飲み会、そして雪

こんばんは。
昨日は久しぶりの東京での飲み会で多いにはしゃぎました。
いつものメンバーも超久しぶりのメンバーもいて、よかったです。
私、飲む時は結構冗談と饒舌になるんで、同席している人たちは喜んでくれる場合が多いです。
相手も調子に乗ってちょっと言い過ぎる場合も結構あるのだけど、悪気はないし、私に関心を示してくれるのだから、多いに受け入れます。
そうすると人の輪はまたどんどん広がって行く、というわけです。

23:30秋葉原発がTX(つくばエクスプレス)の終電。
もうちょっと遅いとありがたいが、まあまあでしょう。
つくばの我が家に着いたのは1時近かったです。

今朝雪が降ることがわかっていたので、おちおち眠ってもいられず早く起きました。
15時頃まで結構勢いよく降り続いたのですが、水っぽい雪ですし、気温もそう低くはなかったので、道路にはほとんど積もらず、車の出勤は全然オーケーでした。

おかげで今日はちょっと眠かったし、仕事上も厳しいことがあり、ちょっとしんどかったですね。
いつもよりちょっとだけオカズを多くして、玄米を食べたとこです。
よし、元気が出てきた。
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原理原則を好む欧米人

こんばんは。

夜飯は基本的に玄米と納豆という生活を続けています。
そんなストイックなこと俺はいやだよ、という奴もいます。
ストイズム(禁欲主義)とエピキュリアニズム(快楽主義)は表裏一体の関係だとも言われます。
その意味がややわかるような気がしないでもありません。
明日は東京で飲み会ですけど。
時々そういうものがあるからこそストイックな部分も持てるのかもしれませんね。

昨日は、原理とか新しい考え方を好むのか、それとも現実の人との関わりを好むのか、の2つのパターンのお話をさせていただきました。
どちらも大事だし、男女差でどう分かれるかなどは、ある傾向はあるものの、それは絶対的なものではない、というのが多くの方の感じられるところのようでした。

今日紹介させていただく話は、欧米人の考え方の傾向についてです。
欧米の人は男女とも原理原則をより重んじる人が非常に多いです。というか、ほとんどがそうかもしれません。

ある事柄に関して、
A: その原理原則が正しく、そしてその結果人々が楽しく暮らしている。
B: 人々が楽しく暮らしているのだが、その原理原則が曖昧である、ないしは納得できない。

という2つの状態があったとして、日本人ならBよりAの方がよいとは思いながらも、Bを受け入れる人は結構います。
しかし欧米の人は、まずはBを受け入れないでしょう。

以前、アメリカ人と一緒に仕事をしていた時、こんなことがありました。
あるサプライヤーA社とその顧客B社は密接な関係があり、ある時B社はA社に無理難題を言い短期間にCという製品を開発させました。
A社は特別な体制を敷き、わずか数週間徹夜同然で無理やり製品を作ってしまった。
結果的にそのC製品はB社で使えることになった。そかしそのメカニズムはよくわからない。
そしてその影響でA社以外のサプライヤーも同等品を作らざるを得なくなった。

これは日本人なら「よくある話だ」と思うでしょうが、アメリカ人は大変嫌いました。
嫌いなポイントが大きく3つありました。
1つはその性能には理屈がないこと。
2つ目は徹夜のような非定常状態で対応するというスタンドプレーなこと。
3つ目は市場に対しオープンでなかったこと。

要するに、「自由と平等のもとフェアな競争が行われること」を至上命題としているアメリカ人からすると許し難い行為だったのでしょう。
多分に、キリスト教のもと自由主義で建国以来の精神を子供の頃から叩き込まれているゆえと思われます。
もちろん、これとて欧米人にとって絶対的なことではなく、人によって日本人的なものも持っている方もいます。
でも、経済や政治上欧米と渡り合うに際しては見逃せない傾向ではないでしょうか。

でですね、ここから先が大事だと思うんですが、
欧米式のように原理原則→人々の営みという方向だけがフェアか、と言ったらそんなことはありません。
日本人は、人々の営みから逆に原理原則を導くことができるのだと思います。
もちろん、ごくわずか失敗とかいい加減な部分もありますから、間違った状態もあるにはあります。
でも欧米人が言うほど間違ってはいません。

ここが日本人の強みでもあるわけです。
だからこの部分をやたらに捨てるのは戦力ダウンです。

企業においては一時期欧米式管理法に大きく触れ過ぎたので、一部日本式に戻っています。
問題は政治改革や公務員改革です。
原理原則を重視する欧米と全く同じ方法は有効ではない気がしますが、結論を出すには十分な考察が必要だと思います。

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あまり自分のスタイルにこだわらないで

こんばんは。
この土日は、茨城→埼玉→千葉→茨城という旅を車でしました。
東京含めこれらの県は住んだことありますので、東関東は制覇です。
神奈川、栃木、群馬にも機会あれば住んでみたいですね。

最近は高速でなく一般道もそれほどは混まなくなりましたし、首都高を端から端まで乗ると900円になったこともあって、今回は全部一般道を通りました。
埼玉→千葉は都内を通りました。
運転歴35年で、都内の運転は自信あります。
最近駐車違反摘発を外郭団体に委託している(例の黄色い帽子かぶったおじちゃん、おばちゃんたちです)ので、都内の駐車が大幅に減り、おかげで通過が随分早くなりました。
戸田橋→志村の坂→巣鴨→東大→神田明神→秋葉原→浅草→錦糸町→一之江→市川、と風情ある土地を疾走するのもいいもんです。

BSジャパン(テレ東系)の土曜夜の「デキビジ」という番組を愛好しています。
勝間和代さんが注目のビジネスマン/ウーマンにインタビューします。
昨日はたむらようこさんという女性の放送作家がゲストでした。
これがかなりおもしろかったです。
話の中心は、放送界は男中心で番組作りがされているが、いかに女性の立場から番組を作るか、あるいは一般的な意味で仕事をするか。
勝間さん、たむらさんが意気投合していたのが、NHKのかつての番組「プロジェクトX」は女性には全然おもしろくない、というものでした。

お二人の話をかいつまんで言うと大体次の通りです。
・プロジェクトXは何かの開発の話であり、男の友情とかがハイライトされているが、そんなことよりそれが何の役に立つのかの方が興味ある。
・男の友情より、その家族の話の方に興味がある。
・スペックには興味がない。

要するに男はロマンとか形にこだわるけど、本当の人の気持ちを推し量ったり、真に大切なことを考えるのが下手だ、と言いたいのだろうと思います。

ちなみにプロジェクトXというのは、偉大な事業とか商品の開発・実現に当たり、男のロマンで計画をするも現実は様々な障害があり挫折するのだが、夢を信じ仲間や関係者との絆による地道な努力や「信ずれば救われる」的な神通力で夢ついに実現する...ようなことを美談的に描いた番組でありました。
中島みゆきさんの名テーマ曲とも相まって感動的な名番組と言われていました。

私も大好きな番組でした。
ところが、女性には人気がなかったとは驚きです。(二人の話を聞く限りでは)
彼女ら曰く、あれは男の目線で作った番組だと。

私として、これまで様々な女性と話したことが走馬灯のように思い出されてきて、確かに女性は夢やロマンを実現させることよりも、現実に意味のあることの方を尊ぶ人が多いことはよく理解できました。

私などは、夢やロマンはもちろんのこと、さらには原理・原則とか新しい学問の体系とか、そういうのを提唱して実現させることに無性に喜びを感じます。
私は45歳くらいまでは、会話自体に喜びを見出すのは苦手でした。何かの開発テーマをネタに話すことだけが喜びを感じていたのです。
しかし、大事な人との交流や、地元の仲間たちとの交流が増えるにつれ、カラオケの飲み会などで、人を丸ごと受け入れることの大事さ、その場で与えている自分の力の大事さを学びました。

だから、原理原則や夢・ロマンを追い求めるのは男に多いし、現実の対人関係における大事なことを重視するのは女性に多いけど、それが男と女の決定的差だとは思えません。
お暇な方は、私のブログのカテゴリの「科学」をクリックいただき、2011-6-14の記事「男と女どっちが賢いか」をご覧ください。

一般的に男の特徴、女の特徴と言われてきたものは絶対的なものではない気がします。
現に、私のブロ友さんの女性でも、男性以上に男性っぽい趣味とアプローチをお持ちの方もいらっしゃいます。
この私も女性的なアプローチも最近になって獲得しています。
何かを犠牲にして獲得するのではなく、プラスなのです。ここが大事です。

食べ物でも飲み物でも考え方でも、何でもそうなんですが、
「自分はこのスタイルである」「自分は男だから、女だから」などという思い込みで、自分のスタイルを決めている人が結構多いと思うのですが、それはもったいないと思います。
人の能力や感性は無限大と思いますし、感性は「代替」ではなく「追加」です。
だから、素直に新しい物、自分にないものは取り入れた方がよい。これが今日の記事で言いたかったことです。

男性のみなさま、女性のみなさま、異性の考え方を取り入れてみませんか!

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ユーミンのボーカルの謎

こんばんは。

今日は単身赴任後初めてさいたまの実家へ行きました。車です。
先ほど千葉に戻ってきました。
首都圏の道路は(鉄道も)、東京を中心に放射状に伸びていまして、ところどころ同心円状の環状線が走っています。
ある都市と東京との行き来は便利ですが、別の方向の都市同士は必ずしも便利ではありません。

つくばからさいたままでは真一文字の幹線道はないので、今日は仕方なく国道6号線を東京方面に走り、松戸で環状の国道298号線に乗り換えました。
ちょっと膨らむ道筋なので、次回はもっと近い道がないか検討してみます。

国道6号を上って行くとおもしろい名前の交差点がありました。
「小浮気」。読めますか?
「しょううわき」あるいは「こうわき」ではありませんよ(笑)。
正解は「こぶけ」です。
さらに1kmほど行くと「酒詰」(さかづめ)。こっちはいいなあ。

298号は折角高速の側道として新しくできたのに、草加市内はやたらに平面交差点があります。
直交側は大して交通量もないのに、数百mおきに平面交差点がいくつも。そしてたっぷり待たされる。
どうみても政治交差点です。
草加市長さん、何とかしてください。

今日は車の中でユーミンを聴いて行きました。
ユーミンの個性的なボーカルの謎は一体何なのだろう、と思って今日は自分が音声解析器になったつもりで解析を試みました。
他の歌手と聴き比べました。そしてついにある程度わかりました。

普通の歌手は、ある音符の声を出すとき、出だしはやや音が小さく、そして立ち上がり、中ほどでは音量が一定になり、音符の最後の方では減衰(小さくなる)します。
次の音符ではその繰り返しです。
ところがユーミンは、音符の頭から尻尾までほとんど同じ音量で引っ張るようなのです。
その平たい感じで、次の音符、次の音符、と飛んでいくのです。

音量でなく、周波数(音の高低)についても、音符の出だしは、普通の人は直前の音符の音をやや引きずりながらやや遅れてアジャストするのに対し、ユーミンがまるで頭からその周波数になるようです。音符の尻尾でも同様のことが言えそうです。

