ビートルズ解析例 その4

- 我が青春のギター -


私の人生において大いに嗜んだ楽器ギター

ギターは、これまでの私の人生において嗜んだ楽器の1つであり大きなものを占めている。順番から言えばピアノより後にいじり始めたのだが、多分ピアノ以上に長い時間いじってきたと思う。ピアノやベース同様、ギターにおいてもビートルズとの関わりが一番多くなる。
しかし、残念ながら、ギターにおいてはピアノ、ベースあるいは「東京公演の謎」のような独自の観点から解析を試みるのは容易ではない。ロックの世界においては言うまでもなくギターの愛好家が一番多く、ビートルズはじめ多くの一流アーティストのギターに関しての解析や論評は大変多く、そしてユニークな視点のものも多く見られる。それでも約30年、ギターとの付き合いの中で生まれた想いを描いてみたくなった。

まず、大前提として本稿で言うギターとはフォークギターまたはエレキギターである。クラシックギターは除外する。「オイオイ、除外するなよ」との声も聞こえそうではあるが勘弁を。クラシックギターはそれはそれですごい世界があることは知っているが、コードストロークやチョーキングと言った「脊髄の痺れる」感覚をここでは優先しますんで、クラシックギターの世界はまた別途機会かあれば、ということでご勘弁を。

日本のフォークソングは?

次に、私は1970年代に流行った日本の「フォーク」にはそれほどなじめなかった。理由はいくつかあるが、最大の理由は、音楽よりも精神世界を優先していたから。いっそのこと「詩に少し音楽が付いている」と思えばよい(と言ったら大変なお叱りを受けることはよくわかっている)。音楽だけで評価するには、まず第一にマイナーコードが多すぎるし、全体が単調過ぎる。もし詩の内容を鑑賞しないとしたら音楽だけでは成立しそうにもない。
しかし、かくいう私だってそれなりには傾倒した。特に大学のサークルなどでは仲間が集まれば必ずフォークギター1本で夜通し歌い込んで意識を共有することができたし、心のよりどころにしていていた部分も少しあった。
それともう1つの重要な点は、日本語は音符に乗りにくいのだ。日本語は1音1音節だから、1つのオタマジャクシにカナ1文字しか乗らない。非常に間が抜けてしまうのだ。それに比して英語のよくできた歌詞は重厚である。「韻」という歌にとって重要な技も英語に軍配が上がる。日本の優れた詩がうまく乗れるような新しい音楽はないものであろうか?

一生の持ち物ヤマハギターを買う

ピアノの章で述べたように、私は中学生の時にロックに開眼しピアノをいじるようになった。しかしロックの中心はギターだし、日本でも70年代初期はギターの人気が高まっていた。例えば、あこがれの浅田美代子がギター片手に「赤い風船」などを弾いているのは全てのヤングジェネレーションの憧れだった。要するに、当時の少年少女の平均的な憧れの多分にもれず私もギターが欲しくなった。
高校1年、15歳の時、親のスネをかじってフォークギターを買った。浦和の柏屋楽器店でヤマハの13,000円のフォークギターを買った。当時(今でもそうかどうか知らないが)ヤマハのギターの品番の数字の部分は価格を表していた。少しギターを知る人間の間では有名な事実である。サウンドホールの奥にシールが張ってあり品番がプリントされている。だから、私は、マジックで「3」を「8」に書き換え、そして0(ゼロ)を1つ付け加えた。
結局、このギターはいい買い物であった。31年たった今でもネックは反っていないし、正しいチューニングができる。上の娘に貸したつもりがいつの間にか娘のものになってしまったようだが、要は2世代使える代物だった。

ギターの楽しみ方

一口にギターと言ってもどういう楽しみ方があるのか。それは千差万別である。まずはフォークかロックか? アコースティックかエレキか? サイドかリードか? この問いは愚問といえば愚問である。自分でいろいろ試行錯誤しながら探すべきものだ。
ただ、敢えて一点言うなら、ロック系のリードギターを目指すなら早いうちからそれを念頭において精進するべきだ。ロック系のリードギターには独特のテクニックがある。そして私はそれはできなかった。
私は、一時、S&G(サイモンとガーファンクル)に凝ってフォーク系に行こうとしたことがあった。しかしやめてしまった。やっぱりなんとなく暗いと思ったのである。
ロックの脊髄への響き、英語の韻、そんなことから欧米系のロック、なかでもビートルズに傾倒することになった。

ビートルズのギタリスト達

私がギターを買った1973年は、ビートルズは既に解散していた。いろんなプログレシブロック系が台頭しており、優れたギターテクニックをもつバンドが見られた。エレキギターのポテンシャル能力を引き出すようなハイテクを披露するようなギタリストもどんどん出てきた。
そんな中で、ビートルズははっきり言って、エレキギターエリートではない。
新進気鋭の「エレキバンド」としてセンセーショナルに登場しておきながら、その実態はエレキエリートではない。
なにしろまずその楽器の選択だ。リンゴ・スターがラディックの一流ドラムスを選んだ以外はエレキエリートとは質を異にしていた。
ジョンのリッケンバッカーのショートスケールのギター。手が小さい訳でもないのに、ショートスケールを選んだおかげでサウンドは随分犠牲になっている。ポールのカールヘフナー500-1。これもショートスケールでホロボディ。ステージワーク重視で選んだものと思われるが、これもサウンドへのマイナス効果大。そしてジョージのグレッチ社製大型セミアコギター「カントリージェントルマン」。弾くためのテクニック的制約といい、サウンド的制約といい、かなりのものがある。後期でこそジョージはソリッドギターを持ちリードギタリストとして巻き返すが、前期のジョージのギターの多くは私でも弾けてしまうことから、真のリードギターとは言い難い(失礼!)。
エレキバンドでありながらエレキバンドらしくないビートルズ。類稀なる音楽センスをもってして、独特のコード進行・コーラス、詩の内容などをもって世界を席捲したというのが私の理解である。

ビートルズギターのアイディア

ビートルズの音楽は、私ごときの一介の愛好家がテクニック的にはコピーしうる範囲での、アイデアの創出とその組み合わせにその真髄があるものと思われる。ジョージのギターは素晴らしいものが多いが、リードギターとして超スゴイものはあまりない(と言っては失礼か?)。私レベルの技術で真似できてしまうフレーズが多い。難しくはないが、果たして思いつくかといえば難しい、つまりコロンブズの卵的good ideaが多い。
ジョージにおいては、解散後の"Living in the Material World"のようなソロアルバムでその才能が開花したと言っていいのではないだろうか。これらのアルバムでのジョージのアイデアや技術には本当に敬服する。

結局私にとってのビートルズギターとの関わりは

結局私のギター人生の中で主体的興味を持ったのは、ジョンのサイドギターとコーラスグループとしての和音を重視した曲の進行と構成、そしてポールによるあくなきサウンドへの追究、そんなところであろうか。ディープ・パープル、レッド・ツェッペリンといったハードロックエリートのギターを少しかじったこともあったが、頓挫した。演奏可能、素晴らしいコーラス、社会的現象、音楽的ウィットという点でジョン・レノンギターに傾倒することになった。前述したように、ジョン・レノンのギターは、それ単独でとりわけ取り沙汰されるというギターではない。しかしそうは言いながら、かなり優れたサイドギタリストと言えると思う。まずは、作曲家としてのコード進行やコーラスの付け方は絶品であることは、既に種々メディアで十分言い尽くされている。それプラス、サイドギタリストとしての旨みが磨きをかけている。言葉で表すのは難しいが、表現力豊かである。例えば、"She's A Woman"。わりと単調なA7、D7、E7の繰り返しだが、どのストローク一つとっても同じものはない。絶妙なストロークのタイミングとアタックの妙、ミュートやスライドを駆使して、その瞬間瞬間でのテーマを最大限に表現すべく、微妙に音を変え表現している。この素敵なギターは後期の"Oh, Darling"にも片鱗を見ることができる。

ジョンの粋なサイドギターワーク

超有名なジョンのサイドギターワークとして"All My Loving"がある。例の三連符ギターだ。3拍なので、ある小節ではアップストロークから始まることになる。一見これは超難しそうだが、実はそれほどでもない。慣れればそう大したことはない。事実、私の会社でのバンドはこの曲を演り、私が「3連符ギター」を弾きながらヴォーカルをとった。これもコロンブスの卵だ。テクニックというより、こういう超素敵な弾き方を思いついたことに賞賛を与えたい。むしろこの曲での見せ場は、三連符のところ以上に、"All my loving, I will send to you.."というサビの部分でのジョンのサイドギダー。言葉では言い難いが、歌い手のことを最大限に引き出すべく演出したギターだ。
"Help"のサイドギターも同様の意味合いから、とても表情豊かなものだ。

感動的なLIB屋上シーン

ジョンの素晴らしいサイドギターは挙げればキリがないが、ひとつ印象的なのが映画LIB("Let It Be")でのアップルビル屋上での演奏シーンだ。寒風吹きすさぶ1969-1-30のロンドン。手がかじかむ中、長髪、丸メガネ、毛皮のコートで現れたジョンの姿だけでも印象的だ。1966年の東京公演の頃から使い始めたセミアコ型エピフォン製「カジノ」で演奏した。カジノのボディの塗装を剥しナチュラル加工を施したものを使った。やや篭り加減のサウンドコントロールで織り成すジョンのカジノの音は、まさに69年当時のビートルズの雰囲気を醸し出すに丁度よかったし、屋上で演奏した曲にとてもピッタリだった。

屋上セッションでのテクニックは

映画を目を凝らしてみた限りではジョンはあまり高度なテクニックは使っていなく、比較的シンプルなコードストロークが多かった。しかもローポジションのコードも多用していた。それでいてとても深みがあり表情豊かに聴こえるのは何故だろう。一つびっくりしたのは、ストローク時の右手の振れが、ほぼ手首より先だけだったこと。つまり、肘を支点ではなく、腕は固定し手首を支点にストロークする。こんなに手首の柔らかい人間は見たことがない。しかし、ジョンは昔からそうだったか? 前期のフィルムを観ると、確かに手首奏法的ではあったがLIBほどではないようだ。

やるせない響き"Dig A Pony"

"Dig A Pony"のサイドギターも絶品だ。中でも、"Well, you can celebrate anything you want."というところ。世にも珍しい7連符を唄った後の"want"の部分。単にBmの普通のフォームを押さえているだけなのだが、メチャやるせなく聴こえるから不思議なものだ。手首奏法と関係があるのだろうか? ちなみにこの曲の演奏時、ジョンは歌詞を書いたメモをスタッフに見せてもらいながら歌っていた。もともと歌詞を忘れやすいジョン。東京公演でも歌詞を間違いまくっていた。"Dig A Pony"においては、特に7連符の部分に難しい言葉を並べてある。番毎に言葉が違うが、どれも言葉自体にリズムがあり秀作だ。だからジョンが覚えられないのも無理がない。

ジョンの化身"Don't Let Me Down"

"Don't Let Me Down"も同様の観点から素晴らしい。これも基本は「手首奏法」でEとF#mのローポジションを弾くというシンプルなものだが、とても味わいがある。それにしてもこの曲、ジョンの愛の叫びの歌の代表的なもの。詩自体に勢いがあるし、メロディー、コード進行も素晴らしい。そしてさらに曲の魅力を倍化しているのがポールのベース。いや、倍化というより曲のイメージを決定してしまっている。だからジョンの真意にマッチしているか疑わしいとも言える。結果として私は、ジョンの曲にポールが頑張って付けたベースフレーズは大変好きだ。事実、解散後のジョンのラブメッセージには個性的なものが多いが、トータルな音楽としてはイマイチ乗り切れないものが多い。
こうして書いていくとつくづく思うが、このLIB屋上演奏シーンは、ジョンの強いラブメッセージと魅力的なサイドギター、そしてポールの抜群のベースプレイが集約されているシーンであると思う。よって、もう少し屋上演奏に関して続ける。

独特なフォーム"I've Got A Feeling"

