブ上のEまで行く。つまり1オクターブ間をめまぐるしく速いスピードで行ったり来たり。指の開きと小指の総動員、このパターンでコードが進行していく。しかもベースではフォームがとりにくいマイナーコードまで登場する。まさに体中で弾かないと弾けない。こんなハードな状態なのにボーカルをとるのである。まさに職人芸だ。それにしても矢沢はある時点からベースを肩から下ろしボーカリスト専門になったのは惜しい。

痺れるベースの”地鳴り”と原体験

ポールはその後ビートルズにおいてベースを様々に発展させて名演を聴かせてくれる。本稿では多くを語らないが、"All My Loving"、"Day Tripper"、"Paperback Wrighter"などが初~中期を代表するベース名演ナンバーである。

これまでポール・マッカートニーがベースに関わって音楽を発展させてことを中心に書いてきたが、このへんで私とベース、あるいはギターとの関わりを書いておく。私が子供の頃の母親による音楽教育のこと、ロックに目覚めたころ、さらにほどなくロックピアノを覚え、そして15歳頃にギターを始め(フォークギターを買ったが主にロックを弾いた)、さらにその後エレキギターもいじり始めたわけだが、このあたりの話は別に譲るものとする。ここで1点強調したいのは、子供の頃から一貫して私がしびれる音はベースの音ではないかということだ。中学頃までは家にも大したことのないレコード再生機あるいはラジカセしかなく、ベースの音を鑑賞するには至らなかった。中学の低学年のころ、先輩の高校生(注;中学・高校一貫教育の学校だったため)のバンドの演奏するベースの音、つまりアンプから出て来るブーンという地鳴りのような響き、に脊髄がしびれてしまったのである。これが原体験となっている。そしてこれ以来今に至るまで基本は同じである。コンサートやバンドセッション、テープやレコード、CDなど聴く場合、基本はベースの音にしびれる。そして、ベースラインの素晴らしい曲、ベースが曲調を支配している曲などが名曲と感じるようになった。高校生頃からビートルズの映画Let It Beを見たりして、ベースも時々弾いてみたいと思ってはいた。

私若かりし頃

ちょっと脱線。
高1の冬休み、ビートルズの映画"A Hard Day's Night"、"Help"、"LIB"の3本立てを新宿の武蔵野館という映画館で上映するというので、ある友人と一緒に夢中で見に行った。当時はまだビートルズの曲はヒット曲しか知らず、LIBの中の曲もあまり知らなかった。この3本の映画自体もほぼ初めての映像だった。前期、中期、後期とビートルズの進化がよくわかったのでまさに驚きの1日だった。3本立ての最後はクライマックスである屋上コンサート。その緊張感あるステージに感動したのは勿論だったが、中でも気に入ったのが"I've Got A Feeling"。いわゆるハードロック系とは違うがブルーノートを小気味よく使ったハイな曲。そしてかのベースなのだ。文で書くのは難しいが、"I've Got A Feeling!"とシャウトした直後の「ラ(低)ラ(高)ッラ(高)レミソラッソラ」というベースの部分。特に「レミソラッソラ」とうところ。これに脊髄がしびれちゃったのだ。そして"All these years've been wondering round…"というところ。ボーカルはものすごい高音(シ)であり、そしてベースは最低音のE。このコントラストがすごい。まさに極限のボーカルとベースといえる。私はおぼろげながら、いつの日かこの"I've Got A Feeling"を演奏できないものだろうか、と考えてしまった。
1982年の新入社員研修の時。最初の2週間の滋賀での入社研修の後、全国の工場へ分散し工場実習を約3ヶ月行う。私は名古屋工場の実習だった。オンボロの寮に寝泊りしていた。名古屋実習には全体で15人位の入社同期がいた。そんな中で一人ギターをもってきた奴がいたので、ある夜、そいつを含め数人で寮の屋上に登り、「ビートルズの屋上コンサートだ」と気勢を上げ、あの映画と同じ曲を歌いまくった。寮長から大目玉を食ったのは言うまでもない。
DCTSへ移籍後の1983年のXマスパーティでついにその時がやってきた。"Get Back"、"I've Got A Feeling"などを演奏し、私がボーカルをとったのだった。"Get Back"は私がベースを演奏した。しかし"I've Got A Feeling"は、相棒がギターのフレーズを覚えきらなかったので私がギターになった。ギターじゃちょっと感じが出ないが、まあいいか、ということで、ジョンのあの印象的なリズムギターを刻みながら"I've Got A Feeling"を歌った。"All these…"の部分も裏声でなくちゃんと声が出た。若かったからだろう。ちなみに、ジョンのリズムギターは独特なフォームによるもの。"Dig A Pony"でも同じフォームをとる。あの印象的なサイドギターなのだ。
そして、いつかはベースであの「レミソラッソラ」を弾きながら"I've Got A Feeling"を歌いたいものだ、とひそかに思っている。