よって、ユーミンのボーカルは電子音楽に似ているかも、です。
ポン、ポンと威勢よく跳ねて飛び板を渡り飛ぶような爽快さがユーミンの個性ではないでしょうか。
中でもそれを象徴しているのが、「翳りゆく部屋」。
「どんな運命が・・・」の「が」がまさに不連続にいきなりあの音になり、周波数も音量も頭からいきなりイーブンに始まる。
しかも、通常アクセントを置かない助詞の「が」だ。

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単身赴任報告 Part 8

こんばんは。

今日はかなり暖かったですね。
春の足音が聴こえてきました。
でもそう簡単ではありません。明日からまた寒いそうです。

こちらつくばでの生活はかなり慣れました。
周辺の都市、例えばつくばみらい、牛久、下妻、筑西、結城..などの位置関係は大体わかっていたつもりでしたが、地図を広げてみると意外に認識不足だったことがわかりました。
茨城県は一応北関東とされていますが、南の方は南関東と言われることもあるようです。
つくばは南関東の特徴が大きいようですが、北関東の特徴ももっています。

群馬や栃木は形もほぼ四角だし、関東の北部に鎮座しているけど、茨城はちょっと***みたいな(恥ずかしくてちょっと口に出せません(笑))形で、北の方は四角っぽくて群馬・栃木っぽいけど、中部、南部は三角っぽくてそして千葉や埼玉に食い込んでいます。
だから、つくばも含めて南の方は、道路や鉄道が斜めになっていることが多いので、それで位置関係が把握しにくかったのかもしれません。

北関東全般に言えることですが、女性はきれいな人が多いです。
ま、東北も全般的にきれいですけどね。
それと、情の厚い方が多い気がします。

これまで住んだことのない所で住むのって、最初は戸惑うことが多いわけですが、
つくばの場合は車の走り方に象徴されるように、大体は整然としていてバラつきも少なく、住みやすいといえましょう。

ただ、一つだけ慣れないことがあります。
(といっても全然大したことじゃないんですが。)
スーパーのレジ袋ですね。
千葉ではレジ袋は基本は「使う」なんですよ。でもつくばでは基本は「使わない」です。
何も言わない、あるいはレジ手前から袋をちぎって入れないと、つけてくれないんです。
親切なオバちゃんは念のため「レジ袋はなしでいいですか?」と尋ねてくれますが、そうでないオバちゃんは何も言わないので、会計済ませさあ買ったものを詰めようとすると袋が何にもない、ってことが何度かありました。
最近はようやく少し慣れてきましたが、千葉によく帰るので千葉の習慣にすぐ戻っちゃうんですよ。
ま、失敗しても大したことないですけどね。

それより、少ない買い物の数のお客のための専用レジを作ってほしいですね。
カゴをまるまる2つ、ドッサリ詰めたおばちゃんの後に並びたくないですもん。
アメリカやヨーロッパでは"7 items or fewer"などと書いた専用レジがあり、便利です。
ガイジンのお客も多いつくばなんだから、そのくらいやってほしいですね。

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ちょっと自己紹介的なものを・・・

こんばんは。
今日はしっかり雨が降りました。
これも春への一歩なのでしょう。

最近、新しい方においでいただくことも多くなりましたので、若干自己紹介めいたことを書かせていただきます。
2005年から2011年まで営業やマーケティングや事業企画をやってましたので、このブログのサブタイトルに「元企業の技術者・・・」と書いてあります。
しかし今年から、研究の管理の仕事をしていますので、一応また技術者に戻ったかな、と。だからサブタイトルは書き直さないといけないかもしれません。

このブログで書いていますことは、一応将来これで飯を食いたいと思って書いていますので、かなり真剣な書きっぷりにはなっています。
でも私自身は実にくだけて、アホで、調子者の人間です。
どうかお気楽にコメントをいただけましたら幸いです。

私は今年の9月で55歳になります。
でもこれまで「50代に見える」と言われたことがありません。
それはおそらく、自分の年相応の自覚が全くないからだと思われます。

長年生きていますので、知識と経験は増し、いろんなケースの学習をしていますので、若い人にアドバイスができますが、
それは自分が達観したり丸くなったからではありません。
自分はますます子供っぽい好奇心とアホらしさを身につけています。

今現在一番相対してウマが合うのは40代はじめくらいの人たちです。
体力も感覚も一番合います。
年が同じあるいは上の人と話す機会が最近減りました。
でも唯一例外があります。地元のスポーツジムの仲間です。
この人たちはすごい。60過ぎても100kmマラソン、登山、サッカーのサポーター...。

これまではおじさんの魅力には関心がなかったのですが、
カラオケなんかで低音を歌ったり、デュエットでハモったりするとかなりモテることがわかり、結構それにハマっています。

最近つくづく感じますのは、あいさつをされないとか、メールの返事がないとか、お願い事に応えてくれないとか、ちょっとした意地悪を受けたりとか、もろもろの不本意なことは誰しも一杯あるのだな、と。
でも、そういう相手はこちら以上に思い悩んでいることが多いと思います。
「相手にも相手の理屈がある」と思うことにより、何かが氷解してくる気がします。

以上のようないい加減なオヤジですが、これからもよろしくお願いします。

テーマ : 自己紹介
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Coffee Break Beatles No.122 「音の心臓部だけは昔と同じ」

皆さまこんばんは。
寒さもちょっとひと段落ですね。

このところ我ながら気合いのこもった記事を立て続けに書いたので、今日はちょっと息抜きです。
ビートルズ関係のタイトルを標榜しているブログなのに、最近ビートルズの記事が少ないので怒られそうですので、今日は久々のCBB(Coffee Break Beatles)です。

CBBのNo.100まではアイデアが毎回淀み出てすらすら書けたのですが、ビートルズに関する新しいネタを考え出すのが最近ちょっとしんどくなってきました(笑)。
これまでの121回のタイトルをずらっと眺めてみました。
自画自賛ですみませんが、よくここまで書いたものだと感心します。
でも、眺めていてもなかなか新しいネタが湧いてきません。
主なところはお話し尽くしたかもしれません。

CBBとは別に、音の構成の解析をやりまして、The Long and Winding Roadのベースパートを編曲する大きな仕事が残っています。
それはそれとして...。

では今日は技術の発達と楽器の関係を考えてみましょう。
私は一時期半導体向けの材料の開発に従事してきました。
PCや携帯などがここまで発展していることに一役買ったと自負しています。
でもそうしたエレクトロニクス製品の最新版を追うことに感心がないのです(材料屋としてウォッチすることは別)。
もう少し正確に言いますと、自分のやりたいことを成し遂げるためのPCの最低限の活用は進んでやるけど、最新の流行の道具や装置には興味なしです。
ただ、そのことが全く新しい価値観をもたらすなら別ですけどね。

音楽、とりわけバンドにまつわるエレクトロニクスもずいぶん進歩しました。
ただし1点だけ大昔(1940年代、50年代)から全く変わらない装置があります。
はい、ギターやベースのピックアップです。
古典電磁気学を利用したこの装置。全く変わりません。
極端な話、大昔のギターやベースがそのまま使えるのです。

他の技術もあるはずなのにな。
例えば、圧電素子とか、位置センサー、レーザーで弦の振動を検知するとか。
もっと言うと、弦はなくてもいい。
右手と左手の位置とタッチだけで音に変換することだって可能のはずだ。

でもやっぱり昔と同じ楽器がいい。
ボーカルも楽器も基本は変わらない。だから時代を超えた音楽が楽しめるのでしょうね。
でも、音楽を解析してそれを作曲にフィードバックするくらいはやってもいいかも、ですね。

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あいさつについて

こんばんは。
今日は日中は少しは暖かかったですね。
でも、まだまだ。

あいさつについて興味深い記事を読みましたので、私も書いてみたくなりました。
あいさつはとても大事なことは言うまでもありませんし、私などは体育会系人間ですので、あいさつのない生活など考えられません。

あいさつは大事ではないと思っている人はほとんどいないでしょう。
いたとしてもほとんど浮世離れした人でしょう。
問題は、大事だと思っていながらあいさつをしない人、あるいは自分から先にあいさつをしない人にどう向き合うか、です。

ちょっと私の体験談をお話ししましょう。
30ちょっと過ぎた頃、会社の上司であいさつをあまりしないか、したとしても返事だけ、という感じの悪い人がいました。
その人は端から見ると感じ悪いのですが、話してみると結構おもしろくそんなに悪い人でもなく感じられます。でも結構曲者です。

ある時、話の流れでその上司がこんなことを言いました。
「あいつはあいさつしないんだよな」「あの野郎はあいさつを知らないんだよな」...
耳を疑いました。
この人はそんなことを言う資格があるのだろうか、と。
それ以前にそういう発想になること自体が驚きでした。

あまりに驚いたので、「なぜそうお考えなのですか?」という直接的な質問はできませんでした。
いろいろ話して受けた感じとしては、自分本位というよりも考え方の違いを感じました。
想像ですが、その人の考え方は次の通りです。
少なくとも目下の人間は自分からあいさつすべきである。それを受ける目上の人間は返事をしてもしなくてもいい。場合次第。
目上の人に対しては基本はこちらからあいさつするが、シチェーションや相手の人格などによりあいさつしない場合もありうる。
自分(その人のこと)は尊敬を受ける対象だから、基本は向こうからあいさつしてくるべきである。

私などはいかなる場合も、そしていかなる相手に対してもこちらから声高らかにあいさつします。
でも、そう思わない人もいる。あいさつはTPOだと。あいさつは力関係のバロメーターだと。
一理はあると思いました。
だから、あいさつが十分でないからと言って必ずしも「悪人」と決め付けるのもどうかな、と最近は思うのであります。

もう一つの体験談は、
私が40くらいで相手は少し若い人。
あいさつとか礼儀正しい受け答えが苦手で、端から見ると感じ悪いのですが、その割には友人の多い奴がいました。
その奴に対しては私はわりとダイレクトに質問したりしてました。
例えば「君は何であいさつをしないんだ?」とか。
すると奴は「**さん(私のこと)はなんでいつもそんなことばかり言っているのですか?」というやや嘲笑した言い方で応酬します。
そんなわけでお互いになかなか打ち解けなかったのですが、ある飲み会の席かなんかで趣味の話になり、その奴に具体的に質問したりしました。
すると後でわかったことですが、そいつは私がそういうことを話してくれてうれしかったことを人づてに聞きました。

想像するに、彼の場合は画一的なことで判断されるのがいやだった。自分が育った際に嫌な体験があるのかもしれません。
心のこもらないあいさつよりは、あいさつはなくても心が通じているほうがいい、と考えていたようでした。

この二つの例であいさつをしない人全体の結論を言うのは乱暴ですが、
少なくとも、あいさつをしない人にはそれなりの理屈はあるのかな、と思いました。

あいさつをしない人を排除するのか、あるいはその人なりの理屈を尊重してその人のよさを引き出すのか、それは自由です。
ただ、仕事上の管理者とか親とか教師などは、あいさつをしない奥にあるものに耳を傾ける義務があると思います。

あいさつというのはつくづく「表門」だと思いました。
表門を問題なく受け入れない人、あるいはどうしても受け入れられない人がいるのだな、と思いました。

表門を閉ざしている人に無理やりこじ開けて入るのもいけないし、また無理やり黒船のように表門をかざすのもいけないと思います。
そして一方では、より多くの人が表門を素直に開けられような教育や社会が必要なことは言うまでもありません。

あいさつの問題は社会の縮図なのだとつくづく思いました。

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絶対に正しいことはない。

こんばんは。
ニッポン列島凍えてます。
皆さまは大丈夫でしょうか?

