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英米人は誰しもが理系的な考え方をする?

みなさまこんにちは。
ついに彼岸ですね。
暖冬と言われながら結構寒かった今年。
いよいよ暖かくなりますね。

今日の記事は、もう一つの英文で書いているブログ「A new sound of business」に少し前に載せた「Do all native English speakers have “rikei” brains?」(←クリック)という記事と同じ内容です。
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ただし、英文ブログの記事の逐語訳ではありません。
日本語と英語は発想そのものが違います。
僕は、日本の文化、英米の文化の基礎をなすものの一つとして日本語があり英語があると思っています。
日本語を使う時と英語を使う時では脳の違う場所を使うという研究結果もあります。実際そんな感じではないかと思います。

英語で作文した文章を逐語訳していくと英語の発想が反映されるので、日本語として不自然な文章になってしまいます。
その逆も然りです。
日本における英語教育では1つのセンテンスのみ、あるいは1つの単語のみを取り上げ日本語⇔英語の変換式に当てはめ訳するというやり方を重視し過ぎたと思います。
この作業も教育の過程で必要ではありますが、実社会で使う英語においては逐語訳(あるいは対訳)では生きた翻訳はできません。

あるまとまった文章を日本語⇔英語の翻訳を行う場合は、まず頭をキャンセルし、そのテーマにおいて翻訳した先の言語の発想に乗り換え(すなわち、英語脳または日本語脳を使い分け)、その発想のもとに文章を組み立てることが、真の翻訳なのだと僕は思います。

今回お話するのはあくまで仮説である。
日本語は情緒的な表現に優れるのに対し、英語は理論的であるというのはよく言われることであるし、経験上でも本当にそう思う。

日本語には冠詞はないし、時勢の一致も厳しくないし、単複や仮定法もうるさくないし、主語も省くことも多いなど、文法はあまりきちんと決まっていない。
日本語はそういうことよりも感情を細やかに表したり相手とどのように協調したりするかを重んじるので、こうした表現がとても豊富である。
人々とうまく交わり、社会をうまく形成し、会社等においてはこうした「和」の作用で大きな業績を上げることができる。

これに対し英語はとても厳格な文法のルールがある。
上で挙げた日本語にはないものがあるのと、5W1H(誰が、いつ、どこで、何を、なぜ、どのように)とSVO(主語、述語、目的語)やSVC(主語、述語、補語)を重視し、英語を使う人はこれらを常にクリアにするように努める。
そして英語は物事の因果関係を重視する。定性的なことだけでなく定量的なことも重視する。
英語は研究論文を書いたり、何かの事件をレポートすることなどに適する。
つまり、英語というのは人なり物事を客観的に捉え理解し、自らの発することも理路整然に心がけ、合理性をもってコミュニケーションする。
合理性が相手との間で合意できたなら話は進み、そうでないなら相手に問う、という考え方だ。

ここまで書いてきて思うのは、もし英語の本質が上記のようであるとしたら、それはまさに「理系」の考え方と一緒ではないだろうか、と。
理系の学問、理系の研究、あるいは理系の人の取り組みというのはまさに上記したことである。

そして同時に思うことは、日本語の特徴というのは「文系的」ではないだろうか。

僕がこれまでアメリカ人やドイツ人と接してきた限りでは、彼ら彼女らが「理系的な脳」を持っていると考えると合点がいくことが多いのである。もちろん、人により程度の差はあるが。
日本人は相手の言っていることについてそれが合理的なことかどうかを真っ先に問うのではなく、たとえ合理的でないと感じても、まずは相手との共感を重視して「そんなもんかなあ」と受け入れようとすることが多い。

日本人はまず文系脳で生まれ、理系を勉強した人のみが理系脳を持つようになる。
しかし英米では最初から全ての人が理系脳を持っている。
そしてその原因が言語にあるのではないか。
僕は最近この考えを仮説として持つに至ったのである。

僕の付き合った限りにおいては、英米人は会社で仕事をしている人たち、、子供たち、家庭婦人などなど、誰でも、理論的な事柄(例えば5W1H、SVO/SVC、因果関係など)をはっきりさせようとしているように見える。
たとえその話題が生活上のささいなことであっても、彼らが不合理であると感じるならば、受け付けないのである。
そしてそんな時は語調を強めて"Why!?"と言う。日本語ではこのようなことはあまりない。

例えば、日本人が「典型的な日本の夫は、妻から1月3万円の小遣を渡されます」とアメリカ人に言うと、アメリカ人は驚いて、"Why!?"と言う。
日本人はアメリカ人に対しこれに関してもっともらしい説明をすることができない。
もちろん日本語でもこんな時「なぜ?」と訊くことはある。でも、アメリカ人のような「はなから信じられない」のような語調では訊かないのである。