いよいよベースを手にとってみたい

実際にベースを手にとってみて演奏しようかと思い立ったのはごく最近のことである。これまでは自分の身近にある楽器はギターやピアノだけで十分と考えていたのであろう。また自分の手はあまり大きくはないのでベースには不向きと考えていたことと、後で述べる「ベースとギターの不思議な関係」を知らなかったことが理由である。ただし前述したように、会社のバンドでは、他人のベースを借りて簡単なパートのベースは少し楽しんだりした。大方は、ギターの低音部でベースの真似をしたり、エレクトーンでベースの音を出して遊んだ程度であった。

今から1年半位前、何がきっかけだったのか忘れてしまったが、実際にベースを手にとってみて演奏しようかという思いが湧き立ったのである。あるライブハウスでの演奏を見たことがきっかけの1つだったかもしれない。カタログをいろいろ集め始めたのだ。バイオリンベースは憧れるのだが、(もし買ってしまうと)ビートルズフリークであることが気恥ずかしくなってしまうだろうことと、ショートスケール&ホロボディということで音の重量感が犠牲になる。逆に、フルスケールソリッドタイプは重量感と「ホンモノのエレキベース」をもつ充実感は得られるだろうけどバイオリンベースを捨てるのもふんぎりがつかない、などと悩み始めた。お金があれば両方買いたいなどどいう分不相応な計画(というか夢想)まで湧き上がり始めた。

義弟卓也氏から思わぬ申し出

そして突然の転機が訪れたのである。なんと、義弟の卓也氏からベースを貸していただけることになったのだ。卓也氏は大学時代からフォーク&カントリーのバンドで鳴らした生粋のミュージシャン。主担当はウッドベースであるが、数年前にエレキベースを買ったのだが全然使っていないということなので、ありがたくもお借りすることになったのだ。グレコのアコースティックベースで、いいものである。ピックアップもついていてアンプにつないで演奏することもできる。茶色の光沢が美しいアコースティックボディである。そしてフルスケールである。弦の間隔もしっかり広い。温かみのあるベースの音が出る。このベースを2003年5月に突然お借りすることになり、以後このベースでさんざん練習し、音を楽しむことになったのだ。
ちなみに卓也氏、最近新築した家には"音楽室"をもち、ピアノ、ウッドベース、ドラムその他楽器でセッションができるというなんともうらやましい環境が整っている。

ベースを弾く生活スタート

とにかく卓也氏からお借りしたベースを自宅にて弾く生活(?)が1年前にスタートした。ベースは以前にもそれなりにいじったことはあるので、なんとなくは弾けてしまうが基礎ができていない。どうせやるなら基礎を徹底的にマスターしようと考えた。特に小指をしっかり使ってフォームをとることに心がけた。
まずさわり始めてまもなく徹底的に思い知らされたのは次の点である。
* 弦を押さえるのにとにかく力が要る。
* しかも正しい位置、正しい方向に力を入れないとちゃんとした音が出ない。
* フレットの間隔が長く、フレットのやや手前のスイートスポットのところを正しく押さえないと音がビビッてしまう。
* 指(左手)がなかなか開かない。一般的には7フレット以下の低ポジションでのスケーリングは苦労した。
* 小指での押さえがどうしても弱くなる。
* 1音1音、目で押さえる地点を確認しないと、感覚ではなかなかポジテョンを当てられない。

“ベースとギターの不思議な関係”

