Coffee Break Beatles No.83 「久しぶりのギター弾き語り」

今日は久しぶりに長時間ウォーキング。例によりi-Podで全曲ランダム演奏にして。
今日はどういう訳かなかなかビートルズが現れなくてやきもきしたけど。

帰宅後、これまた超久しぶりに我がフォークギターを引っ張り出して弾き語りしてみた。
弦を最後に張り替えてからもう2年近くなると思うが、新品同様な響きに驚いてしまった。
ギターの弦ていうと、手の脂や埃などですぐに劣化し音が篭ってしまう。

最後に張り替えようとしていた時に店の人に勧められ買ったのが今張ってある弦。
価格は通常品の2倍だけど、この新製品はいつまでも音が劣化しないですよ、と。
半信半疑で買ってみたが、それは事実であった。
新品同様の響きのギターっていいねえ。それだけでいい気持ちになる。
(注;最近のギターの弾く頻度が少ないので2年もっているが、頻繁に弾けばいくらこの弦でも2年は持たないでしょう。)

最初にBlack Birdを弾き語ってみた。
手はわりと調子いい。指の先も柔らかくなってしまっているが、なぜかよく弾ける。
この曲のギターは基本は2音のみ。コードストロークの「ズシッ」という迫力がない分、音の出し方には工夫が要る。
まあまあいい感じで弾けた。

次いでYesterday。
本当は全音落としてチューニングすべきだが、面倒なので通常チューニングのまま弾く。
Gを基調のオープンコード。ミュートをうまく使ってまあまあ弾けた。
久しぶりなので声がたまに裏返ってしまうのが難。

ズシっとしたコードストロークを体感したくなったので、Don't Let Me Down。
オープンEとF#mを歯切れよくストロークするだけで意外にサマになるんだな、この曲は。
ジョンのキーで歌った後にポールのキーで歌う。
超久しぶりだったのでシの音は今日は苦しかったが。

お次はジョンの発明(?)による人差し指で1~4弦までの2フレットをバレーで押さえ小指で1弦5フレットを押さえAを弾き、そのフォームのまま中指と薬指で音を足しD(on A)を弾く方式で、I've Got A FeelingとDig A Pony。
このフォームは実にカッコいい。オープンとハイポジションの両方の成分を聴かすことができる。

締めはAcross The Universe。
美しい曲である。

昨日、作曲とは何たるかの入り口の入り口をわかりかけた気がした。
今日弾いたビートルズの曲は、そのような意味からすれば、すごくよくできている。
まずは初級編で作ってみるかな。
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もう一つの切り口(作曲ってこういうこと?)

お休みをしている間にいくつか本を読みました。
普段なかなか落ち着いて本を読めないので、物事の基本のような本をいくつか読みました。
例えば宇宙物理の話。
暗黒物質とか暗黒エネルギーの正体は何か、何故宇宙の膨張は加速しているのか。

宇宙はビッグバンで始まりその後膨張しているというが、ではそれができる前は何があったのか?
その前の時間はどうなっていたのか?
そもそもこの世は「端」などないのに何故存在できるのだ?
今ある3次元の知識で考えると気がおかしくなってしまいます。おそらくはもっと多次元でこの世の存在はちゃんと説明がつくのでしょう。

そんなことを考えると自分の存在は何かの原点に帰れます。

一方で音楽のことも根源から考えました。
音の広がりがきれいな三角形であると聴くに心地よいのではないか、という仮説を少し前に立てました。
でも、いろんな曲を聴いているとどうもそれだけではなさそうです。
曲を構成するメロディーやリズム(ボーカルでも楽器でも)にインパクトがあるものとないものとがありそうなのです。
平たく言いますと、感動するメロとタルいメロです。
ビートルズのような感動するメロとは何なのでしょうか?
音の分布が三角形になっていればいいだけではなさそうです。

加山雄三の若大将シリーズもこのところ随分観ました。
「オレも加山さんのようなメロディーを作ってみよか」と思い、少し挑戦しましたが、できたメロはタルいこと、タルいこと。
どっかで聴いたような、教科書に載っているようなメロしか出てこないのです。

そうか、感動するメロって、もしかしたら脳に刻まれていないメロなのかな、と思い始めました。
そこでですね、思い切って発想を変えたんですよ。
「素敵なメロを作ろう」ではなくて「変った音を選ぼう」と!
するとですね、何と生まれて初めて「イカす」メロが生まれたんです。
加山さんの歌を参考にして、日本風の節回しがまずはやりやすいです。
ビートルズみたいに、楽器とのコンビネーションで楽器の一部みたいなボーカルは難しそうなので、それは後回しで。
コード進行もたまに変則なのを入れるのもよいでしょう。