数日前にuriboさんのブログで、現実か、夢遊病か、夢か、という内容の記事がありまして、コメントのところでuriboさんは「この世に絶対に正しいものはない。例えば、『この色は赤だ』と言ってみたところで、皆勝手に『赤』と思い込んでいるだけで誰もそれが赤だと証明できない。」というおもしろいことを書かれていました。
科学の本質に迫る大変興味深いコメントだと思いましたので、今日はそのことを記事にしてみます。

この話は2つの点で大変意味のある話と考えます。

まず1点目は色の認識について考えてみましょう。
光は波の性質も持っており、その波長には幅があり、波長の違いが色として認識されます。
可視光(人間の目に見える範囲の光)では、一番波長の短い色は紫で、その波長は約400ナノメートル(1ナノメートルは百万分の1ミリ)。
一番波長の長い色は赤で、約700ナノメートルです。

目に入った光は、奥の網膜で波長を検知し、脳の回路をいろいろ経て解析・変換され、最終的には視覚野で色を認識します(注;一部間違っているかもしれませんが、大体こういう流れです)。
まず、網膜で波長を検知する段階では皆基本は同じだと思います。そのメカニズムは同じだからです。
個人差によってどの色の感度が比較的大きいとか小さいというような差は現れるかもしれませんが、500ナノメートルの光をある人は400に、ある人は700に感じるなどということはまずありません。

問題は脳の中での解析・変換です。
脳の中で起っていることは最近かなりわかってきましたが、それでも色をどう解析・変換するのかなどの具体的に何をやっているかほとんどわかっていません。
そして、人によりやり方が違うのかどうかもわかっていません。わからない以上、違う可能性はある、と見ておくべきでしょう。

網膜で検出された「色」の信号は、その後脳の中でどう解析・変換されるのかは、少なくとも後天的に形成されていくようです。
生まれつき(あるいはかなりな幼少期に失明した)目の不自由なある人が、大人になってから手術を受け目が見えるようになったのですが、脳はなかなかそれを解析・変換できず、しばらくは情報が多すぎて(というか御しきれず)、物が見えている状態とは程遠かった、とのことです。

色に限らず五感から入る情報を脳で解析・変換する回路およびそれを動かすソフトウェアの形成は後天的であり、かつ個性的ではないかと思います。
ちょうど、脳自体をハコモノとしてのPCに喩えるなら、脳のどのセクターを使い、どんなソフトで色やその他の情報を解析・変換するのか、と似ていると思います。

最終的には、ほとんどの人が、赤は「赤」、黒は「黒」、緑は「緑」として一対一に対応し認識することができ、他人との間で同じ色としての共通認識ができます。
しかし、最終認識に至る経路とメカニズムが違う可能性があるので、他人とは別の色に感じている可能性はあると思います。
例えば、「緑は新緑の癒されるあの緑、赤は燃え滾るあの情熱的な赤だよね?」と言えば、別の人が「そうだね」とは言うものの、その人は赤い色を緑に感じ、緑を赤く感じているかもしれません。
もし、他人の脳を移植することができたとして、その人が別の色認識メカニズムを持っていたなら、移植後に違う色が認識されることでしょう。

もう1点目は「絶対的に正しいことは存在するか?」について考えてみましょう。
この問いに関してはほとんどの人が「Yes」と思っていることでしょう。
例えば仮に、2012年2月20日正午ちょうどに富士山が噴火したとします。
この"事実"は肉眼で、あるいはTVなどを通じて広く日本国民の知ることとなります。
そして「絶対的に正しいできごと」としてほとんどの日本人の認めるところになります。

しかしです。時間軸をぐっと引き伸ばしてみます。
ではその噴火は12時0分0000秒なのか、12時0分0001秒なのか?という問いに関してはかなり認識がバラバラになるはずです。
時計の正確さの問題ではありません。仮に皆がものすごい正確な時計を持っていたとしてもです。

仮に、富士山の現場に置いてある時計が12時0分0000秒を指した時に噴火したなら、現場にいた人は当然、「12時0分0000秒に噴火した」と認識します。
しかし、例えば300km離れた茨城の人は、富士山の噴火を知るのは自分の時計が12時0分0001秒を指した時です。光が300kmを進むのに0.001秒かかるからです。
あるいは、茨城の人から富士山に置いてある時計が見えるとしたら、噴火を知る瞬間は富士山の時計は12時0分0000秒を指して見えます。
えっ? 一体富士山が噴火したのは12時0分0000秒? それとも12時0分0001秒?
どっちでもあるのです。つまり、「絶対的に正しい一つのこと」はないのです。
ならば、TV中継はどうだ?と言う方がいそうです。
でもこれも同じことです。富士山から撮影カメラまで、カメラから電波や有線を通り基地局まで、基地局から各家庭まで、家庭のTVから視聴者まで、のような経路を光が通るのに時間がかかります。

そうです、これが相対性理論なのです。
この世に存在する全ての物(物体、空間、時間)は絶対的なものが何一つなく、互いに相対的にしか知ることはできない。
あの現象は「私にとっての・・・」「あなたにとっての・・・」でしかなく、唯一無二の絶対的なものはありません。
なぜなら、光はこの世で最も速く、そしてどんな場合でも一定の速さだから。
そしてだからこそ、ニュートリノが光より速いと厄介なことになるのです。

以上です。
現実か夢遊病か夢かの区別はまたちょっと違う話ですけどね。
上記したような厳密な話ではなくて、「99%の人が同じ理解をしている」というのは一杯あります。
でもこれとて「絶対に・・・」と証明するのは難しいでしょう。

どうですか?
溜飲が下がりませんか?

Science & Technology Rocker

テーマ : 自然科学
ジャンル : 学問・文化・芸術

散文調ではありますが・・・

おはようございます。
いやー、寒いですね。
つくばの方が千葉より冷え込みが強いのに千葉の方が寒く感じられます。
理由はマンションと一軒家の違いです。
日本の家屋は寒いですね。ガイジンが住んだらびっくりするでしょう。

天皇陛下の心臓冠動脈のバイパス手術成功してよかったです。
早くお元気になっていただきたいです。
私の父も数年前同じ手術を受けました。
ただし天皇陛下と違うところは、胸膜裏の動脈の血流の勢いが十分でなかったためバイパスには使えず、脚の血管を取り出して大動脈からつなぐという方法を採りました。

さて、問題山積の我が国でありまして、一人ひとりが「何か」をやり始めないといけないと思います。
私はこのブログで、問題解決の基本的アプローチのアイデアをいくつか挙げまして、大体全てを言い尽くしたと思っています。
今の日本の問題は複合的に起きていますので、解決法も何通りもあります。
全てを一気にどーんとやるのは不可能で、優先順位とか段取りを司るリーダーシップが必要です。
また、国民一人ひとりが意識をもって全体で考えることも必要でしょう。

つまり私として、基本的提言から実行への段階に来ているので、一体何から始めるべきか、を考えなくてはいけません。
昨夜サウナの中で、今日の記事の構成を思いつくまではサウナを出てはいけない、というにわかルールを作りまして、必死で考えました(恐ろしいルールですね(笑))。
そして、散文調ではありますが、次のようなことを考えました。

まず考えたことは、全体を一気に解決するのは難しいから一つひとつやっていこうとは言っても、その一つひとつだけではえらい脆弱だな、だから何か全体に共通に影響するものはないのかな、ということ。
日本経済の回復の方法を一言で言うと、税収を増やし、歳出を減らし、無駄を省き、予算管理を強化し、産業を育成し、エネルギー戦略を持ち、貯金の活性化を図り、消費を増大させ、GDPを上げ・・・のように、かくも複合的であります。
解決の方法を個別に言うと、消費税を上げる、議員定数を減らす、新しい技術に投資する、既得権益を解き、・・・などという様々なphase(次元)の違う対策が考えられています。
一つひとつは何らかの効果をもたらしますが、単独ではあまりにも脆弱であり、全体を統合整理する戦術が不可欠であると思います。

そこで暑いサウナで考えましたことは、
全体の統合整理こそが「政治」なのでありますが、我が国日本ではこんな複雑な状況に明確なベクトルを引く強いリーダーシップが現れるでしょうか?
考え方を示す人は現れるでしょう。でも全ての国民を説得することができるでしょうか? それは多いに疑問です。
現状維持を訴える様々な既得権益の抵抗も現れるでしょう。
そして日本はリーダシップにおいては後進国でして、個性の強いリーダーを嫌うか好くかの両極端のような現象が置きがちで、政策をよく理解吟味しながらリーダーを支持するような段階にはなっていないと考えざるを得ません。

そこでさらにサウナで考えたのは、
今のところリーダーシップよりも外国との交流の方が効果的なのではないか、と。
まだまだ日本は鎖国的でありますので、外国人をもっと受け入れ、もっと外国に行く。
日本人は外国のよいところは謙虚に取り入れますし能力も高いので、外国の習慣が理解できれば、何事においても外国に負けない競争力をつけると思います。
ガラパゴスをグローバルスタンダードにする、と言ってもいいでしょう。

もう一つ。
このブログでも数回取り上げさせていただきましたが、政策研究大学院大学の田中秀明先生の主張される「財政の管理と収支の強い相関関係」です。
つまり、管理を強化し透明にすることと財政収支のよさには強い相関があるというものです。
この研究結果は注目に値すると思います。
管理強化によりまずはプライマリーバランスまで持っていく。
これができれば弾みがつきます。
早速、検討に値すると思います。

昨日考え得たのはここまでした。

あと、話は若干脱線しますが、人間関係をよくするために最近2つのことを痛切に感じています。
一つは他人を減点主義で量らないこと。
人には全てポジティブな言葉で語りかけること。
人がすごいなと思ったら、余計な計算はせずに「素晴らしい」と素直に言うこと。
言うほうも言われた方も必ずよい結果をもたらします。

もう一つは、たとえどんな相手でも何か一つは、いやできれば5つよいところを挙げてみる。
相手の言うことの一つはやってみる。
自分の信念は変えない範囲でそのくらいの気持ちをもってすると、相手にも少しは通じるものがあります。
普段からいろんなことに感心を持ちアンテナを広げておけば、いざという時に心の余裕ができ、「負けるが勝ち」という穏やかな心境になれると思います。

テーマ : 思うこと
ジャンル : その他

単身赴任報告 Part 7

こんばんは。

今朝外に出てみたら真っ白だったのでびっくりしました。
夜に雪が降ったのです。
でも車の運転には支障がありませんでした。

最初に車でつくばに来た時、広い道路で、左折専用レーンであることに気付かず、交差点の直前に右のレーンに割り込む形になってしまい、ハザードランプチカチカでお詫びしたものの、後ろの車からハデにクラクションを鳴らされてしまいました。
だからこの土地柄はおっかないと思っていましたら、あの後クラクションを聴いたことがほとんどありません。
あの車が例外だったようです。

車は大体は整然と走っており、多少の割り込みがあってもクラクションやパッシングをする人は見かけません。
割り込まれると一瞬はむっとしますけど、到着時間が変るわけでもなし、いちいち目くじらを立てるのもエネルギーの無駄でしょう。
だからこちらの人は鷹揚なのかもしれません。