"I've Got A Feeling"は、ベースの項でも書いたように私にとってたまらなく魅力のある曲の1つ。そしてビートルズのロックの決定版だ。キーはA。やはりギンギンのロックはなんとしてもAだ。何故か? 多分1つは、ギター的に5フレットという最もハリがあって安定した領域ということがあろうが、440Hzという人間が生まれて最初に出す声(オギャー)の周波数だからワクワクするのだろうか。この曲のキーポイントはいくつかあるが、その1つはジョンのとるAのコードのフォーム。イントロから鳴っているあの響きだ。人差し指で4弦以上を全部押さえ小指で5フレットを押さえる。そして5弦のオープン弦をベース音として弾きながら4弦以上も弾く。ローポジションとハイポジションを同時に弾くようなイカした感じになる。素晴らしい発明だ。もしこのフォームがなかったら"I've Got A Feeling"の魅力はなかったことであろう。なお、このフォームは"Dig A Pony"の主題ボーカルの部分の伴奏にも使われていて、そこでも大変いい雰囲気を醸し出している。

軽快なロックナンバー"One After 909"
"One After 909"、これは軽快なロックナンバーである。実はこの曲はジョンが62年頃のレコードデビュー前に作ったものだというから恐れ入る。50年代のロックンロールを信奉していたビートルズの面々であったが、単に同類のものを作るのではなく、後のビートルズとしての飛躍を予感させるような曲を作っていた。"Anthology 1"にその魅力的な初期版が聴ける。

圧巻の"Get Back"、そしてちょっと”トリビア”

いよいよ屋上シーンの最後のテーマは"Get Back"。この映画の本来の主題曲といってもよい。ポールの温情でジョンにリードギターを頼んだということである。 全般にAとDの繰り返しでシンプルな構成だが、飽きさせないように各所に工夫がある。ジョンのギターはこまごま動いていて忙しい。しかし演奏できないほどではない。ジョージのカットギターも絶品だ。屋上シーンの最初を飾る1曲目の"Get Back"は名演だと思う。(実はこの前に1回"Get Back"を演奏したそうだが映画ではカットされている。) ところで私はおもしろい発見をした。大学の研究室の同輩で、やはりビートルズファンの彼が言うには、「"Get Back"のジョンのギター間奏のところ、間奏が始まって2小節目の印象的なチョーキングの部分。あの音は3~1弦の11、12フレットを弾かなければ出ないはずなのに映画では5フレットあたりを弾いている。世にも不思議だ。」。この指摘を受けたのが大学院生の頃。まだビデオなどは普及しておらず真偽を確かめようもなかった。やっと確かめられたのは結婚してから。結婚して間もない頃、カミさんが誕生日プレゼントとして買ってくれたビデオLIBを観た。たしかに彼言う通り。そこで何回も目を凝らして問題部分をチェックした。そして驚くべきことに、音と映像がずれていることを発見した。11、12フレットを弾くチョーキングの部分の映像が音よりも2小節先んじている。間奏の部分だからそう簡単には気付かないわけだが、いやしくもビートルズの映画を作るプロがそんなことでいいのだろうか。Eさん曰く、「トリビアの泉に応募したら?」。なるほど。

ユニークかつ偉大な奏法"I Feel Fine"

表情豊かなジョンのサイドギターだが、それプラス非常にユニークなアイデアがあるのが、64年の"I Feel Fine"である。バレーコードを押さえてカッティングしながら、中指~小指を少しずつ動かしてメロディーを加えるというもの。カットギター(コードストローク)とリードギター(のさわり)を掛け合わせたような奏法であり、聴いていても心地よい。このアイデアは素晴らしいと思うが、人差し指を常にバレー状態にしている制約からか、この曲以外のメロディーはあまり生まれそうにない。事実この曲以外でこの類の奏法をお目にかかったことはないような気がする。ジョンとジョージは二人でこの奏法で弾く。ただし二人の間の奏法は微妙に変えて演奏している。G-C-Dの進行だが、問題はG。3フレットベースなので、小指をものすごく開かなくては弾けない。ジョンとジョージはかなり手がデカいので、そう無理なく弾ける。ちなみに、ジョージの手の大きさはアルバム"Living In The Material World"のレコードジャケットで確認できる。しかし今やCD時代だから無理か。

アイディアの宝庫であり名曲の"If I Fell"

もう一つ印象的な曲として64年のアルバム"A Hard Day's Night"にフィーチャーされている"If I Fell"を挙げたい。イントロとはいえないほど存在感のあるイントロにおける不思議なコード進行と不思議なボーカルメロディ。おそらくジョンはギターのあらゆるコードを試しながら常識をくつがえす進行を狙っていたに違いない。そしてメインメロとサビは、イントロの緊張を解除すべく安定した進行。しかしそれでいて奥の深い二部合唱。作曲家としてのセンスも高い。

ビートルズとハーモニー

ところでビートルズがハモることについて。ビートルズはハーモニーとコーラスを非常に多彩に取り入れたバンドといえよう。そして初期から既にそのスタイルは確立していた。私は、中学生の頃ビートルズを聴き始めた頃、ハーモニーが多いことに驚いた、何故なら私にとってハーモニーとは、つならない音楽の授業のイメージがあったからだ。中学や高校の音楽の授業で二部合唱の練習をした時、例えば「花」なんかが有名だが、低音部のメロディーがなんとも暗く感じられたものだ。一種の体制への反抗、と言ったら大袈裟であろうか。おしきせの音楽教育の象徴である二部合唱には近寄りがたいものがあった。ところが、若者の先陣を切るかのビートルズがハーモニーを積極的に取り入れている。しかもそれが若者を感化せしめるに重要なファクターとなっている。やはりハーモニーは重要な音楽要素なのだ。要はモチベーションである。
二部合唱を聴く場合、大抵の場合、というか普通の人は高音部がよく聴こえる。そして高音部は確かに主役である。でも低音部がなくてはハーモニーは成りたたない。声域の関係で、ビートルズの場合、高音部=ポール、低音部=ジョン、という担当になった。とはいえ、ジョンも普通の人に比べたらキーは高い方である。そう、ポールが高過ぎるのである。声域は訓練でそう変わるものではない。天の授けである。ちなみに、私の場合、ジョンより少し高い位。つまりジョンの歌は簡単に歌えるが、ポールの歌は時々苦しくなる。それでも高校時代、練習に練習を重ね、ポールのパートも随分歌えるようになった。ジョンのパートも随分覚えてきた。基本はポールの3度下だが、単純ではなく随分いろんなバリエーションがあることがわかった。例えば、"She Loves You"。メインボーカルの"You think you've lost your love..."というところ。yourまではジョンとポールでユニゾンで歌う。そして"love"のところでで別れる。高音部のポールは明るいlove、低音部のジョンの"love"は暗い響き。そう、高校の授業の「花」の低音部を思わせる暗い響きだ。けど、憧れのビートルズだと前向きに受け入れてしまう。全く現金なものだ。
高校生当時、ビートルズの曲の数々を既に(コード的には)コピーしていた私だが、ハーモニーを何とか自分で演じてみたくなった。当時の機材といえばせいぜい内部マイク付きラジカセ。例えば、"She Loves You"など、まずジョンのパートのボーカルをサイドギター弾きながらラジカセによりカセットテープに録音し、それを再生しながら別のラジカセで、ポールのパートを歌いながらギターで(ベースがないため)ベースのパートを弾きながら別のカセットテープにダビングする、という今となっては笑ってしまうテクで「マルチプレイ」を楽しんでいた。それでもそれなりに感動したものだ。
低音部を担当していたジョンだが、唯一おもしろい例がある。Hey Jude。低音を歌っていたジョンが急遽ポールを飛び越え高音側に飛び越す瞬間がある。"...then you can start..."の"start"の部分だ。私はこれをみて思わず「猫踏んじゃった」のピアノを思い出した。低音担当の左手のピアノが、ある瞬間右手を飛び越え高音側に回る。ところでこの「猫踏んじゃった」。子供の童謡と捉えられているが、その音楽的構成はなかなかのもの。シンプルでありながら、ジャズの要素と少しだけ定石を外れる妙が感じられる。ジョンが高音でポールが低音という例外的パターンもあった。私の知る限り、アルバム"Let It Be"に収められている"Maggie Mae"だけであるが、もしかしたらその他にもあるかもしれない。
さて、ジョージ・ハリスンのハーモニーはどうか。ビートルズのハーモニーはジョンとポールによる、という先入観が強いためか、ジョージのことを忘れがちだが、実はジョージも結構ハーモニーに参加している。前期のステージの映像を観るとジョージが結構歌っている(ジョンとポールの曲においても)。私の知らない部分でハーモニーに貢献している可能性大だ。後期の名曲"Don't Let Me Down"では、ジョージのハーモニーのパートはとても難しい部分を担っている。ちょっと声の質がジョンやポールより少し劣っていたジョージだが、本当は歌唱力は一番よかったのかもしれない。

隠されたジョンの名曲

アルバム"Revolver"あたりからジョンの曲は単にポップスの域に収まらずに、独特の音楽世界、精神世界を形成している。これは進化と見るべきなのだが、実はファンは少しだけ遠のいた。"I Am The Walrus"、"Strawberry Fields Forever"といった名曲を出しながら、若干とっつきにくいこともあってか、ヒットチャートでは若干後塵を排することになった。ところで、後にこれらの曲の装飾部分を取り払ってシンプルな伴奏パートだけでこれらの曲を演奏するテイクが、"Anthology"シリーズで公開されることになった。これを聴いて私は溜飲が下がった。ああ、これらの曲は本来こんなにいい曲だったのだ、と。凝った装飾を施したことで純粋なロック的インパクトを損なった部分もあるのかもしれない、と思った。

ビートルズのベストギタリストは誰? そして私の中に占めるギタリストは?

ビートルズ時代のギターワークにおいて、ベストギタリストは誰か、と問われれば、私はポール、と言うであろう。他の章で述べたことだが、ポールは他の楽器との交わりの中でギターへの取り組みを進化させていったことが考えられる。
いわゆる「エレキギターエリート」の仲間入りの序の口に入れてもおかしくないテクニカルプレイをいくつか残している。"Another Girl"、"Ticket To Ride"、"Taxman"、"Good Morning Good Morning"などがそれだ。解散後も、70年代前半まではリードギターの名演を残した。アルバム"Ram"の"Too Many People"、74年のシングル「愛しのヘレン」(私は実は英題を知らない。当時のヒヤリングでは"Hellen Yellow Wheels"と聴こえた)を挙げたい。(ちなみにこの「愛しのヘレン」、ポールが全ての楽器を演奏している。誠にカッコいい曲だ。どこかにCDカットされていないだろうか)。 しかしポールは70年代後半にもなると大したギタープレイも聴かれなくなる。やはり刺激し合う相手がいなくなったためか。
ポールはフォークギターの名曲も残した。"Yesterday"、"Mother Nature's Sun"、"Blackbird"などなど。ポール・サイモンと比較しても決して劣らない"Mother Nature's Sun"のイカした構成。コピーできるほどシンプルな2音構成だが抜群のセンスの"Blackbird"。
ベストギタリストはポールといっても、やはり私の中で大きなものを占めるギタリストはジョンだ。
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Coffee Break Beatles No.21 「弾き語り指南(ギター編) Part 1」

私がバンドをまとまってやったのは、前の会社で25~26才の頃。
その後はあまりやる機会なく、たまに2人で音を合わせる程度で、一人で弾き語るのが多いです。

ギター、ピアノ、ベースは下手ながらも一応やるので、そのどれかの楽器を弾きながらということになります。
ドラムはまだ遊び程度でしかいじったことなく、楽しみ方を知りません。
一度ヤマハのドラム教室に通おうと思った時があるんですが、レッスン料ってすごい高いんですね。驚きました。