久しぶりのちょっとした進化です。
うれしいですね。
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ご無沙汰しました

しばらくご沙汰していました。
またぼちぼち始めます。

加山雄三の「若大将シリーズ」をこのところ結構いくつも観ました。
基本的な設定はどの作品も同じなのですが、これだけいくつものストーリーを作れるということは取りも直さず加山さんの多彩ぶりを物語っています。
なにしろスポーツだけでも十指を下らないんではないですか。
マラソン、水泳、スキー、ヨット、モーターボート、水上スキー、乗馬、ボクシング、アメフト、....。
そしてそのどれもが抜群のセンス。

そしてそれに音楽が加わるわけです。
その音楽にしても、歌の素晴らしさのみならず、自ら作曲、弾き語り、バンドと何でもこなし、そのどれもが一流です。
実験的なコード進行とか、一人多重録音のはしりなども既に若大将シリーズで見えています。

さらにはその風貌と明晰な頭脳と語り口。
まさに非の打ちどころのない理想の男性像(少なくとも60年代においては)であるわけです。

これまで音楽の”三角理論”を提唱してきましたように、加山さんは映画の中でどっしりとりた大きな三角形(スポーツ、音楽、人間性)であるようです。

では、実生活における三角形は何でしょうか?
映画の三角形とは違う気がします。
人に尽くし、助けられ、そして楽しみを分かち合う。
不器用でも構わない。でも骨太でどっしりとした三角形でありたい。

ご無沙汰中にはそんなことを考えていました。

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Coffee Break Beatles No.82 「引き続き若大将」

エレキの若大将に続き、「アルプスの若大将」、「ハワイの若大将」、「ゴーゴー若大将」も観る機会がありました。
またまた、とても素晴らしい作品でした。

加山雄三は本当に何をやってもサマになりますね。
歌、エレキ、スキー、ヨット...。
私も恥ずかしながらマルチプレイヤーを目指していますが、加山さんに比べると足元にも及びません。
推測ですが、何かをたくさんやり始めると、それ以上のことを加速度的にやれるようになるのではないでしょうか?

ただ...、この世の中を生きていくのには、加山さんほどに何でもできなくても十分幸せな人生を送れると思います。
強いて言うと、音楽とスポーツの関係で何か一つずつでもやることはよいことではないかと思います。
若大将シリーズを観ていても、スポーツで頑張る田沼雄一が時々音楽に興じるのは、とても精神のバランスが取れるように感じます。

若大将シリーズは1960年代の映画ですが、観ていて驚くのは、意外なほどに今の日本と変らないということです。
違いといえば、携帯やPCがないことくらいではないでしょうか。もちろん、ファッションとか技術はold fashionedですけど、別にそれが取り立てて変とも感じません。
むしろ今の方が、余計なものが多すぎて混沌としているようにも感じます。

また、韓流ドラマほどではありませんが、家族や家が話の重要な舞台になっています。
単に親を敬うとかでなく、いろんな意味で家族が生きる上での大きな部分を占めています。
特に、飯田蝶子演じるおばあちゃんが発想の転換の名手であり、雄一や息子(雄一の父親)にさまざまな意見を言ったりします。
父親との間では八方塞の場面でも、おばあちゃんの存在が新たな活路を開いたりします。

エレキに関しては、加山はビートルズを意識していたし、66年来日時にはヒルトンホテルまで会いに行っています。
最初私がこれを聞いた時(10年くらい前)不思議に思いました。なぜ加山さんが?と思いました。
「君といつまでも」のような歌を歌う加山さんがなぜビートルズに? と思ったからです。

でも、若大将シリーズを観ているとその疑問は消えました。
若大将シリーズのエレキ演奏はグループサウンズの始まり(1967年)の前です。
既にビートルズ的エッセンスや、ロックのエッセンスも取り入れ、日本的味付けをした演奏になっており、なかなかイカします。
寺内タケシやワイルドワンズも一緒にやっていました。

グループサウンズの登場により、スタイルこそエレキバンドですけど、他の作者が作る「歌謡曲」を歌うスタイルが主流になりました。
それ以来、日本はロックバンドというのは表舞台からは退き、一部のマニアに支持される存在になった気がします。
もし加山を中心とするロックが主流になっていけば、全然違うジャパニーズポピュラーシーンが開けたかもしれません。

