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芸能人で勉強していらっしゃる方

みなさまこんばんは。
いやあ、暑いですね!
今年は7月が長雨の影響で涼しかったのですが、8月はもうめいっぱい暑かったです。

僕は今、週に2、3日は在宅勤務です。
在宅の時、仕事中は冷房は点けず、窓を開けて扇風機を回します。

なぜかと言うと、夕方になれば冷房を点けるご褒美を自ら与え、それまで頑張ることを言い聞かせるためです。
ダラけたら夕方になっても冷房はないよ、くらいの気持ちで。
それと、仕事中に冷房を点けると気持ちが受け身になります。
”七人の敵”に囲まれて仕事をする我が身、受け身になっては、スタンドプレイをする輩の思う壺です。
「灼熱の太陽に負けないぞ!」ということで、猛然とファイトが湧き、攻撃的な仕事ができるのです。

ところがですね、先週の金曜(8/28)には、どうにもこうにも耐えられなくなったのですよ。
あの日の最高気温はせいぜ35℃くらい。
原因は湿度でした。
朝鮮半島に上陸した台風くずれの低気圧に向かって南海上から大量の湿気が流れ込んだためでした。
そこで、ついに在宅勤務では初めて、午前11時頃に冷房を点けました。

その後、テレビの天気予報で、「この湿気は土曜の夜には引くでしょう」と言っていたように、事実そのようになりました。
よって、昨日の夜から、暑いながらも気持ちのよい空気となっています。

僕は日曜に、手足に計5kgの重りをまとって長時間歩いてトレーニングします。(三浦雄一郎さんの真似です)
これを”行軍”と自称しています。
今日の行軍中、同じ35℃といっても、とても気持ちよいものでした。木陰に入ると涼しいと感じるほどでした。

みまさまは、「不快指数」という言葉をご存知ですか?
多分、55歳くらいから上の方でないとご存知ないでしょう。
僕らが子供の頃のテレビのニュースや天気予報では、夏には必ず言われていました。例えば、「今日の関東地方の不快指数は90でしょう」のように。

人間が不快と感じるのは、気温が高いことだけではなく、湿度が高いことにもよります。
よって、気温のみを予報したところで、真の不快度合いは分からないので、気温と湿度を掛けたものである「不快指数」こそが真の尺度という訳です。
例えば、最高気温が32℃で、湿度が40%のようにカラっとしているよりも、最高気温29℃で、湿度90%の方が不快指数は高く、人間は不快に感じる、のように。

僕らが子供の頃の昭和3、40年代は、夏の毎日が30℃を超えるとは限らず、ましてや35℃なんて高温は数年に一度(10年に一度?)くらいしかなかったでした。
せいぜい32、3℃まででしたね。
よって朝のテレビでは、「今日の東京地方は33℃まで上がり、しかも湿度が90%なので、不快指数は100です」のような言い方をしていました。
(注: 僕は不快指数の計算式を知りません。また、不快指数が100まで行くかどうかも知りません)

今から思えば、あの頃の不快指数100なんて全然大したことがないものでした。
さしずめ、先週金曜は不快指数130、今日は不快指数105とかでしょう。(敢えて100を超えて言えばの比喩です)

最近はマスコミでは不快指数の言葉を全く言わなくなりました。
その考え自体がなくなったのかと思いました。
ところが、少し調べてみたら、まだなくなってはいないようでした。
ではなぜ使わないのかと言えば、想像ですが、今や、毎日が不快指数が100になってしまったので、序列がつけられなくなってしまったからです。
こうなったらマジで、不快指数が100を超えてもいいようにするか、100の定義をもっとずっと厳しいものにするか、ですね。

話は変わります。

池上さんの番組には「生徒」として芸能人が何人か出演します。
大抵は物事を知らない生徒さんがほとんど(失礼!)であり、そこが番組の狙いでもあります。
でも、メリハリをつけるためか、たまにとても優秀な生徒である芸能人が出演します。

