50代へサヨナラ・・・いよいよカウントダウン
みなさまこんばんは。
季節は確実に移り変わりますね。
サッカーも本戦出場を決めてめでたし!
今日は要約なしで失礼します。
季節は確実に移り変わりますね。
サッカーも本戦出場を決めてめでたし!
今日は要約なしで失礼します。
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我が人生も50代をあと数日残すのみとなった。
今こうしていると、ちょうど30年前を思い出す。明日に30歳になるという日のことを。
当時僕は、会社から派遣されて都内のある大学の研究員として、大学院生らと共に厳しくも楽しい研究生活を送っていた。
その日、あと1時間で30になるという時間、つまり夜11時頃に研究室を出て帰宅の途についた。
そして、大学の最寄りの地下鉄の駅のホームでベンチに座り、しみじみと思いを巡らせた。
ああ、オレの人生はこれからどうなっていくのだろう?
10年後、20年後、30年後・・・のこの日にこの瞬間を思い出すことにしよう。
何の脈絡もなく、そう思った。
29歳最後のあの日、僕は恵まれた境遇にあったと言える。でも将来の不安に押しつぶされそうになっていた。
ただただ、しんみりとこれからの人生に思いを馳せた。
そして、39歳、49歳、59歳となって、あの29歳の時のことをしっかり思い出した。
あの時、ホームのベンチから見ていた無味乾燥な線路の光景が今でもくっきりと映像に残っている。
今僕はあと数日で60歳還暦。
何回か前に書いたように29歳の頃と比較して、基本的には男の子のやんちゃな気持ちを維持しつつ、成長した部分をいろいろ感じることができる。
特別富を築いたとか、すごく大きなことを成し遂げたわけでもないけど、こうして前向きでいられることに喜びを感じる。
そして何より、それを支えてきていただいた多くの方に感謝の気持ちでいっぱいである。
そして、それよりも何よりも、60まで生きられたことをありがたく思う。
そして、曲がりなりにも、これから先のことに展望を持ち、具体的目標を持って頑張っていられることをありがたく思う。
そんな僕が若い人へ捧げたい話としてはどんなものがあるだろうか。
実は、それこそがこれから僕が生業としたいことの一つなのだが。
それはともかく、今日は、数あるお話しの中から次のことをお話ししたい。
それは、人生というものは、必ずいい時も悪い時もあるのだ、ということ。
そして、いい時に向かう転機がかならずある、ということ。
自分は不運な境遇でずっと苦しみ続けるように思えてしまうことはよくある。
でも、それを脱するために特別な方策を立てなくてもいい。
自分の信念に従って頑張っていれば、必ず神様が見ていてくれる、ということだ。
僭越ながら、僕の例をお話ししよう。あくまで例である。
28~30歳に大学の研究生活を終えた僕は、会社に凱旋した(つもりだった)。
そこで出迎えてくれたのは、世にも性格の悪い上司だった。
あまりにつらいので、当時の趣味であるランニングにおいて、例えば日曜に「今日はこの距離をこの時間で走ろう」という目標を課した。
その時間で走ることの方が上司に耐えるより大変だからだ。
こうして、世の中には上司に耐えることより大変なことがあるんだ、と自ら言い聞かせ、上司の悩みを和らげた。
また、2005年から2010年頃は僕は今の会社で、お客様を直接開拓するための技術と営業の要職にあり、これからの重要な事業計画も立て、部下も結構いた。
土日も含めて、もうバリバリに働いていた。
ところが、2011年1月にかなり進行したがんが発覚。それとともにリーマンショックで僕のやっていた事業分野の実績がにわかに急落。
僕はラインを外れ、直接は顧客に関与しない仕事に配置転換になった。
まあ、それも無理はない。だって、抗がん剤により、毎日本社に通う電車の中で、しゃがみこんでしまうこともあったし、オフィスで仕事をしていれば、1時間もすれば吐き気と眠気でいても立ってもいられれなくなり、散歩せざるを得なかったのだから。
普通の人間であれば腐るところ、僕は、多くの勉強と執筆に時間を充てた。
ブログは単に日記というより、真剣な執筆であるというのが僕の位置付けだ。
2010年以降にも得た財産は計り知れない。
そして、今僕はラインではないが、再び重要な仕事に就き、素晴らしいビジネスパートナーとの出会いがあった。
プライベートにおいては、育った生い立ちとか、環境によるトラウマがずっとあったのだが、これもやはり神様がずっと見守ってくれていたおかがで、超素晴らしい出会いがあった。
若い人に捧げたいのは、自分に降りかかることは全て意味があるのだということ。そして、信ずれば救われるということ。
なぜなら、神様は必ず見てくださっているから。
我が人生も50代をあと数日残すのみとなった。
今こうしていると、ちょうど30年前を思い出す。明日に30歳になるという日のことを。
当時僕は、会社から派遣されて都内のある大学の研究員として、大学院生らと共に厳しくも楽しい研究生活を送っていた。
その日、あと1時間で30になるという時間、つまり夜11時頃に研究室を出て帰宅の途についた。
そして、大学の最寄りの地下鉄の駅のホームでベンチに座り、しみじみと思いを巡らせた。
ああ、オレの人生はこれからどうなっていくのだろう?