そんな意味からも加山のAll By Myselfを聴いてください。
加山さんは自信を持って自分の音楽を語り、演奏し、歌っています。

では、またしばらくupdateできないと思います。あしからず。

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Coffee Break Beatles No.81 「エレキの若大将」

しばらく書けないで失礼しております。
まだまだ失礼させていただく期間が続きますが、今日少しだけ時間ができたので、どうしても書きたかったことを少しだけ書きます。

先日テレビで加山雄三主演の映画「エレキの若大将」を放映していましたので、録画し観ましたら、かなりよかったです。
以前にも見たことがありますが、歳を重ねてから観ましたら随分よく感じました。

加山さんは数年前にAll By Myselfという完全マルイプレーCDを出しました。この点すごい尊敬であり憧れです。
エレキの若大将は1965年の製作で、この当時は加山さんはまだギターはそれほどではありませんでした。
でも、十分にエレキの真髄を表すような弾き方をしています。
寺内タケシも出ておりまして、こちらはかなり決まった演奏です。

65年と言えば、ビートルズの最盛期。
若大将のエレキは、ビートルズや欧米のグループとは違うサウンドですが、実は古臭いのではなく、結構独特でいいですよ。
チョーキングやトレモロも結構使っていて、今でも十分イカします。

音楽以外でもこの映画は大学生活や、家庭内の人情をよく描いた、お勧めの映画です。

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お知らせ

急用のため、申し訳ありませんがしばらくの間ブログの更新をお休みさせていただきます。

30代、40代の方へ

おはようございます。
寒いですね。夏の暑さからは想像もできない寒さです。
今日は午後から病院へ行くので休みを取りましたので、今記事を書いています。

私は音楽の他には体を動かすことが好きです。
昔は長距離に夢中でした。
ある時から「冒険」に興味を示すようになりました。冒険といっても植村さんや栗城さんのようなすごいものではありません。
自分の殻を破ることが冒険だと思います。
半島を横断したりとか、昨年の夏は富士山に海から登る挑戦などしました。
このあたりのお話しはまたそのうちに少しずつしますね。

私は今でこそ自信をもって生きていますけど、その昔(30代から40代の前半くらいまで)は劣等感だらけで、悩みの塊でした。
長年企業の技術者でやってきたことや、個人的事情による悩みも大きかったのですが、今日はそれよりも日本人の30代、40代の勤労者、主婦の方の一般的な問題点を考えてみます。その問題点は、私の時代より今の方がより深刻でしょうから。

では、その問題点を私なりにまとめてみます。

第一に、日本の経済力が低下したこと。
バブルがはじけてから勤労者の給料は下がっています。また、リストラや派遣切りが横行し、常に不安です。
製造は外国にどんどんシフトしており、国内での雇用が減っています。
共働きや副業の苦労も多いです。家庭内でもストレスがたまります。

第二に、欧米型の規範・考え方に支配されていること。
従来日本は、和を重んずる、長幼の序、年功序列、技術の伝承・積み上げ、などのよい点が一杯あったのですが、いつの頃からか、リーダーシップ、実力・成果主義、プレゼン能力、IT型社会、などの欧米型の規範や考え方が入ってくるようになり、日本人の著名な有識者らもこのことを主張するようになり、日本全体としてこれをよしとする風潮になりました。
また、家を継ぐこととか家庭内の夫婦や親子のあり方も欧米型の風潮になっています。
もともとどちらの考え方の方がよいという議論のものではないのに、数十年という短期間で一気に異種のものが入ってきて、しかもそれをよしとするということで、大変な混乱が起きています。

第三に企業のベクトルがバラバラなこと。
企業に限りませんが、あらゆる事業の方向が会社ごとにバラバラです。
高度成長が止まったのだから仕方ないともいえますが、それにしても各会社が無節操にバラバラの方向でやっています。
そして、会社を構成する社員の考えも全くバラバラ。
利益を出すために各会社必死ですが、その道筋を決めるために、多くの社員の調整と犠牲を払います。大変なストレスがあります。

このような状況で、しっかり稼いで、しかも生活や趣味を謳歌するのは容易なことではありません。
とにかく、普通にやっていたのではいつなんどきどうなるかわかりません。
声が大きかったり、うまく立ち回る人が生き残るような錯覚にもなりかねません。
まじめに堅実にやる人が報われるような社会でありたい、家庭でありたい。当たり前のことです。