前にも書きましたが、ビートルズの曲は完璧なものを目指さなければコード弾きだけでそこそこ弾き語れます。
ただ、同じコードでも位置取りがビートルズの場合ユニークであり、それを外すとあまりビートルズらしく聴こえません。
位置取りについては、スコア本を見てもいいですし、自分の耳でコピーできればもっと楽しいですし達成感があります。

ギター1本で弾き語る場合に、ビートルズらしい位置取りをやりやすいものを紹介してみましょう。

初期では圧倒的にI Feel Fineです。
人差し指でバレーを押さえながら、他の指を少しずつ変え、コードストロークとメロディー弾きを同時にこなす、という世紀の大発明です。
レコードにおいても、ジョン(および時々ジョージ)のギターによるこの奏法が主体になっていますので、一人弾き語りにおいてもギター1本で十分な表現力があります。
張りのあるコードストロークと音がビビらないメロディー弾きを心がけ、そしてつられないように歌うわけです。
一言。練習のみです。でも出来上がったらモテること間違いなしです。
しかし練習時にいきなりこの曲から始めないでください。他のやさしい曲で慣らして調子が出てからやってください。

中期ではYesterday。
レコードにおけるポールのギターをそのまま使っても十分に弾き語り可能です。
最大の特徴は、通常より1音下げチューニング。この状態でGを弾くので結果としてF調となります。
このゆるい状態で、時々チョッパーのように叩きつけ弾くので、弦が大幅に揺れ、あの切ない響きとなるのです。
位置取りのポイントとしては最初のGのところで、通常のオープンフォームに加え、第2弦の3フレットも押さえるとあの特徴的な響きとなります。

後期はジョンのAの押さえ方を紹介します。
普通のオープンAを人差指で2フレットをバレー的に押さえた上で第1弦の5フレットを押さえます。低音部はオープン弦、高音部はハイポジションとして鳴るので、幅の広い質感の音が出るわけです。I've Got A FeelingやDig A Ponyで用いられています。
この状態のまま、中指の第2弦3フレット、薬指で第4弦4フレットを押さえるとD(on A)となり、Dig A Ponyのあのカッコいいというか、一聴してビートルズらしい響きとなるのです。
つまり、この押さえ方を基本として、I've Got A FeelingやDig A Ponyを歌うとサマになります。I've Got A Feelingではギターはジョンで歌はポールでいいでしょう。考えるとちょっと滑稽ですけど、聴く分にはサマになります。

この話題まだまだ終わりそうにないので、後日Part 2,3..として書いてみたいと思います。



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文科系 vs 理科系

こんにちは。

8月ももう終わろうというのにすごい暑さですね。
なんか永遠に秋が来ない気がしてきました。
昨日は新宿で大学時のサークルの会がありまして、更新サボってしまいました。

私は理科系出身でして、24才から47才まで技術系サラリーマンとして主に田舎の研究所にいました。(途中1年半東京)
社宅から会社のバス、または家を購入してからはマイカーで出勤という典型的パターンでした。
奥さん方っていうのはわりと仲間を作って活動するのがうまいんですが、ダンナはたいてい遊ぶのがへたくそです。
音楽を楽しむのも一般には地味です。

それに対し、文科系出身者は都会勤めでストレスは多いけど、一般には華やかで文化的刺激も多い。
楽しみも多いわけです。
私は47才の時転職し、営業職になり東京勤めになりました。(今はマーケティングです)
ですので両方を知っているというわけです。

ところで、この「理科系」「文科系」という分け方は欧米にはないようです。
それよりも重要なことは、理論なのか、実用なのか、ということです。
例えば化学で言えば、純粋な基礎化学であるChemistryと工業化のための応用化学(Applied ChemistryChemical Engineering)では大学での所属が異なり、会社における期待ポジションも違います。
同様に、マーケティング(Marketing)と営業(Sales)は全く異なる仕事であり、日本のように同じ人間がマーケティングも営業もやるなどということはありません。
だから、理科か文科ではなく理論派か実用派かという人の見方をします。
別の言い方だと、原理原則を追究するのか、実利を開拓・実行するのか、の違いです。
どちらも重要ですが、構えが全然違うため、これらを混同することなく自他ともにきっちり区別をしてから共同作業しようというわけです。

もう一つの欧米の特色は、事務職が本社に集中していたり、本社が大都会に集中しているということもありません。(特にアメリカ)
各社各様の都合、戦略でいろんなセクションをいろんな場所(ないしは1箇所)に配置するのです。
だから欧米の人は、暮らしぶりとか派手さとかいうものを理科/文科、理論/実用の分類からパターン化することができないのです。
その違いは個々の会社または人の事情とか考え方により決まってくるのです。

そういう意味でビートルズを眺めてみると、日本の見方でいえばみるからに「文科系」の範疇ですけど、欧米式の見方ならもっと別の要素があることに同意されると思います。
これまでCoffee Break等で紹介させていただいたように、理科系の要素も結構多いと思います。
ビートルズの連中がどこまでサイエンス的な考えで曲作りや演奏に取り組んだかは知りませんが、理科実験的なセンスで取り組んだ部分も多いはすです。
そして、音楽そのものに限らず、心理面とか社会現象とかも含め、理科系的視点で取り組む対象も多いはずです。

要は、ビートルズに限らず、日本で「文科系」的なものに対し理科系的な視点で見るべき部分も多いと思います。
そして欧米の人たちは通常文科も理科も取り混ぜて考えているということです。

私の体験上から言っても技術系人間が芸術を楽しむ術はかなり多く、この楽しみはとてもうれしいわけでして、こうしていろいろ書いているわけです。
逆に「文科系」の人も従来理科系分野と言われてきたことにも積極的に取り組まれるのがよいのではないかと思います。



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Coffee Break Beatles No.20 「ライブの実力」

室内レコーディングとライブの乖離があまりないバンドの方が一般的には実力があると見なされる。
ならばビートルズは実力はあると言えるだろう。

よくモンキーズが口パクだったと言われるし、ベイシティーローラーズは一部の楽器を装置によりサポートしていたことがあった(記憶によれば確かそう)。しかし、ビートルズに限ってはアイドルとはいえそのようなことはなかったはずである。

正式デビュー前はドイツのハンブルグで毎日長時間ライブをやっていたというし、とにかく実戦スタイルでの演奏、時には作曲も、は得意であった。最初のLPであるPlease Please Meはほとんど全てバンドスタイルでの一発録りだったという。大したものだ。

東京公演ではやけに下手くそに聴こえるが、私の意見では、本当はうまく演奏していたが下手に聴こえたのだと思う。主な原因は武道館のPAの未熟。そしてギター2台が同じ機種で音に幅がなかったこと。さらには(ほとんど知られていないが)半音下げてチューニングしていたために張りがなかったので。あの時期はやる気がなかったということもあろう。

後期になると正式なライブというのはないが、ライブ仕立ての演奏はどれも大したものだ。特に69年1月30日のアップルビル屋上の演奏は、あの条件にしてはかなりな名演だ。
最近あれは「口パク」だったという意見の人もいるが、私はちゃんとやっていたと思う。実はあの映画、音と映像が合っていないところがある。私は驚きの発見をした。よかったら探してみてください。ヒントは、リードギターでチョーキングをする場面で、映像はそうなっていなく、チョーキングの動作がずれたところで映るからです。印象的なリードギターと言えば想像がつきませんか?

ちなみに、映画A Hard Day's Night、Helpは口パクがあります、というかほとんどがそうかもしれません。しかしこれらは仕方ないでしょう。実力のせいではなく映画ですからね。

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Coffee Break Beatles No.19 「ビートルズの英語」

私は大学卒業以来外資系に勤めているので、仕事の半分は英語である。本来なら英語は相当ハイレベルになっていないといけない立場だけど、現実はなかなか難しい。
昔から洋楽や映画に親しんできたから発音とかコミュニケーションは得意だ。文法も得意だ。しかしヒヤリングが苦手。読解も時間がかかる。もし発音と文法のTOEICがあるならいいのにな、などという妄想に浸る。

そんなわけでビートルズのお陰で英語にも多少役に立った。
歌だから英語的に得られるものは限られているけど、ビートルズを通じて学んだことを少し紹介したい。

まず仮定法。この言葉を聞くと頭が痛くなるという諸姉諸兄もおられると思うが、少しご勘弁を。
Wouldとかcouldのように、「・・・すればいいのにな、していただけないかな」という婉曲な表現がビートルズの初期にしばしば見られた。英語の得意とすることの一つである。
"I could dance with her.."なんているフレーズが初期のラブソングにはよく見られた。

次いで仮定法過去。さらに頭が痛くなる? 例の"If I were (最近ではwas)a bird,..."という教科書定番のやつだ。 ビートルズにおいてはIf I Fellが代表的。出だしにいきなり"If I fell in love with you, would you promise to be true..."の「二人のジョン」のボーカルから始まる。

ところでなんで仮定法「過去」というのだろう。高校(中学?)の授業では、「現実と違うことを仮定する用法」と習った。つまり、「私が鳥だったら..」、「私があなたと恋をしていたなら」という現在の事実と反する状態を仮定するから。覚え方としては簡単だが、この場合何故過去形が使われるのか疑問である。そして、単に日本語で「仮定法過去」と訳すのが妥当なのだろうか?
私が思うに、「現状とは違う」というより「過去の起因を仮定するから」だと思う。つまり、私は過去に人間として生まれたから鳥ではない。「もし過去に鳥に生まれたらどうだったろう」が本来英語の発想ではないのか。「現状と違うことを夢想」するというより「過去の歴史を変えたらどうだろう」という発想に基づくものではないだろうか。そう考えると英語の発想の方が奥ゆかしい。「仮定法過去起因」とでも訳した方が洒落ている。

次はNot A Second Time。これを見て「何かおかしい」と思った人はさすが。
中学で文法を本格的に習い始める時、「序数(first, second, third,...)には必ずtheを付けること。とにかく有無を言わさずそうしなくてはいけない、と習った。
しかし事実はそうではなかったのである。ここが日本人が英語が得意でない一つの理由かもしれない。
「Theかaか」の問題は、序数であることとは関係なく、話し相手が特定できる(注;知っているかどうかではなく、一つしか存在しないことが認識できること)場合にはthe、そうでない場合はa(またはtheのない複数)というシンプルな法則で全てを説明できる。

例えば、「彼女はTomの最初の奥さん」などという場合は、特定できるので、She is the first wife of Tomであり、「彼が3人目の奥さんを見つけらお祝いしよう」は、If he finds a third wife, let's celebrate him.となる。

ビートルズは基本はBritish English(とういうかリバプール訛り)だが、歌においては適宜American Englishを交えた。
基本はwas(ウォズ)、want(ウォント)だが、I want to hold you handでは「アイ ウォナ」、You are going to lose that girlでは「ヨゴナ」と歌っている。
Ticket to RideではShe don't careというように二人称で歌っているが、それは音符に乗せやすいからだろう。
前述のNot a Second Timeは「ナラセカンタイム」と歌っている。

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Coffee Break Beatles No.18 「絶対音階」

絶対音階。音楽にかかわる人間が持っているべき能力の一つと言われる。
果たして本当に必要なのだろうか? 持っているに越したことはない、という程度ではないだろうか?
私はこれがなかった。「なかった」という過去形なのは、今それを持ちつつあるから。

日曜の昼下がり。私はピアノに向かう。
私の信条は「心技体」をバランスよく充実させること。
土日には芸術の部分と身体鍛錬の部分を必ず入れることにしている。

ピアノの第1曲目はThe Long and Winding Road。
名曲である。中でもLet It Be Nakedに納められているテイクがよい。
映画Let It Beで撮影したのと同じテイクだ。
ポールが長年主張したフィルのオケがないバージョンである。

この曲いきなりボーカルから入る。
そこで、何のヒントもなしに私もボーカルから入る。
最初の"The"の部分はボーカルのみだ。
そして次の"long"のところで最初のピアノの音が入る。よってそこで絶対音階が正しかったかどうか判断が下るのだ。

長年の練習の甲斐があって、数年前から完璧に正しい”The"の音が出せるようになった。
ただこれがどんな場所でも出せるかどうかはわからない。一連のsituationが揃って初めて出せる「擬似絶対音階」かもしれない。
絶対音階に関してこれ以上の訓練はしないつもり。楽しみながら自然につく程度でいいと思う。

ビートルズの連中も、少なくとも初期は絶対音階はなかったようだ。ボーカルからいきなり入る曲は予めなんかの楽器で音を出していた。例えば東京公演でのI'm Downではポールは歌う前にGのベースの音をさりげなく出していた。何の助けもなくいきなりボーカルを始めたらもっとカッコよかっただろう。

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Coffee Break Beatles No.17 「歌と演奏の連携」

私が小学生の時、グループサウンズ(GS)が流行していた。ビートルズを含め海外のロックンロールのことはほとんど知らなかったので、エレキバンドのスタイルを初めて見た時はびっくりした。
最初に見た時の印象は、「本来楽器はちゃんとした態勢でしっかり弾くものなのに、あんなに肩にかけた状態でちゃんと音楽ができるんだろうか? できたとしても歌と一緒なんて大したことができないんじゃないか?」と思った。

事実GSは、歌こそ印象的なものが多く、コード進行もいかしていたが、バンドとしての見せ場はあまりなかった。少なくとも、ギターやベースの演奏とボーカルをギリギリの状態で両立させたような見せ場はなかった。言ってみれば歌謡曲をエレキバンドという媒体で表現しているのであって、その新しさが受けていたと思う。(GSの方々すみません!)

