Coffee Break Beatles No.100 (100回記念号) 「やっぱりこの曲」

こんばんは。
ついにこのCBBも100回を迎えました。
第1回を書いた時、とりあえず100回を目指そうと思いましたが、多分途中からネタが尽きて続かないのではないか、という心配がありました。
でも何のその。さすがビートルズですね。書くことはいくらでも溢れるように出てきます。
そして何より、100回を迎えられたのは読者の方々のおかげです。ありがとうございました。

さて、100回。もう一度原点に戻って自分の中で一番重要な曲を考えてみます。
やはり...これですね、"I Saw Her Standing There"。

デビューアルバム"Please Please Me"のオープニングを華々しく飾るこの曲は、オリジナルであり、8ビートを炸裂させた軽快な曲。
ビートルズのその後を決定付けた印象深い曲であります。

私的にはこの曲、ベースに多いに注目します。
8ビートであることはもちろんのこと、忙しいフレットワークにより、いわゆる「リードベース」のような存在なこと。
そして、ベースを弾きながらリードボーカルをこなす新しいスタイル。
さらには、1/fゆらぎ的にも低音が厚いことで、「よい三角形」になっていることを想像しています。
惜しむらくは、当時の録音技術によりチャンネル数が少なく音の広がりに乏しいこと。
何らかの方法で再録ができないものでしょうか。

この曲、先ほど一応歌ってみました。
薬の副作用で喉をやられているため、まだちゃんと歌えません。

ベースを買うことにしました。
これだけベースの役割を書いてきましたので、自分でも実践してみます。
これからバンドをやるとしたら、自分はいったい何のパートができるのだろうか。
ボーカルもピアノもギターもベースも一応中途半端にやるけど、プロフェッショナルなものがありません。
いろんな楽器にスイッチできるのも便利かな。

ベースはまず、フルスケールのソリッドのものを買います。
カールヘフナーのベースも多いに興味ありますが、まずはオーソドックスなものでベースを自分なりに極めたいと思います。
ヘフナーはその後余裕ができてから。

ギターは一番幅が広い楽器ですが、これから一体どこまでやれるのでしょうか。
何かに絞った方がよさそうですね。

ピアノは大体自分のスタイルができているから、これからはそんなに頑張らなくてもいいかな。
むしろクラシックピアノでしょうか。

ボーカルは、ロバート・プラントがちゃんと出るようになったら、どこかで披露してそれでおしまいにしましょう。
ずっとロバートの声出していたら喉がつぶれちゃいますから。
その後はポール・マッカートニー領域でキープしていきましょう。
それも、Maybe I'm Amazedなどはそんなにしょっちゅう歌わなくてもいいでしょう。

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テーマ : ビートルズ関連
ジャンル : 音楽

シンクタンク

こんばんは。暑いですね。
毎日非常に多くの方にアクセスいただき、ありがたい限りです。

今朝の日経新聞には、日経が米CSISと組んで、バーチャルシンクタンク(ネット上でやり取り)を設立する、という大きな記事が載りました。
正直、「やられた」です。私も同様のコンセプトのシンクタンクを作るのが夢ですから。

「外交・安全保障」、「マクロ経済・財政・金融」、「エネルギー・通商・産業」という3つの部会を設け、政策に反映し、世界中に発信する、とのこと。
錚々たるアドイバイザーも置くようです。
研究員として20代後半~40代前半の人を募集する、とのこと。

日本の政治の根幹的な「知恵」の部分を強化する必要があることは、私はこれまでずっと主張し続けてきました。
昨日もブログで「諮問委員会」の設置を提案したばかりです。
日本の政治戦略を強化する上で、シンクタンクは絶対に必要だと思います。

日経の記事をよくよく眺めてみますと、こちらにも勝ち目あり、と見えてきます。
具体例で示しましょう。

まず主要テーマですが、当たり前すぎます。
既に政治家も官僚も民間人も十分論議・発信してきたテーマであり、これから何か新しい切り口や提言が出てくることは想像しにくいです。

次に、募集する研究員の年齢です。「若いほどよい」という最近の欧米流の偏見に惑わされています。
もちろん、若い人ならではの発想もあるでしょうから、若い人は一定の比率で採用した方がよいでしょう。
しかし私の考えでは、人間の総合的能力とその幅は歳を取るほど上がります(先日のブログ記事ご参照ください)。
40代前半までしか採用しないのは、何とももったいないです。

最後に、アメリカと一緒にやること。
アメリカ流の戦略を学ぶにはよいですが、逆にアメリカが日本を言いくるめる場として活用もするでしょう。
むしろその公算が強いでしょう。

私がシンクタンクでやりたいテーマは「エネルギー・環境」「日本人発明技術」「企業問題」「総合ライフスタイル」です。
軸足は身近な環境での日本人の発想や生き方に置きます。
一言で言うと、日本人の素晴らしさを再認識し、よい住・職環境を得、不要な問題を排除し、国を繁栄させるものです。
当面は草の根で頑張ります。

さてさて、音楽以外の記事が続いてしまいました。
明日は、記念すべき「Coffee Break Beatles No.100(100回記念号)」をお届けすることを予告します。

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テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

ポリティカル発言のTPO

こんばんは。

日テレ系の「行列のできる法律相談所」(通称「行列」)は、最近俗っぽくなりすぎたが、紳助さんの語りには参考になることが多い。

昨日の放送は恐妻家の特集だった。
紳助氏曰く、「夫婦は最初が肝心や。最初に条約や憲法のようなもんが夫婦の間にでき、それが一生続くんや。」
それに対し、気弱なある亭主が、「そういう時って、自己主張あまりすると相手に悪いから..」と。
すると紳助氏、「ばかもん! 相手(奥さん)は目一杯主張するんだから、おまえも同じように主張せんかい!」

このようなポリティカルなやり取りは古今東西、いろんな場面でありうる。
かつての(そして今なお一部では)日本企業での社内政治家はこの手のやり取りが得意だった。
でもこれからの日本企業はこんなことやっていたら負のエネルギーを消耗してしまう。プラス思考で人間関係を築くべきだ。

しかし、政治の外交の場面では今なお必要であろう。
きれいごとでは済まされないのが外交の世界だからだ。

学校とか地域社会では、このようなやり取りで鍛えられるのもいいだろう。
でも夫婦やカップルの間ではこんなことやっていたら疲れるだろう。

日本の首相のような要職の政治家は、このようなやり取りは時として内外に対し必要だろうし、一方、プラス思考での政治の実行も必要だろう。

私の意見では、再生化可能エネルギーについては、かなり政治的要素が絡む(純粋に再生化可能エネルギーの方がクリーンで低コストのエネルギー、というわけではない)と考えるので、プラス思考だけではやっていけない。
各再生化エネルギーの実体(発電そのものだけではなく)と予想される問題、各国との影響などを、取り急ぎ検討する(原発も含め)諮問機関を至急作るべきだ。
オーバーオールに見た場合、例えば、火力発電が一番CO2も低いし、石油も使わない、という検討結果になるかもしれない。
また、そもそもCO2を減らす必要があるか、という根源的議論も至急必要だ。
役所の中にはこれらを自発的に問題提起する機能はないようだから、至急民間から登用して諮問機関を作るべきだ。

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テーマ : 大切なこと
ジャンル : ライフ

ポジティブな言葉で指導する

こんにちは。

はっきりしない天気が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか?