私の場合、学校ではそれなりに勉強し、遊び、ある程度の見識も備えたつもりではありましたが、
社会に出、家庭を持つと、コミュニケーション力とかリーダーシップとか、社会性とか、そういうものが自分に大きく欠けていると感じ、大きな不安に襲われました。
このままだと大変なことになる、と。

そこで何を考えたかというと、誰にも負けないなにかを作ろう、そうすれば自分に自信を持てるし、社会にも認めてもらえるだろう、と。
30代のはじめに考えたことは次の4つでした。
1.研究の仕事は人一倍やろう。 2.博士号を取ろう。 3.フルマラソンを走ろう。 4.ビートルズの曲を全部コピーしよう(あるいは楽器を全部マスターしよう)。

今から思うと、何の脈絡もない計画ですし、ややネガティブ思考的(劣等感に根ざすため)ではありましたが、とにかくこれをやらない限り自分の存在感はないと思っていましたから。
とにかく脇目も振らず頑張りまくりました。仕事や家事が大変な中、やりました。
4はまだ70%くらいですけど、その他はやることができました。

おかげで仕事でも私生活でも自信を持つことができました。
そしてそのことで逆に、人との自然な交流とか、気張らない態度とか、の落ち着いた人格ができてきたのです。
しかし、負けず嫌いの性格や、「超変人」ぶりは全然治りません。

そして今、私は自らの苦しみを背景に、若い人たちに負の遺産を残さないためにも、よりよい社会の仕組みを作ることをライフワークにしようと考えています。
私のように、何かをやることにより自信を得る、というのも一つのやり方かもしれませんが、必ずしも勧められません。
前にも言いましたが、やはり、まじめにやる人がちゃんと報われる社会を作らねば。
それには産業の国策が一番重要と思います。
地球環境と資源の問題をまずきちんと整理して、正しい方向へまず行くべきなのと、その前提で日本人の得意なテーマ・やり方での産業のあり方を考えるべきです。
そういったことをこれから具体的に考え、提唱していくのですが、会社や家庭での個人の考え方やモチベーションも考えます。

ビートルズを超える音楽を作ることは、趣味でもありますが、そのプロセスは取りも直さず新しい日本人の生き方の一例にもなるのではないか、という気概でやっています。

今日も頑張りましょう。

ST Rocker

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人生よもやま話

今日3回目の記事である。
3回目はおそらく初めて。
書くことはエネルギーのあるうちに一気に書くのがよいと思っている。
以前は今よりもっとエネルギーがあった。

この数十年、日本語が随分変わっている。
「ら抜き言葉」はもはや古い。
ここ数十年一貫して起きている現象は、死語がどんどん増えていることだ。そして全般的に語彙は簡略化される傾向にある。
由緒ある言葉がなくなっていくのは寂しいが、金田一春彦先生も言っているように、現代語の流れは必然があってそうなっているので、前向きに受け入れたい。
少なくとも、それが「死語」であるかどうかをわきまえて使うことにしよう。

そんなわけで、このブログはなるべく多くの年代の方に読んでもらいたいので、なるべく一般的な言葉を使うようにしている。
でも時々、キーになる言葉は敢えて死語に近いものも使ってみる。
この記事のタイトルの「よもやま」は多分死語に近いと思うが、それに代る言葉も見当たらないし、この言葉がなくなるとそういう概念そのものがなくなる気がして、敢えて使ってみた。

先日大阪出張の時行ったバーで、20歳少し過ぎの女性の方々に対し私が言ったのは、
「50代は人生で一番楽しい時だよ。体力と頭の回転は若い時より少しは落ちるけど、経験と知識と判断力と分別が圧倒的に増えるから、その掛け算だから、考えることもやれることも若い時よりもずっと多い。そして確信をもってやることもやめることもできるんだ。」と。
そしたら彼女たちは本当にびっくりしていた。
そんなことを言うオヤジは出会ったことがないとのことで、歳は取れば取るほどつまらなくなると思っていたそうだ。
さらには、「オジさんは、ロックスターになりたくて、10代の頃から高音を出したくてずっと自分なりにトレーニングを続けてきた。そして今やっとシまで楽に出せるようになったんだ。次の目標は超高音レベルのロバート・プラントだ。だからもうすぐデビューできるかもしれない。」と。
そしてら、目の玉が飛び出るくらいびっくりしていた。あたかも宇宙人を見るが如く。