こちら茨城南部はお国訛りがあります。
私はこの訛りは人情味を感じられて好きです。
整然と走るあの道路状況はどこかクールなものを感じさせるのですが、茨城の方々は優しくて情が深いと思います。
思いやりがあってのあの道路状況なのでしょうね。

先日本社に行く時につくばエクスプレスの車内で、都内にさしかかる頃、「足の開き方が悪い」などと隣同士でいがみ合っている声が聴こえてきました。
人に対してはマナーを心がける、人の行いには多少の余裕をもって受け入れる、ということが大事ではないでしょうか?
でもそれにしても、つくばエクスプレスはいい方だとしても、座席はもう少し余裕がほしいですし、インフラとしての通勤網の整備は必要だと思います。

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

光より速い粒子・・・検証進む

こんばんは。
飲みに行ったりしない日の晩ごはんは玄米が中心です。
玄米は米を育てるのに必要な栄養素を全て持っているので、一つの完全食ではないでしょうか。
事実、玄米を食べるとおかずがあまり要りません。
太らないしちょうどいいですよ。

今日は早く帰れたので、Eテレの「サイエンスZERO」を観ました。とてもよい科学番組です。
今日のテーマは例の「光より速いニュートリノの観測結果の検証」でした。

昨年9月、世の中を驚愕させたイタリアの国際研究チームによるニュートリノの速度の観測結果。
もし正しいとすると物理学の根底を覆しますからね。

様々な反論や疑問が浴びせられる中、検証は着々と行われています。
今のところ、結果は覆ってはいませんが、いくつかの課題は出てきています。
また、新しい理論も現れています。

番組ではそのへんを要領よく解説していました。
簡単に紹介いたします。

実験は基本的に、スイスから山中の地下を通って730km先のイタリアまでの行程をニュートリノが走った時間を測ったところ、光より1億分の6秒速かったとのことです。
いろんな角度から再現性実験を行っていますが、ほぼ再現されているそうです。

この測定のきっかけは、博士を取り立てのスイスのベルン大学の若い女性の研究者に、教授が「こんなことやってみたら」という軽い示唆だったとのことです。
そもそもニュートリノにまつわる研究は、その振動を解析することにより、何故この世は反物質よりも物質が圧倒的主であるかの謎を解くことが主たる目的になっています。
(宇宙の始まりであるビッグバンの直後は、物質と反物質(例えば正の電荷をもつ電子)が同量存在していたはずですが、何故か現在は物質がほとんどになっています。)

これまでの常識ではニュートリノの速さは光速と同じに決まってますから、そもそもニュートリノの速さを実測しようなんて人はいなかったのです。
だから奇遇のきっかけだったわけです。

今日の番組では興味深い3つのことを挙げていました。
一つは、今回のニュートリノの速さの測定は光と一緒に「ヨーイドン」でやったのではなく、ニュートリノだけでやって光速の数値と比較しているので、何らかの疑問はぬぐえないというもの。
ニュートリノの測定はノイズなしの地下でしかできない、でも光は地下は通れない、ということで仕方ないことではあります。

次の点は、小柴先生がカミオカンデでとらまえた1987Aという超新星爆発から飛来したニュートリノは、光と同時に届いたこと。
もしイタリアの結果が正しいなら、ニュートリノの方が4年先に届かなくてはいけない。
この矛盾をどう説明するかです。

三点目は斬新な理論です。
この世の空間は「ブレーン・ワールド」と称されるようにうねうね曲がってくねって存在している。
光はそのくねった空間に沿って進むが、ニュートリノは突き抜けてショートカットで進むことができる、と。
つまり、速さは同じなのだが、経路が違うというのです。
この理論なら相対性理論を否定しなくてよいとのことです。

これらのやりとりをかのアインシュタインはお星様からどのような気持ちで眺めていることでしょうね。

テーマ : 自然科学
ジャンル : 学問・文化・芸術

学問の融合

こんばんは。
寒いながらも湿り気が少し増し、春にほんの少し近づいた気もします。

先日の「20のやりたいこと」の中に「学問の融合」ということを書きました。
どういうことなのか少し書かせていただきます。

異種の学問を融合・合体させることを意味しますので、これ自体は格別に目新しいことではありません。
私が考えていますのは、国力回復のための新しい提言の一つとして「学問の融合」を検討することと、シンクタンクの1部門としてもこれを研究することを計画しています。
そのためには、かつてなかった異種の学問の組み合わせを融合する必要があると考えています。

理科系の学問同士、あるいは文科系の学問同士ではこれまでにも実際に学問が融合した例が既にあります。
例えば、化学と装置工学が融合した化学工学、生物学と物理学が融合した生物物理学、社会学と心理学が融合した社会心理学です。
これらは、社会の発展とともに自然な形でニーズに応じて融合し、人々の役に立ってきたと思います。

私が考える「融合」は、国の力を増すための新しい土台にしようとするのですから、ほかではあまり考えていない、あるいは普段なかなか考え付かない融合、かつ効果的で戦略的な融合です。

ではご紹介しましょう。
いきなり結論を言う前に、まずは考え方の枠組みから。

本記事で言う「学問」とは基礎学問だけでなく「実学」も含みます。ですから本当は「体系学」と呼ぶべきかもしれませんが、便宜上「学問」と言うことにします。

私の考えでは、効果的な学問とは、論証のプロセスがはっきりしており、その方法論として、定性的な見方・判断だけでなく必ず定量的な見方・判断を含むことです。
そして、仮説の組み立て→実証→結論→体系化、というステップを踏みます。
ここでは詳しい説明は省略いたしますが、要するに科学や工学においては当たり前に行われているやり方です。

私の考えでは、こうしたやり方は本当は文科系の学問にも当てはめるべきではないか、ということです。
政治学、経済学、社会学、心理学、文学、音楽...という文科系の学問は、これまでどちらかというと定性的な見方と議論が盛んでした。
重要な提言がいくつも成されてきて今日に至っているわけであり、当然私達はその結果を享受はしています。

でも、化学や工学で採用してきた論証および定性的取り扱いは、これら文科系の学問では不十分でした。
そして私は、このブログを始めてから、試みに、政治学、経済学、音楽、心理学に論証および定性的取り扱いを組み入れたところ、かなりな斬新な効果をもたらしうる感触を得ました。

実は野口悠紀雄先生が提唱された「金融工学」は私が申しているのと同じ発想かもしれません。

私が当ブログを通じて特に研究したのは、ビートルズの解析と最近の「精神工学」です。
安定成長社会を脱し低成長ないしはジリ貧社会になりますと、国や企業やいろいんな集団の目指すベクトルがばらばらになり、人々はディベートに走り、減点主義が横行する。
そして不必要な精神的不健康の被害が増大し、ひいてはその集団や企業や国の成長力が衰える。
そこで、精神的人為的作用を解析し、正のエネルギーを生むための「工学」を考える。それが精神工学です。私の造語です。

ビートルズの解析は国力の増大には直接は結びつかないかもしれませんが、例えば技術者が音楽を楽しむ方法を提供したり、新しい音楽の発展の仕方を提唱したりなどのポテンシャルな効果が期待できます。

その他、歴史の過ちを繰り返さないことや、歴史のよいところを今に役立てるような「歴史工学」、国語の力を対人力、対企業力、外交力に応用するような戦略なども考えています。
いかがでしょうか?

テーマ : その他
ジャンル : その他

読書の勧め

前々回記事での「20のやりたいこと」の中に読書を入れるかどうか迷いました。
読書はその昔は貪るように読んでおり、今でも多くの時間を読書に費やしています。
これからも続けようと思いますが、読書はごはんを食べるようなもので、日常不可欠のことですので、敢えて挙げませんでした。

30代の頃は、本を買ったり図書館で借りたりで、週に20冊くらいのペース、1年で1,000冊近く本を読んでいました。
(全てを精読するわけではなく、中には序章だけ読んでやめなんてのもありましたが・・・)
あの時に読んだ本の数々が、今あらゆることを考えるにあたっての血となり肉となっていることを自覚できます。

1980年代、90年代にはアメリカ式独創教育が(必要以上に)尊ばれた時期がありました。
日本のような詰め込み教育はいかん、というわけです。
しかしこの考えはその後軌道修正され、「独創はまず模倣から」という考えが日本で主流になりつつあります。
その通りだと思います。
徹底した模倣なしに独創的なことを考えるのはほぼ不可能です。
もちろん独創教育は必要ですが、模倣を押しのけてまでも独創を優先する必要はないと考えます。

読書によりもたらされる効果とは、新しい知識を吸収することの他に、著者の「考える軸」を学ぶことです。
魅力ある「もの書き」(つまり著述業)とは、新しい考える軸、すなわち「体系」、を創造することです。
その体系が世の中に与えるインパクトの大きさと斬新さが読者に興奮をもたらすのです。

なるべく多くの、しかも違う種類の、著者を選び、いろんな体系と知識を吸収し、自分に取り込んで行きます。
最初はアップアップしながら、そして時に拒絶しながらも、次第に自分のやり方を確立し吸収していく。
そしてある時、自分なりの体系が芽生えていくのを自覚できるのです。

あと、「丸ごと吸収する」というのも大事です。
エスキモーはアザラシを丸ごと食べる。
モンゴルの草原の人は山羊を丸ごと食べる。
新聞を丸ごと読む。
人を丸ごと愛す。
丸ごと吸収することにより、「いいとこ取り」でなく、その人(もの)の存在意義がわかるのです。

だから著述家(あるいは作家)の本は全部読むのがよいと思います。
20代、30代の人はまずは貪欲に吸収の時期だと思います。
50代は発信の時期だと考えています。

テーマ : 思うこと
ジャンル : その他

Coffee Break Beatles No.121 「これぞ我がロック'ン'ルーツ」

こんばんは。
みなさまは今日はよいバレンタインデーを過ごされましたでしょうか?

私のロック音楽への興味としましては、つい最近までは超ハイトーンを狙うことでして、
具体的にはポール・マッカートニーの声域、さらにはロバート・プラントの声域を狙ってきました。
音楽的には自分の年齢には自覚が全くなく、まるで10代や20代の方々と同じ興味だったと思います。

ところが最近、カラオケバーなどで仲間と楽しむ機会が増えましたのと、
演歌のよさがわかるようになったりしまして、
年相応の40代、50代的な低音で歌うことの楽しさも覚え、そしてそれが結構ウけたりするもんですから、
本人も気をよくして、そっちの路線も開拓しているわけです。

特に、カナダからの手紙の平尾さんのパートを覚えてから、その系統のハモりの魅力にとりつかれました。

先日、演歌のデュエット曲のベスト16というのをTSUTAYAで借りました。
するとほとんどはハモりはなしで、男女が交互に歌うのや、一緒に歌うとしてもオクターヴがほとんどでした。
唯一「アマン」という曲が瞬間的にハモりましたが、女性の方が難しいパートです。
そうか、演歌というのはハモる習慣がないのかも、ですね。

ハモりとなるとやはり歌謡曲ですかね。
洋楽ではデュエットハモりが一杯ありそうでして、カーペンターズはよい例です。ただ、ちょっと難しいですけどね。
日本の歌謡曲でデュエットものでハモりのあるのを探してみましょう。
デュエットではないですが、「ダンシングオールナイト」もハモるにはいいです。

さてさて、ビートルズの話をしなくては。
ビートルズがEMIとして正式デビューする前に、トニー・シェリダンという歌手と一緒に活動していました。
下記のYouTubeは"Cry For a Shadow"というインストュルメンタルナンバーです。1961年6月の録音です。
だからトニーは歌っていません。
リンゴが入る前のピート・ベストがドラマーです。
この曲はジョンとジョージの共作という珍しいものです。

http://www.youtube.com/watch?v=l9FacSNRBHk

皆さんに質問ですが、この曲をカッコいいと思いますか?
私はとてもカッコいいと思います。
最初にこの曲を聴いた10代の時と同じ躍動感を覚えます。

私より1回り上の世代はよく1950年代の音楽(例えばポール・アンカ)を好まれる方がいますが、私は50年代はちょっとだけ古臭く思ってしまいます。
同様に若い方々はCry For a Shadowを古臭く感じるのでしょうか? それとも??

