命題「AならばB」の前提Aが誤りなら何故その命題は真なのか?

みなさまこんばんは。
立春を過ぎ天候がいろいろ変りながら春に確実に近づいていますね。
土曜の夜いかがお過ごしでしょうか?

受験生のみなさまご苦労さまです。
風邪を引かないよう気を付けてくださいね。
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今年の現役の受験生は新課程だそうですね。
この「新課程」という言葉、めちゃ懐かしいです。なぜなら我ら昭和32年度生まれは、あの当時の新課程だったからです。
我々は”過去問”とかそういうものに恵まれなかったせいか、我々が現役で入試の時はやや不利だったかもしれません。
浪人生は旧課程でも新課程でも好きな方で受験できたこともありましたから。

ではこれから先、「だ、である」調にて失礼します。

我々の頃は新課程は10年毎に繰り返されたが、今はどうなのだろうか?
我々の新課程ではいろいろなことが変ったが、中でも高校の数学が大きく変わった。
例えば数Ⅰでは、旧課程にあった三角関数や級数が減り、代って集合、命題の論証、確率、行列などが大幅に増えた。
行列はともかく、命題の論証、確率は世の中でいかなる仕事する上でもかなり重要なので、これらが導入されたことはよかったと思う。

当ブログでも命題の論証については随分書いた。
例の「AならばB」(A→Bと書くこともある)という命題の論証である。

次のようなA、Bという記述があるとする。
A:今の東京の気温は2℃である。
B:今東京は氷が張っていない。
この場合「AならばB」は成り立つので、この命題は真(正しい)である。

また、次のようなA、Bという記述があるとする。
A:今の東京の気温は2℃である。
B:今日これから東京は氷は張らない。
この場合、前提Aであっても、これから先気温がどうなるかわからないので、Bは成り立つかどうかわからない。
よってこの命題は偽(正しくない)である。

命題が真であるためには、集合Aは集合Bにより含まれる場合、あるいは集合Aと集合Bが一致する場合である。
ベン図(今でもこう呼ぶのだろうか?)で書くと集合Aの丸が集合Bの丸に覆われるか、同じ場合である。

そして次のようなことも習った。
もし記述Aそのものが誤りの場合は、命題「AばらばB」は常に真である。
当時一瞬「何!?」と思ったが、「まあそんなもんなのかなあ」と半信半疑で覚えるだけ覚えたのであった。
しばらくこの疑問は忘れていたが、今日ふと思い出したのだった。
車を運転中すごく考えたが、考えるほどわからなくなった。同時にすごい知的好奇心が湧いてきた。

例えば、次のような命題を考えてみよう。
A:ST Rockerは日本人である。
B:ST Rockerは地球人である。
この場合はもちろん、「AならばB」という命題は真である。

ならば次はどうだろうか?
A:ST Rockerはアメリカ人である。
B:ST Rockerは火星人である。
ST Rockerは日本人なので、記述Aは誤りである。
前提Aが誤りだから命題「AならばB」は真である。
ん!?????

このことについて運転中にものすごく考えた。
僕の考えた末の結論を書く前に別の命題を考えてみよう。

A:この記事を読んでいる方はアメリカ人である。
B:その方は火星人である。
前提Aは成り立つ場合がある。だから記述Aは誤りではない。
そして、Aが成り立った場合、Bは成り立たない。
よって、この命題は偽である。

先の命題との違いは何であろうか?
ST Rockerという人間は国籍の特定された人間であるのに対し、「この記事を読んでいる方」は誰なのか特定されていない。ここである。
「この記事を読んでいる方」はアメリカ人かもしれないし、日本人かもしれないし、あらゆる国の方である場合がある。A(アメリカ人)という集合が明確に描けるのである。
これに対し、「ST Rockerはアメリカ人である。」という集合は存在しない。もともとありもしないことを記述している荒唐無稽な前提条件なのだ。
ベン図においても、「ST Rockerはアメリカ人である。」という集合など書きようもないのだ。
要するに、虚無の前提を立てたなら何だって言えるということだ。
一見、虚言を寛容するような話にも聞こえる。ほんとにこんなことでいいのか?

そこでもう少し哲学的に考えてみた。
A:ST Rockerはアメリカ人である。という記述を考えるに当たって、単にST Rockerがアメリカに生まれたような状況を想像してはいけないと思う。
この世に起きていることと違うことが起きた際のことを前提とするのだから、この世の成り立ちを否定する位の大胆な仮定なのだと思う。
だからそんな世界は何が支配しているか皆目わからないような世界。だから何が真で何か偽かも全く証明できない世界。
だから何物をも否定できない。否定できないから「真」なのである。
どうだろうか。

こうして考えると、英語というのはとても論理的に思える。
If I go to Tokyo,...という仮定と、If I were a bird,....という仮定を英語ではきっちりと分けている。
前者はありうる仮定、後者はあり得ない仮定である。
後者は仮定法過去という。
だから英語ではあり得ない仮定を「仮定法過去」として明確に分けているのだな。
仮定法現在なら、現在ありうるオプションを仮定した上での(真偽の判断も含めた)現実的な行動を論ずることになるのに対し、仮定法過去なら鷹揚な空想的な話になる。
日本語では文法上これらを区別していない。
日本語で混乱が起きないのは、前後関係できめ細やかに相手の心情を察するからであろう。

事実と異なることを前提に話を進める空想科学小説や推理小説は何を書いてもよいということになるのだろう。

では今日のおまけは鶏のもも焼き。

塩コショウだけでもおいしいです。
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No title

ST Rockerさん、こんばんは!!
深夜にまたまた眠れなくなりそうな記事をありがとうございます(笑)
命題の論証、やりましたよ。チンプンカンプンでしたが(^_^;)
でもST Rockerさんのアメリカ人と火星人の論証面白かったです。

余談ですが実は今日(あ、もう昨日)甥っ子と言葉遊びをしました。
「アンパン、食パン、フライパン、食べられないのはなぁに?」って(笑)
1.アンパン、食パン、フライパンにはパンがつく。
2.パンがつくのは皆食べ物である。
ちょっと、違うか。。。
失礼しました(^_^;)

ポテ子さん

こんばんは。いつもありがとうございます。
ポテ子さんの時代には命題の論証も大分本格的に授業でやったことでしょうね。
前提Aが誤っていたならその命題は常に真だ、なんてそもそもすごい不思議ですよね。
虚の世界は否定しない、というのがなんともフェアな精神でいいですよね。ロマンもあるし。

甥御さんとの言葉遊びおもしろいですね。
1と2の関係。いいですねえ(^^)/

よい日曜をお迎えください。
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ST Rocker

Author:ST Rocker
ビートルズ解析ブログへようこそ!
つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
ご気楽にコメントください。

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