もちろん、番組にはある程度の演出のための”ヤラセ”はあるでしょう。
でも、そんなに生徒さんの実態とかけ離れたヤラセはないでしょう。

僕が、池上さんの番組を観る限りにおいて、物事をよく知っておられる芸能人を挙げてみます。

まずは、菊池桃子さん。
かなりの勉強家に違いありません。
また、その上品で知的なセンスは急場凌ぎで培われたものではないはずです。

次いで三田寛子さん。
菊池さんほどの掘り下げた知識や問題意識はないようですが、一般教養がしっかりしていると思います。
やはり相当勉強されているのではないでしょうか。

伊集院光さんも、物事をよくご存じです。
博識というよりも、考え方の基本ができているように思います。
勉強家というよりも、人の話をよく聞く方のように想像します。

太川陽介さんはバランス感覚がいいと思います。
知識があるというよりも、世の中で培っていた方がよい感覚を身につけておられるように思います。

そして、一般教養と専門分野の入り口あたりの領域をかなりしっかり押さえているのが、カズレーザーさん。
通常のインテリ層の仕事をできる人が芸能人をやっている、という感覚だと思います。

昨日の池上さんの番組では、「地震のマグニチュードが1上がるとエネルギーは何倍になる?」という問いに対し、「マグニチュードが2上がると1,000倍になるのだから、1,000の平方根だから、31.6くらい」と解答。
さすがとしか言いようがありません。基礎理科、基礎数学がしっかり身についているからこその解答だと思います。

ちなみに池上さんは昨日、「マグニチュードとは地震のエネルギーを表すもの」、とただただ言うばかりで、実は本質を理解しているかどうかは疑わしいのではないか?と失礼ながら感じてしまいました。
「マグニチュードが大きい地震でも遠くなら震度は小さく、マグニチュードが小さい地震でも近くなら震度は大きい」と解説すれば、一発で理解してもらえると思います。

僕は昨年のイベントの自分のプレゼンの中で、地震の震度とマグニチュードの違いを解説しました。
その時のページのみを公開します。

マグニチュードvs震度

2017年8月2日の記事「震度とマグニチュードって結局何が違う?」でも書きました。

地震の震度とマグニチュードの違いって、すごく大事なのに、マスコミはちゃんと解説はしません。
国民全員がそれなりに理解する必要があると思います。

なお、上の資料は使っていただいても結構ですが、出所(すなわち、当ブログの当記事)を明記してください。

では、まだまだ猛暑続きますが、ご自愛ください。

おまけ
2014年1月12日のTill There Was You(←クリック)。
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ありがとう、我が友よ!

我が友よ、いつも好意をくれ、そして僕をとても正直に評価してくれてありがとう!
君がいつも僕を応援してくれ、僕にとても助けになる提言を頻繁にくれるおかげで、僕はこの困難な時を生きていける。
僕は君から学ぶことがとても多い。
言わせていただきたい、君がいるおかげで僕は幸せだ、と。

僕は君の心意気を決して忘れない。
そして僕は君のよりよい人生を祈っている。

どうか自分を大事にして、そしてよき日を送ってほしい。

心を込めて
ST Rocker

テーマ : ♪人生・生き方♪
ジャンル : ライフ

夏休み最後の日に想う(そしてフルートの音で少し遊びました)

みなさまこんにちは。
多くの方にとって今日は夏休み最後の日だと思います。僕もそうです。
今日はいかがお過ごしですか?