Cry For a Shadowは(私に言わせれば)斬新なサウンドが聴けます。
このサウンドが私のロック魂のルーツかもしれません。
皆さんのルーツは何でしょうか?

テーマ : ロック
ジャンル : 音楽

20のやりたいこと(大前研一氏への挑戦)

こんばんは。
もう寝ようと思いましたが、今日ずっと考えていたことがあり、どうしても書きしたためたくなりました。
大学の先輩であり、起業家であり、技術者であり、政治研究家である(要するにオールマイティ)大前研一氏が主宰する起業家養成塾「アタッカーズビジネススクール」で氏が生徒(といってもいい歳の人たち)に問うある質問があります。
定年後はかなり長い時間があるのだから、やりたいことが20ないとだめだ、挙げてみなさい、と。
すると生徒は1つや2つは挙げるのだが、まだ20挙げた人は一人もいないそうです。

やりたいことは、インドアとアウトドアが半々くらいあるとよい。
しかも、一人でできることと他人と一緒にやることを切り分けられればなおよい、と。

ならば俺が挙げてみせる!と思いたったわけです。
さあどうなるか。
ではチャレンジです。

<インドアで一人>
・楽器演奏(ピアノ、ギター、ベース)
・もの書き(政治経済評論、科学エッセイ等)
・音楽解析~新しい音楽領域の確立
・新しい学問の創出(異種学問の融合、”アクシスデザイン”、”精神工学”)
・ウェイトトレーニング
・料理

<アウトドアで一人>
・冒険(半島横断シリーズ等)
・ウォーキング
・自転車
・畑

<インドアで人と一緒>
・音楽博士提出
・バンド
・シンクタンク設立
・メンタルヘルスカウンセリング
・トレーニングジム仲間での交流(飲み会、カラオケ等)
・日本の要素技術発掘
・技術者の楽しみ講座の主宰

<アウトドアで人と一緒>
・ロッククライミング~ヨーロッパアルプス
・アウトドアキャンプ
・シーカヤック

どうだ、大前さん!

テーマ : 暮らし・生活
ジャンル : ライフ

アメリカの経常収支

こんにちは。
本当にいつまでも寒いですね。
今年は毎日がしっかり寒くて、例年のような時々かなり暖かい日があるようなことがありません。

さて、日本の累積財政赤字を解決すること、まずは最低プライマリーバランスまで持っていくべきことは急務です。
そして、これまでずっと黒字であった貿易収支は去年赤字に転落しました。
これが一過性のものなのか、上位概念である経常収支までも赤字となってアメリカのような双子の赤字状態にまで転落するのかが気がかりです。

今日は経常収支、とりわけアメリカの経常収支について考えてみましょう。

国力の指標としては主に、財政収支と経常収支の2つが挙げられると思います。
財政収支は言うまでもなく、国債の乱発による累積赤字が大問題となっています。
欧米の主要国は、日本ほどの累積赤字ではありませんが、単年では最近は赤字になることが多いです。

一方、経常収支というのは国と国との間の経済活動の所産によるお金のプラスマイナスのことです。
経常収支は貿易収支、サービス収支、所得収支、経常移転収支からなります。
主には貿易収支でして、輸出が輸入を上回れば貿易収支は黒になります。

サービス収支とは国境を越えた(居住者と非居住者の間の)サービスの取引についてです。サービスとは、輸送、旅行、通信、建設、保険、金融、情報(コンピュータ・データサービス、ニュースサービス等)、特許権使用料、その他営利業務、文化・興行、公的その他サービスです。
所得収支とは国境を越えた雇用者報酬(外国への出稼ぎによる報酬の受取等)および投資収益(海外投資による利子・配当金収入等)の支払いです。
経常移転収支とは政府間の無償資金援助、国際機関への拠出金など、資産の一方的支払いを計上する。出稼ぎ外国人の母国への送金。海外留学生への仕送り等です。
(サービス収支、所得収支、経常移転収支の説明の部分はウィキペディア(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E5%8F%8E%E6%94%AF%E7%B5%B1%E8%A8%88)から引用させていただきました。)

日本は、主に企業の力により、工業製品の質の高さから外国に対し相対的に強い経済力を示してきました。
ですから、少なくともこれまでは日本の経済力そのものは強いけど、政府の事業のあり方と予実算の管理がよくなかったと言えるでしょう。
財政の改革は急務、経済力も?が付いてきたのでこちらも安閑とはしていられない、という状況です。

ところで経常収支。
最近では韓国は黒字、ドイツも黒字、フランスは赤字です。
そしてかの国アメリカは赤字なのです。
2010で約4.7億ドルと他主要国よりかなり大きくなっています。
アメリカは財政も赤字です(ただし累積は日本ほどひどくない)。

あの未だに強くて豊かな暮らしをしているアメリカの経常収支が赤字なのです! 信じられますか?
平たく言いますと、アメリカ国内の経済活動が、国内で調達ないし作り出したお金だけでは賄いきれない、ということです。
つまり、外国がアメリカに対し投資している、アメリカにお金が流れ込んでいるのです。
それはひとえに、ドルという通貨のもつ未だに圧倒的な信頼感から、と言われています。

政治も外交も軍事も、なんだかんだ言って未だに強いアメリカ。
ノーベル賞や特許や発明・発見も未だに多いアメリカ。
未だに自動車大国であるアメリカ。
そしてスティーブ・ジョブズ氏を象徴とするアメリカンドリーム的凄腕経営者とそこからもらたらされる革新的な製品が未だに強いアメリカ。
そしてITやコンピューターが未だに強いアメリカ。

そんな数々の強さを未だに多く持っているアメリカが、もはやお金的には自立できない。
私もたまにアメリカの一般のお宅にお邪魔しますが、いまだにその生活は豊かです。
プール付家、大きな自動車3台、ホットタブ、外食などです。
そうした豊かな生活は海外からの投資で支えられているのですね。驚くべきことです。

でも、よくよく考えてみますと、一部のIT以外のアメリカの製造業は凋落したとは時々言われてはいました。
素材とか石油化学とかの一般の工業製品はめっきり競争力をなくしたのではないでしょうか。
そういえば、私が知っている大企業のマネジャーたちは、日本以上に上司に気に入られたいような根回しの達人ばかりでした。
社内の説得やプレゼンはやたら上手いけど、リスクテイクや実のある話は進んでしないような輩(やから)たちです。
ジョブスのような革新的人物は少数派なのでしょうね。

それと、雇用の問題があると思います。
日本と同じく、ワーキングプア層が拡大していると思います。
一部CEOはとんでもない高額の収入、そして低収入層の拡大だと思います。

アメリカと日本の共通点は多いと思います。
だから、日本もアメリカ同様、経常収支赤字化へ進む可能性は十分にあると思います。

アメリカの場合、ドルという信頼性の高い通貨に支えられた資金の流入の有利さがまずあります。
しかしこれも未来永劫にあるわけではないでしょう。

そこでアメリカは2つの戦略を持っていると思います。
一つは経済活動のボーダーレス化。
既に始まってはいます。
でも規制をより取っ払って海外での活動をより容易にする。TPPがその一つですね。
例えば、アメリカ企業が外国での所得をより上げれば経常収支は黒へ向かうわけです。

もう一つはエネルギー戦略だと思います。
最近何度も申し上げていますように、アメリカはシェールガスの開発に成功し、まもなくエネルギー自立国になろうとしています。
これはいろんな意味で大変有利なことですね。

日本は絶対的優位な通貨も資源も(今のところ)ないので、独自の戦略を持つ必要があると思います。

以上のように、我が国の経済も、アメリカの経済も、そしていろんな国の経済も、面と向かって押し寄せる事柄のみに対峙するだけでなく、俯瞰(上から客観的に観察)する必要があると思います。

テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

単身赴任報告 Part 6

みなさまこんばんは。
また千葉に戻ってきました。

つくばから2時間ですね。
今日はA Hard Day's NightのCDを全部聴き、後はカシオペアとカーペンターズです。
1曲だけ飛ばしてしまいました。Can't Buy Me Loveです。
面白半分さんも以前おっしゃっていたように、なんか暗いんです。

80km弱、下の道を走ります。
最初はつくばナンバー地域。
次いで土浦→柏→習志野→千葉と目まぐるしく各ナンバー地域を通過して行きます。
ご当地ナンバー制度ができてから狭い地域に特定ナンバーが存在したりして変な感じです。

千葉ナンバー地域の真ん中に成田ナンバーができて、全然違う場所の千葉市と銚子が千葉ナンバーです。
房総半島は、袖ヶ浦という一般には知名度の低い市(割と最近までは町だった)のナンバーがついているのも変です。(陸運事務所が袖ヶ浦にあるので仕方ないかもしれないですが)。

このつくば⇔千葉のルートは昔、利根川を基点とした交易ルートであったようです。
特に木下(きおろし)街道などは昔交易で賑わったようです。
数年前に船橋の海岸から利根川まで歩いたことがありました。
利根川に近づくと筑波山が見えて感動しました。

それと、あまり知られていないのですが、関東平野も少し内陸に行くと朝晩の気温がぐっと下がります。
千葉県でも成田とか、房総半島の内陸である牛久などは-5℃を下回るのも珍しくありません。
私が子供の頃育ったさいたま市なども、今でこそ都市化の影響でそれほど冷え込まなくなりましたが、昔は-5℃以下は珍しくなく、朝起きたり登校は大変でした。
ひとことで関東平野といってもどんどん表情を変えていくんです。

こうやって生活の場に変化ができると楽しいし、どんどん若返る気がします。
最近は40代前半に見える、とよく言われます(笑)

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

自分のレールは自分で敷く(昨日の補足)

みなさまこんばんは。
またまた寒くなりました。
気を付けましょう。

昨日は房総半島を酷暑のもと横断した冒険記を紹介しました。
結構強い文章でして、あたかも私がいつも強靭な精神と計画性の持ち主のように思われるかもしれませんが、そんなことはありません。
少し若い頃の話をしましょう。

私は30歳くらいまでは、ひ弱でひょろっとし、体力もないし、学校の成績は多少よかったけど、世の中を渡るには弱い人間でした。
いろんな場面で自分のたくましさのなさを実感し、本当に死にたいと思うことがたまにありました。
他人が敷いてくれたレールに乗っかっていくことはできても、自分でレールを敷くことができなかったのです。
お金かけて進学教室に通わせれば将来一流企業で偉くなるなんて考えてた親でしたので、全然鍛えられていなかったんです。

