人間の存在意義

みなさまこんばんは。
今日はものすごい強風雨の吹き荒れる日でした。
日本は温帯にあり水も豊富ですが、すごく快適な日が続く季節はGWあたりしかありません。
アメリカの西海岸などはほぼ毎日が快適な日です。

昨日は仕事上かなりしんどいことがあり、へこみました。
日頃”精神工学”を唱える私ですが、自らもたまに相当へこみます。
これからも忙しくなるかもしれないこともあり、今日は割と何もやらずに、いろんなことを考えています。

今朝7:30~8:00のTBSの阿川佐和子さんがゲストと対談する番組に野球の落合監督が出ていました。
落合さんというととらえどころのない感じがしていたのですが、意外にも(失礼)わかりやすかったです。
必ずしも一つひとつは同意しない部分もありましたが、あれだけしっかり考えて周囲に対しても一貫して考えを示していれば、選手の方々その他も本望ではないかと思いました。
そして落合さんは言います「オレは何かができているところをやるのは得意だが、何もないところに何かを築くのはできない、女房はそれができる、あいつが男だったら総理大臣になっていたかもしれないよ」と。

それを聞いた時私は、僭越ながらも「私も何もないところに何をやればよいのか」を考えるのが得意だと思いました。
考えるのが得意とはいっても、結果オーライかどうかはなんとも言えませんけどね。
日本人は「どうやるか」(How to)について考えるのが好きで得意な人は多いですが、「何をやるか」(What to)を考えるのが好きで得意な人は少ないと思います。
だから、私は少しでも役に立てたらいいなと思っています。
でも、ここ数日思うのですが、何もかもやろうというのは体を壊す気がします。やはり何かにフォーカスするのがいいのでしょうね。

今日もう一つ考えたことは「人間の存在意義」です。
一体人間は何のために生まれ、何の目的のために生きているのか?

その謎の解明に少しでも近づくための道筋として宇宙人のことを考えてみました。
この広い宇宙には我々地球人以外にも宇宙人がいる可能性があります。
多分いるでしょう。そして多分我々と似た見かけと仕組みをもった生き物でしょう。

でも全く異なる見かけや仕組みの「宇宙人」だってありうるかもしれません。
例えば、コンピューターが機械を操るような仕組みの「人間」。しかもそれは考えること判断ができ、感情も持ちます。
その維持のためのエネルギーは必要です。
その「人間」を増やしたり、連携してその星を支配するような状態にまでなります。

・・・そのように考えていった時にふと疑問が湧きました。
そのコンピューターと機械から成る宇宙人は、一体何のために生まれ、何のために生きているのか。
それは全く想像もできませんでした。
そして、それがない限りは宇宙人として生きていることなど無意味だと思いました。

裏を返せば、我々人間には発生した理由と、存続するための、生きていくための目的があるはず、ということになります。
そこでかなりいろいろ考えたのですが、なかなかそれは難しい問題です。
ただ、次のようなことは言えるのではないかと思いました。

まずは、人間の個体(=一人ひとり)は限られた寿命があるということです。
人間の細胞はどんどん分裂して複製していきますが、無限に分裂するのではなく、回数が決まっています。
「テロメア」という回数券のようなものが細胞には付いていて、分裂の回数を数えています。
また、何か異常があると細胞は自殺する仕組みもあることがわかっています。
すなわち、人間の個体には限りある寿命があるというのが、人間の存在意義に深く関わっている気がします。

そして、そのことと密接に関わっているのが、自分と同じ個体を複製することを人間は存在意義とて持っているように思えます。
それは目下生殖という形で行われています。

同じ個体が永遠に生き続けることよりも、個体には寿命があり、複製という形で世代存続するシステムを選んだ人間。
わずか1行のメッセージですが、ここに人間の存在意義が凝縮されているように思います。

コンピューターと機械からなる宇宙人の場合は、同じ個体が永遠に生き続けることも可能かもしれませんね。
でも、もしそうだとしたら、とても生き甲斐のある「一生」(?)など送れそうもない気がします。
ならば、人間に寿命があることは恣意的にそうデザインしたのかもしれません。

さらに、人間は人間同士では本来愛し合うべき存在なのか、人間は世の中に対し何を成し遂げるべき存在なのか。
このあたりはまだまだ全く謎ですね。
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我が身を振り返って

みなさまこんばんは。
まあまあ暖かくなってきましたね。
でも、また土曜に雨降るらしいですよ。
そしてその後少し寒くなるとか。
完璧な天気の土日は久しくないですね。

さて、宇宙船内のAとかBのお話をさせていただいて、では自分自身(私)はどうなんだ、と考えてみました。
私は今年で55歳になります。
中年も中年もいいところ。いや、そろそろ初老に差しかかかっているのかもしれません。
昔で言えば定年だもんね。

AでもBでも、中年過ぎたやつは体力もあれば検査結果も全部異常なしだし、食欲もあれば体も大きくなる...なんて考えてはいかん。
何かには目をつぶって、ある何かにフォーカスして現実的な戦略を作るべきだ、と。
そしたら、何もかも追うやつがいたんですよ、ここに。
はい、私です(笑)。
これには我ながら笑った、笑った。

54歳のくせに、20代並みの体力があると思っている。
10代の青年よりも高い音のロック歌唱を目指している。
20代の若者に負けない起業家志望と向上心を持っているつもり。
20代の若者よりも飯を食う。
見た目は40代前半だと思っている。
お年寄りや女性や子供には優しいつもり。
冒険が好きだ。
・・・・・・

昨年前半の大病もそれが原因かもしれない。
大病後半年くらい「薄い」性格になった(なりかけた)。
でも瞬く間に「濃い」性格になってしまった。
世界一の起業家になろうと真剣に思っている。
毎日、論文になるくらいの記事を書かないといけないと思っている。
大事な人はかならず幸せにしようと思っている。
根が正直だから、全ての任された仕事は全部請け負う。
人に対する計算がないから、損も多いけど、それでいい。自分の信念は曲げたくない。

こういう自分は嫌いではない。
でも、これを続けているとまた別の大病を患うかもしれない、と思った。

自分自身のことを真に思えば、本当は何かを犠牲にしないといけないかもしれない。
例えば、おじさんに見えてもいい、体力なんてなくてもいい、楽器なんか弾けなくてただ音楽を楽しむだけでいい。
でも世の中にアイデアを提供することだけはたまにやろう、とか。

あるいは、AやBの話ではないけど、他人をもっともっと動かす、とか。

やっぱ、他人のことを言うのと自分自身は違うんだな、とつくづく思う。
だから日本ってやつは自分を客観的に見られないんだな。

だから、野田さんの参謀になるのがいいね。
と、やっぱりそこに落ち着いた。

シャンシャン! (これって死語?)

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さらに続き

こんばんは。

我が国日本の身の振り方のお話、いかがでしょうか?
すごく大事なことだと思いますが、なにぶん堅い話題ですので、読まれるのも大変だと思います。
3夜続いたこのシリーズも、今夜でひとまず終わることにします。
具体的なアイデアもあるのですが、それをぱっと言ってしまうよりも、皆さんと一緒にじっくり考えていきたいので、今夜のところはちょっとした今後の橋渡しに留めますね。

さてさて、「100人の乗組員の宇宙船地球号」の中で身の振り方を既に決めているB(アメリカ)と、どうしたらよいかわからずとりあえず消費税増税だけを考えているA(日本)。
AもBも、そしてその他先進国は皆、中年といっていいでしょう。

中年ともなれば血の巡りも代謝も悪くなるし、病気もしがち。お金も力も目減りする。
健康診断をやれば悪いところが一杯出てくる。

ここで、健診の検査項目を経済指標に喩えてください。
中年もいいとこのAは、体力も回復し全ての検査項目を異常なしにできるでしょうか?
答えはノー。
現実的な答えは、何かの項目は多少悪くてもいいから、これだけは直そう、とするでしょう。

それとも、思い切り質素に玄米だけ食って、晴耕雨読で、つつましく暮らしますか?
日本人全体がそれでよいなら、それがベストの答えですね。

でもそうは行かないと思います。
少しはおいしい物食べて、きれいな洋服着て、少しはよい家に住んで、外国旅行にも行きたいし。
そうなるとお金が要るのですけど、日本は自前でお金を作り出すことができにくくなってきた。
ならば、外国との関係をどう考えるかが重要でしょう。

ただただ誠実に構えているだけでは、外国は振り向いてはくれないし、お金も投資してくれないでしょう。
中年ではあるけれど、放ってはおけない魅力を日本は醸し出す必要があります。

そしてそうするために、全ての経済指標(=検査項目)を異常なしにしますか?
ものすごい質素な生活で、入りもすくなければ出もすくないような生き方ならそれは可能でしょう。
でもきっとそうしたくはない。
ならば、何かの経済指標(=検査項目)は多少異常あり、でもいいでしょう。
「最初にまず真の問題点は何かを抽出すべし」とはそのことなのです。

もう1つの問題点。
それはエネルギーと環境をどう考えるか。
昨日も申しましたように、アメリカはしたたかです。
「CO2を*年以内に25%減らします」と数年前に世界に対し宣言したのはどこの国でしたっけ?
しかも、それの意図する戦略を国民は全く知らされていません。知らされていないというより、おそらくないのでしょう。