最近、いろんなテーマについて自分の思うところを自由奔放に書かせていただきましたところ、多くの反響をいただき、大変ありがたく思っています。
多いに同感いただいた方、あるいは少し違った意見をいただいた方、いずれも大変ありがたく、勉強になります。
FC2の会員の方ばかりでなく、一般の方々からも多くブログに来ていただけることは、ブログでの発信の本望であります。
さらにコメントやメールをいただけましたら、幸いです。

私がすでに感心を持っていて、そして今後もできれば注力したいと思っている仕事は、企業などにおける仕事環境の改善です。

これまでブログで何度か申してきましたように、これからの時代、我が国における民間企業の仕事は、昔のようにこれといったパターン化されたテーマややり方があるわけで

はありません。各企業が独自のテーマとやり方を確立する必要があります。

こういう背景のもと、私が抱いている基本的なことは「人(部下など)を指導するにはポジティブな言葉で」です。

かつての日本では、人を指導する場面、たとえば、企業、軍隊、学校、家庭...では「減点主義」が基本でした。要は「これをやってはいけない。」
国自体の進むべき目標が一通りでしたので、人の指導方針も一様でした。ですので、誤ったところを指摘、叱責するだけでOKでした。
怒られる内容も大体ワンパターンでしたので、それのストレス解消も比較的簡単でした。

そのために階層的組織は好都合でしたし、上司の部下に対する権力なども大きかったと思います。

しかし、人類の長い歴史から見たらこのような階層的組織が高機能する場面はそう多くなかったはずですし、これからの日本ではもてはやされないのは明らかです。

これから我々は何をどうやっていくべきなのか。年長者でもそう簡単にはわからりません。
年長な分だけ知恵や考え方は奥深い場合が多いですが、階層的なものとは質を異にします。指導ではなくて、「一緒に考えて行こう」がより正しい姿でしょう。

そうなると、企業などにおける上司の部下に対する指導の基本は「加点主義」であるべきだと思います。
成功やアイデアの創出を称え、聞く耳を持ち、現場を信頼し、モチベーションを与える。
もちろん、基本ルール的なことはしっかり指導します。

そう考えると、減点主義は、軍隊でもない限り、親が子に多少あてがう程度でよいと思います。
親子でさえ基本は加点主義がよいと思います。

人がこの世に生まれた意味は個々で違うはずです。そして誰もが「プラス」の使命をもって生まれてきているはずです。
年長者はその使命をしっかり捉え、加点主義で指導するべきと思います。

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テーマ : ♪人生・生き方♪
ジャンル : ライフ

クラシック vs ロック

こんばんは。

暑いですね。
省エネと熱中症という相反する対策をどう乗り切るか、ですね。

先ほど「原発のウソ」という京大の小出裕章先生の書かれた新書を買いました。
出たてなのにもう17万部も売れたということで今朝TVでやってました。
長年原子力に携われて来られたのですが、一貫して原発の実施に警鐘を鳴らしてこられた先生だそうです。
1949年お生まれなのに助教(昔で言う助手です)というお立場は権力から否定され続けたのでしょうか。
早速読んでみます。

さて、最近クラシックをちょっと聴き込んでいます。
ロックとは脳の刺激されるところがちょっと違いますね。
でも、同じところもあるようです。(ここが重要です。)

クラシックは、特に交響曲の場合は音の数が多いので、おそらく音の分布が滑らかなので、多分そのこと自体は心地よく聴こえるのだろうと思います。
ただし、音の配置を間違えたらかえって逆効果かもしれませんけど。

クラシックの中でも野心的でロック的な曲も感じられることがあります。
私は、モーツァルトはロック的なところが結構あると思います。
例えば、交響曲第40番。
最初はオーソドックスなコード進行ですが、途中から冒険的になります。
主旋律と似た旋律を携えながら様々なコードに展開して行きます。
一体どこに行っちゃうんだろう、という冒険ぶりです。
何度か元に戻るも束の間、すぐにまた飛びます。
そしてひとしきり巡りめぐった後、エンディングとなり、「ある場所」で終わります。

その「場所」は必ずしも聴く側にとって安住の地ではない。
もっと別の安らかな最後の到達点もある気がします。

それにしてもこの曲、悩んだ跡がないように感じます。
きっとワインかなんか一杯ひっかけて、湧いて出てきたものを一気に書き下ろしたように感じます。
特に後半の冒険は、仔細に検討などしないで、一発で書き下ろしたのではないでしょうか。

コード進行が目まぐるしく変わるのは、ビートルズのA Day in the Lifeのサビでも一緒です。
この場合は、めでたく元に戻ってきました。

ロックは音が少ない分、分布がギザギザなりますが、冒険の部分がより大胆に行えると思います。
ただし、心の癒しは、今でも少しばかりクラシックにあるようです。

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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

人生は歳を取るほどおもしろい

こんばんは。
今日の科学の誤解シリーズは「人間は歳を取ると価値が下がる」です。

人は皆若くなりたい。
若い人は尊ばれ、年寄りは敬遠される。
これは世の常です。

確かに、脳細胞は20歳を過ぎれば少しずつ死滅し始め、体細胞は新陳代謝をしにくくなり、脳力、体力ともに歳を取るほど衰退して行きます。健康面でも様々な問題が出てきます。
よって、雇用は若い方が圧倒的に有利ですし、世の中のあらゆる場面で若い人の方がもてはやされます。

では人間、歳を取るほど価値が低くなる、あるいはおもしろくなくなるのでしょうか?
私の答えは断固"No!"です。
むしろ、「人生は歳を取るほどおもしろい」です。

人間の能力とかおもしろさは、次のように、いろいろな要素の掛け算だと思います。

基本能力×アイデア×知恵×実行力×忍耐力×人格×プラス思考×・・・

最初の基本能力というのが、脳の基本的働きとか基本的体力のようなものです。そして若い人の方が優れているのはこの要素のみです。
つまり、歳を取ると、基本能力はある程度落ちるにしても、他の多くの要素が優れるために、実際的な能力やおもしろさは歳を取った人の方が圧倒的に優れる、というのが私の意見です。

事実私は、若い頃はアイデアに乏しく、暇であり、かつ不安にさいなまれていました。
ボーっとしてただ悩んでいました。

私の考えでは、40代まではinput(物事を吸収したり習うこと)の時代、そして50歳からoutput(物事を他者に向かい提唱したり世に問うこと)の時代と考えます。
そうすれば、50になって多少脳力や体力が衰えたとしても、その他の多くの要素があり余るほどカバーし、そして充実した人生を送れると思います。
Outputの時期が早すぎますと、脳力、体力の衰えが目立ってしまいますので、人生にとってマイナス(ただし上の考えと比較してです)だと思います。
もちろん、言うまでもなく若い時からoutputを盛んに行い活躍している人も一杯いますので、それは私とはまた違った考えを持ってのことでしょう。

私自身は、50過ぎてからおかげで、両手の指では足りないほどの趣味を持てるようになり、どんな相手が現れても話題に尽きないようになりました。
ロックのボーカルでは35年かけてポール・マッカートニーの領域の高音まで出るようになりましたし、現在ロバート・プラントの領域を狙っています。
また、近々ベースも買う予定です。
その情熱は10代の少年にも負けないつもりです。
山ではヨーロッパアルプスを目指しています。
仕事では、まず物書きを目指し、その後シンクタンクの設立を夢見ています。
将来の夢一杯の毎日です。

そしてもう一つ重要なのは、この歳になると、悩みと自分の責任をきっちり分けられる、ゆったりとした自我が形成される点です。
問題処理も、夢の実現も実に効率よく分担できるということです。
若い頃はこれらがごっちゃになり、わけもわからず悩みぬいていました。

大きな病気にかかるという困難も経験しましたが、病気により得られるプラス面(ごはんを普通に食べられる幸せを感じたり、人の痛みを理解できるようになった点など)を重視したりなどのプラス思考が困難に打ち克っています。
そして、実は自分や関わる人たちにおける困難なことも今あるのですが、それらもプラス思考で対処することができます。

かくの如く、私の50代は人生最高の時代ですが、もっと年を取ればおそらく別の意味でもっと幸せになるかもしれません。

人生に無駄なことは一つもありません。
身に降りかかったことは全て真摯に捉え吸収し、それに耐えることも、そしてそれに打ち克つことも全て考え抜き、実践しましょう。
よき友の言うことはありがたく聞きましょう。友が熱心に打ち込んでいることは一度自分でもやってみましょう。

同胞のおじさん、おばさん方、頑張って日本を盛り立てましょう。

では。
ST (= Science & Technology) Rocker

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テーマ : 生きる
ジャンル : ライフ

クラシック

こんばんは。
梅雨の間の束の間の雨なし日、皆さまいかがお過ごしですか?