その後1970年くらいになって洋楽と触れる機会が出てきて、S&Gとかシカゴはじめ数々のバンドと出会って真の意味のバンドのすごさを知ったのである。
ビートルズにおいては、以前も書いたように、最初の演奏映像を見たのはTV番組で映画Let It Beの屋上シーンを高層ビルの壁面に映したものであった。
あのシーンは名演であったこともあって、ビートルズのバンドとしての魅力に一気に開眼したのである。

ビートルズの演奏スタイルは、デビューアルバムの第1曲目のI Saw Her Standing Thereに象徴的なように、従来の4ビートのタルいリズムから一転して、超躍動的な8ビートのベースを奏でながらインパクトのあるボーカルをとる、という大変斬新なスタイルをもたらした。ちなみに、この曲は大変ではあるが、やってできないことはない。

バンドの大変さの一つには楽器の演奏とボーカルを両立することにある。
ビートルズにおいては楽器の演奏はそれほど複雑ではないので、ジミ・ヘンドリックスがやったようにリードギターを弾きながら、それとは別のメロを歌うなどという超難易度のものはない。
でも、4人ともリズムをしっかりキープしながら正しい音階で歌うことはしっかりできたので、作曲の斬新さと相まって、そのことは多いなる特徴となった。

そんなビートルズではあるが、「これは真似は難しい」というのをいくつか紹介したい。

まずはBirthday。ギンギンのリフが特徴のロックナンバー。実は、ベースもあのギターリフと同じメロディを弾いている。2小節が1ユニットになり繰り返す。ギターは1小節目のみ1回リフを弾き、ボーカル(You say it your birthday)は1小節目のケツから入り2小節目を通して歌う。ギターリフは2小節目はお休みだが、ベースは1小節目、2小節目ともに弾く(同じメロを)。つまりポールは2小節目は、ベース弾きながらボーカルをとる。問題は、ベースのリズムとボーカルのリズムが合わないこと。"・・・birthday"と歌う2小節目の後半の部分だ。 素人がこれをやるとどっちかがもう片方につられてしまう。 しかしポールはロシア公演において、例のトレードマークのヘフナーのベースを弾きながらBirthdayを簡単にこなしていた。苦労している風が全く見えないのがすごい。

BirthdayほどではないがLady Madonnaのピアノとボーカルの両立も同様理由から容易ではない。
Anthologyを聴くとLady Madonnaのピアノの詳細が見えてくる。基本はシンプルな発想だけど、結構オカズ的な音を入れているし、変則リズムも入れている。このことによってボーカルとの両立は難しくなるのだが、ポールはレコードにおいてもそしてその後の公演においても、まるでソロ歌手が歌うが如くこの曲を演奏している。

最後にAll My Loving。ジョンの3連符リズムギターとベースラインが印象的な名曲である。レコードではポールの二重唱だがコンサートではジョンが低音部を歌う。すなわちあの3連符を弾きながら歌うのだ。これは曲芸だと言ってよい。にもかかわらずジョンの歌は全く自然に流れている。
ちなみに私もこのことを試したことがある。25歳の頃、会社でバンドを組んでいた時、3連符やりながら歌ったのである。ものすごく練習をした末に。最後は手は3連符を刻む「機械」のような感覚になった時、はじめて手と歌が脳をつなぐ回路が分離したのである。

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Coffee Break Beatles No.16 「Lennon-McCartney」

ビートルズの曲は、ジョージとリンゴの作を除けば、大半はLennon-McCartney、すなわちジョンとポールの共作というクレジットである。
正確な表現は"Words and music by John Lennon and Paul McCartney"であり、「作詞と作曲」全体が共作という意味である。
日本の歌謡曲のように作詞=****、作曲=****、編曲=****のような分業を示すのではない。Lennon-McCartneyにおける"music"とは編曲をも含めた一切の音楽的部分であろう。

共作とは言っても、事実上は片方だけが作ったものから、全く一緒に作ったものから、分業したものから、はたまたどっちかが主体を作り片方が手伝ったみたいなものまで様々な形態がある。
ビートルズ正式デビュー前の少年時にジョンとポールが約束し、「今後俺らのどちらかが作った曲は全て二人の共作にしよう」と決めたことによるものである。何と感動的な約束ではないか。

それで、Lennon-McCartneyの曲の中で実際どちらが作ったのかはとても興味がある。
大きな流れとしては、初期であるほど真の共作の割合が大きくなり、後期になると次第に二人の音楽的あるいはいろんなことの意見が食い違ってくることから、別作の割合が高くなってくる。
1968年のアルバムThe Beatles(通称White Album)は4人が個人作を持ち寄ったものと言ってもいいくらいである。
しかしそんな中でもジョンとポールの仲は特別なものがあり、仲があまりよくなかった1969年においても二人だけが集まりレコーディングしたThe Ballad of John and Yokoのような共同作業もあった。

全期を通じて一番多かったパターンは、どちらかが主体的に作り、もう片方が手伝った場合が多いようである。
そして彼ら自身によると、「ボーカルをとっている方が作ったと考えればいい」とのこと。たしかにこれはわかりやすい。

少し前まで"Who wrote that"というサイトがあり、Lennon-McCartneyにおいてどっちが作った曲なのかをリストしていた。しかし何故だかこのサイト今は見つからない。
そのサイトによればジョンが作った曲の方がやや多かった。
興味深かったのは、She Loves You、Day Tripperがジョンの作となっていた。これらの曲はメインメロを全て二人でハモるし、音楽的にもとてもポップな曲なのでポールの加担が多そうに思っていた。おそらく、詞とかメロの発案はジョンであり、コーラスをつけたりベースの作曲などはポールが請け負ったのかもしれない。
一般にはジョンは詞にポールは音楽に特徴があると思われているが、ジョンも音楽の才能は相当なものであった。

プロデューサであるジョージ・マーティンも音楽的に相当加担したので、場合によりmusicの部分にクレジットされてもよいようなものだが、そうはならなかった。
あくまで自作を特徴としたビートルズという看板にこだわったからだと思う。

デビュー初期のクレジット名はMcCartney-Lennonだったが、すぐにLennon-McCartneyに変わった。
ポールは最近、せめてYesterdayくらいは自分を先に表示させてよ、とヨーコに求めていたが、ヨーコは断ったとのこと。
しかし最近二人の関係もかなり改善してきており、ポールの要求も通るかもしれない。











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ビートルズ解析例 その3

「ビートルズ解析例 その3」をご紹介します。これは拙著「技術系サラリーマンのビートルズ論」の第3章に当たります。

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-落ちこぼれピアニスト-

ピアノ。誰もが知る楽器。完成された楽曲から手軽に楽しめる音楽..と、これほどまでに広く浸透した楽器もない。そして音楽教育においても重要な位置を占めている楽器。人がピアノの魅力を知るきっかけは様々だ。
一般にピアノとは、クラシックあるいは教育音楽として親しまれている。ところが反面、ピアノはロックの道具でもある。
筆者の場合、ピアノはロックにより開眼し、その延長でクラシシックにも首をつっこむことになった、という変り種である。

筆者と音楽との出会いは古い。しかしほろ苦い思い出である。
3年保育の幼稚園にヤマハ音楽教室が出店しており、そこの生徒になった、というか母親にさせられたのが音楽との出会いの最初である。そこでは足踏み式のオルガンが使用されていた。
我が家は1962年にヤマハのピアノを買った。私4歳の時である。母親は近場のピアノ教師では満足せず、歩いて40分近くもかかる所の先生を見つけてきて、私と姉を通わせることにした。従姉妹の関係にある二人の先生であり、私は初級向けを教えるの35歳位のの先生、2歳上の姉はややシニアな中・上級者向けの先生に習うことになった。この二人の先生の家は数十メートル位しか離れていない。週2回、私も姉も母に連れられて寒い日も暑い日も、雨の日もせっせと通う。母の大変さもさることながら、筆者はピアノの練習がイヤでイヤでたまらなかった。ピアノの魅力なんて全く理解していなかったのにつけ、こんな"まじめ"なお稽古ごとをじっとして習うなんて全く性に合わなかった。筆者は幼稚園から小学生の時分は昆虫大好き人間であり、昆虫を求めて外を探検し回っていた。特に夏は最大の活動の時期である。ピアノの練習なんて何の魅力もなかった。
昆虫の中でも特に蝉が好きだった。時期の移り変わりにより種が変わっていく楽しさと、地上に出てからはわずか1~2週間しか命がないという刹那、鳴き声の魅力、そして捕まえることの奥の深さ、などが蝉好きの理由だ。だから、夏のピアノのお稽古ほど馬鹿らしいものはなかった。おまけに、ピアノの先生のお宅はうっそうとした武蔵野の森に囲まれている。夏は蝉の宝庫だ。ピアノの稽古中に希少種のセミが鳴いたりすると、ためらわず先生に向って「セミを捕まえてくる」と言ってピアノを放り出して外に出て行ってしまったものだ。ある日、先生がたまりかねて、筆者と母を前にして説教をした日があった。その日はピアノの練習をほとんどしないで、ほとんどお話だけの日になってしまった。「せっかく習っているんだからもう少しちゃんとやりましょう。」というのが主旨だったと思う。母はえらくバツが悪そうだったが、かの当人はその日はピアノをやらないで済んだことの方がうれしかった。

そのピアノ教室は年に1回東京駅八重洲口前のブリヂストンホールで発表会を開く。子供用スーツを着させられ、蝶ネクタイをさせられ、ピアノを披露させられるのだ。こんなイヤなことはなかった。一度発表会でブルグミューラーの「牧歌」を演奏したことがある。ピアノの発表会では定番のナンバーの一つだ。やさしいようで難しい。全体の流れをうまくつかみ、うまくリズムをとって、うまく強弱をつけないとサマにならないのだ。発表会前、これを何度も練習させられた。なかなかうまく行かないので先生もかなりイライラしていた。先生結構美人だったのだけど、眉間にシワを寄せ、イライラしてピアノの脇を手でコツコツと叩きながら筆者を叱責指導する。おかげで「牧歌」を今弾くと当時どこでつかえたのかはっきり思い出す。大人になった今では、「こうすればよい」というのが理解できるので、あの時よりはうまく弾けるようになった。

姉はそんなに嫌がってはいなかったようだ。中学高学年までピアノを習い、ソナタ位は軽く弾けるようになった。
それにひきかえ筆者は小学校3年位までしかもたなかった。結局何のピアノの魅力も理解しないうちに耐え切れずにやめたのだ。