まとめますと、
どのような経済指標を真の問題点として抽出し対策を取り、自分はどう変わり、外国との関係をどのようにし、どのようにお金を呼び込むか。
それとエネルギーと環境をどう考えるか。
それが今最も大事なテーマです。
消費税増税は自分の体の中の血の巡りの回復のための一対策に過ぎません。
(もちろんその一対策が連鎖的に将来の繁栄をもたらす図式が描ければいいですが、現実はそのようなことはありません。)

さあ、ではアルコールを少しいただいてリラックスします。

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昨日の続き

皆さまこんばんは。
まだまだ寒いですが、いかがお過ごしでしょうか。

昨日の「乗組員が100人の宇宙船地球号」の比喩はいかがでしたか?
Aという人間の状態について果たして日本をベストに表現しているかどうかはわからないですが、そのような有限で閉じた世界でどのように生きていくのか、という基本的なことを示さないと、消費税増税という一面の方法論だけ唱えても仕方ない、ということには同意いただけるのではないかと思います。

こういうことを考えるのが政治だと思うのですが、日本の政治は根回しを中心に人を動かすことに重きを置くのが伝統です。
ならば、参謀になって考え方を提供しましょう。
大変重要なことですので、皆さまと一緒にじっくり考えていきたいと思います。

もしAという人間が、永遠に10代の青年のように成長し続けることができるとしたら、どうでしょうか?
永遠に老けもせず、病気もせず、頭脳も冴えわたり、食欲も旺盛で、お金もあり、新陳代謝も盛んで、人からの信頼もあり、自分で賄うことができ、体が永遠に大きくなっていく。
そのような人間の成長戦略はずっと一様です。
何か問題が起きたなら、それは間違いなく「問題」なのであり、全ての問題を解決できるし、すべきです。
でも、この地球号では永遠に一様に成長し続けるなどあり得ない。

体の成長はいつしか止まり、中年太りが始まり、代謝は衰え老けるし、病気も増え、元気もなくなり、人からの信頼も落ちるかもしれないし、お金も目減りするかもしれない。
だけど、頭は相変わらずよくて、アイデアもまだまだあり、機会さえあれば他人を再度動かせるかもしれない。
まさに今のニッポンはこんな感じです。

で、日本はどう考えるでしょうか?
上で挙げたマイナス要因を全て「問題」と考えて解決にあたるべきでしょうか?
例えば、外国の新興国のような体力に戻すべきでしょうか?
あるいは、常にお金の入りを出より大きい状態を保つべきでしょうか?

常識的に考えてもそんなことはないですよね。
体力は落ちて太り気味で老けているのはある程度目をつぶって、病気だけは減らそうとか。
代謝は悪いけど、他者を自分に協力せしめるためのアイデアを示しリーダーシップを発揮しようと考える、とか。

昨日申し上げた「まずは真の問題点は何か」を抽出すべし、とはこのことです。同調いただけると思います。

問題点を抽出し、基本的な身の振り方の戦略を考える上で、非常に大事な点の一つがあります。
それはエネルギーと環境の問題です。
今や、地球温暖化、炭酸ガス増加、石油枯渇、原子力問題が言われ、省エネ、炭酸ガス排出減、新資源開発、再生エネルギー開発などに取り組んでいます。
しかし、これらのことをどの程度「真の問題」と考えるか、です。

では、アメリカは一体どうだったが、どうなるのか、を考えてみましょう。
宇宙船地球号でのアメリカをBとします。

BはAよりも一足お先に体がものすごくデカくなった。
いまだに飯も大食らいだし、酸素もよく吸い燃料も消費し、炭酸ガスを一杯出して地球号の中の環境を汚染している。
日本ほどではないが、頭がよくアイデアも多い。
力が強く、他の乗組員のことにいつもちょっかいを出し、大声で制している。

かつては自分で物をしっかり作り、お金も自分で作り出していたが、中年太りになり動きが悪くなったし、病気も一杯増え、代謝も悪くなった。
そして今や、自分の肥大した体を維持するのに、他者の力を借りざるを得なくなった。
しかし頭はまだまだよく、情報やサービスの仕組みを考えるのがうまい。
まだまだお金に仕切りや力関係の仕切りにもたけている。

さあ、どうすっぺか、とBは考えた。
中年太りだけど、まあいいや。
スリムになることは諦めて、飯もこれからも一杯食って、ぜいたくもしよう。
せいぜいお金を使って高度の医療を受けて少しは病気を減らそう。
肝心なお金は自分だけでは賄えないから、これからも情報やサービスの仕組みを考えてそれを宇宙船中で売ることを考えよう。
そのために他者から一杯お金を投資させよう。
そしてこれからも他者を場合により力でねじ伏せよう。
とにかく宇宙船中を牛耳ろう。
そして人に売ることばかり優先しないで、いいものは積極的に買って活用しよう。
とにかく、人からカネを投資させよう。

そしてBは知っている、本当は宇宙船の燃料なんてあと3000年はなくならないのだ。
そしてBは自分だけ秘密の燃料を見つけた。
Bはさらに知っている。燃料を浪費したって船内の炭酸ガス濃度なんてそう簡単には上がらない。
そして仮に上がったとしても特段問題ないばかりか、いいこともある。

以上がアメリカの経緯と戦略です。

日本においても、中年太りをある程度解消して、少しは健全な体にする必要があるのは間違いありません。
江戸時代以前のような質素で活動も控えた状態になるのか、あるいは少しはぜいたくしおいしい物も食べるのか。
少しはぜいたくしたいのなら、お金はどうやって作るのか、あるいは持ってくるのか。
そこんとこ、なんですよ。

それを考えるには、有限で閉じた世界(=100人の宇宙船地球号)で他国(=他の乗組員)とどうかかわるか抜きにはあり得ないことに同調いただけるでしょう。
そして、エネルギーと環境をどう考えることも極めて重要なことにも同調いただけるでしょう。

昨日、千葉からプリンターを持ってきました。
これまでの記事を印刷して、まとめの作業に入ります。

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いよいよまとめの段階

こんばんは。

我が国の首相野田佳彦さんは歳が同じで、学校も同期、そして同じ千葉県民。
だから応援したい。
今野田さんは「命を賭けて消費税増税」と。
その気概はわからなくもない。
でも国民は混乱している。
野田さん、少し耳を貸してほしい。

今我が国において言われている主な問題を掲げるとざっと次のようである。
財政累積赤字解消(最低プライマリーバランス→プラスへ)
震災復興
少子高齢化対策
貿易黒字奪還(ないしは経常赤字防止)
地球温暖化対策
GDP回復
円高対策
基幹産業空洞化対策
若年層、派遣社員雇用回復、賃金回復
中央集権政治の見直し(道州制など)

そしてその切り札が消費税増税、というわけである。

では、野田さんに質問だが、枠組みは何?
そして、その前に「問題点」の抽出をしっかりやろう!

実は何事もまず「真の問題点は何か」を正すことが極めて重要である。
真の問題点さえしっかり抽出できたら、もはや問題は8割解決されたと同じと考える。
逆に、問題点がうまく取り出せないなら、物事は好転しない。

上で挙げた問題点らしきものは、どれも大事だし、どれも真の問題点だと思っている国民が大多数だろう。
でも、この10の問題点は全部我が国において解決するだろうか?
さもなくば、真の問題点は何だろうか?

結論を急ぐ前に、国の舵取りにおいて最も基本かつ重要な捉え方は何か。私は次のように考える。

考え方として次の2つを拝借する。
1)宇宙船地球号
2)もし世界が100人の村だったら

2つとも地球または世界で起こることや問題点の解決法において極めて理解しやすい比喩法だからだ。
そしてここから先が私のオリジナルの考えである。

私はこの2つを融合させて「我々の地球は乗組員100人を乗せた宇宙船地球号」と考える。
考え方の詳細は省略するが、大事なことを端的に言うと、この地球は宇宙船と同じように、真空の宇宙の中で生き物が生存できるための極めて高度で微妙な仕組みから成り立っていること、そしてそれは「閉じた世界」であること、そしてその内部の資源も環境もエネルギーも人的資源も「有限」であること。

もし我々が宇宙全体に住めるのであれば、人口は無限に増えていけるし、資源も無限にあるし、産業も無限に発達できるだろう。
ところが、地球という閉じた有限の環境である。だから「宇宙船地球号」だ。
この宇宙船の中の特定のある一部分、またはある特定の乗組員のみが無限に発展するなどあり得ない。
宇宙船内全体の強調を密にし、しっかり連携し、全体の約束事をしっかり管理し、おかしなことが起きないようにしないといけない。
そんな中で、ある程度の自由競争は可能だろうし、あたらしい発明により今までより合理的な仕組みができるかもしれないし、中で取引ができたりもするだろう。

ある国が発展して行く過程は、「宇宙船地球号の乗組員100人のうちの一人」の発展の様子と似ている。
宇宙船内では共通の燃料もあれば食物を栽培できる施設もある。
だが、100人の間には力関係もあり、取引もあるから、全員が平等なわけではない。

力が弱かったある一人(Aとしよう)が、何かの特別な食物栽培法を発明したとしよう。
生育がすごく早く栄養たっぷりの新種の食物だ。
それはこれまで他の人は知らなかった技術なので、Aはこっそりその技術で栄養満点の生活を送ることができるようになる。
次第にその食物を他の人に売るようになりお金が増えて行く。
さらのそのお金で別の開発もできるようになり、Aはどんどん力をつけ、発言力も増し、体も肥えて行く。
さらには、自分でその食物を栽培するのは効率が悪くなり、他人にやってもらうようになる。