宇宙といえば、先日のNHK教育のサイエンスZEROでも取り上げていたように、宇宙の「暗黒エネルギー」の解明はこれからの我ら地球人にとっての大仕事になろう。
約150億年前に突然起きた「ビッグ・バン」によりこの宇宙は誕生し、以来ずっと膨張し続けている。
もし、宇宙が現代の物理学で扱える事象であるなら、銀河間の引力により宇宙の膨張は次第に減速するはずである。
しかし、1998年の観測により、逆に宇宙の膨張は加速している、というとんでもないことがわかった。

我々が知っているニュートンやアインシュタインの物理学では一切説明がつかない。
我々の知識の目下及ばない「暗黒エネルギー」で宇宙は満ち満ちていることがわかった。
そのエネルギーの正体の解明こそ急務であるが、今のところの想像では、一種の斥力(引力の反対)であり、しかも物質間が遠ざかるほどその斥力が大きくなるらしい。
ただし、その斥力は銀河間のような大規模なスケールにおいて支配的になるのであって、太陽系とか地球上とかの小さいスケールでは(今のところ)ほぼ無視できる。

「個人の趣味」からいきなり「宇宙の実体」に話が飛んだ。言うなれば、一番身近なことと一番全体の話の例である。
人間の生き方として、どのへんの階層を扱うかだ。それは個人の考え方次第である。
私としては、宇宙の解明は別の人に任せ、地球の環境と資源の問題は扱いたいと思っている。

何を扱うにしても、いろんな階層で起きていることは凡そ知っておいた方がいいと思う。

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わたしの彼は左きき

最近、心地よい音楽と低音の関係をずっと書いてきました。
先ほど、その原体験ともなる少年の頃の「ある衝撃」をふと思い出しました。

それは高校1年(1973年)の7月、あるデバートにいた時、有線から突然流れた躍動感のある歌謡曲でした。
しかも超アイドルの歌う、「左利き」というおもしろいテーマを歌うこととも相まって。

その曲はとにかくベースが斬新でした。
それまでの歌謡曲のベースは単調なものばかりでした。
しかしこの曲は、ベース自体がめまぐるしく走り回り、曲を支配しています。
少年ながらにぶったまげました。

はい、麻丘めぐみの「わたしの彼は左きき」です。
当時、ビートルズに大いなる興味が始まっていたこともあり、左利きの歌詞も多いに感動しました。

下記You Tubeをご参照ください。

http://www.youtube.com/watch?v=Qs33YuVM1PY

今となれば、そんなに複雑ではない4ビートのベースラインですが、当時としてはすごく斬新でした。
作詞=千家和也、作曲・編曲=筒美京平です。

音が聴きやすいので、早速ベースを取り出して弾いてみました。
誰か歌ってくれる人がいたら、ベースと歌だけでいけるかもしれません。
吉田拓郎さんのカップスターの歌ばりに、いい線いくかも、です。

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Coffee Break Beatles No.80 「久々のビートルズ」

最近、J-Popを中心にいろいろ聴き込んでいましたので、ビートルズから遠ざかっていました。
昨夜久しぶりにビートルズを聴きました。

第一印象は、「ビートルズは音の構成が薄いなあ」と感じました。
60年代の他のミュージシャンに比べればビートルズはかなり音が厚いのですが、それでも後のミュージシャン達に比べれば薄いのは否めません。
音が厚くなり始めたのは、概ね70年代初頭のカーペンターズあたりからではないでしょうか。

ある曲の音の広がり(分布)を体育祭のピラミッド(組体操)に喩えたのは、我ながらよいアイデアではないかと思います。
それ以降、曲を「形」で聴くようになりました。
曲全体の形がピラミッド状にきれいな三角形であることが心地よく聴こえる要件ではないかと考えています。
そしてそれは多分に1/fゆらぎと関連するのではないかとも考えています。

ピラミッドにゆがみや欠落がなく、密度も一定であれば、より心地よく聴こえるのではないでしょうか?
ピラミッドを構成する各パーツは一つの楽器やボーカルを意味するのですが、各が同じ大きさであることは必須ではなく、時に重なったり包含してもよいと思います。
ただし、全体(ピラミッド)の形がきれいな三角で均質の方がよいでしょう。