「これでは生きていけない」と真剣に考えましたし、ひ弱な割にはすごい負けず嫌いだったため、30を少し過ぎた頃に次のように考えました。
心、技、体の各領域で、せいぜい10人に一人くらいしかできないようなすごいことを成し遂げてやろう、と。
そこで考えたのが、フルマラソンを走る、博士を取る、主な楽器をマスターしてビートルズの全曲を歌い演奏できるようにする、という3点でした。

今から思うとバカな計画なのですが、当時はこれらを成し遂げられれば強く生きられるだろう、と真剣に思いました。
そして30代はものすごい努力でした。
生まれて初めて自分で敷いたレールですから、しんどくても苦にはなりませんでした。
昨日も書きましたように、物事真剣に「やろう」と決心した時点でもうほとんどができてしまったのと同じ、ということも実感できました。
そのようなことをsuggestしてくれたありがたい上司にもめぐり会いました。

目標に向かう階段では、少しずつの進歩が実感でき、幸せでした。
佐藤富雄先生が提唱される「口ぐせ理論」というのがありまして、自分に「これはきっとできる」といつも言い聞かせると本当にできてしまうということが私自身にもはっきり自覚できました。
これら3つの目標は、時間はかかったけどほぼ達成できました。
そして確かに自信がついて、少なくとも自分は打ちのめされるとは思わなくなりました。

でも、だからと言って私の取った方法はみなさまには勧めません。
こんなに頑張らなくても自然体でいいんです。
自然体で暮らし、人を丸ごと認め、人を丸ごと愛せばよいのです。
そういうことを気付かせてくれる大事な出会いも体験しました。

自分の存在意義を客観的に認め、そして他人も認める。
それが自然体で行える。
それが人生のゴールでしょう。
そのゴールの内容は人それぞれ。何が正解かは自分で決めるのです。

私の場合は、あっちへ振れこっちへ振れで、少しずつ振幅も狭まってきてはいます。
私のゴールは自分の事業と、大切な人を幸せにする、です。

実際的な意味では、心技体の内容もだんだん発展してきまして、冒険や、ビートルズの解析でベースの編曲をすることや、ロッククライミングを通じてヨーロッパアルプスを狙うことや、もの書きの趣味、そして経済評論も充実してきまして、政府へ提言するシンクタンクも是非作りたく思っています。

そして何より、このFC2ブログで知り合った方々の素晴らしさは筆舌に尽くせません。
とても貴重なものですし、毎日毎日とても大きな勉強をさせていただいています。
ありがとうございます!

これからもよろしくお願いします。

テーマ : 心の持ち方
ジャンル : 心と身体

房総半島横断記録 Part 2

こんばんは。
時ならぬ暖かい日ですね。
皆さまお元気ですか?
私の単身赴任生活の夕食は今のところ玄米と納豆中心の質素で健康的なものです。
でもいつまで続きますやら。

私の多くの趣味の中の一つが「冒険」です。
冒険というのは自らの可能性の殻を破ることの全てを意味しますので、大それたアクティビティや難行のみを冒険とは言わないと思います。

前回の冒険の紹介は、冬の富士山でした。
「次回は房総半島の横断を書く」と予告しておきながらなかなかできませんでした。
その後ちょっと体調を崩したので冒険心が少し遠のいていました。
しかしまた回復し、冒険心がふつふつと再来してきました。

では、房総半島横断記をどうぞ。
次回は、富士山を海から登った話を載せるかもしれません。

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房総半島横断記録 Part 2 "最険部横断(2007-8-13)"      2007-8-17 ST Rocker

1.プロローグ

人は何故冒険するのだろうか? 
敢えて困難なことに挑戦する姿は一部の人々には美しく称賛されるが、また他の人々にはばかばかしくしか映らない。
冒険はやはり自分のためである。
冒険は人を成長させる。

「物事はやろうと思った時点で7割が既にできたと同じこと、そして計画を立てた時点で9割ができたと同じこと」
私の人生で導いた大切な持論である。
そして、
「冒険とは、自分が思っている能力のおよそ1割上を狙うことである」
さらに
「新しい1割は、それを成し遂げる前の自分よりも2割を高めるものである」

冒険を語る上でもう一つ大事なことがある。
「思い立ったらすぐに実行する」ことなのである。
ただし何の実態的計画もない思いつきのことを言っているのではない。
普段から十分にそれを計画しうる頭脳的・能力的下地があって、それを実行するモチベーションが沸いた時に一気に実行することなのである。
私は、冒険に限らず人生の節目の大きな行動は皆この乗りでやってきた。そしてこのことが結果的に非常に意味があったことが多い。

「時間ができたらやろう」とか「結果が容易に予測できる」ことは冒険の名に値しない。
自己を本質に迫り、自己を進化させることこそ冒険の名に恥じないのである。

2.今回の横断について

私は1994年8月16日に自宅(内房の一角)から外房の白子海岸までの約30kmを走り(一部歩き)、その記録を残した。今回はそのPart 2に当たる。

今回の冒険の一番大きな動機は、今年9月*日に50歳を迎えることにある。いよいよ「若くない」年齢を迎える。また「50」という大きな節目な年だ。それを迎える「序曲」としてふさわしい記念になるものを成し遂げよう。そう考えていた。アイデアは複数あった。

前回の横断は、房総半島の中でも最も平坦な部分の横断だった。だから次は最も険しい部分を横断したい。そんなことを数年前から思っていた。
今年の夏休みは8/13~17まで取ったが、町内会の仕事が忙しく盆踊り大会の準備、警備、後片付けがあり時間が取れなかった。しかし、警備の仕事を他の役員さんにお願いした結果、8/13がフリーになった。前日(12日)のことである。そこでいきなり「明日決行」を決めた。前回の横断も前日に決行を決めた。同じノリだ。
今回のコースを上総湊→鴨川に決め、地理的その他条件を確認し、時間的にも「可能」と判断した上での決行の決定であった。
地図からは全工程=30kmくらいと見積もったが、実際に横断してみて、40km近くありそうだった。

今回の冒険に対する目的や心意気は次のようなものである。
1.母なる大地「房総」に感謝する。1982年から今に至る25年(途中1年半東京住まいがあったが)私を育ててくれた房総の大地に心を込めて自分の足で渡る。
2.自分の体力を確認する。32歳から始めたマラソンをきっかけに、エアロビックな運動をやってきたり、大学の活動に端を発して自然に親しんできた自分の体力をチェックしたい。
3.半島というダイナミックな地形を横断するスリルを味わう。特に内海(=東京湾)から外海(=太平洋)という性格の違う海を自分の足で渡るという超ワクワク感を味わう。
4.前回同様、今回も「暑さにどれほど耐えうるか」も試すことにする。
5.今回のこだわりはあくまで「海岸から海岸まで」。つまり「完全横断」を成し遂げることにある。前回果せなかった悔しさだ。そして出発点と終着点の海水を汲み持ち帰る。
6.地形からして走れる所は少ないが、走れるところはなるべく走ることにする。歩きが中心である。
7.これにより49歳までの自分は何であり、50歳から何をするのか考えるきっかけにする。

3.横断記録(2007-8-13)

今これを書いている前日は国内の最高気温を更新したほどの暑い週であったが、8/13の最高気温はせいぜい35℃くらいであった。予報では千葉南部は午前は少し雲が出るが概ね晴れ。非常に暑い日であったことには変らない。

今回のいでたちは、Tシャツにハーフパンツ。短いソックスにランニング専用シューズである。万一遭難した際に備え一応の防寒着はリュックに入れた。帽子と飲み物、食べ物は現地に着いたらすぐにコンビニで買おうと思った。(しかしこれは甘かった)
海水を入れる記念の空のペットボトルは前夜から準備しておいた。

前夜はやや早めに寝、当日はやや早めに起きた。
休日の定番であるトースト2枚(1枚にはジャムをたっぷりつける)を食べ、その後コーヒーを飲むゆったりとした時間を持った。そして「静かなる闘志」と題して心境をしたためた。

5:50AM 家を出る。格好(ハーパン)は気にしない。冒険家に見栄など無用なのであるし、ローカル線だから問題ない。

6:11 駅を発車。君津行き快速。空いている。君津で内房ローカルに乗り換える。千葉に住んでいながら電車で南下したことはあまりない。田舎のローカル線旅もいいもんだ。

7:16 上総湊駅到着。しかしド田舎の駅だ。ホームには屋根がなく改札に行くまでむき出しの階段を渡っていく。しかし玄関だけはまあまあだった(写真1)。

とにかくまずは出発点である海岸までは行かねば。近くのおっさんに海岸に行く近道を聞いたら親切に教えてくれた。
10分も経たないうちに海岸を臨む公園に着いた。東京湾にしてはいい眺めだ。
すぐにまず儀式にとりかかる。空のペットボトルを波打ち際に差し出す(写真2)が遠浅なので瓶が水平になってしまいうまく汲めない。靴を脱ぎ膝まで漬かるところまで行って汲んだ。
うまく汲めたのだが、足が砂と海水でかなり汚れてしまった。なかなか汚れを払うのは難しい。仕方ないから砂水まみれた状態で靴を履いた。

7:31 記念すべき出発点の海水を汲んだ瓶を持ち上げ、自分でシャッター押し記念撮影(写真3)。いよいよ横断開始だ。

まずはコンビニを探すのだが、上総湊周辺には全然ないのだ。国道465号を行くうちに必ずあるはずだと考え、まずは進むことにした。
出だしは交通量の比較的多い平坦な道が続く(写真4)。なるべく走ることにした。この日の南房総は午前は晴れたり曇ったりだった。日差しが照ればかなり暑いが、曇った時はややしのげた。結果的には、全行程完全に晴れだったら相当きついものになっていただろう。
すぐに車を洗っているオニイサンがいたのでコンビニがあるか聞くと、「あるけどかなり先ですよ」と(まさか走っていく気かい?)と言いたげな変な顔をしている。「かなり先でもいいんで、何kmくらい先ですか?」というと「3kmくらいかなあ」と言う。結果的には3km先にセブンイレブンがあった。

途中販売機で飲み物のペットボトルを買って、走り(歩き)ながらチビチビ飲んだ。
今回もいろんな飲み物を試してみることにした。前回は30分置きに買い一気飲みしたが、今回は持ちながら歩きチビチビと。結果的には今回方式が正解のようだ。

7:54 道はいよいよ登り始めた(写真5)。
8:10 途中、川を右に見てきれいな田園風景が広がる(写真6)。

8:15 セブンイレブン着。帽子がない。仕方ないからフェイスタオルを買い「土方巻き」にすることにした。帽子より日光遮蔽効果があった。しかし顔とか首が露出したのが欠点であった。おにぎり、パンとペットボトル予備を買い込んだ。

8:31 川も渓谷に近い風情になってきた(写真7)。このあたりまではまだ余裕の状況。

房総の山々は標高が少ないのにも関わらず結構険しい。本で読んだが、房総の造山活動はまだ若く、川が山々を浸食してまだ間もないので険しいのだと書いてあった。今回の横断でそうした房総の地形を生で実感できればと思った。写真7の川は湊川。海岸からわずか7~8kmくらいだが、渓谷風になっている。

