FC2ブログ

Coffee Break Beatles No.200 「200号記念はやはりThe Long and Winding Road」

みなさまこんばんば。
陽性者数はようやく目に見えた減少傾向に転じましたね。
しかし、長引く自粛生活、みなさま本当にお疲れさまです。
僕もご多聞に漏れず、今週火曜(4/21)から在宅勤務です。
在宅でできる仕事も多いけど、しょせんテレビ会議など人間のコミュニケーションじゃないです。
正直な人間も、策を練る人間も、リモートでは真意が伝わりにくいので、ストレスが溜まります。

前回の記事では、数学のお遊びで書いた訳ではないのです。
あのような論理思考に立たないと、物事の判断などできようがないと考えます。特に今回のような混迷を深めた状況では。
そのための一般教養の一つとしての「数学Ⅰ」(今は何て呼ぶのか?)だったのです。

さて、おかげさまをもちまして、Coffee Break Beatlesが記念すべき200号目となりました。
ビートルズのトリビアとか情報とか、リラックスした雰囲気で読んでもらうシリーズです。
最初の頃は打ち出の小槌のようにテーマが出てきたのですが、さすがにここ数年は出なくなってきました。

200号目に何を書くか考えたあげく、このこだわりの曲にしました。
前回の記事で、黒鍵だらけだけど、好きなE♭のキーの曲だと書きました。

あのフィル・スペクターがオケのオーバーアレンジをしたのを、ポールが激怒した曲として有名です。
映画レット・イット・ビーで演奏したあのシンプルな演奏(アルバム「ネイキッド」にも収録されています)を聴くと、ポールの言いたかったことがわかります。
アルバム「アンソロジー」のテイクもいいですね。

僕はシンプルバージョンがこれまで好きでした。
でもだんだんフィルのアレンジにも興味が湧いてきています。
そこで今日は、過去に録音した多重録音に、ストリングスを入れてみました。
まだまだテキトーです。頭にあるものを入れただけですので。
ついでに、これまでのボーカルを今日、入れ替えました。
よって、今回の多重録音において、今日の録音はストリングスとボーカルだけです。
それ以外は、以前の録音です。

この曲の多重録音のゴールは遠いです。まさに「長くて曲がりくねった道」です。

スポンサーサイト



テーマ : お気に入り&好きな音楽
ジャンル : 音楽

必要条件、十分条件、必要十分条件

4/19(日)午前10時、わかりやすいように手書きのイメージを末尾に追記しました。

みなさまこんばんは。
引き続き大変な世の中が続いています。本当にお疲れ様です。
今日は関東は大嵐です。
僕は子供の頃から大嵐になると心身のどこかの感覚がハイになるようなのです。
もちろん災害を伴うような場合は、そのための理性は働きますが。
気圧が低くなると人間をハイにさせるという研究もありますので、そのせいでしょうか。

今週も会社でかなり困ったことに対処し続けているので、かなり精神が参りました。
この土日で何とか回復するために、今回は映画を観ました。
ブロ友のGOMA28さんの紹介されている「ブランカとギター弾き」です。
自分の生きている世界とは特殊なものだとつくづく思いました。
自分の悩みを客観的に見ることに少し役立った気がしましたし、何より心が洗われた気がしました。

では今日のお題へ入ってまいります。

僕は新課程の1年目なんです。
「新課程」と言っても、僕らが高校に入学する1973年のことを指します(笑)
その新課程で強化されたことの一つが、数学Ⅰにおいて、命題の論証、確率、集合、ベクトル、行列などでした。
それまでの旧課程での数学では数式のオンパレードだったのを、「考え方」を重視する教育に変わったのです。
僕はこの流れをよいことだと思ってきました。
おかげさまで、僕はこの教育の恩恵を受け、その後の人生において、これらのことを実践続けています。このブログでもこの考え方に基づいた発信をしてきています。

テレビの報道などでもこうした考え方は比較的採り入れられてきたように思います。
ところがどうもここ数年のテレビでは、この考え方に基づかず、ただただ定性的な情報(極論すると、よいか、悪いかだけの情報)しか言わなくなってきている気がします。
例えば、台風、コロナ、原発などの報道において顕著です。