私は病気の前までは休日というと「心・技・体」のバランスを取るために、いろんなことをやってきました。
運動に関しては、通常の20代の人の平均より多かったと思います。
読書、勉強、人との交わり、楽器演奏、音楽の解析...など相当忙しい休日でした。
でも、心技体のバランスが取れ、どんなに大きな問題や悩みを抱えていてもストレスがさっぱり取れました。
そして、日曜も夕暮れに近づく頃、心地よい疲れの中、風呂に入り、そしてビールやワインをたしなむことが無上の喜びでした。

そうした休日や平日の夜の活動はアルファー波が出るからか、とても快感を感じ、どんどん突き進んでいったのです。
でも、今から思うと頑張り過ぎたかもしれません。
友人や周囲の人たちから言われるのは、「濃すぎる」と。

今年1月に病気が見つかり、考え方が少し「薄く」なりました。
そしてその後の薬の副作用で、体が思うように動かせず、意欲もあまりわかず、最近では家に帰ってからは何もできない日が多くなりました。
休日もごろんと寝てテレビを観るだけなんて日も多くなりました。
それはそれで得るものも多いです。
ある友人曰く、「それが普通のオヤジなんだよ」。
あっそうか、53でやっと普通のオヤジになれたんだ、と感慨にふけります。
しかし、最近、薬ももうすぐ終わるんだと思うと、また濃くなり始めました。
濃いのはどうも親譲りのようです。

最近、いろんなロックの曲やアーティストを紹介されたりして、意識が高揚することが多くなりました。
きっとこれは健康にはいいんだろうな、と思います。
今、体をあまり動かせないのでストレスがたまるので、それに替る何かがほしいですからね。

根拠はないんですが、クラシックを久しぶりに聴いたり演ったりしようかな、と思い始めました。
子供の頃、母親にクラシックの英才教育を受けさせられて、それが嫌で、クラシックはすぐ挫折しました。
このあたりの詳細は拙著「技術系サラリーマンのビートルズ論」(今、出版社に掛け合い、出版を狙っています)をご参照ください。

しばらくクラシック嫌いが続いたのですが、21の時、スタンリー・キューブリックの名SF映画「2001年宇宙の旅」で使われていた、ヨハン・シュトラウス2世の「美しき青くドナウ」に感動したのが、我が人生のクラシックの再開眼の瞬間でした。
漆黒の宇宙に大きな宇宙ステーションが舞う姿は、美しく青きドナウが見事に表現していました。
それ以来、クラシックのレコードを聴いたり、全音ピアノピースを買ってピアノ弾きに挑んだりしました。

昨日、TSUTAYAでクラシックのベスト物6枚組を借りてきました。
これでまた自分の世界が広がりそうです。
しんどい通勤電車でのよい気晴らしにもなるでしょう。

ショパンのピアノ曲「子犬のワルツ」を久しぶりに聴きましたが、「こんなにいい曲だったのか」という新しい発見です。
この曲、ピアノ教室の発表会で取り上げられることが多いです。
私が小さい頃通っていたピアノ教室でも、お姉さんたちがこの曲を練習するのに、先生から「あれが悪い、これが悪い」と怒られていた記憶ばかりがあります。
昔のクラシックの教育は減点主義が多かったと思います。
その人なりの長所を褒めて伸ばすやり方なら、クラシックを楽しむ人がもっと増えるのではないでしょうか。
今はきっとそうなっているのかもしれません。

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テーマ : 音楽
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Coffee Break Beatles No.99 「ルートップの気温 決着」

こんばんは。

今日は我らがポール・マッカートニーの誕生日。69歳。
いよいよビートルズも古希間近ということで、感慨深いですねえ。
とにかく、ポール、おめでとう!

今日は永田町の国立国会図書館に行ってきました。
ビートルズの歴史的な屋上ライブである"ルーフトップ"が行われた1969年1月30日のロンドンの気温を調べるためです。
私の経験から、5℃を下回るような寒い環境では手がかじかんでとてもギターなど弾けるはずがない、だからルーフトップの名演は比較的暖か気温下で行われたに違いない、と思っていました。
ところが、2℃だったという説もありました。
もし2℃が正しいのなら、ビートルズは驚異的能力の持ち主ということになります。
いずれにしても、あの日の気温は大変興味がありました。

国会図書館は12年ぶりでした。
議事堂周辺の警備は厳重でした。
昔研究者だった頃は頻繁に行っていましたが、今やいろんな文献は簡単に見られたりコピーを入手できるので、わざわざ国会図書館に行く必要は少なくなりました。
でも、絶版の本を見たり、今回の私のように昔の新聞を見たりするには、国会図書館が圧倒的に便利です。
なにせ、日本で発行された全ての本、新聞、文献を所蔵しているのですから。私の論文もありがたいことに所蔵してくれています。
今時土曜に開館しているのも本当にありがたいですね。

入館システムとか検索システムが電子化されていましたが、新聞のコーナーは昔のままでした。
各紙の新聞をB4に縮尺コピーしたものを製本して所蔵してあります。
ワクワクして目的の号を手に取り、目的の情報を鷹の目のように見つけます。

結果は?
やった、やった! やはり暖かかった! 予想通り。
以下、新聞からの転載です。

読売新聞 1969年(昭和44年)1月31日夕刊 1面一番上
世界主要都市の気温、日本時間1/30午前0時~1/31午前0時
ロンドン 最低気温=7℃、最高気温=10℃、天候=曇
2/1夕刊
ロンドン 最低気温=6℃、最高気温=9℃、天候=晴

朝日新聞 1969年1月31日夕刊 1面下
世界主要都市の気温、1/29~1/30、AP
ロンドン 最低気温=7.2℃、最高気温=10.0℃
2/1夕刊
ンドン 最低気温=6.1℃、最高気温=8.9℃

朝日の情報が少し不足してますが、基本は読売と同じだと思います。
ルーフトップはヨーロッパ時間(日本時間より8時間遅れている)で1/30午後2時くらいでしょうから、日本時間で1/30午後10時くらいです。
よって、最低でも7℃で、おそらくは10℃か少し低いくらいと思われます。
もちろん寒くはありますが、冬としては寒い方ではないでしょう。
オフィスから抜け出てきた人が外套を着ていない人が結構いることからも、そんなに寒くはなかったのでしょう。
ただ、風が結構あったようで、体感はもう少し低かったのでしょう。
いずれにしても、冬に屋上という過酷な環境でのあの名演。やはりビートルズはすごいです。