今年の盆休みはひときわ暑かったですね。
というか、先週までが少し涼しかったせいか、こたえますね。

今週の最初のほうは、こちらでは最高気温が35℃を超えなかったこともあり、昼間は窓を全開にして扇風機だけで過ごしました。
するとわかったことは、部屋の中の温度が最高になるのは、なんと夕方5時前なんですよ。もう日が大分傾いた頃です。
そして思ったのです、これって熱中症の危機だな、と。
こんな夕方は気温が下がっていると思ってしまうので、暑さ対策がおろそかになるのではないでしょうか。
建物が暖まるのに時間がかかるのでしょうね。この「タイムラグ」は要注意だと思いました。

もう一つ思ったことは、32、3℃くらいは扇風機だけでもまあまあ大丈夫なんです。(とはいえ、なるべく冷房をかけましょう)
僕らが子供の頃(昭和3、40年代)は、最高気温ってせいぜい32、3℃くらいで、35℃超えなんて滅多になかったですから、扇風機だけで過ごせました。
けど、今週分かったのですが、35℃超えの日(=猛暑日)は、さすがに扇風機だけでは無理でした。
皆が冷房をつけるので、都市の気温はさらに上昇するのですけどね。
でも、それは仕方ないでしょう。それによって地球全体が高温になるほどの”軟い”地球ではないと信じます。

今日茨城で、超久しぶりにクマゼミの鳴き声を聴きました。
こちらはクマゼミの生息域の北限に近いので、お相手(=メス)もほとんどいないでしょうけどね。

この夏休みは、ある勉強をやる必要があり、また仕事もそれなりにやりました。
今日はそのご褒美に、早めの時間からビール飲みながら、涼しい部屋でこの記事を書いています。

僕は、必ず一定周期で多重録音をやることにしています。
一つはボケ防止ですね(^^♪
普段使わない頭を使うからかもしれません。(というか、普段も全然使っていない頭を少しは使う、というのが正解でしょう)

それと、ある楽曲の編曲全体に触れることで、音楽の奥行の深さを知ることでしょうか。
また、子供の頃からの”いたずら精神”みたいなものがくすぐられる気がします。

そこで今回は、ビートルズのThe Fool on the Hillをやってみました。
この曲、昨年の10月に既にアップしました。あの時は、ピアノとボーカルのみでした。
そこで今回は、フルートとリコーダーを加えてみました。
ついでにボーカルも録り直しました。

実は、この曲、昨年、プロのフルート奏者である上松明代さんと合奏させていただいたことがあるんです。
せっかく一流の上松さんの演奏でしたのに、僕のほうがガタガタに乱れてしまいました。よって、その時の演奏の音源は公開には忍びません。
多重録音はいくらでもやり直し可能ですが、生の合奏は一発勝負です。僕は、生の合奏は圧倒的に場数が不足していると実感しました。

で、昨日、昨年10月のピアノの録音の上に、フルートとリコーダーとボーカルをかぶせました。

実はですね、耳コピ専門の僕でしたけど、次第に楽譜も使うことを始めました。
この先、何歳まで生きられるかわかりませんが、残された時間がそう多くはない中(注:病気という意味ではありません)、耳コピだけだと時間を食うし、楽譜から得られる感動とのバランスで、楽譜もやることにしました。

今回のThe Fool on the Hillでは、フルートのみ楽譜を見ました。ピアノ、リコーダー、ボーカルは耳コピです。
残念ながら、実際の楽器ではなく、シンセサイザーです。

僕のシンセにおいては、フルートは結構、実際の楽器に近い音が出ました。
ビブラートも出ます。
また、スタカートを効かせると、「プッ、プ」のような跳ねる吹き方の音も出ますし、どうやら息遣いさえ出ます。
実際の音色を録音してICに取り込んでいるのでしょうね。

それに比して、リコーダーの音はかなりイマイチでした。
おそらく、このシンセのメーカー(ヤマハ)として、フルートはばっちり音作りをして、リコーダーは手を抜いているのでしょうね。
先日のLove Me Doで聴いていただいたように、ハーモニカもNGでした。

ついでに、僕のシンセにおいて、バッチリ音作りがされている楽器は、ピアノ、ベース、ドラム、ストリングス類ですね。
特にピアノは、ありとあらゆるタイプのピアノの音が出せますし、そう簡単には本物と見分けがつきません。
ベースもなかなかですが、スラップ奏法(チョッパー)とかは苦手です。