ネットでは自由な議論ができるはずですので、考え方重視の動画がたくさんあってもよいはずなのですが、どうも「あいつの言っていることはだめだ」と叩くような定性的な論調がほとんどです。
あの人の唱える考え方の道筋のここが参考になる、などのようなやり方で自分なりの考えを構築していくことが人間の本来的な生き方のはずです。

それでは今日は、必要条件、十分条件、必要十分条件のお話をしてみます。

A: その人は男性です。
B: その人は人間です。
という2つのことの関係を考えてみます。

「AならばB」と言えるでしょうか? Yesですね。
では、「BならばA」と言えるでしょうか? 必ずしもそうとは言えないので、Noです。

数学的に表現すると、「AならばB」という命題が真(正しい)である時、AはBの十分条件であり、BはAの必要条件である、と言います。
つまり、上の例で言えば、男性であれば必ず人間ですが、人間であれば必ず男性ではありません。

では次のような場合はどうでしょうか?
A: その人は男性です。
C: その人はY染色体を持っています。

はい、「AならばC」と「CならばA」の両方向の命題が真となります。
つまり、男性であれば必ずY染色体を持っていますし、Y染色体を持っている人は必ず男性なのです。
数学的には、AとCは互いに必要十分条件である、と言います。
つまり、AとCは互いに必要条件であり、かつ十分条件であるわけです。
集合論で言えば、AとCの集合はイコールということになります。Aの集合またはCの集合のどちらかだけにしか存在しない個体はない、という意味です。

実は、物事の関係が、必要条件、十分条件、必要十分条件のどれなのかということは、この世の中では極めて重要なことです。
今問題の新型コロナウイルスにおいてその重要さを指摘してみます。

PCR検査において、次の2つの関係を考えてみます。
P: その人にPCR検査を施すと陽性が出る。
Q: その人は新型コロナウイルス感染者である。

今まさにテレビは、P=Qという関係、すなわち、PとQは互いに必要十分条件である、という立場で報道しています。
もし今の新型コロナ用PCR検査というものが、真の感染者を100%陽性とし、真の非感染者の100%陰性とするのなら、必要十分条件であると言えます。
でも現状ではそうではなないのですから、どちらがどちらの必要条件か、あるいは十分条件か、はたまた必要条件でも十分条件でもないのか、を見極めることが重要となります。

これを検討するに当たっては、例えばまず、今やっている新型コロナ検知用PCR検査は新型コロナ以外のコロナも陽性としてしまうのか、さらにはコロナ以外の風邪も陽性としてしまうのか、の検証が重要です。
ネットでは、ほとんど全ての風邪を検出してしまうという医療関係者もいます。
そこでいろいろネット上を調べてみましたが、どうもはっきりとした定量的なことを示している論文や記事は見当たりませんでした。
一応、検査原理は新型コロナだけを検出するようには設計されています。
今現在陽性が出ている人の数の中で、少なからず悲感染者がいるのは事実と思いますが、その存在確率がごくわずかなのか、はたまた大半なのか、様々な意見が交錯している状態です。

つまり現時点では、「PならばQ」という命題は真というにはデータが不足していると言えます。

では、逆方向の「QならばP」という命題はどうでしょうか。
こちらは、「PならばQ」よりはかなり真に近いと思います。
これに関しても今のところはっきりとした定量的データはないものの、実際に感染している人が検査をすれば大半は陽性になると見てよいでしょう。

従って、目下の情報を元に判断すると、Pという集合とQという集合は、どちらかが他方を包含する関係ではなく、重なり合った部分をもつと言えます。
Pの方が大きい集合と思われますが、Qよりもどれほど大きいかは不明です。
PとQの重なり部分は、Qの大半部分を占めると思われます。

PCR検査のことを検証するだけでも、これだけのことを検証しないといけないので、さらに次のような関係はさらに複雑な様相を呈します。

X: 1日当たりの新たなPCR陽性者数が増える。
Y: 人々の自粛が足りない。

この両者の関係も、必要十分条件であることが当たり前のように報道していますが、実に多くの検証すべきポイントがあります。
PCR検査の不確実性に加えて、最近は検査数が急増していますので、その効果なども考慮に入れなければいけません。
また、伝染の経路やメカニズムの検証も大事です。