筆者は今、会えるものならその先生(遠藤先生という)にお会してみたい。もう75歳位になられているはずである。当時困らせた生徒であったことをお詫びするとともに、今やピアノ大好き人間になったことを報告したい。


この延長で、ピアノに限らずクラシック、そして音楽もろもろにほとんど魅力を感じずに小学校、中学校へと進んでいく。ただ人並みに、歌謡曲やグループサウンズに興味を覚え楽しむことにはなった。

さて、ここからがいよいよ我がピアノ人生が転機を迎える。
筆者も人並みに成長し、中学へ進学し、友人と交わり、いろんなことに興味を示していく。中学に入学したのが1970年。ビートルズが劇的な解散をしたのがこの年であり、数々のプログレシブロックの台頭。日本でも洋楽が定着しつつあった。70年代初期の流行りの一つに深夜放送がある。午前1時から5時までの時間、ラジオ各局は人気パーソナリティを配してプログラムを組む。中でもニッポン放送のオールナイトニッポンとTBSの**曜パックが有名だった。パーソナリティの楽しいおしゃべりに始まり、少年少女の悩み事相談、そしてなによりアメリカ、イギリスで流行っているポップスを興味深く紹介してくれる。ビートルズは解散してなお元メンバーのソロ活動も活発だったし、解散前のビートルズの人気も再燃、そしてリアルタイムでのアメリカ、イギリスのポップスの紹介がされる。こんなおもしろい企画はなかった。中学生だからこんな時間に起きていること自体おかしい。しかし、だからこそ、なんとかして週に何度かは頑張って聴き、翌朝眠い目をこすりながら友人たちに誇らしげに、どんな情報を得たかを話す。
そんな状況だったから、当然のごとくビートルズはじめ各種バンドに出会う。
そして我が人生において最大の出会いの3つのうちの1つ。ビートルズ"Let It Be"(以後"LIB"と略す)に出会った。
あれほどまでに毛嫌いし、あれほどまでに万策を講じて逃げ出したピアノが...なんと、なんと、カッコよくもロックの中で使われている。しかも世界中の若者に支持されているという。クソまじめで何の魅力もない音楽教育ではない。音楽教育など受けたことない長髪の若者のメッセージだ。しかも、あれほど嫌ったピアノの音がすごくカッコよく響き渡っている。筆者は感動した。ピアノってこんな使い方があったのか、と。早速我が家のピアノを5年ぶり位にいじり、姉にLIBをどう弾くのか訊いて弾いてみた。なんとかサマになる。ようし!
1971年の初頭だったと思う。ここに筆者のピアノ人生Phase 2がスタートした。

その後ビートルズ自体に興味を覚えることになる。ビートルズのピアノを主に担当するのはポール・マッカートニーであることと、ビートルズのピアノを使った名曲はLIB以外に何曲もあることを知ることになる。
そして、14歳頃からLIBを契機としてビートルズの(主にポールの)ピアノに徹底的に浸透し、結局ポールのピアノ曲の全てを研究することになってしまった。結局筆者は、このミュージシャンの音楽的センスにぞっこん惚れることになる。ベース、自作自演、ボーカル、バンドのあり方、マルチプレイ、そしてこのピアノだ。

まずは、ポールのピアノの魅力を徹底的に紹介することにする。
最初の出会いであるLIBのピアノは、姉に訊いたり、当時の楽譜(シンコーミュージック等)を買ってきたりして弾いてみた。コード進行はわかった。LIBの場合、C-G-Am-F...という進行はわかる。しかし買ってきた楽譜を弾いてもなんかパッとしない。
理由がわかった。しかし、解ったのはなんと大学に入ってから。
ビートルズの、というかポールのピアノのカッコよさは、脊髄をくすぐる(注;筆者の専売特許の表現)響きだ。この秘密が大学時代に解った。例えばLIBの場合。C-G-Am-F...という進行において、AmやFのルート音はト音記号の領域ではなくヘ音記号の領域をとる。つまり、ピアノの真中の「ド」の音よりも下の領域を積極的に使うのだ。LIBの場合、C-G-Am-Am7-Fmaj7-F6..という風に進むことが解った。しかもAm以降のルート音(すなわち右手の親指の位置)はヘ音記号領域だ。こうやって弾くとあのビートルズになる。すごい発見だった。ビートルズファンは何千万、いや何億人もいるだろうけど、この発見をしたファンはせいぜい数百人ではないか..と密かに自負したものである。

はっきり言うとポールのピアノは難しいものではない。基本的にはコード奏法だ。右手で和音を弾き、左手はベース音をオクターブでとる、というシンプルなものがほとんどだ。これに若干の複雑さが加わる。ピアノのごく初歩を習った者であれば、とりかかることができる。ポールのピアノはおそらく世界中のポップスのグループやアーティストの中でも最もやさしいのではないか? それでいて最もポップに聴こえる。なぜ? ポールのピアノの秘密はなんであろうか?

ピアノという楽器、ある意味で特殊である。その1、ピアノは右利き用だ。すなわち主旋律であるト音記号領域を右手で弾くようにできている。左の方は低音領域であり、通常左手で補佐的に弾く。左利きの人は残念ながらお手上げだ。ピアノを弾くのを諦めるか、あるいは仕方なく右利き用に作曲された曲を不利ながら弾くしかない。
ところで、ポール・マッカートニー、ご存じのように左利きである。ポールは子供の頃にピアノは習っていない。ジョージ・マーティン(注;ビートルズ担当のプロデューサー。音楽的にもかなりビートルズに影響を与えた)や周囲のスタッフなどから聞きかじった程度であろう。映画"A Hard Day's Night"にポールがピアノを弾く短いシーンがある。C(だと思う)のコードを弾きながら左手でド-ソ-ド-ソ..と弾くだけなのだが、これがなんともカッコいい。いずれ訪れるビートルズピアノ名曲を量産することを予見させるような素晴らしいシーンだ。

ポールはこの後、自分が左利きであることに素直にピアノに取り組んだものと見られる。自分で試行錯誤しながらロックピアノとしてカッコよい弾き方を追求していったものとみられる。
そこで、いよいよ持論の一つを紹介したい。ポピュラー音楽界においてはピアノが象徴的に使われるシーンは多い。カーペンターズのリチャード・カーペンター、リチャード・クレーダーマン、エルトン・ジョン、ビリー・ジョエル("Honesty"で有名な人)..等等は素晴らしいピアノを聴かせてくれる。しかし、ポールのピアノに比べると「脊髄への響き」においてはイマイチなのだ。子供の頃嫌ったクラシックピアノに通ずる「優等生音楽」を感じてしまう。おそらくこれらピアノ名手たちは右利きなのであろう、ト音記号領域中心の弾き方なのに違いない。多分、この領域はロックには訴えないのではないかと思う。
そこでポール、左利きだからピアノの左の方に興味があったのか、へ音記号領域を多用した。そしてベーシストだから低音の使い方もうまかったのであろう。LIBのC-G-Am-Am7-Fmaj7-F6..におけるAm以降の位置取りだ。これがポールピアノの真髄だ。この方法をビートルズ名曲のピアノ随所に取り入れることになる。有名な"Hey Jude"のFのコードの右手和音もへ音記号領域で弾く。これをト音記号領域のドファラで弾いても全く感じが出ない。

ところで、少し前(80年代?)まではポピュラー音楽の楽譜というのは、メインメロとコード進行は正しく載ってはいても、伴奏楽器(ピアノやギター)の音の構成はちゃんと書いていなかった。ピアノの音符もそれなりには書いてあるが、コードの構成音を適当にちりばめただけである。だから楽譜を弾いてもそれなりには弾き語りはできるが、あくまで「それなりに」だ。だから、アーティストどおりに弾くにはコピー能力を問われた。なお、最近は絶対的ポジションまでを正確に記したフルスコアバンドが出回っているから、今の音楽ファンはコピーで苦労することはない。
そんなわけで、ポールピアノの低音の位置取りを発見した時はうれしかった。LIB以外でもいろいろ弾いてみるとすごくビートルズらしく聴こえる。とにかくうれしかった。しかも、左手を心もち強く弾くともっとよい。

それと、もう1つピアノの重要な点、それは強弱とリズムだ。ピアノは弦楽器でもあるがギターやバイオリンのように弦の張力や微妙な音の高低や爪弾き方に個性を出すことはできない。あくまでハンマーが弦を叩く強弱とリズムのみに個性が出せる。ある意味で打楽器に似ている。
強弱とリズムにおいてはポールのスキルとセンスは高い。これはなかなかマネできない。まず、ポールはもともと天性の高いリズム感をもっている。映画などを見ていればおわかりになると思うが、ポールには体内リズムマシーンがあるかのごとく正確なリズムを、しかも余裕をもって、とることができる。強弱の付けかたも一流だ。正確なリズムとメリハリ、そしてさらに微妙な間の取り方。この点においてはポールは超一流だ。シンプルなコード奏法の割にはなかなか真似できない理由の1つがこれであると考える。筆者の場合も、LIBは中学以来今に至るまでそれこそ何千回も弾き語りをやったが、未だにポールのレベルに追いつけない。その1つがリズムとメリハリなのだと思う。

以上2点が、ポールのピアノを特徴付ける大きな点と言えそうだが、これだけではない。まずはコード進行。作曲家としてのセンスの高いコード進行はいろんな曲に見られる。具体例は後で紹介する。
そして、コードにおいて実際ピアノのどの鍵盤を叩くか、ポジショニング(位置取り)の点がセンスがいい。

そしてさらに、装飾音を施してジャズっぽい雰囲気を醸し出したりデキシー風にしてみたり、と。シンプルな弾き方なのに完成度の高い音楽のように聴かせてしまうテクニックがある。これも具体例は後で紹介する。

そしてポールのピアノ弾き語りの最後の特徴は歌とピアノとの連携である。弾き語りの最大の難しさは手(楽器)と声(歌)を別々に制御することだ。この2つは別人のように操らなければならない。単純なリズムの曲なら易しいが、少しでも複雑になると互いにつられるようになってしまう。ポールはこの点、特に他のミュージシャンに比べて取り立てて抜きん出ているとも思わないが、一流の能力を持っている。

以上、述べて来たポール・マッカートニーのピアノの特徴をまとめると、次のようになる。

1.低音重視
2.強弱とリズム
3.コード進行の素晴らしさ
4.ポジショニング
5.シンプルな装飾音の付与
6.歌との連携

だれでも参加できるようなシンプルな奏法だが、いざやってみると奥が深い。ピアノをこういう楽しみ方で接することこそ、筆者が一生の趣味として魅力を感じる点である。先日ラジオで、「佐渡おけさ・・なんとか会・会長」という人が出ていて、「佐渡おけさは誰にでも気軽に歌えるのだが、完成させたものに持っていくには奥が深く難しい。だから魅力が大きい。」と言っていた。筆者が協調したいこともこの点だ。なにごともこのことが大事ではないだろうか。

以下、具体例を交えてポールの、ビートルズのピアノ曲を紹介していく。少し長くなるがご勘弁いただきたい。

ビートルズの曲にピアノが登場したのは結構初期からある。しかし、上で述べたポールの考えによるピアノの導入は中期以降だ。1965年の"Rubber Soul"の"You Won't See Me"では感じのよいピアノが登場するが、これはポールによるプレイではないとのこと。1966年の"Revolver"の"Good Day Sunshine"あたりが最初か? しかし、上で述べたスタイルを本格的に確立した最初の曲は1967年の"The Fool On The Hill"ではないだろうか。この曲はリコーダー(小学生の縦笛)がやけに目だってしまう曲だが、実はピアノがよい。数年前に発売されたCD"Beatles Anthology 2"ではこの曲がピアノ弾き語りだけで録音されている。あっ、こんな素敵なピアノだったんだ、と目からウロコのテイクであった。低音を重視し、ペダルもうまく使って、迫力のあるコード奏法が聴ける。是非お薦めのテイクだ。