そして、シンセにおいて何と言っても苦手なのがエレキギターです。
エレキギターは究極のアナログ楽器ですので、これを鍵盤に落とし込むのには無理があります。
きっと今やAIがかなりのエレキギターの演奏をするものと思いますが、最後までAIも手こずるのではないでしょうか。

でも、バイオリンだってフルートだって、究極の演奏はシンセでは代用できないことはよくわかっています。
こうした楽器の壁をシンセがどこまで乗り越えるかですね。

最後に。
このThe Fool on the Hillですが、フルートやリコーダーが印象的な曲として有名ですが、アルバム「アンソロジー」を聴いてみてください。
ピアノ一丁でポールが弾き語っています。
その後のレディ・マドンナ、ヘイ・ジュード、レット・イット・ビーなどにつながるポールの”ピアノ世界”の息吹を感じさせるピアノです。

では、拙録にて失礼します。

テーマ : THE BEATLES
ジャンル : 音楽

ブルガリア留学生の思い出

みなさまこんにちは。
お盆休みですね。そして暑いですね。
お元気でしょうか?

今週はやることいっぱいありますので、超手抜き記事で失礼します。

僕の今の会社は欧系だが、その前は米系の会社に勤めていた。
28~9歳の時に、ある都内の大学に研究室として派遣されていた。
厳しい研究室として有名で、博士課程、修士課程、学部4年生、外部からの卒業研究生などが、頻繁に徹夜していた。

僕にとって2年目の研究生生活が始まる頃、ブルガリアからの留学生をいきなり指導することになった。
それまでの人生で人を指導したことはそれなりにはあったが、目上の人(35歳、男性)で、しかも外国からの立派な人を指導するなんて。

なぜ若造の僕が指導することになったかと言うと、助手以上のスタッフで海外経験のある人でないと英語を話せる人がいなかったから。
実に単純な理由である。博士課程以下の学生では英語を話せる人は皆無だった。(今ではそんなことは全然ない)
大学側もテキトーな判断だったし、僕の勤めていた会社のマネジャーもよくも合意したものだ。
で、僕自身はというと、おかなしな判断だとは思ったものの、自分の勉強になりそうだと思ったので、快諾した。

指導とは言っても、研究そのものの目標や進捗のチェックは助教授がやる。
それ以外の一切の指導は僕だった。実験のやり方や安全面、生活もろもろ面なども。

そのブルガリアからの留学生をSさんとしよう。
Sさんは国立科学アカデミーに属していたので、エリートである。
日本の大学で研究したいことがあったのだが、共産圏からの研究生ということで、研究内容に規制がかかり、Sさんにとっては不本意な内容を研究することになった。
時は1988年。ベルリンの壁崩壊の前なので、ブルガリアは純粋な共産圏の国だった。
僕としてそれなりに理解していたつもりの国だったが、Sさんと付き合ってみて、知らないことがとてもたくさんあった。

さて、Sさんの指導を開始した。
予想通り、時間も労力もかかったが、英語の勉強にもなり、またいろんな勉強ができた。
研究室のミーティングや輪講などにもSさんは出席したので、その通訳はとても大変だった。

最初の頃に困ったのは、Sさんの思い描いていた勤務時間の感覚である。
ブルガリアの職場では9~5時の勤務時間が徹底されており、この日本の大学の研究室でもその時間帯を押し通そうとしていた。
時間管理はさすがに僕の一存では指導できないので、助教授に任せた。
すると助教授はSさんに向かって激怒し、Do in Rome as the Romans do!(郷に入っては郷に従え)、と。
Sさんは最初は反発していたが、最後の頃(1年間の終わりの頃)は少しは学生たちの時間に合わせていた。

しかし、Sさんは夏休みは妥協しなかった。
確か3週間くらい取ったと思う。学生やスタッフはろくに夏休みも取らなかった中で。
Sさんは日本国内をいろいろ旅行し、富士山にも登った。
当時僕はまだ富士山に登ったことがなく、なんで留学生が先に日本の象徴に登るのだ、と少し憤慨してしまったけど。
また、アカデミーから予算をたくさんもらっていたらしく、かなりよいアパートに住んでいた。