これらの点は練習あるのみで、確かにやればやるほど向上はする。しかし、私にとって大躍進をもたらしたのは"ギターとの関係"を見出したことだ。簡単にいうと、ベースを弾き、ギターを弾き、そしてベースを弾く、というようにベースとギターを並行していじるのだ。
まず自分でも驚いたことは、ベースの練習をしていると自然に押さえ力と指開き、さらに的確ポジショニング能力がupする。ベースの後にギターをいじると、あたかもウクレレでも触っているかのような感触だ。もう楽でしかたがない。余裕綽々でプレイできるのだ。しかもメロディーやリズム奏法まで向上するから不思議だ。例えばビートルズの"I Feel Fine"。この曲のギターは、G、C、Dの基本3コードに対し人差し指でバレーを押さえてコードストロークをする傍ら残りの3本指でメロディーを弾くという名曲の1つだ。問題はGの時(3フレット)に小指を思い切り開かないと弾けないのである。ギターを始めて30年間、この曲ばかりはGのところちゃんと弾けなかった。こればかりはジョンやジョージに比べ手の小さい自分がうらめしく思ったものである。ところがである。ベースを練習したお蔭でGがちゃんと音が出るようになった。30年努力してできなかったことがわずか数週間でできてしまうとは。とにかくギターが以前より余裕たっぷりに弾けるようになった。これぞ「大リーグボール養成ギプス」である。そういう意味では、スキーで言えばベースは上級者コース、ギターは中級者コースである。
しかしだからといってベースの方がギターよりも上位に位置する楽器というわけではない。ベースの問題点は音のバリエーションが少ないことと、基本は単音しかない(和音もあるにはあるが)こと、そして低音は聴きにくいのである。ベースの音にはしびれるとはいっても、音は聴きにくい。ベースの4本弦のみ見ていても、そしてベースの単音を爪弾いていても音楽的イマジネーションはギターほどには湧いてこないのだ。
そこで持論の登場である。ギターを弾いた後にベースを弾くと表現力がupするのだ。新しいフレーズを思いつくこともある。
つまり、ベースとギターは相補的なのではないかということだ。互いに他を刺激し合っているというか。"ベースとギターの不思議な関係"なのである。そしてとりわけ、ギタリストがベーシストになり、さらにまたギターをたしなむ、そんな状態がベースおよびギターを進歩させるのではないか、というのが私のこれまでの1年間の体験にもとづく意見である。
そうである、かのポール・マッカトニーがこれに然りなのである。ポールがベース転進後のビートルズのベースの発展は既に述べた通りだが、ポールがギターにおいてもビートルズとして名演を残している。"Ticket To Ride"、"Another Girl"、"Taxman"、"Good Morining Good Morning"などが挙げられる。ギターの感覚をベースに導入したのが"Day Tripper"であり和音奏法を駆使したのが"While My Guitar Gently Weepe"である。さらにベースの名演として"Something"、"Don't Let Me Down"を挙げておきたい。しかしこれらとて多くの名演のほんの一部である。
おわかりいただけたように、ここに上で述べたポールの歴史的意味その5が完結するのである。そして恐れ多くも私自らもそのことの一端を実感させていただいたのである。

さて実力は?

申し遅れたが、卓也氏のベースで1年練習した結果、現在の実力は? わかりやすい言い方では、"I Saw Her Standing There"がほぼボーカルをとりながらできるようになった。「ファンキー・モンキー・ベイビー」はそれなりにはできるようになった。しかしまだまだ安定感に欠けるしボーカルはしっかりとはとれない。まあ大体のシンプルなことはできるようにはなった。ただしステージでうまく弾けるかどうかは全く別問題である。