ロック界の名盤中の名盤"Sergent Peppers Lonely Hearts Club Band"はビートルズの音楽の粋が集められている。ピアノも多く取り入れられている。"Lovely Rita"という曲。この曲は全てがたまらなくカッコいい。こういう曲と知り合えてよかった、と思わせる曲である。この曲では珍しくピアノの間奏(メロディー奏法)が登場する。そしてそれがカッコよい。ジョージ・マーティンによる演奏というウワサもあるが、筆者は多分ポールが弾いていると思う。
ところでこの曲、あまりに気に入ったので、「もし女の子が生まれたら"Rita"と名づけよう」と考えた。しかしRitaじゃ可愛そうだから、"Risa"くらいが落としどころかな、と考えた。筆者高校生の時である。なんともませた高校生である。そしてさらにませたことには、その娘が大きくなって物事を理解できるようになったらそのいきさつを話す、というシナリオまで考えていた。果たして実際の娘が生まれ、このことをいつ話そうと悩んでいた。実際はものごとそう甘いものではなく、もし娘にこんなことを言ったらバカにされるのではないかとも考えた。そして1年ほど前、その時があっけなくやってきた。あまりかしこまって言うのもよくないから、車の中で"Sergent..."のテープを聴いている時、この曲になった時、おもむろに..「実はね..リサっていうのはこの曲からとったんだ..」と。すると、「ふ~ん」というふうに、思ったよりも神妙に聞いていた。ちなみに、筆者の姉の通っていた高校の先生はお嬢さんにリタと名付けたそうである。「理太」と書くとのこと。もしかして、その名の由来は筆者と同じだったのかもしれない。
話が脱線してしまった。脱線ついでに、我々の結婚式のキャンドルサービスは、ビートルズの(作者は別だがビートルズのLPに納められている)"Till There Was You"を会場エレクトーン奏者に弾いてもらった。意外に素敵に弾いてくれたので感謝している。

次は1968年の"Lady Madonna"。この曲はLIBの次に筆者にインパクトを与えた重要な曲である。若干ジャズの要素を感じ、しかも軽快なポップスは単にロックの域を脱してポップスにおける名曲となっている。
この曲のピアノは非常に完成度の高いプロフェッショナルなものに聴こえる。ジョージ・マーティンあるいは他のピアノの名手が弾いているというウワサもあったが、実はポールが弾いているのである。この曲のピアノは、高校の時姉に手伝ってもらってコピーした。なんと驚くなかれ、すごいシンプルなピアノであることがわかった。キーはAだが、それに簡単な装飾音であるブルーノートのCナチュラルをオカズ的に加えるだけだ。CナチュラルとC#をスラー的に弾くとあのジャズ的なカッコよいフレーズになる。サビの部分では、Dm-G-Cというコード進行に合わせて左手が1音ずつ下がって行き、また上がって行くという独特な進行をとる。簡単だが、実にカッコよい。ちなみにポールは、1音ずつ、あるいは半音ずつ下がっていく(和音も根音も)というのをその後かなり試すようになり、名曲も残すことになる。
この"Lady Madonna"をマスターしてからは意気揚揚となった。実にカッコよい曲を弾ける、しかもシンプルな奏法で。まさにコロンブスの卵的発想の曲。
ところが、歌をちゃんと歌うのは難しい。例えば出だしの"Lady Madonna, children at your feet"というところ。左手がA-C-C#-Dと上がっていくのだが、歌は下がる。しかもピアノと歌のリズムが同期していない。どうしても歌がピアノにつられるのだ。この曲ももう30年間弾いて来ているが、歌がいまだにつられていまう。2年前のアメリカツアーの映像を見たが、ポールは余裕綽々でこの曲を弾き語っていた。歌も全くつられていない。このあたりがプロとアマの差であろう。

お次は同じく1968年の"Hey Jude"。最も売れたビートルズの曲としてあまりに有名だ。この曲の魅力は、基本的なコード進行がよい上に、上で述べた低音重視奏法とポジショニングがよいことにつきる。テクニック的にはなんら難しくはないのにこんなに素晴らしく聴こえる名曲の中でも代表的なものといえよう。この曲は、最後のリフレインだけでフルオケによる何分もの演奏になっていくというバカげた一面も持っている。大学のサークルの時、ある夏合宿の夜、同期のFというヤツとこのリフレインを夜通し続けたことがある。もちろん飲みながら。

ところで、この頃のビートルズのレコードはミキシング的にはまだそれほど複雑なものではなかった。例えば、ピアノの音は左右どちらかのチャンネルに9割位押し込められている。1983~84年頃、筆者は、このことを利用して、ビートルズの曲のピアノの入っているチャンネルをつぶし、そこへ自分のピアノを押し込めてテープに落とす、というようなことを楽しんでいた。あたかもビートルズが筆者のピアノに合わせて歌っているような状態になる。筆者が今のカミさんと付き合っていた時、そんなテープをプレゼントした。ついでに、ビートルズの初期の頃は、片チャンネルはボーカルだけなんてのもよくあったので、自分のボーカルに置き換えたようなテープもプレゼントした。カミさんによると、「何か変だな」とは思ったそうだったが、まさか筆者が演奏あるいは歌っていたとは夢にも思わなかったそうである。

1968年はビートルズは"The Beatles"(通称"White Albun")という二枚組みのアルバムをリリースする。数年前から大変お世話になり、そして最近では音楽のみならず実に様々なことで薫陶を与えてくれるEさんによると、このアルバムを評して「音の宝石箱」。
ポールピアノの真髄も聴ける。"Honey Pie"、"Ob-La-Di, Ob-La-Da"など。シンプルなのに完成度が高く聴こえるのが"Martha My Dear"だ。

いよいよ年は1969年へ入っていく。実質上のビートルズとしての最後の活動の年だ。
まずは、映画撮影と並行してLIBが作られていく。LIBの中ではピアノ曲としては、主題曲である"Let It Be"と"The Long And Winding Road"が代表的なものである。"The Long..."はなかなか難しい曲だ。これも基本はコード奏法ではあるが、さすがにこの曲は専門的な和音が使われていたり、複雑なリズムがあったりと、プロフェッショナルな曲だ。ポールもこの曲ばかりはかなり気合を入れて作ったものと思われる。しかもピアノで全て表現しようとしたのだと思う。ゆえにあの有名な話、プロデューサー フィル・スペクターがオケによるオーバーアレンジを行ったことに激怒したこと、その気持ちはわかる。Eさんからお借りした"Let It Be Naked"には映画LIBと同じ、オケのないバンド演奏のない"The Long..."が聞けた。なかなかよくて、ポールの言うこともある程度わかる。しかしフィルのアレンジも悪くない。特に、冒頭"The long and winding road.."と歌った直後に変則和音で「ジャジャーン、ジャジャーン」とやるところ、あそこはピアノとギターだけでは貧相だ。
この曲に限っては筆者のレベルはまだまだだ。位置取りも完全にコピれていないし、とにかく歌が難しい。映画LIBで、"LIB"と"The Long..."をポールは余裕のプレイで弾き語っている。

余談だが、1990年にポールが東京ドームで公演を行った時、観に行った。最初苦労してチケットを買ったのだが、ポール側の都合で急遽その日のスケジュールがキャンセルされてしまった。筆者はもう諦めていたのだが、なんとカミさんが電話をかけまくってチケットを取り直してくれた。このコンサートは本当に感動した。映画やビデオやTVのシーンや、いろんなところでポールのピアノを見て聴いてあこがれ、自分でも何千回も弾いたピアノが。その実物が同じ空間上で初めて演奏される。ポールによる"The long and winding road..ジャジャーン、ジャジャーン"が始まるや、筆者は感無量で泣いてしまった。

話は戻り、1969年9月ビートルズ最後のアルバム"Abbey Road"が発売された。このアルバムでも素晴らしいピアノが何曲も聴ける。
まず、"Oh Darling!"。この曲は本当にカッコよい。12/8拍子というリズムも独特でおもしろい(なお、12/8拍子は1970代の沢田研二のなんとかいう曲でも採用された)。ピアノそのものは比較的シンプルな和音奏法なので、すぐに弾けるようになる。問題はボーカルだ。キーが高い。特に一番最後の"I never do you no harm."のdoのところ。五線譜の上から2番目のレではなく、その1オクターブ上のレである。おそらくビートルズの全ての曲の中で最も高いボーカルの音である。しかもこの音をガナり立てる。愛の強いメッセージの歌だから仕方ないのであろうが、普通は出したくても出せない音である。ポールはこの曲をレコーディングしたために声帯をつぶしたのではないか? 解散後のポールの歌声はイマイチハリがない。なお、筆者も若い頃はこのレの音にチャレンジしたことがある。筆者もキーが高い方だがポールの高さにはなかなか追いつけない。声は使わないとすぐに出なくなるから、そろそろ50に届くオヤジではあるが、なるべくキーの高い歌を敢えて歌うことにしている。狙い目としては"Surgent Peppers"のテーマ曲位が丁度いい練習対象だ。
"Abbey Road"には"Maxwell's Silver Hammer"というシンプルでカッコよい曲もある。そしてB面の"You Never Give Me Your Money"に始まる名メドレーだ。これは楽譜の世話になったが弾けるようになった。

さてさて、ポールの話ばかりしてしまったが、ビートルズのポール以外のメンバーもピアノやキーボードをやることを忘れてはならない。
ジョン・レノンはポールと並んで類稀なるミュージシャンの一人であるとともに様々な芸術的センス、そして生活そのものもアーティストと呼ぶにふさわしい人だと思う。ジョンの話は別途書いてみたい。
ジョンのピアノやキーボードへの取り組みはポールとは少し違っていて、ロックンロールの伴奏楽器として初期から捉えていたようだ。"Rock'n'roll Music"や"Little Child"のピアノはジョンがレコーディングしたかどうかは知らないが、少なくともジョンが好んでいたピアノであったことは間違いないだろう。ビートルズ日本公演ではジョンによる"I'm Down"演奏用にオルガンが置かれていたが、結局一度も弾かれることはなかった。
結局ジョンは中~後期にはポールほどピアノやキーボードに興味を示さなかった。しかし解散直後の"Imagine"のピアノはとても美しい。このピアノはヘ音記号領域である。そう、ポールの得意とする技法である。ポールの技法をパクった、とは言いたくないが、少なくとも、解散前はこの技法はポールの専売特許のようになっていたからジョンとしてやりにくかったものと思われる。とにかく"Imagine"はいいピアノだ。筆者の得意曲の一角を占めている。

映画LIBの1シーンで、ポールとリンゴが仲良くピアノを即興的に弾くシーンがある。ポールが低音部を両手で、リンゴが高音部を「左手」で弾く。そう、知る人ぞ知る、リンゴも左利きなのだ。世界的グループの中に左利きが2名(50%)もいたことは興味深い。
よくリンゴは音楽的に大したことがないように言われることがあるが、そんなことはないと思う。本業のドラムだって大したものだ。このピアノのシーンを見て、「ああやはりリンゴもプロのミュージシャンなんだな」とつくづく思った。

1964年の"She's A Woman"にも実はピアノが使われている。注意して聴かないと聞き逃す位のピアノだが、「かくし味」的に使われていて、もしこれがないとこの曲のよさが半減しそうなピアノだ。おそらくポールのアイデアのピアノだろうが、これと中期以降のポールのピアノとの関係はよくわからない。

以上、ポールを中心とするビートルズのピアノのことを書いてきた。ビートルズ全213曲のうち、ピアノが使われている曲を正確に数えたことはないが、50曲くらいであろうか? 一時はそのほとんどを暗譜し詩も覚えて、弾き語りできるようになったが、今はかなり忘れてしまった。でも今でも"LIB"、"Hey Jude"、"Lady Madonna"の三種の神器は完璧にすぐ弾けるし、おそらく20~30曲はなんらかの形で披露できるのではないかと思う。