そんなSさんだったが、僕には結構信頼を寄せてくれて、いろんな話ができた。
最初は学生たちが寄り付こうとしなかったが、次第に溶け込んでいき、研究もそれなりにまとめることができた。

Sさんにとって日本というのは異国中の異国であり、戸惑うこともたくさんあった。
1年間にはたくさんのエピソードがあった。いくつか紹介しよう。

ブルガリアでは、エレベータをどちらの方向に動かしたいかでボタンを押すそうである。
例えば、今3階にいて5階に行きたいとし、今エレベータは4階にいるとしよう。エレベータをまず3階に下ろさないといけないので、「下へ」を押すそうである。(外で待っていて押す時も、中にいて押す時も同じ)
「日本では行きたい階のボタンを押せば、エレベータが自分の動く方向を勝手に判断してくれますよ」と言ったら、驚いていた。
エレベータの中には、「開」と「閉」と書いた小さいボタンがあり、皆がどっちかを押している。(注:古いエレベータだったので、開閉のボタンがすごく小さい)
「この2つのボタンの意味は何か?」と訊くので、「『開』がopenで『閉』がcloseです」と言ったら、メチャ驚いていた。
まるで正反対の意味なのに、字がほとんど一緒だし、虫眼鏡でないと読めないような複雑な字だし、それに、開と閉の違いは、ごく一部がわずかに違うだけであり、とても正反対の意味の字とは思えない!と。
これにはSさんに一理ある。
こんな似ていて複雑な字のわずかな違いを一瞬にして見分けられる日本人の識別力はすごい、と言いながらも、どこか合理性を疑っている風にも取れた。

日本に来て初めて野球を観た(テレビで)とのこと。
なぜ、あんなに小さい球をあんなに細い棒っきれで打てるのだろう!と。
言われてみればその通りである。

日本の看板はなぜ英語だらけなのか?と不思議がっていた。
日本語だけでよいのではないか?と。

日本の唐辛子をSさんはかなり気に入った。
いろんな料理とか白いご飯にかけまくるのである。
料理やご飯の表面が赤で覆い尽くされるまでかけるのである。
ちょっと行き過ぎな感じだが。

あの当時はまだタバコ天国だった。
机の上の適当な場所に灰皿を置いて、誰もがプカプカやれる時代だった。
とこりがSさん、タバコの火を軽くもみ消してからゴミ箱にポイ。これは驚いた。
それとか、夏の暑い時期に、実験に着るTシャツを、ずっと同じものを洗濯もせず来ていた。
ここらあたりは、やや紳士さに欠ける人だった。

ブルガリア語はロシア語とほとんど同じで、使う文字も共通している。
Sさんによれば、ロシア語がブルガリア語から派生したとのこと。

以上のようなエピソードはあるものの、基本は欧米人に特有のロジカルな考え方は強かった。
僕としても、多いに研究に役立てたし、考え方として影響も受けた。
基本は学ぶものが多かったのである。
ただ、日本的な考えの延長に新しい発見があるのも確かだということも実感した。

Sさんが帰国後も文通を続けていたが、ブルガリアで政変が起こると、音信不通になってしまった。
しかしまた最近、研究関係のサイトを検索したらSさんの名前が出てきて、活躍していることを知り、うれしくなった。

30歳になろうという多感な時期にした貴重な体験だった。

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ジャンル : ライフ

セミのお話(その2?)