そしてできれば各のパーツもきれいな三角である方がよいのでしょう。
ボーカルの音の広がりも三角である方が心地よいでしょうし、さらにその1レベル下の構成パーツである「声」そのものの分布もきれいな三角である方がよいのはないかと考えます。
少なくとも、声がモノトーンであったりいびつな分布であるより、ほどよい分布である方がよさそうです。
ビブラートとかエコーとかのように、適度な音の分布がある方が心地よく聴こえることを我々は経験的にも知っています。

そのような背景の中、While My Guitar Gently Weepsを改めて聴いてみました。
ジョージによるメロディー、クラプトンのギターが素晴らしいのは勿論ですけど、当時の音の構成は今に比べれば薄いです。
それを全体としてより厚くするのに貢献しているのがポールのベースだと思いました。
なんと言っても和音によるベース。そして豊富な音選び。音色にも凝っています。

私は耳で聴いただけで楽器の機種まではなかなかわかりません(ソリッドであるリッケンバッカーかセミアコースティックであるカールヘフナーか?)。
いずれにしても、トーンコントロールで「固い」音を出しています。
音の広がりという意味では、固い音よりも柔らかい音の方がベターですし、共振による音の広がりの意味ではヘフナーの方がベターです。

当時のポールはクラプトンに対し存在感を示す気持ちからもこのような「気張った演奏」になったのでしょう。
その意味では固い音の方が存在感はあります。
でも、曲全体の構成を考えた場合、柔らかい音の方が心地よいのはないかと思います。
そうすれば、While My Guitar Gently Weepsは、ルーフトップでのDon't Let Me Downのような、より厚い低音の曲となり、Somethingに匹敵するようなビートルズの中でも超Aランクの名作になることでしょう。

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大阪出張

昨日から今日にかけて大阪宿泊出張に行ってきました。
新幹線、飛行機、レンタカーなどが発達し速くなったので、宿泊出張の機会が最近随分減りました。
マーケティングの仕事になってからもさらに減っています。
なので、大阪宿泊は久しぶりでした。

最近はIT機器を一杯持っており、宿泊出張ではその付属機器も持たないといけないので、カバンはパンパンになります。
ノートPC、携帯2(業務用および私用)、メールや予定表を瞬時に見て交信するためのBlackBerry。そしてこれらの充電用電源コード、アダプター、認証用トークンなどなど。
これに加えいつものi-Podおよびイヤホン、下着類、替えのYシャツ・ネクタイ、トイレタリー関係、お客さんへ配る資料の類(これは帰りにはなくなりますけど)。
特にコード類、アダプター類が複雑に絡み合い、下手をするとほぐすのに苦労します。PCのアダプターは、欧米向けの中国製なので、品のないほどに大きく重いのです。

その昔の出張はIT機器なんてゼロでした。1日に何度か公衆電話から事務所に電話入れ、重要顧客から何か連絡がなかったかどうか確認する程度。
出先だろうがなんだろうが捕まり、時に大事なことをメールや電話で発信しないといけないこのご時勢。
昔は平和だったなあ。というか、本当は昔方式の方が理にかなってはいないだろうか。
昔は人間がやれることしかやれない、というあまりにも当たり前のことをやっていたのです。

昨日、今日と、商社2社、潜在顧客1社、装置メーカー1社を訪問しました。
昨夜は大阪の繁華街で商社と新年会。商社さんと別れてから、同僚と二次会で少し遊びました。
新築のホテルで1泊。
部屋に入ってから電話したり、ブログをupしたりなど、有意義な時間を過ごしました。
宿泊出張は、厳しい仕事の合間にふとよい瞬間もあるものです。

同僚は、歳が4つ下の営業の人間です。
なかなか仕事の考えもしっかりしており、気も合い、運動や音楽も好きなので、ある意味私にも似ています(真面目、不真面目両面で)。
仕事上のパートナーとしてここまで合う人はそうは巡り合えないでしょう。
この人とは時々一緒にカラオケも楽しみます。
この人の声は、それこそ宇多田ヒカルさんではないですが、天然のいい感じのビブラートがあり、セクシーな歌い方をします。
この人の歌に私がハモったりもします。

昨日は二次会で彼と、曽根崎新地のバーに行きました。
割と健康的(?)かつ良心的なバーでして、まあまあリーズナブルな代金で、雰囲気は最高でした。
二十歳か、ちょっと上くらいの女性の方々が相手してくれました。
多分にお世辞なんでしょうけど、53歳だと言ったらめちゃ驚いていました。43でも十分通じるって。うれしいねえ。
このような若い女性とまだまだ互角に(?)にぎやかに話すことができたのもうれしかったです。連れもわりと得意です。