ビートルズの曲というのはいろんな音楽のエッセンスがあって、全体が完結している気がする。いろいろなバリエーションがあって厭きないのである。極論すると、ビートルズ全体を知ると音楽全体のかなりの部分を知ることになる。
キーも様々に設定されている。ロック系は基本はA。"Hey Jude"はF、"Ob-La-Di"はB♭、"The Long.."はE♭、と多彩だ。キーには色があるようだ。C(ハ長調)は学校教育を思い出す。例のおじぎの伴奏だ。そして事実ビートルズにおいてもまじめ的な曲がCには多い。"Hello Good-by"、"LIB"など。1つわからないのは、キーの設定もビートルズ自身が考えたのか、それともジョージ・マーティンあたりがsuggestionしたのか。もしビートルズ自身が考えたのだとすると、これはもう天才としか言いようがない。
いずれにしてもビートルズのピアノは、頑張ればコピーできるのがありがたい。

ポール・マッカートニーは、ビートルズ解散後もウィングスとして、あるいはソロとして多くのピアノ曲を残す。当然筆者もそれらの多くが好きだ。とても全部を紹介しきれないので、代表的なもののみ記す。

まず、解散した年1970年に初のソロアルバム"McCartney"を出す。自分で全ての楽器を演奏して録音するマルチプレイだ。それ自体ワクワクするほど興味深いことだ。脱線するが、加山雄三(62歳)が今度「オール・バイ・マイセルフ」という完全マルチプレイのCDを出すとのこと。うれしいじゃないか。62になってもこんなことをやろうなんて。筆者も負けてはいられない。
さて、ソロアルバム"McCartney"の中に"Maybe I'm Amazed"という名曲がある。ポールがコンサートで必ず取り上げる曲だ。この曲のピアノは変化に富んでいる。コード進行が。B♭から半音ずつ下がっていくかと思えば5度変わる、といった変化、変化の曲だ。このめまぐるしい曲のコードを筆者は、自分の耳だけでコピーできたことがすごくうれしかった。

1973年の"My Love"。これも名曲だ。LIB、"Hey Jude"、"Lady Madonna"の特徴を合わせたような曲だ。

1975年のアルバム"Venus And Mars"にもいいピアノ曲がいっぱいある。"You Gave Me The Answer"。これは"Lady Madonna"的な意義をもつ曲だ。シンプルだがすごく完成した曲に聴こえる。Aから半音ずる下がるコード進行もポールの18番だ。
同アルバムの"Rock Show"もいい。最後のピアノのシーンが圧巻だ。まずは左手でのAのオクターブでリズムを取り、そこへ右手のAのコードの構成音にブルーノートのCを加えながら、ロックの様相を呈していく。シンプルでカッコよくて力強い。「ポールのロックピアノここにあり」だ。

ビートルズ関係のピアノはこれで終わる。
ロックにおいてピアノを強調したグループの中で筆者が好きなものの1つにシカゴがある。ロバート・ラムというピアノ奏者がいた。おそらく右利きであろうが、わりと低音を効かせてハギレのよいピアノを聴かせていた。
中でも、1972年の"Saturday In The Park"のピアノ、特にイントロのピアノがカッコいい。へ音記号領域でパンチのあるピアノだ。そして適度の不協和音が混ざっていて小気味よい。
シカゴはジャズの要素を少しだけ取り入れた音楽を聴かせてくれる。これをマスターするとちょっと大人っぽい弾き語りができる。
シングルのB面の名曲"Color My World"は素晴らしい。ロックではなくバラードだが、コード進行がすばらしい。この曲も自分の耳だけでコピーした。

さらにジャズぽいミュージシャンとしてはクルセイダーズのジョー・サンプルがいる。さずがにここまで来ると楽譜なしにはコピーは難しい。頑張って"It Happnes Everyday"と"ど忘れしたが有名な曲"をマスターした。これは大人っぽく、カッコいい。

日本国内ではカシオペアの"Cross Point"収められている"Sunny Side Feelin'"がいい。ベーシスト桜井哲夫が作った曲だが、ピアノがいい。これは、左手で伴奏、右手でメロディーなのだが、なぜか五感に訴えるのである。なぜだろうか。この曲は是非マスターしたいと思っている。

これ以外では日本ではあまり注目したポップスピアノはないが、ユーミンの「雨音に気付いて..」で始まる曲のピアノは素晴らしい。
最近では綾戸智絵のピアノが迫力があっていい。一歩間違えると変なオバチャンだが。


さて、ここまで、ビートルズを中心とするポップスピアノについて書いてきた。
筆者の中で毛嫌いしていたクラシックのピアノはどうなったいったのだろうか。

時は1978年。大学3年の時。
スタンリー・キューブリックの有名な映画"2001 A Space Odyssey"が久しぶりにリバイバル公開されることになった。サークルの同期の友人M君に触発されて、この映画をサークルの同期の女子学生と一緒に見に行った。たしか有楽座かどこかの東京一デカイ映画館で、70mmフルスクリーンで上映した。一面変な映画ではあるが、筆者はこの映画にぞっこん惚れ込むことになる。大劇場で大画面、まるで自ら宇宙にいるような感覚で映画が楽しめる。そして何より音楽(サウンドトラック)だ。すべて使う音楽はクラシックから使うという大胆な発想がまずすごい。一番印象的なのは、宇宙ステーションを紹介する時に流れるヨハン・シュトラウスⅡ世の「美しく青きドナウ」だ。漆黒の宇宙に遊ぶステーションがこのワルツに乗って回転しているようだった。そして登場する女性乗組員の優雅な姿。その全てが、あたかもこのシーンのために作られた曲のようであった。もちろんこの曲は以前から知っていたが、なんか、さえない曲という印象しかなかった。しかしこの映画を見て全く変わった。筆者がクラシックなるものに最初に興味を覚えた瞬間であった。

これを機にシュトラウスはじめいろんなクラシックのレコードを買い、聴いていくようになる。
クラシックの中にも、そしてクラシックピアノの中でも自分の好みにあう音もあることもわかった。うれしかった。
ただし、やはり、どうしても受け入れられない部分もあることもわかった。

そして、「美しく青きドナウ」をピアノで弾いてみたくなった。「全音ピアノピース」から楽譜が出ている。この曲はランクBだ。(Dが一番難しい。ショパンはほとんどがD)。Bならなんとかかじりついて弾ける。「美しく青きドナウ」をなんとか弾けるようになり、うれしかった。有名な「エリーゼのために」もBだ。ベートーベン「月光」はCだが、第1楽章は比較的やさしいのでなんとか弾けた。
クラシックはまだまだ未開拓な分野だが、これからどんどん挑戦して行こうと思っている。

もっともっと友人達と話し、感化を得て、自分の音楽観を広げたいと思う。
さらに自作も心がけたいと思う。
一時、自作自演にあこがれて、高校の頃曲作りを試みたことがあったが、ろくなものができず頓挫してしまった。

今では当時より多少なりとも音楽観が広がったので、少しは自作もしやすくなったのでは、と期待する。挑戦してみたい。


以上

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Coffee Break Beatles No.15 「1/fゆらぎ」

「1/fゆらぎ」という言葉をご存知でしょうか?
自然現象でも人工現象でも何でもよいのですが、パワースペクトル(密度)が周波数fに反比例しているゆらぎのことです。
小川のせせらぎ、そよ風、人間の心拍、炎のゆらぎ、あるいは高速道路上での自然な車の分布のような、最も「自然な」状態のゆらぎは1/fゆらぎを示すと言われています。
人間にとってもあらゆる1/fゆらぎの状態は心地よく感じます。しかしその発生機構はわかっていないそうです。

「周波数に反比例」とは何のこっちゃと言いますと、音の場合なら音の密度が周波数のより低い領域(即ち低音域)に濃くなり、高音域で薄くなるということです。光なら波長の長い領域(より赤い領域)で密度が濃くなる。
単に低音とか高音であるのではなく、いろんな音域の音が出ているのですが、そのゆらぎ(振れ)が1/fという規則のもとに濃度差があるような状態が自然な現象であり、かつ人間にも心地よいというわけです。もし仮にゆらぎがない場合、すなわち一定の音しかない場合、あるいは逆にゆらぎが全くランダムな場合、あるいは密度がfによらず一定のゆらぎの場合、ひいてはfゆらぎの場合、などなど、1/fゆらぎでない状態は不自然かつ心地よくないわけです。

前置きが長くなりましたが、モーツアルトのような一流のクラシック音楽やビートルズは1/fゆらぎであると言われています。何をどのような指標で測った結果なのかは不明です。おそらくメロディーにおける音程の分布、および/またはリズムの周波数分散がそうなっているのでしょう。一説にはジョンの声そのものも1/fゆらぎであるとも言われています。
一度ビートルズの曲の音符を全部集計してその「頻度+長さ」対音程の関係をプロットしてみたらおもしろいかもしれません。
そうなったら、「理科系が楽しむビートルズ」を通り越して、科学そのもののビートルズと言えましょう。

解析などしなくてもビートルズの音楽が心地よいのは言うまでもありません。
ただし、初期のアルバムを半年に1枚出すノルマがあった頃は、失礼ながら粗製乱造の曲があったのも否めません。
でもこれは仕方ないです。
少々の駄作はあるものの、大半はアルバムの曲のほとんど全てが心地よく聴けるわけで、そんなミュージシャンはそうはいません。

日本のミュージシャンでも心地よく聴こえる音楽を多作している人たちは1/fなのではないでしょうか。

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Coffee Break Beatles No.14 「コード進行(1)」

コード進行は言うまでもなく音楽の一大要素であり、曲の根幹を成すものである。
パターン化した進行のもとに美しいメロディが乗っている曲もあれば、進行自体が非常にユニークな曲もある。

ビートルズにおいても多分に漏れずコード進行はキーである。
オーソドックスな進行の曲もあれば奇妙奇天烈な進行の曲もあるし、変形型の曲もあれば、工夫を凝らしたものもあり、とても多岐に渡っている。
一言で言うと、ビートルズを一通り聴けばありとあらゆるコード進行の妙味を味わえる。それだけ多彩な曲作りをビートルズはしてきたといえる。

音楽については英才教育は受けていないビートルズであるが、コードにおいては少年時から大変熱心に独学ないしは仲間から教わったりして研究していたに違いない。
素人っぽいアイデアの進行の曲もあれば、名曲並みに検討しつくした感の曲もある。

今日はユニークなコード進行のビートルズの曲を少し紹介したい。

ビートルズブレイクのきっかけともなった名曲She Loves Youはとてもイカした曲だしポップだ。
自然なコードの流れのようだがどうしてどうして。
オープニングのシャウトの"She loves you, yeah, yeah, yeah."という同じ音階のフレーズを3回歌うところでコード進行はEm→A→Cと変わっていき、最後の"Yeah"でG6に落ち着く。最初の3つは隣通し相関性はない関係だが、自然に流れて行くから不思議だ。
結局G6に落ち着き、この曲はG長調であることが初めてわかるのである。
メインメロではG→Em→Bm→D7が主体となる。初期の溌剌たる曲にマイナーコードが多いのもビートルズの特徴だ。

カーペンターズの兄リチャード・カーペンターが言っていた。ハイスクールのパーティで女の子たちがビートルズのレコードをかけまくっていたのが気にいらなかった。彼女らはFrom Me To Youのあのマイナーコードのすごさを一体わかって聴いているのか!?と言いたかった、と。実力派のリチャードの話としてとてもおもしろいと思う。

同じく初期の曲でジョンの作If I Fellのコード進行もすごい。イントロで半音ずつ下がるコード進行は音楽セオリーにはないものである。ジョンがギターを持ちながら実験的に編み出したのだろう。

解散後のポールの曲だが、Helen Wheelsもおもしろい。なにしろ1つのコードが大半で曲がなされているのだから。たしかAだったと思う。それでいて単調に聴こえないのだからすごい。

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Coffee Break Beatles No.13 「シンプルだけどカッコいい(1)」

ビートルズは、結果としてすごいエンターテインメントとなったが、その内容は以外に素人っぽいものが多い。
音楽に関しても素人っぽいところが一杯ある。
しかしタダの素人ではなく、「奥の深い素人」なのである。

