純粋の学問と実学をきっちり分ける欧米

みなさまこんばんは。
休み明けの週、超しんどいですけど、なんとか生きてますよ~

今日、仕事の帰りに職場の先輩と食事に行ってきました。
車でないと移動できない場所なので、残念ながらノンアルでした。
家に帰ってからビール飲みながら書いてます(^^)/
「坂東太郎」というファミレスチェーンです。北関東以外の人はご存知ないかもしれませんね。
経営がよいということで、時々ビジネス番組に紹介されます。
久しぶりでしたが、食事の内容は、おいしい、多い、早い、リーズナブル価格、そして最高のもてなしはさらによくなっていました。
豪華天丼とたっぷりのそばのセットで千三百いくら。枝豆は山盛り一杯ありました。
(そうか、写真撮ってくればよかった! 今頃気が付いた(^^; )

今日の要約
・欧米では、純粋な学問と実学とを厳然と分ける。
・僕はこれまで、こうした欧米の考え方を支持してきた。でも最近、違う考えがもたげてきた。
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最近何かとニュースの多い朝鮮半島です。
韓流ブームもあり韓国人のことをよくご存知の方も多いでしょう。
僕は、グローバル企業を渡りましたので、韓国の方をわりとよく知っています。

日本人はいろんな血が集まっていますが、韓国人(というか朝鮮人)は比較的単一の民族です。
外見にも日本人ほどのばらつきがありません。
総じて日本人より背が高いです。
韓国人の友人の話では、成人の全男性の平均が174cmとのことです。
18歳の平均が171cm位の日本人よりもかなり高いです。全女性の平均も162cmくらいあるのではないでしょうか。
そして韓国の方は、ヒゲや体毛が薄く肌がツルツルで、脚が長く、足が強いのが特徴です。
酒に強い人が多そうなイメージですが、下戸の人も一たくさんいるのは日本人と同じです。

いろいろの方のブログを拝見していますと、がんに関する話題が多いですね。
僕は、このブログでは「がんサバイバーであること」は特別に標榜しているわけではないのですが、何かの機会には時々発言しています。
昨年はがんについての様々な観点からまとめ的なことをプレゼン形式でまとめました。

ブロガーさんの話題として多いのは、がん健診とか、検査の結果ががんでがないかと恐れたり、知っている人のがんの話題などですね。
僕に言わせれば、検査の結果を恐れたり、初期のがんであることにショックを受けたりするなど、どうでもいいことです。
それより、末期のがんをいつ宣告されるかわからないので、明日宣告されてもいいように、「残り人生半年計画」を常時持つ訓練をすべきです。
また、死亡確率が結構高い状況を乗り切ることは、困難な冒険に挑戦し、知力、体力の全てを整え、その目標を達成する点で、一種の快感(多分その種の物質が分泌される)がもたらされ、さらに極論すると、がんに罹ったことに感謝ができる状況までも行き着きます。
そうしたことを言うがん患者は僕以外にも結構いますし、研究もされています。
つまり、がんというものは、乗り越えれば元のレベルに戻るだけでなく、元よりもプラス側に行き着くとさえも言えるのです。
毎朝多くのブログを訪問し、がんの記事を多く見るにつけ、こうしたがんの一面を伝えたくなるのです。
ところで、がんを「癌」という漢字で書く方が時々います。
口が3つあり、なんかいかにもがん細胞みたいですから、象形文字としてはぴったりですね。
でも不治の病を連想させる字だし、常用漢字でもなくなったし、プラス思考のがんのイメージにはやはり、「がん」という平仮名がよいですね。
「癌」という漢字を使っている方、ぜひ今日から「がん」でお願いしますね。

前置きが長くなりました。本題に移ります。

日本では理学系の学科と工学系の学科で学ぶことはそれほどは変わりません。
前者はより基礎科学の、後者はより応用工学の比重が多い程度です。
例えば化学で言えば、理学系化学を卒業した人がプラントに就くこともありますし、逆に工業化学を卒業した人が純粋な化学の研究に就くこともあります。

また、文系で言えば、マーケティングをやる人と営業をやる人はごっちゃになっているし、その必要な専門性の違いはあまり問われません。

ところが、欧米では純粋な学問と実学は厳然と分かれています。
無理に分けているのではなく、元々考え方が水と油ほど違うので、一緒になりようがないのです。
純粋な学問の博士の学位はDoctor of Philosophy (Ph.D.)、実学は、工学で言えばDoctor of Engineering (DoE)のようにしっかり分けて扱います。
教育機関においてこれらが混在することはなく、仕事においてもこれらのアカデミーバックグラウンドの違いは厳然と区別されます。
研究にはPh.D.が、企業にはDoEが、それぞれかなり有利です。

以前アメリカ系の会社のいた時、アメリカ人が日本に来て、日本人が営業とマーケティングを同じ人がやっており、基礎科学も工学もごちゃごちゃで配属されているのを見て、「おまえらはバカか!」と言いました。

では、なぜ欧米で純粋な学問と実学を厳然と分けるかというと、前者が一定の法則に導かれて起こることの真理を追究するのに対し、後者が人間の営みを考えることだから。
もし同じ人がこれらを一緒に扱うと、互いに勝手な解釈を加え、自分の都合のよい方向に導いてしまうから。

余談ですが、僕はchemistryの出身なんですが、あるアメリカ人曰く「へえ~、男の人でchemistryは珍しいね。アメリカではchemistryは女性の方が多いよ」。
アメリカでは化学は日本の薬学のような感じなのでしょうね。

これに関しては僕は、こうした欧米の考え方を支持してきたんです。
でも最近、ややその支持が弱まり、違う考えがもたげてきたのです。
理由は2つ。
一つは、純粋学と実学を厳然と分ける欧米の考え方って、ドライ過ぎるんです。
理屈でうまく説明するのは難しいのですが、もう少し両者を交流させて、互いを高めることができるのではないかということ。
もう一つは、脳内でうまく使い分ければ、両者を同じ人が扱えないこともないだろうということ。

そして何より、日本人は歴史的にこれらを一緒に扱ってきて、それなりに成功していること。
そしてさらに、親が子供を育てる時とか、学校の先生が学生を指導する時などにおいては、純粋な学問と実学を同じ人が扱うことでうまく行くような気がします。いちいち切り替えてもいられませんしね。

純粋の学問と実学を同じ人が扱う。
これこそがこれからの研究領域かもしれませんね。


千葉の音楽仲間と
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こんにちは、お久しぶりです。
欧米人(ヨーロッパ人)が、近代科学を創始したときにも、純粋の学問と実学を分けたりはしていませんね。ガリレオやその周辺の人たちが古典力学を研究したのには、軍事技術として重要な弾道の学を確立したいという動機が(少なくとも一側面としては)あったのですから。純粋な学問と実学の分離の発想は、近代の科学や学問が体制的なものとして確立して硬直化するなかで、強固なものになったのでしょう。STさんの視点には、私も共感します。

そういちさん

こんばんは。
こちらこそお久しぶりです。
コメントをありがとうございました。
歴史的にはそのような背景があったのですか。
それは興味深いですね。
体制化と関連が深いであろうということですね。
そういえば、英語の古典を学ぶ機会があったのですが、中世以前の英国では日本語式のSOVの順番だったことがあるそうです。
結論を先に言うことを至上命題としている現代の欧米の考え方にも同様の不自然さを感じたりします。
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Author:ST Rocker
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つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
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