ついでですから他にもいろんな記事を見てみました。
同じ日(1969.1.30)の東京は雪でした。
この年は暖冬でしたが、雪は結構降りました。
同年の3/10~3/12は記録的な大雪になり、東京で30cm台も積もりました。
当時私が住んでいたさいたま市では44cmも積もったことをよく覚えています。
この年は世界的な異常気象だと新聞には書いてありました。

ビートルズが来日した1966年6月末は、その直前に台風が関東を襲いました。
梅雨時の台風です。
私は小学校3年でして、6月の台風のことは覚えています。
しかし、すごい被害だったんですね。知りませんでした。
東京でも洪水や目黒でがけ崩れも起きました。
よくそんな状況でビートルズ来日したもんです。

各紙のビートルズ来日の記事はとても小さなものでした。
あの頃はまだロックグループは市民権を得ていなかったようです。
読売は武道館コンサートの放映権を得ていたためかポジティブな内容の記事でしたが、朝日は「台風のため盛り上がらず」のようなネガティブな記事でした。

あと、東大入試中止の記事など、いくつも興味深い記事を見られてよかったです。

昔の新聞を見て思ったのは、1960年代は今ほど便利なものはありませんが、もしかしたら今よりもおもしろい時代だったような気がします。
それは加山雄三の若大将シリーズを見た時も感じました。
有意義な1日でした。

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テーマ : ビートルズ関連
ジャンル : 音楽

渋滞の科学

こんばんは。
今日の科学の誤解のテーマは車の渋滞についてです。

最初に断っておきますが、このテーマも私は専門家ではありませんので、あくまで提言です。
これを機に議論が進んでくれることを願います。

この国で車の運転をすることは渋滞をどう乗り切るか、ですね。
最近は道路や信号の改善で少しよくなったようではありますが、まだまだ頭の痛い問題です。

渋滞中時々見かけるのが、マイペースで車間をたっぷり開けてのんびり運転する車です。
どうせ渋滞なのだから、せっかちに行ってものんびり行っても変らない、だからのんびり行こう、というものです。
しかし、これは誤りだと思います。

後続車は先行車の平均速度に対して必ず一定の遅れが生じます。
渋滞がなく速く走っている状況では、この遅れはほぼ無視できます。
しかし、何千台も並んで時速10kmくらいで動いている状態では、たとえ2台間の速度差が1%でも、その累積ですから、渋滞の後ろではかなり遅くなってしまうのです。

ですから、途中に敢えて遅く(渋滞平均速度よりも)走る車があった場合、その後ろの車の遅れ係数が増大してしまいます。
遅く走る自分の車自身の遅れは無視できますが、その後ろの車には無視できない影響を与えます。
たとえば渋滞の尻尾から渋滞を抜け切るのに、30分が40分になるなどの影響が出るでしょう。

もし、渋滞している車が貨車のように連結されていたとしたら、どんなに車の数が多くとも渋滞は発生しません。
要するに遅れ係数=ゼロです。
理想は、前の車が発進したのと全く同じに発進すれば、貨車のように渋滞しないはずです。
しかし安全上ちょっと問題かもしれませんね。

そこで、安全上問題ない程度にキビキビ発進し、決して故意にのんびり行かないことだと思います。
これから夏も本番となり、渋滞の季節ですので、心がけたらどうでしょうか。
ご意見をお待ちします。
以上、提案でした。

話のついでですが、よく高速道で3車線の真ん中を、ややゆっくり目の速度でクルーズしている車を見かけます。
おそらく、左車線では遅すぎ、右車線では速すぎるので、真ん中をマイペースで行こうという考えなのでしょう。
しかしこれは危険だと思います。
真ん中車線が追い越し車線と規定されている場合は、クルーズは違反ですし。
走行速度に応じて、遅い車ほど左に寄るべきだと思います。

大勢の人が狭い道を歩く時も同じことが言えると思います。
ゆっくり歩く人とか携帯を見ながら歩く人は道路の端を歩くべきだと思います。

さて、音楽の話をしないと怒られそうですので、少ししておきます。
私のライフワークの一つは異種の学問を融合させて新しい見地を開くことがあります。
既にやっていますように、音楽と工学を融合させて「音楽工学」なるものを作りたく思っています。

伝統的には音楽への参加はクラシックを中心とする音楽教育から入って行くのが主流でした。
その後、ロックなどを通じて音楽に入り、新しい見地を開いたのがビートルズはじめロッカーたちでした。
録音とかPAなどですでに工学は寄与していますが、音楽そのものへの工学はまだなされていません。

金融が金融工学で発達したように、音楽も音楽工学で発展できないか。
人々の幸せが広がり、雇用も増すのではないか、と胸が膨らみます。

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テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

球質が軽い

今日の科学の誤解シリーズのテーマは「球質」です。
今日は私も自信がないので、疑問の投げかけとさせてください。

子供の頃毎週食い入るように見た「巨人の星」。
さんざん長い前置きの後、星一徹が息子の飛雄馬に言う。
「おまえの致命的欠点とは『(速いけど)球質が軽い』ことだ。」と。
そしてその理由は飛雄馬の体重が少ないからだ、と。
そして「ガーン」というシーンが10分も続く。

一徹の理論である「体重の重い人が球を放ると球に体重が乗る、つまり球質が重くなる」は、しばらくは素直に信じていました。
しかし、本当にそうなのか、という疑問が次第に湧いてきたのです。

物理学の立場から言えば、球がバットに与えるエネルギーとは、まずは球の速度、そして回転のエネルギーくらいしか思いつきません。
もし球が加速度を持つなら(たとえばだんだん速くなるとか、速さが衰えにくいとか)、それは確実にエネルギーとしてバットに「球質の重さ」を与えるでしょう。

しかし、球は自ら推進力を持たないので、加速度を持つことは不可能です。
投手の手を離れた瞬間の球の速度と回転の仕方のみで、バッターに届く時点での球の運動が決まるはずです。
つまり、同じ速度なのに体重の重い投手の方が、バッターに威力を与えることは考えにくいです。
体重の重い人の方が回転をかけやすいのでしょうか?

そもそも体重の小さい飛雄馬が豪速球を投げられるのでしょうか?
150km以上の速球を投げられるのは、伊良部さんとかダルビッシュさんのような大きい人ばかりのような気がします。

フォークボールのように回転が少なく、空気抵抗が大きい球種は球質が軽いと言ってもいいかもしれませんね。

どうもアニメの世界に留めておいた方がよい理屈かもしれませんね。

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テーマ : 宇宙・科学・技術
ジャンル : 学問・文化・芸術

男と女、どっちが賢いか

こんばんは。
今日の科学の誤解のテーマは「男と女、どっちが賢いか」です。
テーマが重過ぎますかね?
私も専門家ではないので、結論めいたものは出さないで、提言に留めます。

最初はテーマを「どっちが偉いか」にしようと思いました。
でも、「偉い」の定義がいろいろありすぎて議論に収集がつかなくなりそうです。
それで「賢い」に変えました。

この議論を始める大前提として、男女の先天的な能力(すなわちDNAの違い)と後天的な能力をしっかり分ける必要があると思います。
よく言われるのが、男は社会を作り、リーダーシップを発揮していて、女性は家庭を守る、のような議論。
こうした議論は往々にして先天的なものと後天的なものをごっちゃに論じていることが多いと思います。

提言をする前にちょっと脱線します。
私は、中学と高校が男子校、大学院まで理工系。さらに企業で研究、製品開発。
そして体育系であり、硬派であり、マラソンとか冒険(注;ごく最近では女性も多い)とか、いわゆる男性中心の世界にどっぷり浸かってきました。
ところが、45歳になったあたりから、地域のコミュニティーに参加したり、町内会の会長や役員になったり、地元の飲み友達を増やしたり、会社や大学時代の旧友と飲み会や企画を積極的にしたり、などなど、どちらかというと女性との会話が多くなりました。
女性のもつすごさをここへ来てどんどん知り、吸収するようになりました。
男性は長期的な計画をシステム的に組み、実行するのが得意ですが、女性は短期的によしあしをしっかり判断するのが得意な人が多い、というように漠然と感じています。
そしてさらに重要なことは、女性であっても"男性的"な能力を持った人が少なからずいる、ということです。同様に男性も女性的能力を持った人がいます。
では提言を始めます。

DNAに刻まれた能力の差は基本的に男女差はないと考えます。
事実、女性が男性的な役割をする部族もありますし、ライオンなどの動物ではメスが狩をします。
もちろん、IQ等の能力差はありません。
では、なぜ女性は体格と筋力が小さく、家庭に入る人が多いのでしょうか?