物事に深くはまるのは、簡単過ぎてはだめだし、かといって難し過ぎてもだめだ。
入り口は簡単で誰にでも取りかかれるのだけど、奥が深くて、完成度を高めるには適度に困難で複雑な道程がある。
そんなものこそ人々の多くがはまり、大変よい趣味になっていくのではないだろうか。
私は、ビートルズはそういう対象だと思っている。

ビートルズの音楽の要素は結構簡単なものである。
専門的音楽教育を受けた人でないと取り組めないようなものはほとんどない。
ギター1本で開放弦コードだけで結構サマになる曲も多い。
だから、アイデアがいいんですね、構成がいいんですね、ビートルズの曲は。

このことがわかった時に私は、ビートルズは生涯取り組むべき趣味、いやライフワークだと確信した。
「シンプルだけどカッコいい。」
こうした観点でいくつもの曲が、いくつものシーンが語れる。

今日はこのテーマで2つの曲を紹介したいと思う。

一つ目はアルバムA Hard Day's Nightに入っているジョンの曲I Should Have Known Better。
若きジョンの溌剌たるつややかなボーカル。
難しいコードは一つもない。しかしこの進行は粋すぎる。この進行に合せてこの超カッコいいボーカルメロができている。
ギター1本で、最も簡単な教則本に載っている開放弦コードで十分である。
ハーモニカがあればなおよい。

もう一つはアルバムThe Beatles(通称White Album)に入っているポールの曲Blackbird。
これも大変シンプルでかつ超カッコいい。これを弾きながら歌ったらモテますよ。
コード(和音)というより複音(2つの音のみを鳴らす)からなる変わった曲だ。
シンプルなんだけど、これはすごい発明だ。
私にとって思い出深いのは、この曲は私にとって初めて耳だけでコピーした曲だ。
つまりそれだけ聴き取りやすく、シンプルだとも言える。

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Coffee Break Beatles No.12 「愛用」

ビートルズの連中は楽器を愛用した。
リンゴのラディックのドラムを除けば二流ブランドの楽器を彼らは愛用したのだ。
正式デビュー前の貧乏な時代に買った安い楽器を愛用し、超有名になってからもレコードへの録音に使用したり、コンサートで使用したのだから驚きである。
もちろんリンゴも一流品のドラムを愛用した。

とりわけポールのカールヘフナーのベースは超二流品だ。
今でこそ同等モデルが復刻版として出ていて、それなりのお値段(数十万)をしているが、ポールが買ったころは何とか許せる中の最低限の値段だったはずだ。
バイオリン型をしており個性的だが、それは左利き用を特注しやすいという大きな理由があった。
そして、セミアコでありショートスケール。弾き易い反面、うまく弾かないと「ポコポコ」という安っぽい音になってしまう。

でもそれを大変うまく弾きこなして、ベースらしい重厚な音も出したし、温かみのある音も出した。
中期まで正式に使用し、終期のLet It Beの映画でも使用した。
そう、大変な愛用なのである。
そして、1965年にリッケンバッカーからプレゼントされたソリッドベースも大変愛用した。解散後もずっと。

ジョンのリッケンバッカーも特徴あるギターだし、ジョージのグレッチのセミアコ「カントリージェントルマン」も超個性的ギターだ。
彼らも大変愛用した。

道具は多いに愛用すべきである。
「匠」は道具を愛用する。


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Coffee Break Beatles No.11 「曲が出来上がる過程」

作詞作曲の面でも後世に語り継がれるべく名曲を量産したビートルズ。
レノン=マッカトニーのコンビを中心として、ジョージ・ハリスンの後期以降の奥深い名曲の数々、そして数は少ないが個性的な曲を書いたリンゴ・スター。
特に前期においては、超多忙の中、驚異的なペースで名曲を量産したビートルズ。

レノン=マッカトニーと言いながら、どちらか一方が単独で作った、あるいはどちらかが主体に作ってもう片方がhelpしたとか、稀には真の意味の共作もあったりと、その曲作りにはいろんなパターンがあるようです。
協力関係もさることながら、ある曲ができる過程で、詞が先行したのか、曲が先行したのか、はたまた同時にできたのか、はとても興味深いです。

かくいう私も実は高校時代、シンガーソングライターになりたいと思った時期がありました。
高校時代は、毎日毎日、ギターやピアノの弾きまくって歌い、そして録音してハモったりしていたので、ある時母が心配して、高校の担任の先生にマジで相談したこともありました。

ズバリ言いますと、作詞作曲というのは正直難しいです。
結構私も頑張って書きましたが、おそらく売れそうな曲は一つもないです。

なんとなくわかったことは、「さあ作ろう」といって意気込んで作ったところでろくなもんはできません。
コード進行とか小節の起承転結とか、そういうものを常識から作ろうとすると、非常に当たり前で魅力のない曲ができてしまいます。

ここから先は推定です。
まずはいろんなアーティストを徹底的に聴くこと。
ただし聴くだけでなく、「では私のスタイルは何か」という問題意識を常に持つことです。
そして、ある時何かが引っかかったものがあれば、それを展開して自分の曲にする。それこそがレノン=マッカトニーのやり方だと思います。

ジョンレノンミュージアム(残念ながらもう廃止されてしまいます)に展示してあるジョンの、あるホテルで突然閃いたImagineの歌詞をナプキンへなぐり書きしたメモ。
驚くべきことは、そのメモがほとんどそのまま採用されたこと。
A Day In The Lifeの歌詞のメモもどこかの競売にかけられたとの新聞記事がこないだありました。
思うにジョンはまず詞が閃き、そしてメロディーをつけるのでしょう。

ポールの場合はメロディー先行が多かったのではないでしょうか?
あのYesterdayは、まずメロディーが浮かび、しばらくはScrambled Eggという仮題がついていたというのは有名な話です。
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ジジイは声が高くなる? - 理科系的考察

こんにちは。
いやいやすごい暑さですねえ。人間一体どこまで我慢できるのでしょうか。
とにかく7月はこなしたということだけでも励みにして、是非この酷夏を乗り切りましょう。

このブログは「理科系的視点」というのを一つの特徴としています。
理科系出身の人の使命は企業や研究機関、教育機関等で技術的仕事する、さらには技術革新を行って国力を高めることに貢献したりすること、と一般には捉えられています。
ところが、日常世界で、あるいは非技術的分野で、あるいは芸術や余暇の世界で理系の人たちの役割期待って何でしょうか?
「そんなこと考えたこともない」という人がほとんどでしょう。
このブログではそこを掘り下げて考えます。

もちろん答えは簡単ではないし、答えは自ら作るものです。
ですので、ブログを発進しながらこれからじっくり考えていきたいと考えています。

そんな中、私として今のところ次のように考えています。
理科系出身の人が得意とするのは、なんとかの公式を知っているとか、化学式を書けるとか、そういうことではなくて、
物の真理をしっかり追究する姿勢、物事の原理・原則の基本を心得ていること、目的・仮説・検証のプロセスをマスターしていること、原因と結果の関係をしっかり吟味すること、などが挙げられ

ます。
別の短い言葉で言えば、物事を「体系的」に捉え処理することが理系人間の得意とするところと考えます。

対象はなにも自然科学や工業技術でなくてもいいのです。経済、環境、日常のこと、芸術のこと、なんでもよいのです。
これら諸々の現象はどれも、人的、非人的にかかわらずある「体系」により動くことを考えれば、起きている現象が妥当なものか(概ね桁が合っているか)、的外れなものか評価できますし、何か

目標を持って実行する場合にもこの考えは役に立つはずです。

概念的な言い方なのでちょっとわかりにくいかもしれないので、おいおい具体例をもってお話ししていきたいと思います。
今起きている大きな問題の一つが環境問題であり、地球温暖化やリサイクル問題で、様々な提言や施策があります。
理系の人の役割は、こうした問題の一部を単発で評価することだけでなく、全体の流れを量的(桁的)に評価し、流れを正しい方向に導く義務があるのではないかと考えています。

このブログではもっと日常のささいなことでも、理系的考えが役に立てないか、ひいては人々を幸せにすることはできないか、について折に触れ紹介していきたいと思います。


で、今日はくだらない話ですけど、ちょっとした理系談義を紹介します。

自称「ロックンローラー」の私としましてはやはり高音ボーカルに憧れます。
十代の頃はジョン・レノンの音域程度しか出なかった。まあそれでも結構高いけど、ギンギンのハードロックは歌えません。
それで自己流でもう何十年も頑張ってきたけど、その上達はとてもゆっくりでした。

ところが数年前、自分の歌を録音する機会があり、そこで自分の歌い方の癖を知りました。
それ以来急に音域が上がりまして、今やポールのほとんどの音域が出せ、
ポールの最も音域が高い曲であるMaybe I'm Amazedもなんとか出せるようになりました。
レッド・ツェッペリンのロバート・プラントのRock'n'Rollもどうにか歌えるようになりました。

意気揚々としていましたとっころ、ある人曰く「それは単に『ジジイは声が高くなるから』でしょ?」だって。
「失礼な」、「そんな馬鹿な」と思いましたが、その人結構マジなんです。
そう、こういう時こそ理系的考えが役に立ちます。
そこで私、ちょっと気合を入れて調べ、自分でもしっかり考え、結論を出しました。

人間の声帯っていうのは、喩えれば楽器のハープのような形をしています。
楽器の弦にあたるような筋のようなものが振るえるわけです。
その際、筋を引っ張ったり、ハープの大きさを変えたりして声の高低を変えます。
そこで、理解を簡単にするために、ギターをモデルに音の高低を考えてみます。

まず、ギターにおいて音を高くするファクターを挙げてみます。
1.弦が短いこと。
2.弦が細いこと。
3.弦が軽いこと(より正確には密度が小さいこと)。
4.弦を張る力が大きいこと。

人間においては、子供から大人になるに従い声が低くなる理由は、身長が大きくなるに従い、声帯も大きくなるので、ギターの弦が長くなることによります。
また、男性よりも女性の方が声が高い理由は、一つは弦の長さですが、もう一つは女性ホルモンが原因です。
弦そのものが細く、しなやかだし、声帯がやわらかく伸びがあるために、弦がよく伸びるからでしょう。

さらに男性は、ある年齢から男性ホルモンの分泌が盛んになり、弦をより太く剛直にし、声帯の質も変えるので、野太い声になるのです。
男性ホルモンは、私の年齢(52歳)くらいではまだまだ盛んに分泌されていると思います。
事実、私は人生のうちで最も髭が濃くなっています。

男性がさらに歳を取り老齢に達すると、男性ホルモンの分泌が減り、体も縮まってきます。
そうなると声帯のサイズも小さくなるそうです。つまりギターの弦も短くなる。そしておそらくは細くなる。
よって老人の男性は声が高くなるそうです。

女性は、老人になると女性ホルモンの分泌が弱まるので声が低くなるそうです。
要するに、老人は男性も女性も同じような声になるのだそうです。

結論が出ました。
「ジジイは声が高くなる」は確かにある意味正しいとは言えますが、それは70歳以上くらいの老人に当てはまります。
私におけるロバート・プラント域の声が出せることになったのは、老齢による声帯の縮小が原因ではないことは明らかです。
鍛錬による高音化といってもよいでしょう。

ちなみに、低い音を損なっているわけではありません。
ビートルズの最も低い音はI'm A Loserの「ソ」でして、ジョンの声です。
ポールは低音苦手ですね。自分の作った歌All My Lovingで、低い方は結構音痴で歌っています。

以前、マライア・キャリーが7オクターブ出せるといって話題になっていました。
今私の出せるのは、最低音がI'm A Loserのソ、最高音がMaybe I'm Amazedのファ♯(しかしこれはまだ不安定ですけど)ですから、3オクターブに近いですよ。
男性歌手で裏声でなく3オクターブは結構いい線行っているでしょ?

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ST Rocker

Author:ST Rocker
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つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
ご気楽にコメントください。

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