言いたいことは、「危険です」という煽り論調と、「全然大丈夫です」という楽観論調の、2つの定性的な両極論しかないことが問題ということです。

新型であり、一部の人は重症化しやすく、ワクチンや治療薬がない今、安全サイドで行くべきですし、政府や自治体の要請には従います。
けど、必要条件、十分条件、必要十分条件を全く考慮しない危険論調に国民が一様に振り回されるのは最善策ではありませんし、逆に必要条件、十分条件、必要十分条件を全く考慮しない楽観論調(例えば、PCRは風邪を全部検出するので、今の騒ぎは風邪が流行っているのと同じ、だから全く対策必要なし)を妄信的に信ずるのも防がないといけません。

可能性があることと必要十分条件をごっちゃにしてはいけません。
今回のコロナ禍を機にぜひ、必要条件、十分条件、必要十分条件をいろんなことに対して意識してみてはいかがでしょうか。
おそらくは正しいと思われる姿_20200419 - コピー
現在テレビが伝えているイメージ_20200419 - コピー
自粛不要を唱える人のイメージ_20200419 - コピー

テーマ : その他
ジャンル : その他

Coffee Break Beatles No.199 「For No One(フォー・ノー・ワン)を多重録音してみた」

みなさまこんばんは。
しばらくシリアスな記事が続いたので今日はリラックスした記事を書きます。
タイトルにもあるように、コーヒーブレークしてください。
このシリーズCoffee Break Beatlesもついにあと1回で200回目を迎えます。
何か特集記事やらないと。

ただでさえ土日は心技体のバランスを図ることを心がけていますが、このコロナ禍ですもの、さらに意識的にバランス図らないと。
僕に限って言えば、先週会社でかなりいやなことがあり、こだわり過ぎるとかなりヤバい状況でしたので、意識的に発想の転換を図る必要がありました。

僕は若い頃からギターやピアノの弾き語りを趣味としています。
それだけでも十分よい趣味だと思いますが、さらに広く、深く極めようと思って、多重録音をやっています。
自分一人で何から何まで録音することもありますし、誰かとコラボする場合もあります。そのやり様は様々です。

質の高い作品を発表できればいいですが、なかなかそうもいかないので、作製過程を楽しむことにしています。
左脳も右脳も使うようです。
喩えれば、子供が何かのいたずらをするようなワクワク感ですね。
終わった後は必ず爽快な気分になります。

今、この記事は、「コロナビール」を飲みながら書いています。
「コロナをやっつけろ!」ってね(笑)
1987年に僕が初めて仕事で海外に行ったのがハワイでした。学会があったんです。
その時、アメリカ人からコロナビールを紹介してもらいました。メキシコのビールです。
燦燦と輝く太陽の下、コロナビールの飲み口にレモンを差して、岩塩もちょろっとつけて、ぐいっとやるんです。
あれ以来僕は病み付きになりました。
あの頃は日本ではほとんど売っていませんでしたが、今は酒屋ならどこでも売ってるでしょう。



今日の多重録音は、ビートルズのFor No One(フォー・ノー・ワン)を一人で全パート録音しました。
1966年の名アルバムRevolver(リヴォルヴァー)の中の1曲です。

ビートルズというのは、アイドル曲やロックな曲を書く一方、時々とんでもない名曲を初期のうちから出していました。
例えば、This Boy、If I Fell、Yesterday、I've Just Seen a Face、Here There and Everywhere、そしてこのFor No Oneです。
これらの曲は、あたかも過去に専門の作曲家が作ったスタンダード曲のような感じです。
でも、100%完璧なスタンダートではなく、どこか素人っぽい部分が見られ、そこがまた魅力でもあります。

実はこのFor No Oneは、結構若い時に、大体は耳コピしていました。
でも、ピアノやギターでは弾き語りしにくかったので、ほとんどやっていませんでした。
キーがB(ロ長調)なんです。
ピアノでもギターでも弾きにくいです。
それにあの独特なリズム。
そして、この曲の見せ場は、サビの部分で、駆け上るようなベースと、アルプスの牧場にこだまするかのような美しいホルンです。
たとえ、ピアノやギターで弾けたとしても、この曲の魅力を表現するのは難しかったのです。