Aはその後もしばらくはいろんな知恵もありお金もありだが、身のこなしは悪くなっていく。
Aの技術を受けた他の人(Bとする)は、最初はけなげにそれを作ってAに送るだけだが、次第にその技術にヒントを得て、別の品種を開発するに至る。
Aはすでにでっぷり肥ってしまいエネルギッシュさが萎えてきたが、Bはまだスリムで若いし開発力旺盛だ。
よって他の人たちはBの開発した製品を買うようになる。
Aは力の回復にあれこれ考えるが、なかなか若々しい斬新なアイデアが出てこず、自分の中年太りを維持するのにお金がかかり、そして他人に対し使うお金の使い方もイマイチ決め手がなく、目減りしてしまっている。

前置きが長くなった。
Aは言うまでもなくニッポンのことである。

このように、日本だろうと、いかなる国だろうと、この閉じた有限の世界では、永久に同じ図式で発展することなどあり得ないのである。
だから、先に挙げた10の問題点を同時に満たす状態というのは、初期の発展段階ではあり得たが、日本のような発展済みの国ではあり得ないのである。

先ほどのAの話に戻ろう。
Aは既にでっぷり肥ってしまって、自分の体を維持するのも大変だ。
新たな食物栽培技術もなかなか出てこないし、他者に対するうまい商売も力関係も発揮できていない。
これを解決するのに、他者からお金もどんどん入るし、自分の体の維持も簡単だし、かつ力ももっている状態にしよう、なんて思わないだろう。
そして、体の維持のために維持費だけ確保すればよい、なんて解決法とは言えないだろう。

消費税増税というのはAの体の維持のお金を確保するだけのこと。
Aがこれから宇宙船でどう生きていくのかを考えるのが最も大事だ。

Aは昔のように粗食でスリムになるのか、それとも今のような栄養たっぷりの食事を続けて太ったままでよいのか。
Aはこれからも他者に対してアイデアを与え続けることができるのか、それとも「普通の人」になるのか。
Aははったりを利かせて「オレはすごいんだぞ」と言って借金しまくるのか、それとも身の丈のつましい態度になるのか。
Aは着実な現金を身のそばに置くのか。それとも貸しを作ってもよいのか。
Aは積極的に他の者の品物を買ってもよいのか、それとも売りに徹するのか。
宇宙船の中の酸素は将来本当に減るのか。減らさないためにAのやることは何か。

これらが、日本(A)が世界(宇宙船地球号)の中でこれから生き抜くための最も基本的かつ重要な考え方だ。

野田さん、まずこれを国民に考えを示す必要がある。
ただし外国にはそう簡単にはわかりにくいように。
適度な外国との協調と適度な自国戦略。
そのどちらか一方でも行けない。

上の10の問題点の中で真の問題点は何か。
実はこのブログで既に語っている。
野田さん、まず考えてみてほしい。

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Coffee Break Beatles No.124 「余裕の弾き語り」

こんにちは。
昨日はさいたま市の実家に行ってきました。父と姉がいます。
1920年(大正9年)生まれの父は92歳です。
関東大震災に遭い、太平洋戦争に参戦し、高度成長を支えたいわば昭和の生き証人です。
もともと専門は機械。ある企業でセールスエンジニアとして企業戦士として働いた人間です。
そして全くのアナログ人間です。

私の友人でも親が70代とか80代初めの親だと、ネットを見たりメールでやりとりできる人もいるようですが、うちの父の場合は全くできません。
ネット時代のすごさは感覚として知ってますが、実際ネットとは何なのか、を技術者である父はいつも私に質問します。
でも、パソコンとは、インターネットとは、ホームページとは、電子メールとは...を正確に答えるのは本当に難しいです。

父は、ファックスとか磁気テープとかテレビなどの仕組みは理解できます。
父の質問「そのホームページってのはどこにあるんだい?」
その「どこ」の意味するところは、テレビで言うところの「放送局」のようなものをイメージしているようです。
そしてホームページが非常に多くの多彩な情報を含んでいることが理解できないようです。
テレビだと、カメラの映像を変換するだけなのに、ホームページとやらは立体的かつ無定形の情報を含んでいる。

デジタル技術の際だっているところは、情報を一旦0か1の二進法にしてしまい、それをどこかに目いっぱい格納し、必要に応じていかようにも再現ま

たは発展させる点。
言わば、情報の次元まで制御していることが特徴的と言えるでしょう。そこが父には全く理解不可能なのでしょう。

我々の世代は、アナログ情報からデジタル情報が徐々に徐々に置き換わってきたので、完璧に理解できます。
でも今の若い人たちは生まれた時からデジタル情報なので、そのあたり理解できているのでしょうか。

父は、いつも理解が不完全なまま、結局最後には怒り出します。
「なんでそんなもんに今の連中は振り回されているんだ!? ビジネスは人と人のコミュニケーションで決まるものだ」と。
ネットの導入により世界が発展しているならまだしも、問題だらけの世の中。
自分たちが築き上げた日本の繁栄をぶち壊してくれたな、というのが父の本音なのでしょう。

前置きが長くなり過ぎました。
先週のパーティでのピアノ弾き語りの余韻がまだ覚めません。
改めてビートルズのピアノ曲っていいな、と思います。主にポールですけど。

ビートルズのAnthologyシリーズはお聴きになったことはありますか?
採用にならなかったテイクとかお遊びのテイクの特集です。
ビートルズの音楽的力量のすごさがわかります。

ポールのピアノの弾き語りも満載です。
やっぱりポールは余裕の弾き語りですね。
私ももっと練習してそうなりたい。

それにしても、Hey Judeのコード進行っていいですね。
特にサビがいいです。
B♭→Gm7→Cで、ベース音も1音ずつ降りて行く。
最高のセンスです。

これを彼女に聞かせると一発でコロっといっちゃいますよ。

テーマ : ビートルズ関連
ジャンル : 音楽

愛するブロ友さん方へ(徒然なるままに)

こんばんは。
ここつくば研究学園都市での単身赴任生活も早3か月近くなり、すっかり落ち着いてきました。
もはや「単身赴任報告第**回」などと書かなくてもよいくらい、すっかり当地での生活が根をおろしてきました。

私はこのFC2ブログを開設したのが2009年9月なのですが、しばらくは何をどう書いてよいのかわからず、
実質真剣に書き始めたのが1年後ですから、実質1年半くらい書いています。

この間、素晴らしいブロ友さんたちとの出会いがあり、私の人間性に大きな影響を与えてくださいましたし、その素晴らしい記事に薫陶を受けてきました。
ここに大きな感謝の気持ちを表したいと思います。
そしてこのブログを通じて私のライフワークとするいくつかの活動の序章として、いくつもの考えを有機的に提言できたことも大きな成果と考えています。

私はとにかくプロジェクト的な発想が好きで、「何をいつまでどうしたい」と考えたり、経済や科学のネタを考えるのが三度の飯と同じくらい好きです。
でも、よく言われるんですが(特に女性からは)、あなたは女心がわからないのでは?と。

本人、そんなことはないつもりですけど(笑)、やはり人の指摘には真摯に耳を傾けないと。
そこでですね、今日は「自分は**をしなければならない」という左脳的発想からフリーになって、徒然なるままに本能を語ってみたいと思います。
さて、どうなりますやら。

無の境地になると、まずは浮かぶ感情としては、
「やっぱりオレは正直な気持ちを表したいなあ」ですね。
何かを計算したり、人との利害関係よりも何よりも自分の本心を表すことを大事にしたいなあ。

今週の本社のパーティで、ある少し年配の女性の言葉が印象的だった。
その女性は頭がよく仕事もできるし、なかなか話もおもしろい。
でも、他人を褒めないし、目に見えた矛盾はすぐに指摘する。
私に対しても変なことはすぐ指摘する。

大抵の人は彼女の辛辣なところに耐えきれず、少し距離を置く。
でも私は、パーティにおいても彼女は素晴らしかったので、思った通りのことを彼女に対し素直に言った、皆の前で。
すると彼女は珍しく、「こんなことを言ってくれるのも**さん(私のこと)だけなんですよ」と。
私は何の計算もない。何の見返りも期待していない。
嫌なことはちょっと忘れて、よいものに素直に感動しているだけだ。

嫌なことを排除するためのポリティカルな行動よりも、よいことに感動して、相手を褒めたり、謝意を表したり、建設的な質問をしたりするプラス効果の方がよっぽど大きいんじゃないの?