この先が結構きつくなった。登りの傾斜はきつくないが、日射が強くなってきた。先が見えない長い道が続き、時々、これから先の長い道のりをこなせないのではないか、という不安がよぎる。あるいは、こんなことを計画した我が身がバカバカしく思えた瞬間もあった。
ペットボトルのジュースないしお茶は1時間で500cc1本のペースに設定した。やはりお茶系が一番「暑さ冒険」にはすっきりする。

9:00 いよいよ最初の分岐点である標識が見えてきた(写真8)。これからやっと山道だ。既に結構疲れていたが、気合を入れた。道は右に県道88号線へと折れ、いよいよ房総半島の屋根へと向かう。

88号線は、湊川の上流とほぼ並行するように登っていく。何度か川と交差するので橋を渡ることになる。

9:45 88号線の途中で。まだ完全な山道ではない。結構長い。(写真9)

しかしこの後すぐに本格的な山道になった(しかし全行程車は通れる)。

10:02 湊川上流と交差する橋で撮影(写真10、11)。かなり深い渓谷だ。川は100mくらい下だろうか? 下を見たら足がすくんだが、記念にと写真をとった。まさに房総の山々の侵食活動活発を実感するところだ。
このあたりで一瞬霧雨が降った。大事なものが濡れないようにビニール袋にしまう。

天気はすぐに戻り、また炎天がやってきた。道は戸面原ダムを左に見ながらうねって登っていく。時々強い日差しに照られ日陰がないところを登るのはきつい。(写真12:10:40、写真13:10:43)

10:44 道脇に目をやると深い木々のはるか下の方に川が流れていた(写真14)。

このあたり、登りで日差しが強く本当に滅入る。そろそろ峠だと期待するがなかなか現れない。(写真15:10:57)

時々現れる木陰で足を止め「フーフー」。で、力が戻るとまた日差しを突っ切る。そんなことを繰り返してきたが、ついに耐えられそうにもなくなってきた。
するとどうだろう、何かの標識が目に入った。そうだ「あれが峠に違いない」。そう確信すると俄然元気が出てきた。最後の日差しを通り越え標識の下まで来た(写真16:10:59)。「鴨川市」と書いてある。

ついに峠(木之根峠)まできた。うれしくてうれしくて歓喜した。後ろを向いてこれまで来た道のりを撮影(写真17:11:00)。

峠を越えたのであとは下りないしは平坦だし、とにかく「鴨川」の文字を見てゴールが近い錯覚をしてしまった。しかしこれがとんでもない間違いだった。鴨川市はとんでもなくだだっ広い市だったのだ。そしてこれから先繰り広げられる、予想だにしなかった地獄。後述する。

峠を越えるとそこはバラ色の世界だった。とにかく下りなので楽チン。下から吹き上げるそよ風が心地よく、ルンルン気分で下りてきた。(写真18、19)。汗も引いたし、周囲に広がる風景がまたきれいだ。豊かな植生と酪農家とか園芸家を見る余裕も。おまけに自分の撮影(写真20:11:15)。

11:22 県道34号線(長狭街道)に合流した(写真21)。あとは普通の道をこなすのみ。あと15kmくらいでゴールだと思っていた。しかしこれがとんでもない間違いだった。結果的には25kmくらいありそうだった。

誤解の一つは鴨川市は街の中心部からかなり遠くても「街的」なのである。ふつうの感覚ならあと数kmで街の中心部という様相だが、これがとんでもない間違い。逆に言えば、最初からこれがわかっていたら挑戦していなかったかもしれない。(写真22:11:58。まだまだ序の口のころ)

12:13 34号線を行く。日差しが強まり猛烈に暑くなってきた。何の変哲もない道であり、さえぎるものがない(写真23)。苦しくなってきた。日差しは後ろから照りつけるので後頭部と後ろの首筋が暑い。

12:40 かなり街っぽくなり期待感を寄せるが実はまだまだであったのだ(写真24)。

ここから先、「地獄」の名にふさわしい行軍だった。灼熱の太陽が照りつけ、体力を奪う。ペットの消費も早まる。今回も感じたこと。意外にもコーラが飲みやすいし力になるのだ。変な味のついたものは基本はダメ。吐きそうになる。

夢遊病のような感じで歩き続ける。幸いこれまでのマラソン人生や登山の中で、どれだけ頑張れるかよく知っているので、適当な木陰で頻繁に休みながら行軍を続けた。
本当に気力のみの前進だった。1kmがつらい。自ずと自分の本性が見えてくる。これを成し遂げれば大きな自信になる、そう思って進んだ。

途中ある商店で店のオバチャンと話をした。鴨川駅まであとどのくらいか尋ねるために。50代くらいだろうがかなりきれいなオバチャンだった。「どちらから?」「上総湊です。しかも海岸からですよ。50歳前の記念に横断するんです。」「いいですね、それっ! 素敵です。頑張ってください。」 俄然元気が出て歩き始める。

14:23 ゴールまでどうにかあと5km程度まで迫ってきた。ようやく写真も取れるほどの余裕に(写真25)。

しかしだからといって体はかなりしんどかった。あと10kmだったら無理だったかもしれない。
とにかく鴨川中心部へと進んだ。
するとついに鴨川の海岸のホテル群が目に入った(写真26)。なにかモーゼの行軍でも何でもいいが、朦朧として行軍して見えてきたオアシスのような感動だった。

そしてついに国道128号線との交差点まで来た(写真27)。横断橋を渡り、そして鴨川駅の脇を通り、いよいよ海岸の近くまで来た。
すれ違ったおばあさんに海岸までの道を聞いた。

15:14 ついに鴨川海岸が見えた。(写真28)  疲労感はすっ飛んだ。

15:16 太平洋の海に手を触れ、ついにここに「房総半島横断 Part 2」が成功した。

早速空のペットで海水をすくおうとした(写真29)がやはり難しい。東京湾同様、膝まで漬かり汲んだ。

15:24 汲んだ海水をかざしガッツポーズで記念撮影(写真30)。シャッターはそばにいた18歳くらいのオニイチャンに頼んだ。「東京湾から来たんだよ」「えっ、マジっすか、すごいですね。」 無関心と言われがちな若者に感動を与えたのがうれしかった。

砂を払い、Tシャツを着替え、海を後にし(写真31)、JR鴨川駅に到着(写真32:15:46)。

15:53 鴨川発千葉行に乗車。蘇我で乗り換え、最寄り駅に18:21着。自宅18:40頃着。

ビールで乾杯し、成功を祝した。

4.エピローグ

冒険の名に恥じない厳しい横断だった。
この冒険の目的はほとんど達した。
50歳を迎えるにあたって迷いはない。ただしまだやらなければならないことがいくつかある。

この冒険は通過点に過ぎないが、自分の今後の考えている道が正しいものであることを証明してくれた。

やはり冒険は自分のためである。

2007年8月17日 ST Rocker

科学の街つくばから (ネット開通第1報)

みなさまこんばんは。

つくばの単身赴任住居に戻りました。
ネット環境が整ったのでいつでも通信可能です。
ブログ記事はいつでも書けるのですが、最近の習慣で、週末に書くパワーが高まるリズムができてしまいまして、今まさにその勢いがありますので書いています。
記念すべきつくばからの発信第1報の意味もありますんで(笑)、ちょっとおつきあいください。

1ヶ月も住めば「住めば都」の初期段階にはなります。
千葉から利根川を越え、龍ヶ崎、牛久を過ぎ、つくばの並木道に入ると、「ああ帰ってきたな」と思うから不思議です。
その理由の一つは、私も研究畑出身ですので、科学の街つくばに何となく郷愁の想いがあるのかもしれません。
そこで、科学の話題一席をどうぞ。

少し前、どこかのブログでおもしろい記事がありました。
オリオン座(冬の代名詞の4角形と真ん中の3ツ星で有名)の4角のうちのどれかの星がまもなく超新星爆発を起こすと予想する学者がいる、とのこと。
いや、ほんとは「既に」爆発しているのだ、と。
「既に」というのは、もう爆発しているのだけど、地球にその姿が届くまで何年もかかるのでまだ見えていないだけだ、と。

超新星爆発というのは、星が最期を迎える時、ものすごい規模の爆発をし、周囲にすごい光を放ち、構成元素をすご勢いで撒き散らす、というものです。
これに伴う有名な話は、ノーベル賞受賞者小柴先生が、岐阜県の山奥の「スーパーカミオカンデ」という施設で、ある超新星爆発から発生したニュートリノという謎の粒子を世界で初めて実測したことです
ものすごい遠くの星の超新星爆発だったので、光もニュートリノも四方に広がったので、薄い濃度での大変な観測でした。

超新星爆発はどの星でも最期には必ず起こるのですが、その瞬間を実際に観測できるのはタイミングが合わないとできません。

オリオン座の場合、何がおもしろいかと言いますと、距離が地球に近いため、超新星爆発が起こると、地球から見れば太陽に匹敵する光を発する、のだと。
しかも、ある学者は「既に」それは起こっているのだが、その光が地球に達するためまだ時間がかかる、と。

科学ロマンとしてはとてもおもしろい話です。
しかし、少しでもアインシュタインの相対性理論を知っている方から見れば、上の話に疑問を感じる話です。

オリオン座の4角形のどれかの星がまもなく超新星爆発を起こすがどうかの真偽を私は知りません。
ここでは、それが事実だと仮定します。

上の論法で最大の過ちは、「その星が既に超新星爆発を起こしているかもしれないが、まだ地球では見えていないだけだ」という点です。
相対論では、光を最速の現象と定義し、時間と空間は一体であるとし、絶対時間なるものはなく、時間が光が運んでくれるものだ、と。

とにかく、あらゆる媒体にて光より早いものはないのですから、光が教えてくれるもの以外に事実確認の手段がありえないのです。
オリオン座のどこかで、本当は既に超新星爆発が起こっているはずだと、考えたところで、光以上に早く教えてくれる手段が一切ないのですから、光の到来をもって知る以外の「絶対時間」なるものは存在しません。

別の言い方をすれば、時間は「神」ではなく「物理量」である。
物事は「光」という有限の速さをもつものにより伝搬されるのだから、何事も光の授受により知り規定される。
だからそれを超えた絶対時間などありえないのだ、というのが相対論の本質です。

だから、もし光と同じ速さの乗り物が開発されたなら、それに乗って移動する人は時間の進みがゼロなのです。
時間とは絶対的なものではなく、相対的なものなのだ、と。
そしてそれを支配するのが「光こそこの世で最速なものなにだ」と。

これほど光の理解は重要なんですが、昨年のあの「ニュートリノは光より速いかもしれない」説。
そうなんです、大変なことですよね!!