私の考えでは、ヒトのDNAがそうさせているのではないと思います。
生まれてくる男女の比(性比)が男の方が多い(日本では今約104:100)からだと思います。
人間の中に人種ができたように、長い歴史の中で、後天的に男女の特徴が形成されたのだと思います。

男が過剰の状態で生まれると、男が選ばれる対象になります。
そこで男は能力を示す社会的行動を起すわけです。

このことは遺伝的に決められているわけではないので、当然、分布を持ちます。
よって、男性的な女性や女性的な男性も存在するわけです。

もし男女比が1:1になれば、様子が変ることでしょう。
体格もほぼ同じになり、役割分担も変ることでしょう。
事実、男の比率が低いアフリカ諸国では、男女の見た目が似ており、役割分担もかなり多用化しています。

日本においても、最近男女のあり方が大きく変ってきています(私が言うまでもなく)。
そして性比も男が減少傾向です。
性比と社会のあり方は、ニワトリと卵の関係に似ています。

日本も含め先進国では性比は男が多いです。そして男性社会の傾向が強い。
先進国では高度なものが発明されるけど、今回の原発のように予測しきれない問題を起してしまったり、政治が混迷したり、と基本的な問題を抱えているようにも思えます。
世界のいろんな国や部族を勉強して、最もよい社会を生みそうな男女のあり方を検討する必要があると思います。
もっと言うと、男女の別を分けなくてもよい部分、役割を分担した方がよい部分を考えるべきだと思います。

DNAでは基本的に男女の能力差はない、とは言っても、何らかの差(生殖機能以外で)はあるかもしれません。
それは何なのか解明したいですね。
そして、「女性は(あるいは男性は)**だから++あるべきだ」などの画一的な考えはこれからの世の中、排除しなければいけないと思います。

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テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

ペッパー警部の謎

こんばんは。

今日の科学の誤解シリーズのテーマは「寒いと風邪を引く」です。
よくこんな会話が交わされますね。「風邪を引くから暖かい格好でいなさい」「こんな寒い所でずっと立っていたら風邪引いちゃうよ」
これら間違いです。風邪というのは、いくら寒くても風邪のウィルスを体内に取り込まない限り引きません。
逆に、暖かくてもウィルスを取り込めば引きます。
南極や宇宙ではウィルスがいないため、いくら寒い格好をしても風邪を引きません。

ただ、寒くて体力が落ちると、ウィルスが体に入った場合に発症しやすくなりますし、体の抵抗力を維持するためになるべく暖かい格好をするに越したことはありません。

では、どうしたら風邪のウィルスを取り込まなくできるでしょうか。
主な感染の仕方は、ウィルスが存在する鼻水や唾液が他人の口、鼻、肛門、各種粘膜(目、性器等)、傷口などを介して侵入します。

主なルートは、咳やくしゃみの飛沫を吸い込んでしまうこと、または、日常生活で手の触れるところ(例えば、共用のPC、吊り革、手すり、ドアのノブ等)を触り、その手を鼻や口などに入れてしまう、などです。
ふだん我々は鼻や口を触ることが意外に多いようで、こうした所を介して鼻水や唾液が伝播してしまうのです。
手に傷がない限り、手から侵入することはありません。あくまで鼻や口に触る場合です。

これらを防ぐ方法は意外に簡単です。意識して取り組めば容易です。事実私は自分なりの方法で感染ルートを断ち切り、20年近くほとんど風邪を引いたことがありません。ではその方法を紹介します。

近くにいる風邪を引いている人が、特に密閉された空間で、咳やくしゃみをしたら、しばらく息を止め、目も閉じます。数十秒くらいすると、飛沫が拡散し濃度が薄くなりますので、息を再開してOKです。
電車の吊り革は、なるべくベルトのあたりを握り、人が頻繁に握る部分には触りません。とにかく公共のいかなる部分もなるべく触らないようにします。
できれば、風邪を引いている人、特に自分の鼻や口をいじっている人の傍には近寄りません。

そして大事なことは、上記したような場面に遭遇したら、なるべく早くうがいと手洗いをします。
自分の手は決して鼻や口に触りません。どうしても触る必要がある時は手洗い後にします。
冬の時期はうがいと手洗いを頻繁に行い、もちろん食事前にも行います。
以上です。

キャンディーズとピンクレディーはいろんな意味で比較の対象になります。
ここ数日でおもしろいことがわかりました。
ピンクレディーの2人はキャンディーズの3人よりも体が一回り大きいせいか、声域が低いです。
私の持っているCDを聴いた限りでは、キャンディーズは五線譜から上にはみ出したレまでは出ますが、ピンクレディーはシあたりが最高です(表声では)。
丁度私と同じ声域ですね。
体が大きいと声帯も大きくなるので、弦が長い方が低音、ということで理屈に合います。

もう一つ興味深いのは、ピンクレディーの2人の声は結構似ています。
ミーちゃんの方が若干子供っぽいハスキーな声を出しますが、ケイちゃんも時々それをわざと真似るようです。
ピンクレディーの歌はなぜかユニゾン(=同音)で歌うことが圧倒的に多いため、2人で歌っているのか1人なのか、どちらが歌っているのか時々わからなくなります。
多分、踊りにウェイトを占めていたため、歌はあまり複雑にしないよう心がけたのかもしれません。
たまに聴けるハモりはなかなかのものです。

珍しいところでは4度のハモりがカルメン77の冒頭で聴けます。
4度のハモとは、イオナ(化粧品)のCMで聴ける「イオナー」の部分です。3度より幻想的なハモりです。

謎なのがペッパー警部でのハモりです。
何度もシャウトする「ペッパー警部!」のところ、CDとステージではどうも違うようです。
CDでは、シの音を中心に、ケイちゃん&ミーちゃんがユニゾンで歌い、3度上をやや小さい声でプロの女性コーラスが歌っているように私には聞こえます。
ただ、これらの声質が似ているために、区別がつきにくいのです。
3度上を歌う声は、すごくうまいビブラートを効かせた声なのでミーちゃんではない気がします。

ステージでは、シの音をケイちゃんが歌い、3度上をミーちゃんが歌っていました。
3度上ともなるとミーちゃんの表声では出ないはずなので、裏声ではないでしょうか?
いずれにしても、(申し訳ないですが)、ステージではシャウトの部分は少し不安定でした。
でも、ステージでの踊りや表情はそんなこと吹き消すほどの魅力です。
2人は当時としては長身長だったためか、やや猫背で立っていました。そこがまたいいんですね。