人を褒める方ばかりでなく、謝る方も積極的になった方がいいと思うんです。
人に謝ることに計算を入れて損得を考えることは、結局あまり得にはならない気がします。
思い切り謝ったっていいじゃないですか。その後、自分がそれ以上に成長すればいいんですから。

でも、謝ることで自分が決定的に不利になってしまう人もいるかもしれませんね。
そういう場合は私に言ってください。
そうしたことをなくすことが私のこれからの仕事の一つですから。

最後に、ネット社会のマナーについて。
長年の話し言葉や手紙や電話でのコミュニケーションよりもはるかに歴史の浅いネットでのコミュニケーション。
まだまだ確立したマナーがあるとは言い難いですね。
ということは、思い切り相手の立場で考えましょう。

私自身も結構失敗しました。
私の慮りのなさで迷惑を被った皆さま、本当にごめんなさい。

では、今日はこのへんで。
明日はさいたま市の父と姉に会いに行きます。
おやすみなさい。

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やってよかった

ついに終わりました、パーティでの弾き語り。
いろんないろんな意味でものすごいプレッシャーでした。

結果は、まあまあ。
上がらないように事前にちょっと飲んで臨みました。
そしたら少し飲み過ぎちゃった。
そしたら10のコードのうち1を忘れちゃった。
自分的にはすごく失格だけど、全然上がらなかった。
むしろメリハリがうまくつけられて、ソウルフルだった。

でもThe Long and Winding Roadを弾くのを忘れちゃった。
悔しいけど、まあいいや。

結果的にはすごく感動してもらえた。

正直言うと、ピアノ弾きながら歌うなんてすごいことらしい。
その驚きが、事前にも事後にもものすごく伝わってきた。

たしかに。
そんなすごいことをやってのけよう、と中学以来努力に努力に重ねてやってきたのだもの。
自分的にはもはや当たり前のことになっているのだけど、今さらながら、こんなことに挑戦しようと思い立った自分にご褒美をあげてもいいのかな、と思った。

最後のイエスタデイでは音楽仲間の先輩が絶唱してくれて、すごく決まってうれしかった。
そしてさらに我々の音楽仲間の絆も深まった。

技術的な指摘をしてくれる人もいたし、何も触れずにいつものように辛辣なことばかり言う女性の社員もいた。それはそれでありがたい。

本当にさまざまなことを勉強した1日だった。
ノルマを経て、さあちょっと寝る前にビートルズを聴くかな。

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

ちょっと裏側から

今日は彼岸の中日でした。
世の中はお休みですが、今日は仕事が休みではありませんでした。
よい天気の中日だったと思いますが、少し寒かったかもしれませんね。

少し前のある方のブログは興味深い記事を書かれていました。
苦手な人とうまくやるなどの特性というのは子供の頃の環境が大きく影響している、と。
私もそれは同感です。

私は少し前に、自分は目の前に現れる困難は、まずは受け入れ実行しないといけないという発想になる、と書きました。
自分の性格が真面目とかいうことではなく、無意識のうちにそうしなくては大変なことになる、という観念にかられるからです。

私の父はものすごく厳格な性格でして、自分を律し組織や世の中においてちゃんとやらないと大変なことになる、という雰囲気を常に醸し出していました。
また、家の中では団欒というより議論が盛んで、自分の考えをもたないと大変マイナスの評価をされました。
父は今92歳でして、体こそ弱りましたが、頭はまだ完全に冴えていて、私のふがいなさを今でも酷評します。

私は人一倍負けず嫌いなので、父を乗り越えたり、周囲の人たちに負けないようにと、結構努力してきました。
そのせいか、人とのコミュニケーションにおいては、物事をプロジェクト的に語るようなことが楽しかったです。

他人も自分のようなものだろうとずっと考えてきましたら、実はそうでもない、いや、それどころか自分は少数派かもしれないと思うようになってきました。
普通の人は、まずは相手との雰囲気やおしゃべりを楽しみ、いやなことを共有していくようなことを重んずるようだ、ということは頭では知っていても、それが実際どういうことなのか、45歳くらいまではあまり実感できませんでした。
その後、「人を丸ごと受け入れる」とか「人を丸ごと愛す」のような考え方を知り実践してきた結果、人との(普通の)楽しいコミュニケーションを体得し、今ではもしかしたら普通の人以上に楽しいコミュニケーションをやっているかもしれません。

ただ、ブログにおいては、自分ではブログは意見交換をする場と捉えてきました。
ブログに何を求めるかは人それぞれであることはよくわかっています。

このブログで何度も申し上げていますように、私は50を過ぎたので、これからは発信の時期と考えています。
多少強引な書き方をしていますが、真剣にシンクタンクへの序章のためと考えてやっていますので、少々の抵抗は覚悟の上でやりぬこうと考えています。
ご意見があれば是非いただきたいと思います。
その他お気付きの点あれば何でも言っていただきたいと思います。

さあ、明日はいよいよパーティーでピアノ弾き語りです。
19時頃と思われますので、皆さまその時刻あたりには念波を送って応援いただければ幸いです。

テーマ : その他
ジャンル : その他

不可算名詞の謎に挑む

みなさまこんばんは。
結局日曜も雨結構降りましたね。
私は今日は車で少し遠方まで行く用があったものですから、ちょっとしんどかったです。

さて、英語において我々日本人を悩ませるのが冠詞と並んで「可算名詞、不可算名詞」である。
冠詞については以前持論を書きましたので、お時間のある方はカテゴリの「英語」をクリックいただけますか。

英語の可算名詞とは文字通り数えられる物。そしてそれが単数か複数かも問う。そしてそれがさらに定冠詞を伴うのか不定冠詞を伴うのかも問う。
そして不可算名詞とは文字通り数えられない物。数えられないから単数も複数もない。単数がないから不定冠詞はあり得ない。でも定冠詞はありうる。そしておもしろいのは、冠詞が伴わないこともある。

可算名詞は比較的理解しやすい。しかし不可算名詞は理解しにくい。これこそ英語の特徴的なことではないだろうか。
不可算名詞の定義は、一つの形のある単位として規定できない物、とされる。
例えば、water(水)、air(空気)、wood(木材)などの「材質」に関するものは典型的な例である。
材質は境目のない「化学的性質」を指すのだから数えられないというわけである。
これに対し、a cup of water(コップ1杯の水)、two cups of water(コップ2杯の水)などとすれば数えられるようになる。
でも、これらの場合なお、waterは不可算名詞だ。

冠詞を伴わない不可算名詞の例としては次のようなものがある。
Water is indeed necessary for the human being. (水というものはまさに人間にとって必須のものである。)

さらに、定冠詞を伴う不可算名詞もあり得る。
Water consists of hydrogen and oxygen atoms. But it rarely contains deuterium atoms. The water is used for a special analysis. (水は水素原子と酸素原子から成る。しかし稀に重水素を含有することがある。そういう水は特殊な分析に利用される。)
しかし、こうした定冠詞を伴う例はあまり多くないだろう。
これに対し日本語は、物が数えられる・数えられないという概念はあると思われるが、日本語においてそれを規定はしない。
日本語は、それが可算か不可算かどうかということに意識を集中しない。どうでもいいわけではないが、何をさしおいてもそれを吟味することなどしない。
なぜなら、可算か不可算かをことさら示さなくても一向に不便ではないからだ。

人が水を飲んでいることを描写する場合、あるいは「水とは・・・」という化学論文を書く場合、いずれにおいても「水」と書けば事は足りる。
コップ1杯か2杯かを区別したいならその旨書けばいいし、論文で何かを主張したければそれを強調すればよい。
たとえそれがことさら強調されなくとも、前後関係で容易に類推されるであろう。
つまり、不可算名詞の概念がないからといって、実用上困るとは思えないのである。
では何故、英語には不可算名詞の考え方があるのだろうか???????

可算名詞と不可算名詞を英語のルールとして捉えるなら、その習得はある程度容易である。
でも、ならば、何故adviceは不可算名詞でsuggestionは可算名詞なのか。
Suggestionにおいても「示唆」のようなものは不可算名詞だが、具体的にthat節を伴う「提案」は可算名詞なのか、このあたりは日本人には大変理解しにくい。

以下は私の中でおぼろげに浮かぶ仮説であって、まだ具体的根拠はない。けど、なにかこれまでの欧米人との付き合いからなんとなくもたげてきた持論である。

私は、このブログで、文科系・理科系という分け方は日本的であって、欧米では、理論的か実際的かの分け方を行う、と書いた。
理論も実際も両方大事なのだが、より理論の方が欧米人は尊ぶ気がする。より神に近い領域ではないか、と。

「形而上学」という言葉がある。
そして、ユダヤ教、キリスト教の世界では偶像(=形のあるもの)は否定する。
神との契約は形のない「概念的」なものである、と。
それに対し、形をなすものは実世界のものだ、と。

ならば、より神に近い領域では不可算名詞が重要であり、実世界では可算名詞、ではないだろうか。これが私の仮説である。
神に近いのか、実世界なのか、の違いで名詞を使い分ける。
これが英語の精神なのではないだろうか。

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正直者はビジネスチャンス

こんばんは。
今日は雨が一日中降り続きました。

来週水曜のパーティでのピアノ弾き語りにエールいただきありがとうございました。
さすがに少しは練習しないのもまずいと思い、今日やりました。今日しか練習できないからです。

メドレーなんですが、1曲あたり1コーラスとサビのセットにすることにしました。
1曲目は抜群の知名度のあるImagineにしようと思ったのですが、この曲それほどは弾いたことはなく、間違える可能性があることがわかりました。
出だしで間違えるとカッコ悪いですしメゲそうなので、1曲目は酔っぱらっても手の動くLet It Beにすることにしました。次いでImagine。
Imagineは太い声でプレスリー風に歌います。

Lady Madonnaはすごくいい曲なのでやりますが、毎度のことながら手のリズムと歌のリズムが合わず、弾き語りとしては超難曲です。
Yesterdayをやってみましたところ、意外にもピアノにかなり合う曲です。
YesterdayのキーはFなんですが、ギターでは全音低くチューニングしてからGのフォームで弾く(たるんだ弦の感じを出すため)ので、ピアノで弾く場合のコードを思い出すのにちょっと苦労しました。でも10分くらい演奏したら大体マスターできました。これは結構受けるかもしれません。

Ob-La-Di, Ob-La-Daは忙しい曲ですが、これは受けそうなのでやってみます。
Oh! Darlingはピアノ一本で弾き語るには少し役者が足りなさそうなのでやめます。

従って順番としては、Let It Be → Imagine → Hey Jude → Lady Madonna → The Long and Winding Road → Ob-La-Di, Ob-La-Da → Yesterday で行こうかなと思っています。 ちょっと長いかな?