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首都直下型M7級70%の真の意味

おはようございます。
ついに、無線でネットに飛ばす装置を買いましたので、いつでもどこでもネットを使えるようになりました。
この1ヶ月は不便だった一方、週末に記事を集中して書くのもメリハリがあっていいかな、とも思っていたところでした。
そして(あまり大きな声では言えませんが)、平日に更新をサボるよい口実だったのかもしれません(笑)。
これからもメリハリは大事にしながらなるべく多くの、そしていろんな角度から記事を書くように心がけます。

さて先日、東大地震研・地震予知研究センター長の平田さんが会見をされ、首都圏での大地震の確率が上がっていることを主張され、それを受けて1/23の読売新聞には「首都直下型M7級地震 4年以内に70%」という見出しの記事が載りました。

M(マグニチュード)7というのは東日本大震災の地震のM9に比べれば1/1000の規模ですが、大都市の直下で起これば阪神淡路大震災並みの甚大な被害が出ると考えられます。
ですから、この記事を読めば誰しも「4年以内に東京で阪神大震災と同じことが70%の確率で起こる」と思うでしょう。
ところが、どうもこの記事は正確ではなかったようなのです・・・。

昨日の「激論!クロスファイア」(BS朝日、10:00AM~)に平田氏が出演し、正しい内容を主張するとともに、地震学者の苦悩を語っていました。
それでですね、最も大きな誤解でしかも大事なのは、M7級が4年以内に70%が起こるのは東京ではなく、南関東全体(茨城南部から神奈川にかけての広い地域)だというのです!
南関東のどこかで4年以内に起こるのが70%だそうなんです。
ではなぜ読売はあんな記事になったのでしょうか。
平田氏の説明ははっきりしませんでした。新聞社側の勝手な解釈とは断言せず、「首都直下型」という用語は南関東全体を定義する場合もあるようなことも言っていました。

考え方の基本は、「南関東では最近100年の間にM7級地震が6回起きた」ことにあるそうです。
この頻度をベースとしながら、最近の東日本震災後の地震頻度増大から、今後の確率を上方修正したようです。

計算の仕方についての説明はなかったので、自分で考えてみます。

もし最近の地震頻発がなく、過去100年と同じペースでM7級が起こる場合を考えてみます。
1年間に南関東でM7級地震が起きる確率は6/100(6%)です。
4年以内に南関東のどこかでM7級が少なくとも1回起きる確率は下記の式になります。数Ⅰの確率の授業を思い出してください。
1-(0.94x0.94x0.94x0.94) = 0.219

すなわち約22%です。
もともと22%はあったのですね。

そして平田氏の計算ではこれが70%になったというのです。
上の式の計算結果が0.7になったのですから、逆算しますと、0.94を0.74に置き換えますと成立します。
つまり、今現在は南関東のどこかで1年間にM7級地震が起きる確率は26%ということになります。
100年間にM7級が26回起きる頻度です。

もちろんこんなに単純な計算ではないでしょうが、東日本後の地震の頻度は以前の5倍などと言われているのを聞きますので、当たらずとも遠からずでしょう。

東京の真下でM7級が4年以内に起こる確率は70%よりはずっと小さいはずですが、その数値はわかりません。
東京でなくても、人の住んでいる所の直下であれば建物全壊のような被害が当然出るでしょう。

いずれにしても、以前よりリスクが上がっているのは事実ですので、十分な対策を取る必要があります。
確率の意味を誤ると正しい行動ができませんので、地震研も関係各所も十分な理解とコミュニケーションを取る必要がありますね。

余談ですが、地震の規模を示すマグニチュードとある場所での揺れの程度を示す震度が一般にはよく理解されていない場合があります。
両方とも数字が似ているから余計でしょう。
マグニチュードは桁がどんどん上がって行くので、「対数」(簡単に言えば桁の数)で表します。
科学の世界では常套手段ですが、一般にはむしろ実数でマグニチュード100とかマグニチュード1000とか言った方がわかりやすいのではないでしょうか。
激論!クロスファイアの司会者・田原総一朗さんも、番組中最後までマグニチュードと震度の意味をごっちゃに使っていました。

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「悩み」についてちょっと一言(その3)

こんにちは。
今日は昼間の気温がようやく少しは暖かくなりましたね。

「悩み」に関しては私自身も含め非常に多くの人が日夜苦しんでおられることが、最近身にしみて実感しております。
個人的にも大変なことはもちろんですし、社会全体の生産性にも影響を与えますから、大きな問題として取り組まねばならないと考えています。

悩みを生む原因およびそれを低減する方法は、様々な「軸」があり、一通りの議論では片づけられません。
これまで提言させていただいたことは、ある軸のいくつかに則ってのことです。
今日はさらに少し違った軸から考えてみることにします。

悩みの大きい人というのは大抵まじめな人です。
いろいろなことを"must"と考え、完璧にこなそうとしますが、なかなかそうできない、あるいは評価される側の人から減点主義を受け、良心の呵責に苛まれたり、自己の評価を必要以上に低く考えることにより不安感が募ることが悩みの主体ではないかと考えます。
もともとまじめな人は、平均的な人よりも量、質とも多くをなしているはずですから、本来悩む必要がない場合がほとんどでしょうが、評価者から(故意に)減点評価を受けたり、自らの評価に自信を持てないで過小評価してしまっている場合が多いでしょう。

評価をする側の人、例えば先生であったり、上司であったり、親であったり、パートナーであったり、は厳しい指導をしながらも相手に対しては実情以上の低い評価を与えないように気を付け、相手が自分のよさを自信をもって客観的に自覚できるような指導をしないといけません。
ましてや、過小評価をして相手を委縮させ、帰依心を自分に向かわせようなどというポリティカルな言動は厳に慎むべきでしょう。
(ただし外交のような場ではあり得ることです。)

では、評価される人にとって有用な悩み低減法は何でしょうか。
先日申しましたような「相手をポジティブな言葉で語ってみる」や「mustを減らしてみる」や「悩みを徹底的に聞いてくれる人を探す」は、ここでは省略します。

今日のポイントは「自分の真の力を客観的にしかも安心して把握するにはどうしたらよいか」です。
本来なら親や先生や上司やパートナーが安心感を与えてくれるべきなのですが、それが不足しているから悩むわけです。
こういう場合、自分のちょっとした工夫が必要ですね。

自分の中に閉じこもり、自分だけが自分を評価しようとしても難しいと思います。
なるべく所属するものを多くすることがまず有効かと思います。
なんとかの会に入るでも、こういう人たちと交わるでもいいですから、なるべく多くのしかも違う種類の場に身をおくことです。
しかもなるべく関わる人の年齢や性別や仕事などのバラエティを増やすことです。

そうすることにより、自分の価値がこんなにあったか、と驚くことでしょう。
いろんな場で自分の価値が客観的に自覚できるでしょう。
また、それはいいことばかりでなく、新たな悩みでも構わないのです。
別の種類の悩みは、以前からの悩みをより客観視させてくれることでしょう。

自分に対し様々な軸を引くことにより、社会の中の自分のポジションとベクトルがより明確になります。

もう一つのやり方は、自分自身のことなのに安心して余裕をもって自己把握できることをやってみる、という手です。
私自身の具体例を申し上げるのが手っ取り早いと思います。

私は大きな悩みのトンネルから出るために、フルマラソンを走ったり(何年もかかりましたが)、房総半島を走ったり歩いたりして横断したり、富士山を海から登ったり、先日は「カナダからの手紙」の男性パートをマスターしました。
こういった、大してすごくもないのだけれど、人は間違いなく驚嘆してくれるのがわかっている事柄をやり遂げると、すごい自信がつくのです。
例えば、営業のバトルの場で、あるいは上司から過小評価されたような場合でも、「こいつはこんなことをやりおる輩だから・・・」ということで、必要以上に相手にやり込められることがなくなるわけです。
そしてそれを自信をもって自覚できるわけです。

まあ、私の場合はちょっと特殊でしょうから、あまりご参考にならないかもしれません。
何でもいいと思うんです。自分はこのことに関しては負けないというのが誰しもあると思うので、そういったことを一つでもやり遂げるのがよいと思います。

テーマ : メンタルヘルス・心理学
ジャンル : 心と身体

新しい音楽のセンスが・・・

こんにちは。

少し前に「ようやくこの歳になって演歌のよさがわかってきた」と書きました。
そうなんです。
若い頃は演歌のよさなど微塵もわかりませんでした。
音楽は洋楽に限る、としばらく思ってきました。

でもこんな私も、人生の甘い酸いを飲むうちに演歌のよさをわかるようになってきたのです。
そのよさは洋楽のよさとは違うけれど、確実に日本人の心に根差した大事なものを掘り起こしてくれるように思えます。

今さらですけど、音楽はまず心ですね。
テクニカルだけでは音楽の表現には限界がある。
演歌を知ってから音楽を聴く方もやる方も、ぐっと深まりました。
これが一つ。

もう一つは、ハモリについてです。
「カナダからの手紙」の男性部をマスターして意気揚々というのはご存じと思います(笑)。
車の中でさんざん歌ったり聴いたりしました。
畑中さんのパートだけ集中して聴いたり、平尾さんのパートに集中したり、と。
そうしたら、低音部を聴き分ける能力が少しアップしたようです。

難しかった「トップ・オブ・ザ・ワールド」のリチャードのパートを聴けるようになったのです。
そしてこれをマスターしようとしています。

テーマ : 音楽のある生活
ジャンル : 音楽

単身赴任報告 Part 5

みなさま、こんばんは。
ニッポン列島相変わらず寒いですね。
体調はいかがですか?

単身赴任報告がすっかり週末の習慣になってしまいましたが、なかなか楽しく書かせていただいています。
つくばでもなかなかよい出会いもありまして、またいろいろ楽しんでいます。

今日はつくばの車の交通事情について書いてみようと思います。
つくばの、というか常総地域の特徴をちょっと挙げてみます。

・真っ直ぐな道が長く続く。信号の間隔が長い。
・原野の中をガーっと行く感じ。
・各車のスピードがあまり違わない。(整然と走っている感じ)
・割り込みとか暴走とかのすごくマナーが悪い車があまりいない。
・渋滞はあまりない。
・クラクションやパッシングがあまりない。その代りお礼も少ない。

大体こんな感じでして、走る分には走りやすいと言えそうですが、全般にサバけた雰囲気なのです。
これってどこかで感じたことのあるなと思っていたら、そうだアメリカの感じに似ているのです。

そして一つ気がついたことがありました。
ありがとう(またはゴメン)の意味のハザードランプのチカチカの習慣がつくばにはないんですよ。
この1か月でまだ1回しか見ていません。
同じ意味での短いホーンの「プッ」も聴いたことがありません。
だから、へたにチカチカやって誤解されるのもいやですので、必然的に余裕のある進路変更しかしなくなりました。
ああ、だからみんな整然と走っているのかもしれませんね。
チカチカやれば多少の割り込みも許されるかな、と思ってしまいますから、むしろない方がいいのかもしれません。
ところでこの習慣(チカチカ)は南関東特有のものなんでしょうか?

あと、車間を詰める車が少し多いかな。
あおる意味で詰めるのではなく、通常の走り方がそのようなのです。
それと、単身赴任か転勤の人がつくばには多いためか、私を含め他県ナンバーを結構見かけます。
(それにしてはなぜチカチカが流行らないのだろう?)

最後に歩行者関係の特徴として、つくばには外国人が多いです。
先日、雨の夜、交差点を渡る外国人の人に気付くのが遅れ、少しヒヤっとしました。
傘をさしていなく、しかも黒いカッパのようなものをかぶっていました。
雨が降っていたので、歩行者は傘をさしているはずだという先入観がありました。
そもそも外国では雨でも傘をささない人が結構います。
このことは会社のヒヤリハット報告に書いておきました。

ではまた明日に。
Good Night!

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

プロフィール

ST Rocker

Author:ST Rocker
ビートルズ解析ブログへようこそ!
つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
ご気楽にコメントください。

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