後にこの曲、モーニング娘。がカバーしますが、歌もハモりも完璧です。もちろん全部表声で。

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テーマ : 懐かしい歌謡曲
ジャンル : 音楽

ピンクレディー

こんにちは。
梅雨の晴れ間ですね。

科学における誤解。ちょっと反響がありましたので、少しの間連載させていただきます。
今日はお酒の話題。
薬による治療が2月~7月まで続いていますので、お酒は今ほとんど飲んでいませんので、解禁を待ち望んでいます。

よく最近言われるのが、「日本酒は残るので二日酔いしやすい。しかし焼酎は残らない。」「だから、日本酒は嫌だ。焼酎はいい。」。
これはもう、日本酒好きの私としては断固反対です。我々日本人は伝統の日本酒を捨ててはいけません。
ワインとならぶ世界の大発明。日本酒はとてもよくできた酒であり、うまく飲めば一番おいしいのです。
科学的にも日本酒は残る、二日酔いしやすい、は誤解です(多分)。

結論から言いますと、日本酒はアルコールの存在を感じにくい、だからつい余計に飲んでしまう。焼酎の場合はアルコールをしっかり感知できるので、飲み方をsaveしやすい。ただこれだけのことです。

日本酒は醸造や熟成の過程で、アルコール分子の周りに水分子がきれいに囲む(水和と言います)ことが知られています。そのことが、アルコールをアルコールとして感知しにくく、全体に水とまろやかに交わっている風に感じます。
そして日本酒を飲んだ場合、アルコール→アルデヒド→酢酸+水+炭酸ガスへの転換もより早く進む、すなわち二日酔いしにくい、ことが確かめられています。
ただし、日本酒の飲む量そのものが多くなった場合は、上の転換反応にも限りがあり、アルデヒドとして滞留する時間が長くなってしまい、二日酔いになります。

ですから、日本酒はじっくり飲みましょう。そうすれば二日酔いになることもなく、麹の味も後で残りません。
そしてできれば燗を勧めます。
冷酒は喉ごしがよいですが、アルコールの存在をより感じにくくなるので、後で酔いやすいです。

日本酒は小学生から飲んできた私(父の仕事の関係)としては、むしろ焼酎が40歳くらいまで苦手でした。
しばらくは「自分には焼酎は合わない」と思っていました。
しかし、科学的に考えると、酒の種類によって合う合わないはありえない、と思うようになりました。
要は、代謝がうまくいっていない、すなわちアルコールの濃度と摂取速度が合っていない、と考えるようになりました。
そこで、焼酎は少し薄め、少しずつ飲むようにしたところ、たちまち好きな酒に変りました。すごい発見と感動でした。
さらにレモン(=クエン酸)を入れて焼酎を飲むと、ほろ酔いの状態(幸せ感)が長続きすることがわかりました。

人生、できれば苦手のものを少しでも減らした方が幸せです。
人がよいと言っているもの、とりわけ伝統がある物は必ず根拠があるはずです。
むしろ自分を変える発想をもつのも重要です。結果、幸せになれます。

おっと、前置きが長過ぎてしまいました。
昨日、TSUTAYAでCDを3点借りました。
Cream、Bill Evance、ピンクレディーです。
ロック、ジャズ、歌謡曲、とバランスよく借りました。

最近キャンディーズを聴いていますので、ピンクレディーも聴いてみたくなりました。
なんせ、二人とも「同期」ですからね。
「全曲集」というCDを借りました。デビューから解散までのシングル曲が年代順に並んでいます。

1976年、私が大学へ入学したのと同じタイミングでデビュー曲が颯爽と出ました。
CDには全部で21曲収録されているのですが、1981年までやっていたんですね。知りませんでした。
1978年の「透明人間」までしか知らず、後半半分は初めて見るような曲でした。

改めて聴いて、本当によくできた曲の数々です。
後半は曲調をいろいろ変えてあり、それはそれで素晴らしいです。
阿久悠-都倉俊一のコンビもすごいです。
でも、初期のあの踊ってアピールする姿にイメージが固定され過ぎましたかね。
もっと広い視点から彼女らを捉えていれば、息の長いミュージシャンになっていたのではないでしょうか。

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テーマ : 昭和の歌謡曲
ジャンル : 音楽

Coffe Break Beatles No.98 「宇宙計画とビートルズ」

古川聡さんが国際宇宙ステーションに無事入り、予定されていた仕事をやり始めました。
全くご苦労さまです。是非頑張っていただきたい。

ところで、宇宙ステーションとかシャトルとかは「宇宙体験」と言われるのだが、皆さん結構誤解がある。
その最大の誤解は「無重力」だ。
シャトルの中は無重力なのは有名だが、無重力な理由はそこが宇宙空間だからではない、シャトルが高速で回っているからだ。

シャトルや宇宙ステーション、人工衛星などが飛ぶ所は定義上は確かに宇宙空間だ。
でも地上からの高度は300kmか400km程度に過ぎない。
地球の半径が約6,400kmだから、シャトルはほとんど地球表面にへばりつくように飛んでいる。
そこは一応空気がほとんどないが、完全な真空ではない。
そして、もしそこに静止状態で放り出されたら、地球の重力をもろに受け、地上にまっさかさま落ちて行く。

シャトルは秒速11kmという速い速度で地球を回っているので、遠心力と重力が同じ、すなわち釣り合っているのだ。だから見かけ上、無重力として感じるのである。
その速さが少しでも遅くなれば重力を感じ始め、逆に速くなれば遠心力を感じ始め(注;乗組員は重力と遠心力の区別はつかない。感覚としては遠心力も重力と同じように感じる)、シャトルは地球から離れる。

もし地球や他の天体からかなり離れれば、本当の意味で一切の重力から解き放たれ無重力を感じる。
宇宙ステーションやシャトルでは無重力状態での様々な実験が行われた(ている)。
ただし、本当の無重力下と、複数の力が釣り合って見かけ上無重力なのと、果たして生物などが受ける影響は同じなのだろうか。
喩えれば、お金を一杯稼ぎ一杯使い、結果出入りがゼロな人と、稼ぎがゼロで使う方もゼロの人が等価かどうかである。

原理的には、地上1mであっても秒速11kmに達すれば惰性飛行で地球を周回するようになる。
そしてその飛行物体の中にもし人がいれば無重力に感じるだろう。
ただし、空気抵抗や地形や人造物などが邪魔して、実際には無理である。

前置きが長すぎてすみませんでしたが、この話はビートルズにもつながるところがある。

ビートルズは、スタッフを初めとして支えている人間の数も能力も大変なものがあり、
メンバー本人たちは一種のperformerであり、プロジェクトをマネジしたり遂行することに必ずしも関わっていない。
あたかも宇宙計画のようであり、メンバーたちは宇宙飛行士の存在に似ている。

ある種の「(見かけの)無重力状態」のような場を与えられ、本人たちもそれを十分客観的に理解できないまま、頑張ってきた。
本来は自己の主体性で事を運ぶべき、と最も思ってきたのはジョンだ。
それを苦しみ抜いてヨーコと一緒になったのだろう。

キャンディーズの「普通の女の子になりたい」とジョンの「普通のhouse husbandになりたい」はもしかしたら同じことだったのかもしれない。

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テーマ : ビートルズ関連
ジャンル : 音楽

5,000名ご来訪ありがとうございます

こんばんは。

ついにご来訪者数が5,000名を突破しました。
これもひとえに皆さま方のご支援のおかげです。ありがとうございます!
ちょうど5,000番目の方、おめでとうございます。景品もなくすみませんが、お祝い申し上げます。
カウンターは正確には最初から取っていませんし、FC2本部でのトラブルから途中2回カウンターの機能が止まったこともありまして、5,000名というのは細かくは正確ではありません。
しかしいずれにせよこのような多くの方に来ていただいたのは、全くありがたく、これからもさらに頑張ろうと志を新たにしました。

