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Coffee Break Beatles No.71 「ジョンが亡くなっても」

ジョンの没後30年ということで様々な特番や企画が行われている。
30年目のあの日の衝撃は忘れがたいが、起きてしまったことは受け入れざるを得ず、今日のこの日まで来ているわけである。

ジョンがその後も存命であれば、さらにどんなアーティストとしての活動ができたのかを思うと返す返すも残念である。
しかし、40年で残したジョンの偉業は大変大きく、亡くなってからも我々が彼の活動を発展させることができる。
それほど偉大なアーティストだったということだと思う。

ジョンを実際に撃ったのはマーク・チャップマンであるが、本当は国家権力によるチャップマンの催眠誘導だった(反戦運動などのため)、という指摘がよくある。
実は私もそう感じざるを得ないところがある。
チャップマンはジョンのファンではなかったらしいし、精神異常でもなかったし、ジョンに恨みもなかった。要するに動機が全然ないのである。
さらには、直前の行動3日間が空白であり、その足跡を第3者に故意に変えられていたとのこと。

このような状況で刑が確定する裁判制度とは何だろうか。疑問を感じざるを得ない。
しかし今さらこのことを問うたところで、ジョンは戻らないし、国家権力がかかわっていたなら、民主主義どうこうよりも次元の違う話だから、どうしようもない。

ジョンはヨーコと出会ってから反戦運動に打ち込み始めた。
もちろん戦争はない方がいいに決まっており、愛と平和に満ちた世界は誰しも望むのである。

しかし、戦争を起こす判断は人間の気持ちとはまた別の次元のものがあるように思う。
要するに、優れた芸術家であるジョンが敢えて「反戦」と唱える必要がなかったのではないか、とも思える。
それよりはもっと純粋に「愛」を唱え、「憎しみ」や「殺人」を戒める、そういう草の根のメッセージでよかったのではないか、と思う。
そのことが自然に戦争に反対な気持ちを人々に植え付けていくと思う。

敢えて「反戦」と言ってしまうと、戦争を企てる位置にいる人達に対し「ネガティブ」なメッセージとなる。
数日前にこのブログでも書いたように、こういう複雑でデリケートな問題(戦争)はなるべくポジティブな言葉で語った方がよくないだろうか。

戦争というのは、単に憎しみ合う気持ちだけから発するのではない場合がある。
例えば、イスラム教では「ジハード」という考えがあるし、ユダヤ教は神の教えを絶対とし、カナン(今のイスラエル)の地に住むよう指示する。

こうした状況で戦争をなくす(あるいは減らす)には、ジョンのような情感で訴えるのみならず、政治的(いい意味での)、心理学的、人間工学的などの努力が必要になるだろう。
それがないままに、強力なカリスマ性があるジョンとヨーコが「戦争反対」と言ってしまうのは、少し問題があったように思う。

ジョンとヨーコの作り出した精神世界は全く素晴らしい。
それをベースに真の世界平和を実現するのは我々の仕事だ。
単にジョンの音楽やメッセージの思い出に浸っているだけでは、ジョンも浮かばれないだろう。
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テーマ : ビートルズ関連
ジャンル : 音楽

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酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
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