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家庭教師・・・実はおススメです

みまさまこんばんは。
暑いですね!
10月も半ばにさしかかり、こんなあいさつになるとは思いませんでした。

今日は珍しくも教育のことを語ります。
要約なしで失礼します。
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前回の記事で、女性の方の記事は他の人の言っていることの引用が多い、と書きましたら、急に引用をやめてしまった女性の方が何人かいらっしゃいます。
引用が悪いとは申しておりません。ぜひ、自分のスタイルで書いていただきたいと思います。

さて今日は珍しく教育について語ってみます。
実を言いますと、教育は僕の中ではあまり関心の高くないテーマです。
というか、もっと正確に言いますと、人は何をどう考えるべきか、ということはすごく重要視していまして、後進の方々にそれをどう伝えるかについても、並々ならぬ関心があります。
その意味では教育に関心がないとも言えないのですが。

いわゆる「教育」というように、大上段に構える感じがどうも好きではないのです。
教育という枠組みが最上位に来る学問なり、方法論が果たして存在するのか、という疑問です。

子供たちをいかに勉強好きにするかとか、などのことはすごく個別の議論ですし、人間力が物を言いますし、すごく粘り強く根気の要る対応が必要だと思います。
日本の小中高の先生は、そうした「人育て」の部分はもっと家庭なり別の人に任せて、もっと割り切った専門家になったほうがいいのではないでしょうか。
言ってみれば、大学の先生のような感じです。
そうでないと、小中高の先生はストレスでつぶれてしまいます。僕の知り合いにもつぶれた、あるいはつぶれかけている人が何人もいます。

子供を勉強好きにする一つの方法。
それを僕は家庭教師だと考えます。

家庭教師というと、受験のためのぜいたくなこと、と考えるムキがありますが、もっと考えを広げましょう。
僕の体験談を聞いてください。

僕の小学生時代は、三度のごはんよりもセミが好きで、鉄道好き。さらに祖母の影響で科学少年でした。
成績がよく優等生な子供が大嫌いで、体格の大きいいじめっ子に宿題の答えを教えて、僕にだけは暴力を振るわないように取引したりしていた子供でした。

僕が小5に上がる時、両親は僕を中学受験させるために、中野のY-O進学教室に通わせ始めたのでした。(より正確には、茗荷谷のT大学や、四谷のJ大学の会場を経て、最終的に中野の会場になりました。)
日曜の午前に進学教室でテストを受け、講義を受けるのです。日曜以外は、そのための予習復習。

最初はいやでいやでたまりませんでした。
だって、友人の多くは日曜には思い切り遊んでいるのですから。
でも、途中から一緒に通う友人もでき、与野⇔中野の電車の冒険が無常の楽しみになってきました。
冒険と申しましたのは、例えば、国鉄の切符なのに高田馬場-中野間を東西線を使ってみたり。当時は電子読み取りでなく人が切符をチェックするので。
一度捕まりました。
あるいは、帰りに赤羽から大宮まで急行の連結部に乗り(もちろん急行券など買わないで)与野に戻ったり。

そして両親はほどなくして、僕に家庭教師をつけました。まだ小5も出だしの10歳の時です。
平日の週2回ですね。
最初はこれもすごくいやでした。

家庭教師の先生は、当時S大学在学の女性の方で、僕よりもちょうど10歳上の方でした。Y先生と言いました。
なんと誕生日が一緒だったんです。

僕はまだ思春期にも達していない少年でした。晩熟だったため、体も随分小さかったでした。
でもその僕は、Y先生の女性的な優しさにぼーっとしてしまう気持ちを感じていたのです。
ある時から、Y先生が来るのが待ち遠しくなりました。

Y先生は、文系の教育学部の専門で、小学生の科目全般には広い知識をもっておられる方でした。
特別に教え方がうまいという感じでもありませんでしたけど、とにかく、僕の疑問に真剣に耳を傾けていただき、とても丁寧に教えてくれました。
何より、僕が感じていたいろいろな感覚や疑問、その他、何でも真剣に向かい合ってくれました。

僕はY先生でめちゃめちゃ伸びるのを感じました。
そして、目標の中学にも合格できました。
今でもY先生とは年賀状を送り合っています。

僕がY先生から学んだ最大のこと。
それは、全てを飲み込んで認めてくれ、人となりを導いてくれたこと。
勉強というのは、それがあって初めて具体的なモチベーションが動くのだと思いました。

そして僕も大学生になり、今度は僕が家庭教師になる番でした。
Y先生からいただいたことを、今度は僕が差し上げたいと思いました。

僕はM2までの在学中に結構な人数の小中高生の家庭教師をしました。

最初の生徒は、僕よりも2歳下の高校2年の女の子でした。
ピアノを習っており音大志望だが、数学が苦手で、成績の2を3にしてくれ、という両親の希望でした。これって結構難しいタスクです。

僕は彼女に僕の生きる道の全てをぶつけました。まあ、18歳の少年が道の全てというのも妙ですけどね。
でも真剣にそうしたのですよ。そうでないと信頼されないから。
ある時、数学のベクトルとスカラーの違いを彼女がなかなか理解できなくて、僕はありとあらゆる説明をしていました。1時間以上です。
すると彼女は、どうしても理解できない悔しさに泣き出してしまったのです。
その時にY先生の声が聴こえてきたんです。
「STくん、君だって結構分からず屋だったよ。君がどうしても分からない時はクイズ大会やったよね。そしたら次の時は君は理解できたんだよ。」
それを聴いて僕は膝をポンと打ったのです。「それそれ」。
物事が膠着した時には脈絡もない息抜き! それで問題解決されることって多いですよ。

結局、女の子は数学はしっかり3になりました。

彼女以外でも多くの子を教えましたけど、共通していたのは、体当たりで付き合いましたね。
商業高校2年の男の子の場合は、学校生活のことを随分聞いたし、僕も大学生活のことを徹底的に話しました。
時間の半分くらいはそういう話でしたね。
ボウリングを一緒にやって遊んだり、ドライブに行ったりもしました。
勉強の話をする時でも、その答えを導くことがどんな意味があるのかなどを精一杯魅力的に話したつもりです。
その子の周囲はあまり進学する環境ではなかったのですが、頑張って大学に合格しました。

結構いろんな生徒に対し頑張りました。
でもY先生にはかなわなかったです。

Y先生に改めてお礼を申し上げたいです。

そして、このような子供に対し勉強の喜びを教えるのは家庭教師だけでなく、誰でもいいと思います。
「教育」という枠組みにしてしまうのではなく、できる人がやれるように、ですかね。
仕組みの問題ではない気がします。
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テーマ : 子供の教育
ジャンル : 学校・教育

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鍵コメさん

こんばんは。
とてもご丁寧なコメントをありがとうございました。
後で伺います。
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ST Rocker

Author:ST Rocker
ビートルズ解析ブログへようこそ!
つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
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