そのバーではもちろんカラオケもありました。
まあまあいつもの選曲でした。
Don't Let Me Downは昨日も快調でした。
彼はこれは歌えないので、残念ながらハモれません。誰か歌える人いないかなあ?
While My Guitar Gently Weepsは彼は得意なので、私が上のパートを歌いハモりました。

とにかく楽しい二次会でした。

ホテルは淀屋橋だったんですが、新しくきれいで、朝飯のバイキングがうまかった。
今日の昼は本町のパスタ屋で。
これまたうまかった。そして9割近くが女性客。
大阪弁の女性の話し方って、独特のやわらかさ、優しさがありますね。
怒ると逆にこわそうですけどね。

なかなか充実していた大阪出張でした。
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ビートルズ解析例 その13 「宇多田ヒカルの秘密」

このブログでは、音楽が心地よく聴こえるための「必要条件」の一つとして、その音楽が「1/fゆらぎ」の状態であること、を提唱しています。
しかし、まずは1/fゆらぎに固執せず、私が経験的に感じたことを書いてみます。

ビートルズの曲の多く、そしてその他のアーティストの曲を聴いて経験的に感じたのは、「低音が厚い」曲は心地よく聴こえます。
ただし、低音が「厚い」というのは必ずしも「低音が強調された」曲とは同じではありません。

まずは、この件を感じたきっかけを書きましょう。
ビートルズのアップテンポのロックンロールナンバーであるI Saw Her Standing Thereを昔、ラジカセなどの低音域が出ない装置で聴いていた頃は、あまり大した曲ではないと感じていました。
しかしその後、ちゃんとしたオーディオ装置で聴いたところ見違えるような心地よさを感じたのです。
そして、いろんな曲を聴くうちに、低音をカットしてもしなくても心地よさがあまり変わらない曲と、低音をカットしては心地よさが多いに損なわれる曲があることがわかってきました。
ベースの音がビンビン鳴っていて迫力のある曲がよい、という意味ではありません。低音部の音量に関係なく、心地よい、よくないの違いがあるのです。

若い頃から漠然とこのような感覚を持ってきました。
このブログを始めてから、そのテーマの一つにSGT. Pepper'sは何故名作と言われるのだろう、まだ誰もそれを明解に示したことがない、と思い、その解析を試みました。
その結果、SGTは低音が厚いこと、SGT以外のアルバムやシングルでも低音が厚い曲はよりヒットないしは名作と捉えられていることが、ほぼ言えました。

ここでいう「厚い」とは、音の種類や音程のバリエーションが豊富であることを言います。つまり、ベースが単純に根音と5度の音をシンプルに刻むようなものは厚いとは言わず、いろんな音色や音階をたくさん出し、しかも一つの音が倍音や音域が広いような低音を出す場合、私は「厚い」と捉えます。
厚くするためには、音程そのもののバリエーションを増やすことに加え、共鳴する楽器、例えばセミアコースティックな楽器を使うのがよいように思います。

従って、そういう意味で低音の厚みが薄い曲、例えばI Feel FineやHelp!、は低音をカットしても心地よさ(あくまで私のですけど)はあまり変わらないのだと思います。

ビートルズ以外のアーティストで低音の厚みが生きている方としては、ユーミンこと松任谷由実さんが典型的であることがわかりました。
ユーミンのかなりの曲は低音が厚くて心地よいです。しかし低音を絞るとよさが減ってきます(ユーミンさん、すみません)。
ところが、低音があまり厚くない「ルージュの伝言」では、低音を絞っても心地よさがあまり変りませんでした。

少し前にジョン・レノンは音楽以外にも様々な芸術性を持っていた、と書きましたところ、それを読んでくれた方の一人が「宇多田ヒカルもそうだと思います」とのコメントをいただきました。
宇多田ヒカルは、10年くらい前に娘たちが聴いていたのを脇でちらっと聴こえていた程度しか聴いたことがありませんでしたけど、印象的な歌で心地よかったことを覚えていました。
これだけヒットし影響を与えたアーティストなので何かあるに違いないと思い、10日くらい前にSingle Collection, Vol. 1というCDを借りてきて聴きこみました。
いろいろ実験をした結果、おもしろいことがわかりました。
ヒカルさんの曲は低音を絞っても十分に心地よかったのです。低音なしでも十分に聴けるという感じです。
こういう歌手はオペラなどには結構いるのかもしれませんが、ポピュラーでは珍しいのではないでしょうか?