前置きが長くなりました。本題に入ります。
「相手をやり込める」ないしは「相手をいなす」。
人間の本能としての行動かもしれません。
そしてそれが多い人、少ない人、いろんなタイプに分かれます。

相手をやり込めたりいなしたりすることにより、自分が優位に立つためです。
人を減点する。人の欠点を突く、人のミスを追及する、人の目論見には乗らない、人の好みには迎合しない、人の立場には立たない、などの考え方です。
自分が本来こうしたい、という正直な気持ちよりもポリティカルなことが優先します。
それは時に利己的であり、そして時には組織のための行動です。組織とか国家の目的を遂行するためのリーダーシップの一環であることもあります。

それとは逆の考え方・行動が「正直者」です。
人を加点する。人の長所に注目する、人のミスよりも成果に注目する、人の考えにどんどん乗る、人の好みに飛びつく、人の立場で考える、などです。
これも一種の本能でもあれば、社会的な後天的行動でもあります。
これも程度は人により様々です。

「やりこめ・いなし型」と「正直者型」は相反する人への対処法と言えるでしょう。
人との主従関係は勢い前者が「主」、後者が「従」となるでしょう。

ですから、どうしても組織や人間関係において前者を主張する人が多くなります。
当然ながら、前者をやられたほうは精神が萎縮し悩み、あまり健全な発想は出にくくなります。自らもそんなに健全なアイデアは出てこなくなるでしょう。
前者による人同士の主従関係の生成は組織論としては有効な手段の一つですが、その組織から生まれるアウトプットはそう高くないでしょう。ここが問題です。

従って、単に維持するだけの組織、ポリティカルに強ければよい組織、業界そのものが伸びる組織においては前者(=やりこめ・いなし型)が有効な方法と思われます。
高度成長の日本の企業とか、一般的な国家の外交などはこの範疇と思われます。

しかし、組織のアウトプットをたくさん伸ばさないといけない組織では前者は有効でなく、後者(正直者型)が主体であるべきと考えます。
まさに今の日本のほとんどの組織はこれではないでしょうか。
ただ、主従関係を明確にする、ないしは主従関係に替る管理方式がしっかりしていないとだめですが。
それは十分にマネジャブルであると思います。

仮にやりこめ・いなし型が支配的な組織であっても、正直者型はチャンスでもあると思います。
「いいカモ」になって攻撃の相手にもなる一方、うまくやれば仕事とか期待が舞い込んでくるでしょう。
でも体を壊さないよう、うまくやらないと。

以上は私が「精神工学」と呼ぶ新しい研究体系です。

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えらいことになっちゃった

みなさま、こんばんは。

今朝の目覚めは何十年ぶりかのような心地よい快感のもとに迎えました。
子供の頃の日曜の朝のように、脳内に何か快感物質が分泌されたかのような、快感の目覚めでした。
本当にうれしかったです。
仕事もしんどいですのに、それを上回る快感の目覚めでした。
もしかしたら、昨夜に心温まる会話をしたからかもしれません。

今日も厳しい仕事でした。
そんな中、3時頃、本社の音楽仲間であり、総務の女性社員からメールが。
飲み会の連絡かなと思ったら、珍しい内容。
うちの社のかなり偉いトップの人が定年になるので、そのパーティがあるホテルで来週21日にあるのですが、
そのサプライズ企画で、私にピアノを弾いてくれないか、と。

大変光栄ですけど、ちょっと緊張するなあ。
でも、その人もくだけた人だし、ポップス好きなので、ロック調ピアノの弾き語りでノリノリの余興でOKとなり、引き受けることにしました。

で、考えた挙句に、ビートルズメドレーの弾き語りにしようと思います。
例えば、Imagine→Let It Be→Hey Jude→Lady Madonna→Oh! Darling→Ob-La-Di, Ob-La-Da→The Long and Winding Road...とか。

練習もする時間ないし、したとしても今さら変らないし。
ちょっとしんどいけど、いい機会ですね。

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意外な真実(おもしろ小話 4話)

こんばんは。
津波の話には結構ご関心をいただきまして、どうもありがとうございました。

今日は津波ほど重要な話ではありませんが、一般に思われていることが真実ではないことについて、4話ほど紹介させていただきます。

<1.雪は必ずしも寒い象徴ではない>
よく聞かれる話として「雪がたくさん降るのは寒いからだ」というのがある。
たしかに雪は「冷たい物」だからこのような話になるのも無理もない。
しかし、「寒ければ寒いほど雪がたくさん降る」というのが成り立つのは、日本海側の地域など、世界でも限られた地域でしかない。

雪というのは水が結晶化した(凍った)ものであり、地表の温度が概ね4℃以下なら雨が雪になる。
雪が多いということは、元になる水蒸気がたくさんあるということであり、気温が低いから雪が多くなるわけではない。
水蒸気がたくさんあるということは、近くの海などから水の蒸発が盛んであり、それが運ばれてくるということだ。
蒸発が盛んということは温度が高いということだ。
だから普通は、寒気団が生まれるシベリアのような大地はそもそも水分が少なく、水蒸気は生まれにくく、従って雪の量は少ない。

では何故日本海側では、寒いほど雪が多く降るかというと、
シベリアから寒くて乾いた風が日本に吹き付ける(西高東低の冬型)→海水の暖かい日本海で水が活発に蒸発し、大気中の水蒸気が多くなる。→日本の山脈に水蒸気を多量に含んだ風がぶつかり、上方に向かう。→圧力が下がるので空気に水分を含んでいられなくなり、雪となって降る。
寒いほどシベリアからの風が強くなる(冬型の気圧配置が強まる)から結果として雪が多くなるのである。
このような特殊な条件が成り立つのは世界でもそう多くない。

逆に太平洋側では、寒いほど(冬型が強まるほど)シベリアからの風は日本海側で雪を全部落としてしまい、乾燥した風が吹き付ける。だから雪は少ない。
2月後半や3月には冬型の気圧配置が弱まり、太平洋沖を低気圧が通るようになる(台湾坊主など)。
その低気圧に向かって北東の湿った風が吹くので太平洋側で雪になるのである。
だから、太平洋側の雪は春に近づいた証拠だ。
よくTVで街頭の人が「3月にもなるのに雪とはね。ああ寒っ」と言うのは間違いで、「ああ雪だ。もうすぐ春だな。」が正しいのである。

<2.風邪は寒いから引くというものではない>
「体が冷え切ってしまった。風邪を引いてしまう」。
これもよく聞く話だが、必ずしも正しくない。
風邪を引くのは風邪のウィルスが体内に入るからであり、冷えることそのもので引くのではない。
ウイルスの存在しない南極や宇宙では、どんなに寒かろうと、どんなに体力が弱っていようと、どんなに栄養失調だろうと、風邪は絶対に引かない。

我々の通常の生活空間には風邪のウイルスがうようよいるので、暖かくし、栄養を摂り、睡眠を取るのがよい。
でも、ウイルスの侵入を断ち切ることをおろそかにしては全くの片手落ちである。

風邪のウイルスは、主に口、鼻から、そしてわずかに粘膜から入る。
だから、うがい、手洗いが最も有効だ。
それと、風邪を引いた人の咳やくしゃみの飛沫を吸い込まないことや、いろんな人の触るところになるべく触れない、なども有効だ。

<3.宇宙ステーションや人工衛星の中は無重力ではない>
最近よく日本人の宇宙飛行士が無重力の様子を伝えてきたり、無重力下でのいろんな実験が行われており、実に素晴らしいことだ。
宇宙ステーションや人工衛星は地上から300~400kmの上空を周回しており、一般にはそこは「無重力地帯」と考えられている。
しかしそれは間違いであり、重力はしっかりある。
周回しているために遠心力が働き、重力と釣り合っているために、見かけ上無重力のように感じるだけだ。
だから、仮に地上100mとか1km上を周回する人工衛星があったとしたら、その中は無重力として感じる。

宇宙ステーションが回っているあたりは、大気もほとんどなく、宇宙線も地上よりずっと強いので、「宇宙空間」と言うのは間違いではない。
でも、そこは重力が随分大きいのであり、もし周回してなく止まっていたら、地球に向け真っ逆さまに落ちる。
宇宙空間だから無重力だ、という言い方は子供達に誤解を招く恐れがある。
すごい速さで回っているから無重力だ、と言った方がよい。

そういう意味では、真の無重力地帯は、地球などの天体から何十万kmも離れた宇宙空間である。

<4.年賀状1等はそう珍しいことではない>
お年玉付き年賀ハガキの1等は、6桁の数字が合わないといけないため、ものすごく(天文学的に)低い確率のような気がする。
でも、冷静に計算するとそんなに珍しいことではない。以前このブログで真剣に計算したことがあった。
詳しい結果は忘れてしまったが、ある家が一生の間に1等が当たるのは、10%くらいだった気がする。

事実として、ある地域を管轄する郵便局で、毎年1等が2件くらい出るそうだ。
だから、町内とか知り合いで1等が出る話を聞くのは珍しいことではない。
事実、うちでも1等が当たったことがあるし、知り合いが当たったこともある。

ただ、では宝くじも同様に当たるのはそう珍しくない、と考えるのは早合点だ。
年賀ハガキが当たるということを1軒全体まで考えているし、一生のうち(60年とか)に当たることを想定しているし、書く枚数も100枚などと多い。
宝くじはこのような掛け算は普通成り立たない。
逆に言えば、宝くじも掛け算が成り立つような組織的かつ継続的な買い方をすれば、随分確率が上がるということだ。
さあどうする?