10年後、20年後、30年後・・・のこの日にこの瞬間を思い出すことにしよう。
何の脈絡もなく、そう思った。
29歳最後のあの日、僕は恵まれた境遇にあったと言える。でも将来の不安に押しつぶされそうになっていた。
ただただ、しんみりとこれからの人生に思いを馳せた。
そして、39歳、49歳、59歳となって、あの29歳の時のことをしっかり思い出した。
あの時、ホームのベンチから見ていた無味乾燥な線路の光景が今でもくっきりと映像に残っている。
今僕はあと数日で60歳還暦。
何回か前に書いたように29歳の頃と比較して、基本的には男の子のやんちゃな気持ちを維持しつつ、成長した部分をいろいろ感じることができる。
特別富を築いたとか、すごく大きなことを成し遂げたわけでもないけど、こうして前向きでいられることに喜びを感じる。
そして何より、それを支えてきていただいた多くの方に感謝の気持ちでいっぱいである。
そして、それよりも何よりも、60まで生きられたことをありがたく思う。
そして、曲がりなりにも、これから先のことに展望を持ち、具体的目標を持って頑張っていられることをありがたく思う。
そんな僕が若い人へ捧げたい話としてはどんなものがあるだろうか。
実は、それこそがこれから僕が生業としたいことの一つなのだが。
それはともかく、今日は、数あるお話しの中から次のことをお話ししたい。
それは、人生というものは、必ずいい時も悪い時もあるのだ、ということ。
そして、いい時に向かう転機がかならずある、ということ。
自分は不運な境遇でずっと苦しみ続けるように思えてしまうことはよくある。
でも、それを脱するために特別な方策を立てなくてもいい。
自分の信念に従って頑張っていれば、必ず神様が見ていてくれる、ということだ。
僭越ながら、僕の例をお話ししよう。あくまで例である。
28~30歳に大学の研究生活を終えた僕は、会社に凱旋した(つもりだった)。
そこで出迎えてくれたのは、世にも性格の悪い上司だった。
あまりにつらいので、当時の趣味であるランニングにおいて、例えば日曜に「今日はこの距離をこの時間で走ろう」という目標を課した。
その時間で走ることの方が上司に耐えるより大変だからだ。
こうして、世の中には上司に耐えることより大変なことがあるんだ、と自ら言い聞かせ、上司の悩みを和らげた。
また、2005年から2010年頃は僕は今の会社で、お客様を直接開拓するための技術と営業の要職にあり、これからの重要な事業計画も立て、部下も結構いた。
土日も含めて、もうバリバリに働いていた。
ところが、2011年1月にかなり進行したがんが発覚。それとともにリーマンショックで僕のやっていた事業分野の実績がにわかに急落。
僕はラインを外れ、直接は顧客に関与しない仕事に配置転換になった。
まあ、それも無理はない。だって、抗がん剤により、毎日本社に通う電車の中で、しゃがみこんでしまうこともあったし、オフィスで仕事をしていれば、1時間もすれば吐き気と眠気でいても立ってもいられれなくなり、散歩せざるを得なかったのだから。
普通の人間であれば腐るところ、僕は、多くの勉強と執筆に時間を充てた。
ブログは単に日記というより、真剣な執筆であるというのが僕の位置付けだ。
2010年以降にも得た財産は計り知れない。
そして、今僕はラインではないが、再び重要な仕事に就き、素晴らしいビジネスパートナーとの出会いがあった。
プライベートにおいては、育った生い立ちとか、環境によるトラウマがずっとあったのだが、これもやはり神様がずっと見守ってくれていたおかがで、超素晴らしい出会いがあった。
若い人に捧げたいのは、自分に降りかかることは全て意味があるのだということ。そして、信ずれば救われるということ。
なぜなら、神様は必ず見てくださっているから。
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