「受け身」の情報は全部捨ててもいい(?)

みなさまこんばんは。
前回記事に対してご関心をいただき、また多くのコメントをいただき、どうもありがとうございました。

まだまだ寒いですけど、なんとなく春へ向かうような兆しも見えつつあります。

今日は情報のお話です。
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「マイナス金利」なんていうお化けがやってきましたね。
一体何者でしょうか?
僕は金利というのを親と子の関係に喩えています。
子は親に頼り身を任せます。
辛いことは何でも話し、困難な問題を相談します。
そして親はそれに対し何らかの物的、心的その他の援助をします。
その援助の程度を金利の大きさとします。
もちろん、普通援助と言ったらプラスですよね。だから親の子への援助はプラス金利です。
親からの援助を得た子は普通、成長します。「普通」と敢えて言ったのは、稀に逆効果の援助もあるからです。
これに対し、金利ゼロとは親の子に対する影響力ゼロのことです。空気みたいな存在ですね。
せっかく子が親に身を託しても何の成長もない。
では、マイナス金利とは?
それは親が子に邪魔をすることに喩えます。
子が身を親に託したら邪魔をされ(逆向きの力を与えられ)、子の成長が衰退するどころか退化してしまう。
でも、子はそれを反面教師と捉えれば発奮して自助努力をするか、何か別の物を活用するかして成長する場合もあるのです。
とってもリスクを含んでいるいわば”劇薬”のようなものですね。
それにしても、あらゆる経済方策は常に両面性があります。
そんな中でもマイナス金利は大きな両面性がありそうですね。
(ただし今回話題となった日銀の預金は、金利そのものはマイナスでなく手数料がかかることによりマイナスになっていくものですので、正確にはマイナス金利とは呼ばないものです。)

おっと、思わぬ長い前置きになってしまいました(^^;
では本題です。(本題のほうが短くなったりして(^^))

自分の身の周りには情報が溢れかえっていて溺れそうだ、というようなことを言われるようになって久しい。
コンピューターとか各種通信機器の発達に伴いそんなことが言われるようになり、昨今ではネット社会の発達によりさらに拍車をかけている。

僕が社会人になって間もない頃である1980年代初頭までは、情報というのはこちらに入って来るものよりこちらが集めたり拾ったりする方が多かった。
せいぜいコピー機があったくらいだがら、情報の伝達は会うか、紙か、電話(しかも固定電話)でしかなかった。
従って情報におぼれるなんてことは全くなく、むしろ渇望していた。
情報は自分が苦労して探し回り、能動的にキャッチしない限り入って来なかった。
自分が得た情報イコールほとんど役に立つ情報と言えた。
今から思うと実に贅沢な時代だった。
携帯やネットがない不便さよりも、情報の快適さの方が上回る気がする。

さてさて。
昔のことを懐かしんでも始まらない。
情報の洪水である現世をいかに有意義に生きるかを考えねば。

向こうからこちらにやってくる情報、すなわち受け身の情報というのは、当たり前の話だが、必ずしもこちらのことを考えて発しているのではないし、その情報の思想とか考える枠組みというのはこちらのやりたいことにはまるとは限らない。というか、はまることはほとんどない。
もちろん、関心のある話題だったら、「いいな」とは思う。
でもそれをそのまま受身的につまみ食いしたところで、自分の体の一部として有機的に組み入られることはほとんどない。

日本人がもつ美徳であるところの「もったいない」精神。
これは時に、受け身情報をばっさり捨てることの障害になる。
少しでも関連のありそうな話題は吟味する時間と手間をかけてしまうのだ。
実はこれは恐ろしいと思う。
これに囚われたら、1日のほとんどの時間をこれに使ってしまうだろう。
そして、やらなけらばならないこととやらなくてもいいことの見分けがつかなくなってしまい、生きていること自体に疲弊してしまうだろう。

それを防止するには、まずは自分が考える枠組みを持っていることが大事だと思う。
それにより、向こうから一方的に来る情報のどれを選別し、そして受け取ったものをどのように組み入れるか、が有機的にできるようになると思う。
自分はこの世で生きている使命は何か、何を果たそうとしているので、どんな情報が要るのか、というようなことを考えることが先にありきだと思う。

さらには、受け身情報の選別よりも、こちらから能動的に取っていく情報の方が大事だと考える。
極論すれば、受け身的情報は全部捨てても大丈夫くらいの感じはある。
でもそれを断行できる立場の人は多くないだろう。
であれば、1週間に1日は受け身情報を一切受け付けない日というのを設けてもいいかもしれない。
あるいは、あるテーマに関してはずっとそうしよう、というのでもいいかもしれない。

僕は新聞という情報媒体は現代人の味方だと思う。
古い人間だからそう言うのはでない。
新聞は情報量が有限だから洪水など起さない。
そして新聞は一定の思想を持って編集されているし、世の中の主なことがある程度のバランスを持って組み入れられている。
要するに枠組みがあるのである。垂れ流し情報の発信基地ではない。

自分に考える枠組みを持つ。
そして相手にもなるべく枠組みのある人や情報媒体がよい。
そうすることにより有機的な情報伝達が可能になり、そして得た情報は自分の血となり肉となるのだ。

IMG_0422 - コピー
梅が見頃になり始めている筑波山梅林より関東平野を望む
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No title

こんにちは

前回の記事ですが
5年、長かったですよね
いつも前向きに取り組んでいるST Rockerさんだからこそ
克服できたんだと思います
尊敬します!

情報の洪水におぼれている人です
こんなにたくさんの情報があふれているのに
本当に必要な情報が手に入らないもどかしさをよく感じてます
今回の記事を拝読して
情報との付き合い方、枠組み、
しっかり考えてみようって思いました
ありがとうございます♪

honey*caramelさん

こんばんは。
今日は暖かいと言われていたのですけど、結構寒かったですね。
お元気でしょうか?

とてもご丁寧なコメントをありがとうございました。
とても光栄です。

そうですね、5年は長かったですね。
何事も経験した以上楽しんじゃう、というのは結局よいことのようですよ。
世の中に楽しめない対象なんてないような気がします。

情報の記事もご興味いただきうれしいです。
honey*caramelさんは情報に対してmy viewを持っていらっしゃると思いますよ。
これからもさらにそれを伸ばしていからたらいかがでしょうか。
期待していますよ。

No title

こんばんは。
古い人間なので、昔は情報といっても
テレビと新聞くらいしかありませんでしたね。
調べたいことは辞書をひいたり
(今は辞書をひくなんてことなくなりましたね)
資料を集めに出かけたり、確かに今よりは能動的に
情報を集めていたように思います。
情報がたくさんあることは悪いことではないと思いますが
惑わされることなく選別する能力も求められそうですね。

前段のマイナス金利。。。
日本の経済、今後どうなっていくのか
不安な材料ばかりですね。

がじゅまるさん

おはようございます。
すごい嵐ですね。週末いかがお過ごしでしょうか?
コメントありがとうございました。

がじゅまるさんも同世代でいらっしゃいますから、昔の能動的資料集めでは大分腕を磨いておられたことでしょう。
コピー機もない頃は図書館で手で書いていましたからね。
仕事も固定電話か会うしかないわけで、不要な仕事に惑わされるなんてこともあまりなかったように思います。
がじゅまるさんは今の時代どのような情報の選別や消化をされていますか?
お互いに頑張りましょうね。

マイナス金利や経済の混迷。
全く悩まされます。
こちらも何とかしないといけませんね。
プロフィール

ST Rocker

Author:ST Rocker
ビートルズ解析ブログへようこそ!
つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
ご気楽にコメントください。

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