最近のベースシーン

その後、音楽におけるベースの役割、そしてベーシストの立場は上がってきたのである。名曲の基礎をベースが支配している、そんな名曲も数多く出た。挙げればきりがないが、スティービー・ワンダーの曲のベースなどは最高である。変わった例としては1971年の麻丘めぐみの「私の彼は左利き」のベースラインも魅力的だ。当時中2の私は、ある松戸市内のデパートで友達と遊んでいた時に流れたこの曲のベースに魅せられてしまったのだ。4ビートのベースラインは"All My Loving"を思わせるものもある。卓也氏によればこの手のベースラインは古くからジャスにはあったそうだ。
最近ではモー娘のベースがすごい。ベースだけでも特筆すべきアレンジと演奏だ。これらに及んではもはや"Base(基礎) Guitar"と呼んだ方がふさわしい存在感だ。演奏自体も真似できないレベルのものが多い。Go! Go! 7188のアッコのベースも魅力的だ。バンドとしてのドライブ感がしっかりしている。
レベルがどんどん高まりつつあるベースだが気になる点もある。それは、ボーカルをとりながら演奏する「リードベース」が少なくなったことだ。最近はベースのプロはベースに徹している感がある。"I Saw Her Standing There"のような忙しいベースを弾きながら(しかもルックスを損なわずに)ボーカルをこなすベーシストを筆者はポール・マッカトニー、矢沢栄吉以外にあまり知らない。こういうシーンの需要がなくなってしまったのだろうか? シンプルでストレートなロックがまた流行ればきっとこういう演奏スタイルが求められるはずだと思う。それにしても、そういう場合はやはりショートスケールのベースでしか成り立たないのであろうか。

ポールのベース観その後

話を再度ポール・マッカートニーに戻させていただく。1965年にリッケンバッカーからモデル4000というフルスケールでソリッド型のベースをプレゼントされる。ヘフナー500-1からリッケンに徐々に切り替え始め、67年頃はリッケンの使用が多くなる。おなじみの宇宙中継"Our World"ではジョンの曲"All You Need Is Love"をリッケンのベースで指弾きで非常にリラックスして弾いていた。リッケンへ切り替えていった理由はあまりはっきり言われていないが、ステージではヘフナー、中期以降のスタジオ録音では音質重視のリッケンを使いたくなったということであろう。たしかにヘフナーだけでは重量感にかけるし音のバリエーションも乏しい。"All You Need Is Love"のベースにおいてはソリッド型の特性がいかんなく発揮されている。つまり弦の震えや強弱、ミュートやどの辺を押えるか、のようなバリエーションが直に耳に伝わってくる。まさにベースの弦の息使いが聴こえるようだ。
しかしまた1969年、Let It Beでの撮影ではヘフナーを使う。つまり切り替えだ。やはり、生のバンド演奏はヘフナーが原点と考えているのだろう。
さらに発展するベース

ベースを語る上で最近では忘れてならないのが「チョッパー」と呼ばれる演奏テクニックである。ラリー・グラハムという人により発明されたとされるこの奏法は、指で弦を叩く、つまみ上げる、というダイナミックなテクニックである。たしかにベースの潜在能力を引き出した奏法の1つである。一時期カシオペアの桜井哲夫がチョッパーを多用した名曲を数多く生み出している。以前会社で組んだバンドの滝氏もカシオペアのチョッパーベースに傾倒していた。ごく最近ではチョッパーだけで押すベーシストはほとんどいない、しかしステージの中では必ず1回チョッパーの見せ場を作る、そんななくてはならない奏法の1つだといえる。

最後に5弦または6弦ベースに触れておく。最近6弦ベースに移行している有名ベーシストも多い。桜井哲夫もその一人である。しかし私は残念ながらその意義をあまりよく理解していない。どんな曲ならば、そしてどんなフレーズならば5弦または6弦を必要とするのかがわからない。どれかのアーティストに的を絞って少し探求してみようかと思う。しかし私は今のところ、オーソドックスな4弦ベースが好きだ。ベースの基本を完全にマスターしないうちには発展形(?)には手を出したくない。

さて何を買おうか?

ベースとギターの話を書いてきた。そしてますます、ベースが好きになり、ギターも好きになり、バンドをやりたくなってきた。いろんなジャンルの音楽やベースに耳を傾け自らも演奏したいし、なにか自分独特のベースのフレーズや奏法も確立したくなってきた。

買うとしたらやはり2本だてがいい。1つはフルスケールのソリッドタイプ。もう1つは言わずと知れたカールヘフナーのバイオリンベース(またはそのコピー版)だ。
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プロフィール

ST Rocker

Author:ST Rocker
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つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
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