キーがBの曲というのはとても珍しいです。
ビートルズでは、この曲以外だと、One After 909ぐらいでしょうか。
ローリング・ストーンズではJumping Jank FlashがBです。
山根康広のの愛を贈りたいから~Get Along TogetherもBです。
あと、いすゞのトラックのCM(♪ど~こ~までも・・・)もBです(笑)
とにかく少ないですよ。
Bの曲をピアノで弾くと#だらけになってしまい、なぜかあまり好きでないです。
黒鍵が多いなら♭だらけのほうがいいですね。例えばThe Long and Winding Road(キーE♭)なんか弾くの好きです。

For No Oneの詞は結構大人です。
ポールの甘いボーカルと、あののどかなホルンの響きからして、のほほんとしたストーリーと思いきや、そんなことは全然ありません。
結構複雑なシチュエーションを描いた詞です。
サビは暗い雰囲気を醸し出していますし、"Cried for no one"と歌詞からして虚しいloveを歌っているのです。

主にポールが作った詞なのでしょうけど、ジョンもきっと「おいポール、なかなかの詞を作ったな」と言ったに違いありません。
大人な詞ですけど、意外にヒヤリングしやすいです。
だから、若い頃からドライブ中に歌っていました。

そして、今日ようやく多重録音の運びとなったのです。
コードとメロディを耳コピすること自体は結構簡単でしたが、それぞれの楽器とボーカルにおいて、あの雰囲気を出すのはとても難しかったです。
ただやるだけだと、すごく変になってしまいます。
(っていうか、結局変なものしかできなかったけど)

では、拙録ですが、お楽しみください。

大事なこと(主にマスコミの問題点において)

みなさまこんにちは。
いろいろと本当にお疲れ様です!

今回も新型コロナウイルス関係で、私が感じていることを書かせていただきます。

私の考え方の基本は、もちろん、国民一丸となって危機を乗り越えるスタンスに変りはありません。
しかし、今のままでは多くの国民は十分な納得が得られないまま、ただただ疲弊することになってしまうでしょう。
そこで今日は大事なことを書きます。

マスコミは事実を客観的に、しかも公正に報道すべきです。
しかし現状ではそうなっていません。
去年の台風でもそうでした。

最終的な行動は国民自らの考えや判断基準にに則りすべきです。
それを尊重すべく、マスコミは情報を提供すべきです。

人間の行動というのは、個人レベルでも、集団においても、あるいは社会全体においても、物事を立体的に検討し、定量的に考え、分かっていることといないことを明らかにした上で、何をゴールにするかを決め、効果とリスクを総合判断していくべきです。
実はこれは当たり前のことです。
子供を育てる場合を考えてみてください。
あらゆることを検討して育てますよね。
誰が、一辺倒のことだけを考えて子供を育てますか?

ところが、台風や新型コロナに関しては、国民は一辺倒になってしまっているのです。
マスコミは、全体をもやっと一元的な、そして誘導するような報道しかしていないからだと思います。

今回の新型コロナの報道で、少し例を出しましょう。

まず、「感染拡大」という言葉。
マスコミは、累計感染者数が右肩上がりに上がっていることだけをもって感染拡大と言っており、これを視聴者はそのまま受け取っているのが現状です。
例えば、1日の新たな感染者数が全国で50人程度の状態がずっと続いていた時も「感染拡大」と言っていました。
感染症というのは、罹った人はどんどん回復していくわけですから、毎日の新たな感染者数が一定ということは、患者数は一定ということになります。
つまり、一人の患者が別の一人に移している状態です。
これは感染拡大ではありません。
一人の患者が二人に移し、さらにその人が次の二人に移し・・・のような”倍々ゲーム”のようであれば感染拡大と言えるでしょう。

我が国においては、1日の新たな感染者数は、数十人から100人程度に移行した瞬間、さらにはそれが数百人レベルにジャンプアップした瞬間はありました。
そうした何回かの瞬間そのものは感染拡大と言えなくはないかもしれません。ただし、それが何によるものなのかが重要です。

「感染拡大」という言葉を累計感染者数の毎日の増加のみをもって使っているマスコミは非常に罪深いものと言わざるを得ません。

また、感染者の実名を挙げて報道するのもおかしいですね。  
台風の時もそうでしたが、国民全体にもや~とした超ヤバ危機意識を植え付け、全体の行動を委縮させています。

