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そもそも「文系・理系」って何だ!?

みなさまこんばんは。
新年の滑り出しはいかがでしょうか?
ここ数日とても寒いですね。

「ありがとうございます」「ありがとうございました」についてご関心いただき、どうもありがとうございました。
前回の記事で「文系・理系」のことも少し書き、こちらについても興味を持たれる方が多かったので、今日はちょっと踏み込んで書いてみます。
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今日も「だ、である」調で失礼します。
僕はこれまで「文科系・理科系」を主に使ってきたが、残念ながら(?)死語になりつつあるので、これからは「文系・理系」を主に使うことにする。

まずは我が国における「文系・理系」の実態をおさらいしてみる。
子供が小学校で初めに習う学科が国語と算数である。
早くもこの時点で「文系・理系」の分類の一歩が始まる。
そして理科と社会が現れる。
ここで「文系・理系」の基礎はかなりでき上がる。

すなわち、国語→社会→文系の授業、算数→理科→理系の授業、という大きな2つのコースに分かれていく。
そして高校では文系クラス、理系クラスに分かれ、さらに受験ではどちらかのコースの選択を迫られる。
この時点で人は文系か理系かが決まってしまう。

そしてその後のその人の長い人生は文系か理系かに真っ二つに分類され、その生き様を運命付けられるのである。
仕事も生き方も遊びも、何もかも文系か理系かの眼鏡で見られるようになる。
そして自他共にそれを最大限に生かしていかなければならない。
何かにつけその評価を受けるのである。「あの人は文系だから」「あいつは理系だから」というように。

ある時は文系、ある時は理系、というのはないし、その中間というのもないし、混合というのも(基本的には)ない。
とにかく二者択一だし、固定なのである。
「男か女か」という分け方ほどではないものの、それに準じて極端な分け方だと思う。

文系の学問とは言うまでもなく、文学、言語学、歴史、地理、政治、経済、理系の学問とは物理、化学、数学、生物、工学などである。
では、この分け方のルールはそもそも何なのだろうか?
「そりゃ決まってるだろ、社会と理科だよ」と言われそうである。
でもよくよく考えてみると、社会と理科って何?

僕としてよく考えてみたところ、文系に属す学問は人の営みによるもの、理系の学問とは物の理屈を探求するもの、と言えそうだ。ここで言う「物」とは無形の物でもよいし人間以外の生き物でもよい。要は人間ではない物である。
だから文系の学問を時に人文学とも言うではないか。

では、どの学問もきっぱり文系か理系かに分けられるかと言ったら、そうでない場合もある。
例えば、経済学は人間の営み以外の物の理屈が支配する部分もあり、事実数式も多く使う。
心理学は一応文系とされているが、精神医学の扱う部分もあるから時に理系でもあるだろう。
普通の医学だって本当は人間の営みの部分も多いから、本来文系の学問の一つと言ってもおかしくないだろう。
音楽も中世のヨーロッパでは理系の学問とされていたそうだ。音階やハーモニーの解明は物理学でもあるからだ。
こうした「分類の難しさ」は面白いテーマではあるけれど、今日の記事の主旨ではないので、ここまで。

実は、今日は飲み曜日なので、今、馬刺しをつまみに燗酒を飲みながら書いている。超旨い!(*^-^*)
閑話休題。

では次に海外に目を転じてみよう。
きっとみなさまの多くは「そうなの!?」と驚かれる方が多いと思うが、「文系・理系」という分け方はどうも日本以外の主だった国ではあまりないようなのだ。
少なくとも欧米にはない。
ただしアジアの各国ではどうなのかあまり知らないので、詳しい方がおられれば教えていただきたい。

僕の見る限り、欧米では学問の分け方は次のようであると思う。

1.基礎学問

哲学、自然科学、社会学、文学など

2.応用学問、専門学問

エンジニアリング、医学、法学

3.実学

経営学など。


分け方にはいろいろ諸説あると思う。言えることは日本の「文系・理系」のように誰もが等しく思うような分け方ではないということ。
しかも、日本では理系は実験をしたり数式を扱ったりするイメージがあるが、欧米ではそうしたイメージはあまり関係ない。
それよりも、真理を追究したいのか、スキルを身に付けたいのか、社会で直接役立ちたいのか、のような志の種類により分けられているように思う。
基礎学問の領域で博士を取ればDoctor of Philosophy(=Ph.D.)の称号が与えられる。その場合、日本で言う文系か理系のどっちの学問であるかは意識しない。
別の言い方をすれば、真理を追究したい人というのは、より神を知りたい人なのだと思う。
特に、この世の真理を知りたい人にとっては宇宙とか素粒子の研究こそ最も目指すものであろう。

2とか3の学問を履修する(した)人はそれはそれで自負がある。
それだけ専門性を得る(た)のであるから、企業からは引っ張りだこであるし、起業を目指す人も多い。
日本では文科か理科かの選択を二十歳前に行いその後は一直線にそれに進むが、欧米では基礎学問か実学かの選択に重きを置いて人生を設計するようである。
よって欧米では理学と工学を一緒に学部にしたりとか、市場分析と営業を同じ人がやったりなどの日本式の構図は見られないのである。

では次に、日本式の「文系・理系」の分け方は欧米系の分け方に比して競争力はどうなのだろうか?
本当は、これを論ずるだけで本が1冊くらい書けそうである。
しかし今日は端的に意見を言おう。