さて、田中好子さんが全く残念にも亡くなりました。
私としてもキャンディーズの追悼番組を観たり、CDを聴き直したりして、改めてキャンディーズとはどんな音楽グループだったかに思いを馳せています。

大変attractiveなグループであったことは言うまでもありません。
ここでは音楽的なことを少し書いてみたいと思います。

3人の声の質は随分違いますね。
スーちゃんの声はかなりの特徴です。魅力的ではありますが、曲調を決めてしまうので、あまりたくさん歌う訳にもいかなかったと思われます。
それに引き換え、ランちゃんの声は、アイドル性の高い(男心をくすぐる)声であるため、キャンディーズは途中からランちゃん中心路線になったようです。
ミキちゃんの声は3人の中では一番きれいだと思います。音程も一番正確だと思います。実際、合唱の場面ではとてもよく音を合わせていました。ただ、特徴があまりない声でした。

デビュー当時は3人が比較的均等に歌うことが多かったですが、途中からランちゃん中心に歌うようになり、誰かが全然歌わないような場面も結構出てきました。
例えば、大ヒット曲「年下の男の子」では、ランちゃんがほとんど歌い、スーちゃんは合いの手と"L-O-V-E投げキッス"のところを歌うのみです。
解散が決まってからはまた3人で歌う場面が増えました。

バックの編曲に関しては、70年代としては大したものだと思います。
十分にボーカルを盛り立てる編曲であったと思います。
私がこのブログで度々主張させていただく1/fゆらぎも十分成立するのではないでしょうか。
ライブでのキャンディースの実力も大きかったと思います。

「普通の女の子に戻りたい」という名文句を残して解散したキャンディーズですが、私としてはその実は額面通りではないような気がします。
後楽園での解散コンサートでは、ミキちゃんが常に他の二人からの距離を置いて立っていたのが気になりました。
あまり考えたくないですが、3人の中でいろいろな葛藤があられたのだと思います。そしてそれは当然のこととと思います。

私なども昔バンドをやっていた頃、バンドというのは考えが合わない方が当たり前であり、しっくり行くバンドを作るにはかなり人間的に熟して人の機微がわかるようにならないとだめだと思いました。
20代に差し掛かったばかりの彼女らが直面したご苦労は大変大きかったと思います。
そして、解散を経て各自歩んだ道筋は納得の行くものだったと思います。
改めてキャンディーズの皆さんにありがとうを言いたいと思います。
そして、スーちゃん、安らかにお休みください。

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テーマ : 昭和の歌謡曲
ジャンル : 音楽

昨夜のNスペ

こんばんは。

今日はビートルズの話題を書こうと思っていましたが、原発問題において昨夜のNHKスペシャルで意外な事実がわかりましたので、報告します。
昨夜のNスペでは、菅首相以外のキーパーソンについてインタビューすることをメインの番組の構成でした。
「なぜ深刻な状態に陥ったのか」を解明する番組でした。

私は、今現在、NHKという団体を今積極的に信じたり、あるいは特別批判したりはしません。
(NHKという団体は体制派でもある一方、たまにスクープ的な番組も作る不思議な団体です。)

あくまで客観的に昨夜のNスペを観た場合、長年の勘により、これは皆真実を言っているな、と思いました。
ただし、確証はありません。あくまで勘です。
そして、各人の発言が正しいと仮定すれば、見えてくるものがありました。

では、まず昨夜新たに得た情報や知見を下記にまとめます。

1.炉心冷却のための電源は全て喪失した。かなり初期から、関わる人全てが、全く別の電源を探すべき、ということで意見が一致していた。
2.1.の対策として東電の要請は、電源車をすぐに何台も用意すること。政府もこれにすぐに合意し、民社党の寺坂氏が電源車の手配に奔走した。
3.電源車は県の内外から数十台すぐに集められ、早速、水を送る作業にかかった。
4.しかし、電線などが足りないことやカップリングのかみ合わせが合わないなどのトラブルで、時間がかかってしまった。
5.そして首尾よく電源車がつながった部分も、結局水を送ることができないことがわかった。
6.なお、菅首相は、これまでにおいても、これ以降においても、自分が納得することは(電源車の手配やベント開け含め)早くやるように関係各位に指示していた。むしろ怒鳴りつけるくらい。
7.水冷できないため、炉内圧力が上がり爆発の危険があったのと、外部から海水を入れるにしても、内部の圧力を下げる必要があったので、至急ベント開け(=ガス抜き)をする必要に迫られた。(複数号機において)
8.菅さんはすぐにでもベント明けるように指示。しかし東電内に「ベント開け=会社の一巻の終わり(放射性物質を大量にばらまくから)」という危機意識が社内に起き、実際の放射能の広がりの予測を行う者、慎重論を流布する者、などが現れ、アクションを遅らせた。
9.業を煮やした菅さんは、斑目原子力委員長を引き連れ、福島原発に乗り込み、ベント開けを強硬に促す。
10.福島へ向かうヘリの中で菅さんは斑目氏にため口で盛んに質問をした。「福島原発は爆発するのか?」 それに対し斑目氏は「水素爆発は絶対にしません」と何度も答えた。
    (注; 実際起こった水素爆発は、圧力容器からの水蒸気の漏れが原因で起こったので、予測は難しかった。斑目氏もこの点を強調する。)
    結果的に水素爆発は起きた。
11.東電・清水社長は菅さんに対し、「福島から撤退させてほしい」との発言。(注;具体的な意味と真意は不明。要は、事故の収束は政府主導でやってくれ、ということだと思います。)
12.これに対し菅さん切れ、東電本社に乗り込み、「おまえらまじめにやれ」的のべらんめえ調の言葉を吐いた。「60歳を超えるものは現場に行け」との指示。
13.東電、保安院など、結局どれもアクションが遅く言う事を聞かないので、菅さんは、昔の友人の専門家を呼んで意見を聞くようになった。これを機に関係各所とのコミュニケーションがより悪くなったとのこと。

今回、電源車の話を初めて聞きました。
ごく初期の対応として悪くはなかったと思います。
そして、菅さん含め関わる人は皆同じベクトルで早いアクションを取っていました。

ただし、ワイボイスのタスクフォースは結成されませんでした。
また、基本シナリオ(例えば、原子炉は釈迦にして海水注水をいち早く行う)の検討が行われませんでした。
皆、原子炉を生き返させる発想のもと、直近のベストのことしか考えませんでした。
最悪のケースを想定してのシナリオを検討すべきでした。

それにしても菅さん。
はっきり言って基本的コミュニケーション能力不足です。
政治やシナリオの前に基本的人間たれ!です。
この点民主党は全般的に問題あり人間多そうです。
今からでも組織での生き方を体得してください!

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テーマ : 民主党・菅直人政権
ジャンル : 政治・経済

What toとHow to

こんばんは。

内閣不信任案への攻防に関しては外部からは誠にわかりにくいものがありましたし、これからの政治の混迷は多いに憂えうものがあります。
最低、解散総選挙が免れたことは、被災地対策にとってよかったのではないでしょうか?