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車のナンバーあれこれ

こんばんは。
こちらつくばに来て感じたことの中で少し不思議なことがあった。
つくばナンバーや土浦ナンバーが多いのは当然だが、水戸ナンバーを結構よく見かけるのだ。
特に、千葉へ帰る時、牛久、龍ヶ崎を通り利根川を越え印西と入るわけなのだが、千葉に帰る時に水戸ナンバーをより多く見かけるのだ。

私の頭の中では水戸は茨城でも北の方という意識がある。
だから水戸ナンバーは茨城南部でたくさん見かけるのはどうも合点がいかなかったのだ。
で、調べてびっくり。
水戸ナンバーというのは北の方だけでなく、太平洋側の地域を南の方まで網羅し、なんと茨城の南の端である神栖(つまり利根川を挟んで銚子の対岸)まで含むのだ。

では、土浦ナンバーはどの区域かというと、茨城南部の霞ヶ浦の西側からつくばの手前まで。
つくばナンバーはつくばからなんと古河までを含む茨城西部の大きな部分を包含する。
本家土浦ナンバーから派生したご当地ナンバーであるつくばが本家を超えた大きさになってしまったのだ。
古河の方までつくばと呼ぶのはちょっと違和感がないか。
それにしても、水戸/土浦/つくばという分け方は茨城を縦割りにするものであった。これには驚いた。

川を渡った千葉県も妙なナンバーの分かれ方をしている。
本家習志野ナンバーから分かれた野田ナンバー、そしてさらにそこからご当地ナンバーとして分かれた柏ナンバー。
なぜ松戸は野田ナンバー、我孫子は柏ナンバーなんだろうか?
そして、千葉ナンバーのど真ん中にできたご当地ナンバーの成田ナンバー。
千葉県の北東部には世にも奇妙にそして複雑にいくつものナンバーが入り乱れている。
市の間で随分かけ引きがあったのだろう。
そのうち市毎のナンバーがつくようになるかもしれない。

ナンバーの名前というのは基本は陸運事務所の所在地の都市名がつく。
でもたまにそれでは納得しない周辺の市が現れる。
例えば、とちぎナンバー、尾張小牧ナンバーなど。
習志野ナンバーは謎が多い。習志野陸運事務所は船橋市習志野台にある。
なぜ船橋ナンバーにならなかったのか。
市川あたりから横やりが入ったのかもしれない。
船橋市習志野台なんだから、いっそのこと「習志野ナンバーにしたら?」とでも進言したのではないだろうか(笑)。

袖ヶ浦ナンバーは、確かに事務所が袖ヶ浦市にある。
でも発足当時は袖ヶ浦町だった。日本で初めて町の名前を冠した車のナンバー。
袖ヶ浦の人は誇りだろうが、その他の房総半島の人にとってはそこを代表する都市とは言い難い。
房総ナンバーが適当だろうが、「暴走」を連想させるのでやめたのか。

伊豆諸島が品川ナンバーなのも最初はびっくりする。
東京都なので東京のどこかのナンバーがつくのはわかるが、一番都会の品川をなぜつけるのか。
たしかに品川のみ海に面している。

愛知県はクルマの県だけあってナンバーの数が多い。
しかし西日本は全般的にナンバーの種類が少ない。
県の名前だけというところも多いし、せいぜい2種類というところも多い。

とにかく、ここ茨城で千葉の印象を悪くしないようにマナーのよい運転をしなくては。

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普通の波と津波の違い

こんばんは。
東日本大震災から丸1年が経ちました。
先ほど14:26に私も黙とういたしました。

東日本の復興に向け、そして日本の復興に向け何か一翼を担えないか。
ずっと毎日考えてきました。
アイデアはこのブログでも随分紹介したつもりです。
昨日の発明もその一環です。
形にして具現化する段階に来たと感じます。
頑張ります。

さて今日は、震災関係で一般に理解の得にくい事柄の解説をさせていただきます。
前回は震度とマグニチュードの違いについて解説させていただきました。
今回は、普通の波と津波の違いです。

津波は言うまでもなく、地震により引き起こされる波です。
そして津波の高さが問題になり、津波のエネルギーは大きいとはTV等で言われます。
でも、津波とは一体何なのかを適切に解説しているメディアはほとんど見当たりません。
津波の基本理解なしには津波の恐ろしさを理解できません。
では解説を始めます。

普通の波も津波も「波」という文字が使われているので、同類のように思われがちですが、両者は全く似て非なるものです。

あなたが風呂の湯船に浸かっている状態を想定してください。
お湯は湯船の淵一杯まで満たされています。
お湯は海です。
湯船の淵は海岸と考えてください。
淵には港があり、水際から少し離れたところには人家や工場や学校があるとします。

あなたは口で息をお湯の表面に向けて「ふーっ」と吹きます。
するとお湯はさざ波を立てます。
でも湯船からお湯が溢れるほどではありません。
そこで、思い切り息を吹きつけると、さざ波も高くなり、少しはお湯も淵から溢れることでしょう。

これが「普通の波」です。
そしてあなたの口が「嵐」です。
嵐とは低気圧や熱帯低気圧や台風や季節風です。

つまり、普通の波は風が海の表面に吹き付けることにより起こります。
普通の波は、大抵の場合、人に被害を与えるほどではありませんが、
大きな嵐により、高い波が生じ、航行する船舶が沈没したり、海岸に係留する船が流されたり、海岸付近の道路が冠水したりなどの被害が起こることが稀にあります。

次に、湯に浸かるあなたは、両の手の平を上に向け、湯船の底に沈めます。
そしてある瞬間、グっと手の平を上にもたげます。
すると、湯船の中のお湯は大幅に動き、お湯は淵からザーっと流れ落ちます。
これが津波です。

あなたの手は地震により動いた海底の岩盤です。
震源は湯船の底か斜めの位置です。
お湯が流れ落ちるそのすごさは、手のひらの大きさ、もたげる速さと距離により異なります。
ガバーっとすごい勢いで湯船の底のお湯をもたげれば、相当の量のお湯がすごい勢いで流れ出ます。

その勢いの大小の差はあれど、口で吹いた水面の「さざ波」と底から塊で来るものとの差は歴然としていることがおわかりでしょう。
口で吹いた波はお風呂の中で5cmくらいの波頭が立つこともあるでしょう。しかしその勢いはたかが知れています。
でも底からガーっと押したお湯の塊は、淵を越える時の高さがたとえ1cmだったとしても、そのお湯の量と勢いは口で吹いた波とは比べ物にならないことがおわかりでしょう。

原理的な意味で、津波の大小は震度よりも地震のエネルギーそのもの、つまりマグニチュードの大小で決まります。
ですから、陸に住む我々が感じた震度よりも、気象庁が観測したマグニチュードの情報がより重要です。
ですから、我々は津波情報に注目しなければなりませんし、気象庁は正確な情報を早く出す必要があります。

最後に、
津波よりも普通の波の方がエネルギーが小さいとは言っても、普通の波の災害を軽視してはいけません。
それと、台風が陸に近づくと気圧が大変下がり、その結果海面が上昇する高潮(たかしお)は港湾部に甚大な被害をもらたします。
伊勢湾台風がよい例です。
これも注意しなければなりません。

テーマ : 東北地方太平洋沖地震~The 2011 off the Pacific coa~
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Coffee Break Beatles No.123 「Till There Was You」

こんばんは。

ビートルズの初期の曲の中でも群を抜いて隠れたバラード的名曲なのがTill There Was You。
小気味よいギターの伴奏と洒落たアレンジ、牧歌的な歌詞とポールの暖かいボーカル。

アルバムWith The Beatlesに収められている。
この曲は、当時の他の曲と同様、右チャンネルはボーカルだけだ。
そこで、私20代前半の頃は、右チャンネルつぶして自分の声を入れてテープに落したりしていた。
だからカラオケなんかもすぐできる。
独身寮にいた時、この曲の右チャンネルoffにしカラオケで歌っていたら、歌が終わった瞬間、壁を隔てた先輩から大きな拍手。
恥ずかしいやらうれしいやら。

だがこの曲はオリジナルではない。ブロードウェイのミュージカルである"Music Man"に出てくるのが原作とされている。

ビートルズバージョンはすごくよくできていて、あたかもビートルズが原作のような雰囲気だ。
そもそもこの曲がミュージカルであったとは想像しがたい。
そこで調べてみたら、あった。下記クリックください。これが原作。

http://www.youtube.com/watch?v=8Gf1I86kAIk&feature=related

確かにミュージカルにピッタリだ。これはこれですごくいい。
ということは、ビートルズのカバーの発想がすごい。
ギターのアレンジとバンドとしてのリズムが加わって全然違う曲になった。あっぱれ!