くりかえしますが、物事は立体的に検討し、定量的に考え、分かっていることといないことを明らかにした上で、何をゴールにするかを決め、効果とリスクを総合判断していくべきです。
それを国民が個々に判断できるような客観的、立体的事実を公正に報道すべきなのがマスコミでしょう。

新型コロナについて、ネット上にはマスコミの言わないいろんな意見が示されています。
しかし、いろんな意見を理解し、系統立てるのは自分自身であるべきです。自分自身の中に考える枠がないと、単に奇異な情報としてGoodかBadの感覚しか生まれないことになります。

もし、自分自身の考える枠があるという自負がある方は、下記の武田邦彦さんの動画を観てみてください。
実に立体的、定量的、総合判断的な見解が示されています。
ただし、あくまで冷静に受け取ってください。決して全てを流されないでください。

https://youtu.be/4b8eTOsaQxM

前回記事で紹介した山中先生のHPも立体的、定量的、総合判断的な内容です。

政府レベルで考えること、自治体レベルで考えること、個人レベルで考えること、そのいずれも立体的、定量的、総合判断的であるべきです。
さあ、最も強力な戦略を一緒に考えましょう。

以上です。
土日は少しでもリラックスするようにしましょう。
私も心技体のバランスを図ります。楽しいこともやりますよ。

テーマ : その他
ジャンル : その他

今こそ物事を定量的に示すべきです(コロナ禍に鑑みて)

みなさまこんばんは。

訪問者数のカウンター表示がここ数日おかしくなりました。
1日当たりの訪問者数が、3日前には正しい数の1割程度しか表示されませんでした。
一昨日は8割程度、昨日は9割程度となり、回復されつつはあります。

この異常が他の方でも起きているのかどうか知りたくて、いろんな方のブログを拝見しました。
まずはとても驚いたこと。訪問者カウンターってほとんどの人が設置しているものとばかり思っていましたが、そんなこと全然ないどころか、設置していない人がほとんどではないですか!
これにはめちゃ驚きましたね。だって、これまでそんなこと考えてもみなかったので。
(かく言う私も英文ブログの方には設置していません(笑))
正確には数えていませんが、カウンターを設置している人は大体2割くらいのようです。
その少ない方のカウンターを見させていただいたところ、約半数の方に僕と同じ異常が見られました。
(カウンターの上にカーソルを置くと、過去1週間の訪問者数の推移を見られます)

この訪問者カウンターの表示数というのは、そもそもが正しくありません。
少なくとも僕の場合は、今回のような異常がなくても、正しい数の8掛け程度しか表示されないようなのです。
例えば、訪問者履歴には1日300名程度記録されているのに、カウンターには240名とか。
ただ、その「8掛け」のような係数は毎日一定のようです。だから、多い少ないの推移は反映されています。

ま、いずれにしても絶対数そのものにはさほど意味はないので、一つの目安として、大体どれほどの方がいらっしゃったというバロメーターとして捉えています。
それにしても、訪問者カウンターそのものが大多数のFC2ブロガーさんには関係ない事柄であったのを10年間全く気付かなかったわけで、「やれ累計10万人ご来訪多謝」とか言っても空回りしていたことになりますね。にもかかわらず声をかけていただいた方には本当に感謝です。

さてさて。大変なコロナ禍です。
みなさま本当にお疲れ様です。
新型のウイルスですし、危険な面、未知の面があるので、国民一致協力の上、不便を我慢し、難局を乗り越えるべきです。
しかし一方では、問題点も確実にあると思います。今のままでは国民は疲弊してしまうでしょう。
では、僕なりに今の問題点を挙げてみます。

①小池都知事をはじめとするリーダーの要請には、データに基づく定量的な説明がないこと。
②マスコミは嘘は言っていないにせよ、一部のことを、さもそれが全てである如く歪曲して報道していること。