確かに菅政権の対応の遅さとかリーダシップの問題は感じますが、私が思うに、単に一人の首相の能力というよりは、自民党時代から延々と続いてきた日本の政治のありかたに原因があると思います。

私は最近仕事でいろんな省庁の資料を見る機会が多いです。
例えば経産省によるエネルギー基本方針(政治判断を受けての)とか、それを実行する機関による実行計画とか、を見たりします。
すると感じるのは、霞ヶ関の役人さん(官僚)は、大変頭がよい方々である、とともに、これは"How to"の世界だな、ということです。

申し訳ないけど、役人さんの文章はぱっと目には大変わかりにくいです。
要するに、何をやりたいかがすぐにはさっぱりわからず、文章には背景と目的とやり方がごっちゃに書いてあります。
でも、抜け目のなく、多方面にばっちり行き届いた膨大な資料は、頭がよくないと書けません。

こうなっている背景はやはり、長年の自民党の陳情政治(まさしくHow to)に官僚が深く関与し、その考え方が確立しているためと思われます。

それに対し、民主党の考え方は、政治家主導であり、何をやりたいか(つまりWhat to)を上位概念に置く新しいスタイルを築いてきました。
それ自体は日本にとって斬新であり一考に価すると思います。外国と伍せる考え方でもありました。
だから政権交代の意味があったはずです。

しかし民主党にとってバリアだったのは、現代に対応できる財源・経済モデルを考えるプロがいなかったこと(高速道や子供手当てのような旧来の考え方しかできなかった)、骨太の考え方よりも先行して仔細なアクションを約束するマニュフェストを発行してしまったこと、党内にHow toを優先する一派がいたこと、官僚の動かし方がわからなかったこと、外国の二枚舌の外交戦略を見抜いていないこと、エネルギーに関しての本質をわかっていないこと、有能な参謀がいなかったこと、などが挙げられます。

初めての与党としての体験としては、バリアが多すぎて気の毒だったのは事実ですが、やはり日本独特で世界に伍せる政治モデルを提案できるプロがいなかったことが最大の敗因と思います。
一般の人が持っている「常識」程度の理念や目標の下にこなすだけになってしまいました。
本来政治家主導(what to)の考えでやってきましたが、メインテーマが日本の真のニーズとかけ離れていたため、かなり厳しい状況でHow toを実行していかねばならないのが現状です。

菅さんがいつまで首相を続けるかわかりませんが、日本のエネルギー政策に関して是非言っておきたいことがあります。
民主党、というか日本の政府がWhat to主導になれるチャンスでもあるので提言します。

前述したように、エネルギー政策は外国(特に欧米)は二枚舌です。
要するに、再生化可能エネルギー(=自然エネルギー(太陽光、風力、地熱など))の促進や設置には熱心な意向を示しつつ、従来の石油を使うやり方を捨てたくないのです。

そもそも自然エネルギーというのは、人々が原始的な生活をする程度のエネルギーを供給するものでした。
産業革命以降の工業化が基本である社会では、必要なエネルギーの桁が変ってしまい、石炭や石油を燃すことが必須になっています。
自然エネルギーを無理にこうした基幹発電にしようとすると、大掛かりな装置になり、その建設や輸送、メンテなどのため、結局石油を使うことになり、その過程でCO2もたくさん発生します。
エネルギー交換効率は結局、物を燃やすのが最も効率がよく、間接的なものほど効率が悪くなります。
太陽光発電にしても、電卓の電源などの微弱な電力なら問題ありませんが、工場や自動車を動かすことはできません。

それに、CO2発生は地球の温暖化をもたらさない、とか、たとえ温暖化しても地球にとって問題ではない、さらには、石油やそれに類する炭素源の資源はまだまだたくさんある、という論調もあります。

要は、各先進国とも、再生化エネルギーの促進を検討する一方、石油の使用を今後も続けるシナリオも同時並行してしっかり検討しています。そしてそのための政治的駆け引きをしたたかに行っているのです。
そこが今の日本政府に決定的に欠けているところです。

今や日本は、外国のマネをするのではなく、独自のエネルギー政策をもつべきです。
先日TBSテレビ「夢の扉+」という番組で取り上げられた、日本人発明によるある種の藻から石油的な燃料が生産される、などは一つの好例として是非検討していただきたいです。
日本は既にHow toのノウハウは世界一ですので、今や骨太のWhat toを打ち出して、エネルギー大国になってもらいたいですね。

このことにお手伝いするのが私のこれからのライフワークとも思っています。

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Coffee Break Beatles No.97 「ビートルズの身長 決着」

こんばんは。
昨日6回目の点滴治療を受け、またしんどい週がやってきました。でもあと2回点滴を打ち、飲み薬も全て終わるのが7/26です。
いよいよ来月で終わる、といのが何ともうれしいです。持ち前のプラス思考で明るく頑張ります。

ビートルズのメンバーたちの身長について、このCoffee Break No.7(2010-7-24)で、ジョン、ポール、ジョージが5ft11ins(約180cm)、リンゴが5ft8ins(約172cm)と書きました。
ところが、どうもこれは「公表値」であって、実際はもう少し低いようです。

日本にも外国にもビートルズをはじめとしていろんな芸能人の身長の情報や意見を投稿するサイトが結構たくさんあり、この話題の感心の高さが窺えます。
非常に多くの情報や意見を総合すると、ビートルたちは現役時代は高いヒールを履いていて、実際はポールが177cm、ジョンとジョージが176cm、リンゴは170cmくらい、という結論に落ち着きそうです。

私としては、他人の意見を丸呑みにするのではなく、自分なりの傍証を試みてみました。

イギリスの成人男性の身長は1960年代は176cmでした。(今では180cmくらいになっているようです。)
ビートルズのいろんな写真や映像を見ると、リンゴ以外の3人は、一般大衆の男性に比べ、決して高くない、そして低くもないように見えます。
当時の平均のサイズだと、凡そうなずけます。

初期はジョンとポールはショートスケールのギター、ベースを使っていました。それがあまり小さく見えなかったこと。そして後にフルスケールのギター、ベースを使い出したら、それらが結構大きく見えたこと。
身長180cm以上の人間がフルスケールの楽器を持つと、余裕がありますが、ビートルたちはそうではないので、やはり180cm未満だったのではないでしょうか。

ジョンが軽井沢に来ていた時、和服を仕立てるのに身長を測ったら176cmだったという話があります。

ジョンとヨーコが並んでいる写真がたくさんあるので、もしヨーコさんの身長がわかればジョンの身長が結構正確にわかります。
残念ながらヨーコさんの身長は見つけられませんでした。
160cm台の身長の女性と並んでいる写真から類推しますと、155cm以下であろうと思います(ヨーコさん、間違っていたらすみません)。

1968年の二人だけによるアルバム"Two Virgins"は裸で二人が並んで立っている写真があります。
靴の効果が入らないので、絶好の資料です。
ヨーコさんが仮に155cmだとして、写真上の比率から計算してみたところ、ジョンの身長は176cmでした。

写真などから、ポールはやや高いようですので、177cm、ジョージはジョンと同じくらいですので、176cm、リンゴは3人より3insくらい低いようなので、170cm、とみるのが妥当でしょう。
よって、ジョン、ジョージは私とほぼ同じということになり、親近感が湧きます。

さらに、最近のポールは身長が縮んで175cmになったという話もあります。
確かに、ライブ等で見ると、以前より小さく見えます。
最近結婚したお相手とも身長が同じです。
68歳で目に見えて縮むのは少し早いと思います。ちょっと心配してしまいますね。
さすがのポールも最近では、ステージではロック魂満載のベース(=体力が要る)を弾かなくなりました。ちょっと寂しいです。

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ST Rocker

Author:ST Rocker
ビートルズ解析ブログへようこそ!
つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
ご気楽にコメントください。

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