みなさまこんばんは。
ついに梅雨が明けました。そして8月です。
昨日、今日は晴れて気温が上がったものの、毎年恒例のあの超酷暑とは違い、湿度が低くて気温がそこそこの、アメリカ西部かヨーロッパの夏のような気候です。
今年はこんな状態がずっと続くといいですね。
まだまだのコロナ禍、いかがお過ごしでしょうか。

みまさまは夏の風物詩といったら何を思い浮かべますか?
昭和の時代であれば、風鈴、スイカ、蚊帳、蚊取り線香、花火、かき氷、浴衣、と言ったところでしょうか。
僕らが子供の頃(昭和30年代から40年代の初め頃)は、家庭に冷蔵庫が普及したおかげで、かき氷を家で作ったり、ゼリーを製氷機で作ったりしました。粉ジュースなんかもありました。
懐かしいですね。

そして、昔も今も変らぬ夏の風物詩と言ったらセミでしょう。
僕はセミが大好きなのです。
今はそれほどでもないですが、子供の頃はセミ大好き少年でした。

セミに限らず昆虫は大好きでした。
バッタ、カミキリ虫、カブト虫、鈴虫などの鳴く虫、蟻などです。

なぜか蝶はあまり好きではありませんでした。
一応、アゲハチョウの卵や毛子(黒くて小さい幼虫)を取ってきて、家の中で飼い、蝶まで育てたことはあります。
でも、芋虫、毛虫、ナメクジ、ミミズのような”ヌルツル系”、”ブヨブヨ系”の虫(英語でworm(ワーム)という類のやつですね)はあまり好きではありません。
一度、アゲハチョウの緑色の幼虫が飼育器から脱走し、おばあさんの部屋の畳の上を徘徊していたことがあり、大騒ぎになりました。

昆虫ではありませんが、オタマジャクシを飼ったこともありました。
あれって、結構急にカエルになるんです。
ある時、家の中に小さいカエルがすごくたくさん、ピョンピョン跳ねていて大変なことになりました。

はい、そして、僕が子供の時に一番好きだった昆虫はセミです。
何といってもあの鳴き声から来る存在感。そして、7年の地中での生活と、子孫繁栄のためのはかない数週間。そんな生き様に魅了させられたからかもしれません。
僕がさいたま市にいた小学校の時の夏の第一優先はとにかくセミ採りでした。
昆虫網を持ってとにかく1日中行動します。
よそのお家でセミが鳴いている時に、入らせてもらったことなどしょっちゅうでした。
仲間がたいてい数人いました。

さて、西日本の方にとって、セミと言えばクマゼミなのではないでしょうか?
夏には常にクマゼミの鳴き声が聴こえているのではないでしょうか。あの「シャンシャンシャンシャン」というけたたましい鳴き声。
体もとても大きいし真っ黒なので、存在感もあります。

でもこのクマゼミ、基本的に関東やそれ以北にはいないんです。
ただ、神奈川県は例外です。
つい最近まで、クマゼミの生息域の東端は神奈川と言われてきました。

僕ら関東人にとってのセミと言ったら、何と言ってもミンミンゼミなのです。
とにかく夏は基本、ミンミンゼミの鳴き声が聴こえていますからね。

このミンミンゼミ。
生息域は結構日本全国なのですが、なぜか西日本では山地とか海岸沿いのような涼しい地域にしかいないようで、都市部にはいないようなのです。
僕は真夏に西日本を訪れたことはあまりないのですが、一度大阪の中心部に泊まった時、朝からクマゼミの大合唱だったのでびっくりしました。ミンミンゼミは聴こえませんでした。
ところが、関東では、東京都心などのヒートアイランドの典型のような暑い所にもなぜかミンミンゼミはいるのです。
都市部であろうと、郊外であろうと山地であろうと、ミンミンゼミはとてもたくさんいます。

僕が初めてクマゼミの声を生で聴いたのは、家族で湯河原(神奈川県の西部。静岡の熱海に近い所)に海水浴に行った時でした。
そこで泊まった旅館は、山の斜面の麓の風情のある場所に建っており、朝、顔を洗いに水道場に行った時に、窓の向こうの山の斜面の鬱蒼たる林の中で、クマゼミとミンミンゼミが大合唱していました。
また、小学校の時に、さいたまの自宅から横浜の親戚の家に遊びに行った時に、従兄が、クマゼミが時々鳴くと言っていました。