これまでは日本方式はよかった!・・・と思う。
特に右肩上がりの高度成長期においては。
その期間は日本の目標はすごくクリアであった。
とにかく、「欧米に追い付け追い越せ」ということで工業化を邁進していた。
社会規範とか個人の生き様もほぼ「定型」があった。
だから、専門的なことは理系の人に任せ、人間の営みの部分は文系の人に任せ、
男と女が互いに尊重し合い協力するが如く、文系と理系は両輪の協力関係で日本を支えて発展させてきた。

ところが・・・その日本のよき「文系・理系」の協力関係が頭打ちになってきたように僕は思う。
日本がゼロ成長になって久しい。
政府も企業も役所も家庭も個人も、とっても頑張っている。
でも共通の目標と規範はもはや持てなくなってしまった。

例えば経済成長、原発問題、地球温暖化問題、国際協調・・・。
どれを取っても共通の目標や規範がない。
しかも、仮に目標が同じであっても、そこへ向かうための共通の解析法や方法論があるわけではない。

原発問題とそれに替るエネルギー問題をとっても、それが理系の問題なのか文系の問題なのか、そう簡単にはわからない。
おそらく、文系も理系もあらゆる知見や方法論を総動員して柔軟に対処しなければならないのだろう。
そしてこの難しさは、欧米式の真理追求か実学かの分け方でも解決できないと思う。

そして僕の思うところがある。
もし「理系」の特徴の一つが、定量性と確率、そして因果関係の論証にあるとするならば、
従来文系と捉えられてきた領域にもこうした理系の手法を宛がい、問題解決の一助にならないか、と考えている。

おそらくは一般社会で平素話し合う事柄の多くは「定量性と確率、そして因果関係の論証」といった検証なしには論じられなくなっているように思う。
政府が論ずるような大問題も、一般社会が論ずる市井の話題も、いわゆる理系が扱うところのファクターがないと有意義に話し合えなくなっている流れだと思う。

そして上記したことは、全く逆のことも言える。
従来は理系の人間のみが考えていた領域にも文系の人の検証が必要になろう。
そうした互いに入り込む検証こそが、これからの「文系・理系」のあり方ではないだろうか。

「ありがとうございます」「ありがとうございました」を考察してよかった。

さて・・かなりいい気分になってきた。
ドイツ人に言わせると「馬を食うなんて!」。働く動物は食っていかん、と。
やはり日本人と欧米人は違うことが多い。でも同じ人間である。
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No title

こんばんは!!
そして15万人突破おめでとうございます。

このテーマ、壮大すぎて何から手をつけたらよいのか
文系人間には手に負えない感じです(._.)
高校で文系、理系と分けられ、その後の進路、就職にまで影響し、
理系の方は文系人間をどう考えているのかわかりませんが、
文系は理系のスキルや論理的な思考に憧れてきたように思います。

仕事をするようになってからも特に理系の方の考え方や
専門的な知識の必要性を強く感じます。
経済や経営という一見文系分野でも数学が必要です。
でも、理系だけでいいのかというとそうでもなく
数や理屈で割り切れない人間的な分野では文系の力も必要な気がします。

ちょっと話がそれます・・・
もう20年以上前になると思いますが、
小学校低学年の学習指導要領が変わって、
社会と理科が一緒になった「生活科」なるものが登場したとき、
なんで別々に教えないんだろうと非常に抵抗を感じた小生ですが、
今この歳になって考えると、低学年のうちは人々の暮らしの中にある
動植物の存在や自然現象を理科社会と分けるのでなく、
当たり前のこととして学ぶというのは正しいのかもしれないと
思うようになってきました。

理系、文系と互いに切磋琢磨しあいながらお互いの良いものを
出し合い協力したほうが良いものができそうですね。
なんか支離滅裂な文章ですみません!!

がじゅまるさん

こんばんは。
今週からとても寒いですね。
すごい渾身のコメントとてもうれしいです!
15万人の件もありがとうございます。

がじゅまるさんとは年代も近いですし、なんというか、滲み出るパッションのようなものも共通のものがあると思っていますので、こうして意見を交わすのがとても楽しみです。
そして文系の方にこうしてまとまったご意見を伺うのはとても有意義です。

がじゅまるさんが理系人間に憧れてきたという気持ちはわかります。
でも一方で我々理系人間も文系の人たちに劣等感を抱いてきたのも事実です。
よく、理系人間には営業ができないとか言われますよね。
その言葉が象徴するように、理系人間には人間的欠陥がある、と思われることが多いです。
専門のことはわかっても世の中は渡っていけない、みたいな。

僕自身もそのことを打破したいと懸命でしたね。
我が半生はその歴史だったと言っても過言ではないです。
おっしゃるように、文系の学問の定義とか意義を表すのは容易ではないですね。
言えるのは、とにかく人間が生きる上で重要だっていうことと、やはり「人間力」でしょうか。

「生活科」ですね。
思い出しました。たしかにずいぶん違和感を覚えたものです。
でも、おっしゃるように、今思うと一理ありですね。
結構先見の明があったのでしょうか。

そしてこれからは文系・理系が従来の枠組みを超えての連携。
とっても大事なことと思います。
これからもぜひ意見を交わしていきましょう!
どうもありがとうございました。
プロフィール

ST Rocker

Author:ST Rocker
ビートルズ解析ブログへようこそ!
つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
コメントは本筋に沿ったものをお願いします。

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