その心地よさはヒカルさんの歌(そして多分中、高音楽器も含め)の音の選び方にあるのか、はたまた声そのものによるものなのかは、まだよくわかりません。ただ、印象としてはいろんな音程を行ったり来たりで、リズムも結構バリエーションが多そうです。そして声自体も音色が厚いようです。天然のビブラートもあるみたいで。

ところで、「聴いて心地よい」という状態を私なりにイメージングしてみます。お付き合いください。
人の声、あるいは何かの楽器が出す音の広がりを一人の人間の形に模してください。
その人間の上下方向を周波数、すなわち音の高低、横方向は音の密度(むつかしく言えば、その高さの音の存在確率)と考えてください。
聴いて心地よい音の広がりとは、その人間がきれいな三角形(正三角形とか二等辺三角形)の形を取った場合ではないでしょうか。
つまり、一番高音である頭の先が一番小さく、一番低音である床面が一番広い、形です。
ちょうど人間があぐらをかいてきれいな三角形になったような場合を想像してください。

音域の違う楽器と人の声が集まってある曲を形成している場合、それは、各々の「人間」が、体育祭のビラミッドゲームをやるが如くに積み上がる状態を想像してください。
積み上がった「全体」の形がもしきれいな三角形であれば心地よい、と仮定します。
とにかく、大きさはどうであれ、三角形の形がきれいで、欠損などもなく、ギザギザもなく滑らかであれば心地よい、と考えるのです。

ご想像のように、楽器や声の一つ一つが単独で△の形を作るのは容易ではないですが、ピラミッドゲームの形式であれば△の形はより容易だと思います。
このイメージであれば低音を厚くする、すなわち三角形の底辺のあたりをしっかり形づくる、ことが心地よさにつながることを同意していただけるのではないでしょうか。

ルージュの伝言やI Feel Fineのベースは「厚み」が薄いため、ピラミッドゲームで言えば、大三角形の底辺のあたりが「台座」ではなく、「柱」のようなものがイメージできます。
その点ヒカルさんの曲は、大三角形の下の方を削っても(つまり低音を絞っても)なおきれいな三角形なのではないでしょうか。

ユーミンやビートルズの場合h、下の方を削った場合、ややいびつな三角形になるのでしょう。低音をも含めた大三角形まで捉えればきれいな形なのでしょう。

音楽は感性なので解析は無意味である、というご意見も聞きますが、物理学的に言うと、声や楽器の音の全ては結局周波数の分布なのであるから、その分布の形がどうであるかが心地よさを決めていると考えてもそんなにおかしくはなさそうです。

もしもこの考えが正しいとすると、宇多田ヒカルの歌に低音を厚くしたらビートルズやユーミンの曲を超える曲ができるということになります。
私の聴いた限りでは、ヒカルさんの曲はそんなに低音の厚くない曲が多そうですので、やってみる価値はあるのではないでしょうか。

今日はここまで。
ST Rocker

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一年の計

皆さま、あけましておめでとうございます。
音楽とともに素晴らしい新年をお迎えのことと思います。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

今これを書いているのは、元日の夜、さいたま市の実家です。(実際にアップするには3日になると思います。)
昔から「一年の計は元旦にあり」というので、今日は今年の計を書いてみたいと思います。
元旦とは正確には元日の朝ですけど、まあいいですかね。

昨年随分いろんなことを書きましたが、その骨格となっているのは、「論証と定量」ということと、テーマはなるべくシンプルで骨太に、ということです。
ビートルズがあれほどの超成功を収めた支配的ファクターをなるべく、シンプルで骨太な表現で示し、その論証をしっかりと定量的に示すことが必要です。
ひいてはビートルズを超える音楽ができないものか、という究極の願望があります。

昨年は「低音が厚い」ことが一つの大きなファクターではないか、という仮説を立てました。
そこで今年はこれを実際に定量化による論証を試みたい、と思います。
もちろん、早い時期にこのファクターは「偽」であるとなったら、取り下げ、別のファクターを検討します。
方法論自体も開発できればベストです。

では、どうなりますことやら、適当に頑張ってみます。
では、残るお正月多いにお楽しみください。

ST Rocker

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Author:ST Rocker
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つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
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酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
ご気楽にコメントください。

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