その後、クマゼミは少しずつ東進をしており、僕は一度、東京都心でクマゼミを聴いたことがあり、茨城でも一度だけ聴いたことがあります。
現在の最北生存域は福島あたりのようです。

個体数で言えば、アブラゼミが一番多いと思います。
都市部でも郊外でも山地でも日本全国で一番たくさんいるのではないでしょうか。
でも、鳴き声が地味で単調なので印象が強くなく、一種の雑音のように脳内で処理され、あまり気にならないのかもしれません。
ところがミンミンゼミは、あの「ミーンミンミンミンミンミンミー」というあの抑揚で、声も大きく通るので、すごく存在感がありますね。
外国人にとっても印象深い鳴き声のようです。

セミが鳴く(オスのみ)ことがメスへの求愛行動だとすれば、鳴き方の違いによる戦略の違いがあるかもしれませんね。
意外に、アブラゼミのような地味な鳴き方で一番繁殖しているとしたら、そちらの方が効率的かもしれませんね。

あるいは、夏の初めの頃のみに活動するニイニイゼミや、終わりの頃のみに活動するツクツクボウシや、林の中だけに暮らし朝夕のみ鳴くヒグラシ戦略と、夏中いろんなところで活動するアブラゼミ、ミンミンゼミ、クマゼミの戦略の違いは何なのか、など興味深いですね。

八丈島にいるセミはツクツクボウシ1種だけとのことです。しかも、ひと夏中鳴いているそうです。
とすると、本土のツクツクボウシも本当は夏の早い時期から活動したいのだけど、他の種類のセミに遠慮して遅い時期のみ活動しているのかもしれませんね。

それにしても、夏休みの初期に鳴くニイニイゼミの声を聴くと、「ああ夏休みが来たな」と嬉しくなり、盆過ぎにツクツクボウシを聴くと、「宿題やらなきゃ」と憂鬱になった小学生時代を思い出します。

昭和には、都市部でも、あちこちに雑木林が点在していたので、ヒグラシの「カナカナカナ」という風情ある声が聴こえたものでしたが、最近はかなり郊外に行かないと聴けません。

日が暮れかかる時間帯に、神社やお寺などの木が生い茂ったところでは、必ず、地中からセミの幼虫が這い出してきて、木の幹につかまり、羽化します。
とても感動的な光景です。

セミは、羽化してからは、地上では1~2週間しか生きられない、とずっと言われてきました。
まさに人生の最後のはかない時を、繁殖のために過ごすのです。
ところが、数年前に、ある小学生の実験により、セミはもっと生きることが分かってきました。
セミに印を付け、放し、また捕まえるという地道な方法です。
最大で1か月くらい生きることがわかったのです。
よく、10月の暑い日にセミが鳴くことがありますが、もしセミが1~2週間しか地上で生きられないなら、10月に鳴くセミはわざわざその時期に目指して地上に出てきたことになってしまい変ですから。

僕は希少種のセミは、実はそれほど興味はありません。
でも、それでも、ヒメハルゼという、千葉のあるお寺の境内の林と他数か所しか生息していない種に興味があって、何度かそのお寺に行ったことがあります。
しかも7月の限られた期間しか鳴かないので。

ハルゼミもおもしろいです。
6月に松林なんかで鳴いています。
普通の人は、あれがセミだとは気付いていないでしょう。

あと、東北や北海道の山地を中心にいるエゾゼミを、筑波山で聴いたことがあります。

海外のセミはいろんなのがいますね。
中でも、アメリカの17年ゼミは、全員一斉に17年毎にしか現れませんしね。
素数となんか関係あるのでしょうか。

最後に、ゼミは食べるとおいしいそうです。
エビのような香ばしい感じだそうです。
でも食いたくないけどね。
野良猫なんかは、よく、弱ったセミを咥えてますけど。

テーマ : その他
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プロフィール

ST Rocker

Author:ST Rocker
ビートルズ解析ブログへようこそ!
つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
コメントは本筋に沿ったものをお願いします。

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