そしてこの曲は、1963年11月の英王室主催の音楽会で名演が聴ける。
あの有名なジョンのTwist and Shoutを紹介する時のセリフ。
「安い席の人は拍手を、その他の人は宝石を鳴らしてください。」
Till There Was Youはその1曲前に演奏した。下記クリックください。

http://www.youtube.com/watch?v=VeYSUPQVoRI&feature=related

これはレコードとはまた違ってエレキバージョンのすごい名演だと思う。
この曲をポールが紹介する時こんなことを言っている。
This is from a show "Music Man".
This was also recorded by a favorate American Group Sophie Tucker.
(この曲は大好きなアメリカのグループ ソフィー・タッカーもレコードを出しました。)
とここで観客から大爆笑。

結構大真面目に紹介しているのに、ソフィー・タッカーと言った瞬間に大笑い。
一体何がおかしいのか、ずっと謎だった。
そこで今日、少し調べてみた。

ソフィー・タッカーというのは1960年前後に大活躍したアメリカのソロの女性のジャズ歌手のようだ。
有名らしいが、なんせ資料が少ない。
生まれはロシアだが、ユダヤ系アメリカ人の夫と結婚してからはアメリカに移った。

なにやら、若い頃から随分太っており、顔も大きかったようだ。
お客さんから結構からかわれたようだが、かえってそれを売り物にしていた。
顔を黒く塗ってアフリカンジャズなども歌ったとか。
実力もありコミック的なところもあったアーティストのようだ。

ポールは他のライブでも同じネタでこの曲を紹介し笑わせていたという。
で、なぜ笑ったかというと、まずはソフィー・タッカーはグループではなく個人だから。
個人なのにグループほどのサイズと実力があると言いたかったビートルズの半分はジョークで半分は尊敬からか。

ロックグループ・ビートルズとソフィー・タッカーのイメージが合わないので爆笑になったのだと思う。
日本で喩えれば、新進のカッコいいバンドが、「僕らの憧れるバンド『和田アキ子』もこの曲をカバーしました」なんていうのと似た雰囲気かもしれない。(和田さんスミマセン。)
実際にソフィー・タッカーがTill There Was Youをカバーしたかどうかは知らないが、本当にしていたら余計おもしろいと思う。

さらには、ロシア生まれとか、ユダヤ系と結婚したとか、イギリスとアメリカの違いとかの民族的な感情もあって、ジョークにより深みがあるのかもしれない。

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世紀の大発明

こんにちは。
本当に冷たい雨ですね。

さて、昨夜予告させていただいた「世紀の大発明」について。
本当はこの場で皆さんとその興奮を共有したいところなのですが、よーく考えました末、残念ながらそれは控えさせていただきます。
なぜなら、この発明は国家にとっても有効な提言と思われ、戦略上も知的財産管理上もいきなり公的な場で流してしまうのは何とも損失になると考えたからです。

ここは慎重に進めようと思います。
ついてはシンクタンクの最初の正式な仕事とならないか検討を始めます。
もし内容をどうしても知りたい方がいらっしゃいましたら、管理人限定コメントでさわりだけでもお知らせしようかとも思いましたが、誠に残念ながらそれも控えさせていただこうと思います。
皆さまを信頼していないからではなく、ニッポンの将来のためです。
どうかお許しください。

その代わり、今日はその発明を思い立ったいきさつについて紹介したいと思います。
前回の記事で、「私は毎日ブログには論文として成り立つくらいのものを書かないといけないと思っている」と書きました。
これは本当です。(ただ、それが毎日必ずしもすごい結果を伴ってはいませんけどね。)
でも我ながら「まあまあなことを思いついた」という記事はいくつか書けたと思っています。

大事なことは、そのような問題意識を持っていると、必ず「何か」を思いつくようになることです。
毎日、電車の中でもなんでもいいですので、何かを考え付かなくてはいけないことを習慣化すると本当に出てくるから不思議です。

これまでいくつか、音楽のこと、政治経済のこと、国家の方針のこと、科学のこと、メンタルヘルスのこと、その他結構たくさん提言させていただきました。
専門誌は無理としても大学に論文を提出したり、解説書レベルの内容にはなっていると自負しています。
これからは、これらを体系化していきます。

それで、昨日つくばから千葉に車で帰る2時間の間に、「このごろあまり大したことを記事で書いていないので、今日はものすごいことを思いついてみせる!」と意気込んだのでした。
発明はシンプルなほどよい。シンプル・イズ・ベストと言います。
ごたくをたくさん並べた重箱の隅をつつくような発明はろくなものではありません。

そこでまず頭に湧いてきたのが「宇宙エレベーター」でした。
こんな、シンプルだけど発想の転換が素晴らしくしかも影響力の大きい骨太の発明をしてやろう、と思ったのです。

宇宙エレベーターとは、地上数百kmに存在する宇宙ステーションから地上に向けて「管」が下りており、その中をエレベーターが往復し、地上⇔ステーションを人・物資を運ぶというものです。
既に実用化に向けての研究が世界各国で進んでいます。

余談ですが、この宇宙エレベーター。発想はよいのですが、本当に可能なのか。
宇宙エレベーターを喩えるなら、地上からステーションまで無数の人工衛星が連なってつながっているのと同じようなものです。
各人工衛星がその高さで安定に周回するための速さと重さは違うでしょうから(計算すればわかる)、それらをつなぐとうまく釣り合うのか。
どこかでちぎれたり、地上に落ちたり、あるいは上昇してしまったりしないか。
それを防ぐためにかなり複雑な構造にしないといけないのではないか、など。

この宇宙エレベーターに匹敵するような大発明をしてやろう・・・
ということで昨日の2時間の正念場が始まりました。
残念ながらここまでとさせていただきます。

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予告

世紀の大発明をしました。
シンプルで骨太で原理的で斬新で基礎的で経済効果大きく実用面大きいものです。
あまりにすごいので我ながらその発想に興奮さめやらぬ思いです。
物理学的に今検証していますし、いろんな意味で落ち着いて見直しています。
明日の昼になってもなお、状況変らないなら、このブログできちんと書いて、その発明を訴えます。

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「マゾ」・・・言い得て妙

こんばんは。

今日は久しぶりに東京本社へ行きました。
大体週に1回のペースです。
TXは他の路線に比べ空いているとは言え、電車通勤はやはりかなりなストレスです。
最近までよくやっていたなあ、と思う。

さて、今日のタイトル、何かを期待したアナタ!
アナタの期待とはちょっと違うんですよ。
でもおもしろい切り口であることは保証します。

ではいきなり質問です。

Q1:進路分けの時期が来た。さてあなたはどっち?
A:文科系、B:理科系。

Q2:すごく嫌な上司に当たってしまった。
A:割り切って適当に交わす、B:自分にとって勉強だからプラスに考える。

Q3:フルマラソン(42km)という競技がある。
A:そんなものバカバカしくてやっていられない、B:そういう競技があるのだからやってみるべきである。

Q4:ある国では返杯の付き合いをしないと製品を買ってもらえない。
A:そこまで付き合う必要はない、B:是非付き合って買ってもらう。

Q5:今日のブログでは何を書こうか?
A:無理に考えることはない、B:必ず論文になるようなネタを考え出さないといけない。

Q6:町内会長のやり手がいない。
A:誰かにやってもらおう、B:自分がまず手を挙げよう。


さあ、どうでしたか?
私は答えは全部Bです。
自分の性格を評して「まじめ」という気はありません。
辛いことは積極的に受け入れないと済まない性格なのです。
これを聞いたあるブロ友さんが、「それは『マゾ』的なものではないですか?」と。

それを聞いた私は一瞬驚きましたが、1分くらいすると、「う~ん、言い得て妙だ」と頷いてしまいました。
まあ、マゾというのがベストな表現かどうかは別として、なかなか鋭い切り口だと思いました。
もちろん私は、一連のBのことをやることそのものに快感を感じるのではありません。
辛い物は辛い。でも、やらないといけないという確信をまず感じるのです。

ここで大事なことは、Aタイプの人とBタイプの人はどっちかが偉いということではないこと。
おそらく両方のタイプがいないと世の中が進歩しないように思います。

そして概ね、Aタイプの人はリーダー的、Bタイプの人はサブ的な役回りが多いのではないか、と思います。

それでここからが新たな展開なのですが、
50を過ぎた私はBタイプでありながら発信を試みる、と決めたのです。

発信したいことはたくさんあり、全部をここで紹介するのは無理ですので、あくまでもほんの一例を下記します。
これまでは、リーダー=政治力があり頭の回転が優れる、だけどフォロワーの本当の気持ちがわからない、フォロワー=努力家で決められたことを実践するが、方向性を示せず、ストレスも溜まる。
この不安定な世の中で溜まっているストレスを最小にし、民意を最大の力にするために、フォロワー上がりのリーダーが必要と考えています。