今現在、大事なポイントは次のような事柄だと思います。
・今回の新型コロナウイルスの危険なところ、危険ではないところは何なのか。どんな特徴を持ったウイルスなのか。
・何が分かっていて、何が分かっていないのか。専門家はこれから何を突き止めていこうとしているのか。
・感染者のうち、具体的にどのような人が他者に感染させやすく、どのような人がさせにくいのか。具体的にどのような状況が感染させやすいのか。
・なぜ日本だけが感染者数が他国に比べ極端に少ないのか。
・現在の日本の感染者数では、自粛をすることによる健康的リスク回避のプラス面よりも人々の困窮のマイナス面の方がはるかに大きいという判断もできる中、なぜ自粛を行うのか。さらにはなぜロックダウンの可能性があると判断できるのか。
・現在の自粛が意味があるとして、では今後どのくらいの期間でどのようにウイルスを抑え込む(あるいは長引かせる)のがよいのか。そしてその作戦は上記のウイルスのどの特徴によるものなのか。誰のどのような行いに基づくものなのか。
・健康面の戦略と共に、人々の生活を守るため、何をどうすれば最も損害が少なくなるのか。

現状では、これらのことは十分に説明されておらず、しかも定量的には説明されていないと思います。

オーバーシュート、ロックダウン、クラスター、さんみつ・・・。言葉遊びだけでは困ります。
多くの人が、検査の陽性数の累計数が毎日増えていくことをもってでしか感染拡大と言っていないマスコミの報道に翻弄されています。

全てのことが危険回避のために同じように作用するのなら、今のような説明で誰もに自粛要請さえすれば事足りるでしょうけど、いろんな事柄が複雑に入り組んでいるわけですので、「**が**であるから、**の期間、**の状態にする。そのために、**の人には**を要請し、**の人には**を要請する。」のような説明をするべきです。
しかもそれを、データに基づき定量的に説明すべきです。
できる限り多くの人が納得できるように、重要なポイントについてのプラス面、マイナス面を定量的に説明し、ゴールとその道筋をできる限り明確にすべきです。
分からないことがあり、難しいことがあるからこそ、定量的に説明すべきなのです。

ではこの状況に対しどうすべきなのか。
実は、僕なりに上記したことの一つ一つに考えを述べようと思ってある程度まとめていました。
そんな中、今朝友人より、京大iPS細胞研究所の山中所長(教授)の立ち上げたHPが大変興味深いので見てみたらどうかとのお話をいただきました。
https://www.covid19-yamanaka.com/index.html
早速見てみたところ、これはもう、まずはこちらをブログで紹介すべきと思い、急遽書くことにしました。
山中先生はウイルス学の専門家ではありませんが、同じ医学関係の研究者として、役に立てないかということでHPを立ち上げたとのことです。
何より、研究者として一流ですので、医学的問題を多角的に、そして定量的に解析し、問題解決法を提言することにおいては、一流であろうことは十分に予想できます。
そして実際HPを拝見したところ、全く期待を裏切らない構成と内容になっています。

今回の新型コロナウイルスは、多くは無症状または軽症で済むものの、感染力が強く、感染者の約5%の人は救命装置がないと助からないこと(別の研究者も言っていました)という危険な部分と、そうでない部分を分かりやすくまとめられ、分かっていることと分かっていないことをしっかり分けて示しておられます。
多くは自らの知見というよりは他の研究者の引用であるでしょうけど、多くの論文等を読んで、客観的にまとめていると思います。
何より定量的です。

そして具体的な提言もされています。
例えば、感染力のないまたは弱い感染者を受け入れる状況を作るべきだなどの方策など。

とにかく、訳もわからぬ説明で国民に漫然たる自粛を求めても仕方ありませんね。
その意味では山中先生の取り組みはとても光ります。

僕は、山中先生が示しておられることの中には、違うのではないかと思うこと、あるいは賛成できないこともあります。
でもこうして、体系的であり定量的である考えを一流研究者の方が、ネットで示すのは大変よいことだと思います。

テレビも、もっといろんな論点を多角的にきちんと報道し、国民がしっかり考えるようにしないといけないと思います。

テーマ : その他
ジャンル : その他

プロフィール

ST Rocker

Author:ST Rocker
ビートルズ解析ブログへようこそ!
つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
コメントは本筋に沿ったものをお願いします。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
FC2カウンター
Number of visitors
リンク
RSSリンクの表示
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

月別アーカイブ
最新トラックバック
QRコード
QRコード