こうした英米と日本の考え方の違いは日常のささいなことのみでなく、会社とか社会の仕組みなどのより大きなレベルでの話にも当てはまると思う。
最近は英米式の合理性を重んじた仕組みが台頭しているが、日本式の考え方に根差した仕組みを作ることもそろそろ考え始める時期に来たのではないかと思う。
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テーマ : 脳科学
ジャンル : 学問・文化・芸術

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No title

ST Rockerさん、こんにちは!!
英語が苦手(=理系もダメ(^^;)なポテ子ですがいくつか
共感できることがあったのでコメントさせていただきました。

まず前段の部分、なるほどなと思います。
学校でもそういう教育を受けてきましたが、
いつも気になって仕方なかったのが
英語の歌詞のスッと心に響かない和訳。。。
もっと違う言い方や言い回しがないものかといつも思います。

そして、考える基礎において言語が非常に重要なこと、その通りですね。
生まれたときから文系脳じゃない日本人もいると思いますが、
おぎゃあと生まれた時から耳にする言葉ですもんね。
とっても大事ですね。
もしかして、日本人でも理系の人の方が英語が得意なのでしょうか!?(^^;

あと、脱線して申し訳ないのですが、お小遣いの件。
共働きの場合、日本人の家庭では妻が財布を握って、
夫がお小遣いをもらうケースの方が多いように思いますが、
外国ではどうなんでしょう?
夫婦別会計!?それともやはりどちらかが握ってる!?
なんだか気になっちゃいました(^^;

ポテ子さん

こんばんは!!
連休いかがお過ごしでしょうか?
いつもありがとうございます。
苦手だなんてとんでもありません。
共感いただきありがとうございます。

はい、おっしゃるように歌詞の和訳はそうでしたね。
例えばイマジン。「想像してごらん、天国のない世界を、そして我々の下には地獄もないことを」というようなのが多かったですね。
英語の発想をそのまま伝えるという意味ではよいと思うのですが、果たしてどれほどの意味があるでしょうか。
それよりも、日本語になりきって、「人が死んだら天国へ行くとか地獄へ堕ちるとか、そんなこと考えなくてもいいんじゃないだろうか」とかがいいのではないでしょうか。
何も一字一句変換しなくてもいいのではないでしょうか。

生まれてすぐに言葉に影響され脳が感化していくこと、まさに同感です。

もし英語そのものが理系の発想だとして、ならば理系の人の方が英語がうまいかというと、そういうわけでもないと思います。
それよりは、言語というものを素直に体に受け入れた人がそのまま身に付くように思います。

小遣いの件ですけど、
ことアメリカにおいては小遣いをもらっている亭主はほとんどいません。
それがいいというわけではありませんけど、アメリカ人の中では合理性ができていると思います。
でもそれは、屁理屈であっても理屈の上に考える欧米文化と、人々が平穏にうまく回る阿吽の呼吸を重んじる日本の違いでもある。と僕は思うのです。

No title

う〜ん?
ごくごく一部のエリートだけなら分かるけど、一般人にまで当てはまるのかな?
でも、それだったら英語圏は理数系に強くなくては合点がいかないけど、国際レベルの学力テストでは、算数/数学は英国や米国は東洋の諸国よりずっと低いですよね。
英国では九九もちゃんと出来ない人なんてざらにいるし、%の計算がろくにできないそこそこいい大学出身者もいます。
英語圏の人(ヨーロッパ語圏も含む)論理的というより、弁論的だとは感じます。
白黒ハッキリしていないと安心できない言語、という感じ。





ぷうままさん

おはようございます。
コメントありがとうございました。
僕よりも英国人に平素接しておられる中での貴重なご体験のもとでのお話と拝察しました。
おっしゃることをぜひ参考にさせていただきます。

しかし一方では、今回僕が立てた仮説は、一面の事柄だけでいい悪いを判断するようにはしたくないと思います。
英語の文法をはじめとする言語のもつ”文化”が人の考え方を形成する、という仮説を今後も様々な角度から検証を重ねていきたいと思います。

それと、数学、理科の成績と僕が今回書きました「人々の理系的な考え」とは違います。
僕が言うところの”理系”的考えというのは、日本の場合、理系を専門に勉強した人でないと身に付かないと考えています。
物事の因果関係をきっちり検証することや定量的に捉えることです。
日本のマスコミやニュースメディアではこうした捉え方は稀です。
その原因の一つとして僕は日本語に起因しているのではないかと考えました。

逆に言うと、高校までの理科や数学の教育がもっとそういう部分を補強すればいいではないかと思います。
数学では命題の証明をやりました。そのことは社会で物事をきちんと考えるのに役立ちます。
でもパターンに当てはめて解くことに重きが置かれ過ぎているので、そのあたりを改良するのがよいと思います。

一番大事なことは、日本では英米的な考え方と日本的な考え方の使い分けがまだ十分でないことを改良しないといけないことだと思います。
例えば会社における評価制度とか。

今後ともよろしくお願いします。
プロフィール

ST Rocker

Author:ST Rocker
ビートルズ解析ブログへようこそ!
つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
コメントは本筋に沿ったものをお願いします。

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