これはほんの一例であり、経歴や専門や趣味や考え方をこれまでにはない発想で融合させることの是非を研究したく思っております。

テーマ : 物おもう
ジャンル : その他

常識と反対の論法にワクワク

こんばんは。
今日は本当に暖かでした。
でもまた数日すると真冬並みの寒さが続くようです。
なかなかそう簡単には行きませんね。

どんなテーマでもそうですが、常識とは反対の論法が出てくるとワクワクしますよね。
最近で言えば最もセンセーショナルなのが、ニュートリノは光より速い、という観測結果。
あるいは、地球温暖化は少し長い目で見れば起きない、あるいは、温暖化により炭酸ガスが増えているのではない、あるいは、炭酸ガスが増えても人間は困らない、などもインパクトのある反対論法です。
理科系の話に限らず、真の独創性を得ようと思うなら最初は徹底的に模倣せよ、なんかもおもしろいです。
そして、日本経済の回復においても反対論法が現れるとワクワクします。
世の中の趨勢と反対のことを主張するのですから、スカっとした快感が湧く人が多いと思いますが、逆に保守的な人などは不快感を覚える人もいるでしょう。
そして、時に反対論法は世の中を改革する大きなきっかけになることもあります。

反対論法が本当に正しいものになるには、正しいデータとそれを基に組み立てる論証の正しい手順を踏まなければなりません。
再現性の検証も必要でしょう。反例もないかも調べないといけません。

今日の日経新聞の「経済教室」欄には、大変興味深い「世の中の常識とは反対」のことが書かれていました。
この「経済教室」。「教室」となってはいますが、基礎的なことを教えるというよりは、新しい提言が多いです。
しかも骨太で斬新な考え方が載ることが時々あり、大変優れた企画だと思っています。

今日の題目は「経常収支問題を考える㊤ 『赤字転落』を嘆く必要なし」という刺激的なものであり、寄稿者は早稲田大学教授・谷内満さんです。
私は数日前にこのブログで、日本はまもなく経常赤字に転落する可能性がある、既に転落しているアメリカのような、あるいはアメリカとは替るファクターを持たないといけないのではないか、と書きました。
今日の谷内さんの論法は、もっと本質を突くユニークかつ鋭いものでした。

ごくごくかいつまんでその内容を紹介します。
経常収支とは貿易収支、サービス収支、所得収支等の合算であり、一方、財政収支と企業収支と個人収支の合算でもある。
経常収支が黒か赤かは全体のプラスマイナスであり一つの指標ではあるけれど、それが全てを表すわけではない。
内容がよくて赤の場合もあれば、内容が悪くて黒の場合もある。

最近の日本は、経常収支が黒字で来ており、主に企業の黒字によるものだが、企業が貯蓄し投資を渋っているから黒なだけであり、言わば企業に元気がないから経常収支が黒だとも言える。
一般には経常収支が赤になったことと引き換えに外国から資金を借り入れると言われるが、実際には黒の段階から借り入れられる。
現に日本もドイツもそうだ。

また、貿易黒字だった日本は輸入が不足していたとも言える。
輸入を促進し、外資を積極的に取り入れる方向、すなわち経常収支が赤に傾く方向は経済を発展させる方向でもある。
だいたい、現代の先進国は、経済のボーダレス化により生産が海外にシフトしているために経常赤字になりやすい。

まとめると、経常収支が黒か赤かは大して重要ではなく、その中身がどのように組み上がっているか、将来性のある趨勢にあるか、が重要である。
しかし谷内氏は言う。だからと言って、財政赤字や国債への超依存、企業の活性などそのものが低下するのは根本的問題だ。
だから、経常収支に惑わされずにこうした問題に正面から立ち向かうべきだ、と。

パチパチパチ! 大拍手です。

テーマ : 政治・経済・時事問題
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思いのたけ

思いのたけを英語の現代詩にしてみました。
文法や細かいことはあまりこだわらず、ハートから湧いたことをそのままタイピングしました。
時々英語で考えることは、気持ちを整理するには有効と思われます。
日本語は優れた言語ですが、この厳しい海外との競争においては、たまに日本語を離れ、閉塞状況を打破する必要があると思います。

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I am facing three kinds of difficulty.
One is about my work, one is about my father, and the other one is about the young generation.
All of the ones are very serious, but they are indeed necessary for me, inevitable for me, important for me.

The first and second ones are of my individual.
The last one is the most serious and important.

Young generation people in Japan are suffering from hard getting jobs and having less hope toward their future.
Their primary reason is the current low status in economy, politics and society which my generation has created.
I feel my deepest regret that we led these kinds of problem.

Rather than finding out my individual fun after my retirement, I must really suggest any "stone" by which Japan might step into a new and worthwhile mode.

I never give up.
I never lose our hope.
I love the young generation people.

Mar.4, 2012
ST Rocker

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ジャンル : その他

一筋の光明か・・・

こんにちは。
今日はひな祭りにふさわしい穏やかでよい天気ですね。

今週は精神的にタフなことが複数重なり、久しぶりに落ち込みました。
(その一方、楽しい飲み会もありましたけど。)
そして、日本の政治と経済も複合問題で閉塞感のみの感触です。
若い人が希望を持って将来を展望できにくい世の中にしてしまった世代として、大いに責任を感じます。
なんとか一石を投じなくては、と真剣に思っています。

まずは自分自身を落ち着かせようと思いました。
左脳酷使したようでしたので、右脳刺激のため、久しぶりにピアノ弾き語りをしました。
弾いたのは、The Long and Winding Road、Lady Madonna、Martha My Dear、Imagineの4曲。
久しぶりなので少しもつれましたが、まあまあ弾け歌えました。
脳内にアルファー波が出たような感覚が来ました。これこれ!

レディマドンナは本当にリズムを取るのが難しい曲です。
体の位置や角度を最高の状態に合わせてピアノに向かい、ドラムを叩くようなイメージで演奏するのがよいです。
世界的ピアニスト辻井伸行さんを指導した先生が、ピアノは音感だけではなく、運動神経がよくないと演奏を具体化できない、と言っていました。
まさにこのレディマドンナ然りです。

さて、では本題の経済の話題に入ります。
エルピーダメモリの会社更生法の申請は日本経済にとってものすごいショッキングなことです。
かつて日本の半導体メーカーは世界の上位を独占しました。
あたかもビートルズが一時期ランキングの上位を占めた如く。
そしてその対照の韓国サムソン、ハイニックスの大躍進。

今日のBS朝日の「激論クロスファイア」(すごくよい番組です)では、サムソンとエルピーダの比較を象徴とした日本の特徴を見事にディスカッションしていました。
かいつまんで言いますと、サムソンの大躍進の理由は、トップのものすごい速くて多額の投資と意思決定だ、と。
技術が必ずしも優れているからではありません。
韓国は最初から海外を市場のターゲットにしていたため、その感覚に目を光らせていたこともあります。

私はこのブログで、日本人は欧米人と違い、原理原則を第一に考えるのではなく、人の和とか下から積み上がったものから逆に原理原則を作る、そんな文化が支配している、と。
ですから、極端なトップダウンを実行するリーダーは日本では合わないのではないか、と考えました。
政治改革、公務員改革、既得権まみれの構図の打破、などはやらなくてはいけないのですが、こうしたことも下からの積み上げで形成されたものでしょうから、いきなり新しい考えをかざした強硬リーダーが現れても改革は難しいだろう、と考えました。
そこでふと疑問が湧きました。

日本と似た文化をもつ韓国がなぜトップダウン的なことが成功したのか?
少し考えましたところ、それは財閥の存在があったからではないでしょうか。
意思決定と資金調達のスピード。そういうものをトップダウン的に実行する(影の)組織が財閥ではないのでしょうか。

では、日本にもそうしたトップダウン的な機能がどこかに隠れていないでしょうか。
基本は草の根の活動から積み上げるのが日本では理想、でも時間がかかる。
だから、韓国のサムソン的なトップダウンの機能もどこかに持ちましょう。
ただ、危険なトップダウンになると暴走してしまいますから、そこはかなり慎重に。

それともう一つ重要なことは、この複合経済問題をどの部分から改革していくか、です。
やがて来てしまうかもしれない経常収支の赤字。
アメリカはこれを経済上昇期待感、人口の増大、ドルの強みで外国の投資家から資金を得て国家破綻を免れています。(今日のクロスファイアで見事に解説していました)
さあ、日本はどうしますか。
今日はここまでにしておきましょう。

少しは考える道筋がついてきました。
一縷の光明でしょうか・・・

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ジャンル : 政治・経済

単身赴任報告 Part 9

みなさま、こんばんは。
つくばでの単身赴任生活もまるまる2ヶ月を迎え、もうすっかり落ち着いてきました。

今日は、先週とは違って金曜夜のうちに千葉まで戻ってきました。
車で戻ると、運転事情の差は歴然ですね。
一言で言うと、つくばは冷静、千葉は熱い運転。
つくばに比べますと、千葉の道はくねって、上り下りも多いですし、信号間の距離も短い。

つくばに比べると千葉の運転は、ずいぶん気が短いなあ。
やたらに右車線に行ったり左車線に行ったり。
そして、怒ったり謝ったり。
本当に千葉はせわしないなあ。

ところでところで。
今週はいろんな意味でしんどかったです。
自分では御しきれない仕事上のdifficulty。
そんな中で励ましてくださった素晴らしいブロ友さん方。
でもそんな中の仲間との素晴らしい飲み会。

実家の年老いたオヤジも気になりますしね。

いろいろ気にかけていただいた方すごく感謝です。
国家施策。ここらでクリアな提言しなきゃ、なんですが。
私的にも、政府的にも今はちょっと特にattractveなアイデアなしかな?

よし、仕方ない。
もうちょい頑張って考えるしかない!

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ST Rocker

Author:ST Rocker
ビートルズ解析ブログへようこそ!
つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
ご気楽にコメントください。

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