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改めて、ジョンによってのヨーコとは

みなさまこんばんは。
秋はさらに深まっています。
お元気でしょうか?

ロックの神髄とジョンが求めたもの、ポールとの友情を経てヨーコの存在。
そのあたりを改めて書き上げました。
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前回の記事ではクラシックピアノ愛好家に殴り込みをかけちゃったのような印象を持たれた方もいらっしゃるかもしれません。
でもそんなことは全くありません。
クラシックピアノ愛好家の方々とは和気藹々とやっておりますよ。
でも、本当の意味での溝を埋めるには多少思い切ったことを書かないと何も始まらないので、敢えて書かせていただきました。

今僕は、ある(僕にとって)難しい曲のピアノを、珍しくも楽譜を見ながら練習している。
楽譜を見て演奏する努力はもちろんそれはそれで奥が深いことは前から理解していたが、与えられたことに忠実に近づくのが目標なんて、一生やるまいと思っていた。
けど、やってみるとなかなかおもしろい。
その理由は多分、目標が高いからだろう。
楽譜を見てもなかなか弾けない状態を打破するのは、創造的ですらあると思った。

ただしである。
個人にとって創造的ではあっても、やはり、そこにはロックの魂はない。

さて、僕が一生涯敬愛してやまないビートルズ。
メンバー4人とも飛び抜けた逸材だ。
4人の中で序列を付けるのは本意ではない。
しかし、ジョンとポールが、不世出のソングライターデュオとして、とりわけビートルズを牽引したのは事実であろう。

ジョンとポールは戦中のイギリスに生まれた。
特別ハングリーな生い立ちでもない。
でも、二人とも中学生の時に母親を亡くしたという体験をした。
特にジョンの家庭は複雑で、ジョンの影響を強く受けたポールもジョン共々社会に対する反抗意識を持ち始めた。

そんな彼らが既存のクラシック音楽に殴り込みをかけ、すさまじい勢いで新たなロックを創出していった。
そこから先のビートルズの邁進は敢えて説明するまでもあるまい。

ビートルズが成長するに伴い、ジョンとポールの間にやや考え方の差が現れ始めた。
ポールは、大衆に迎合するかのような、Hello GoodbyやWhen I'm Sity-fourとか、動揺や数え歌的な曲を書き始めた。
しかし、ジョンはそうした曲を苦々しく思い、ロックンローラーとしてこだわった。

ただジョンの場合、ロックローラーとしての立ち位置は多少変わっていった。
ビートルズとして十分な成功を得、もはや社会的弱者でもなんでもなくなったのだが、ならば上から目線かというと、そんなことは全くない。
スターとなった孤独と満たされない心を切々と歌に書き上げた。

そんな中、満を持して現れたのがヨーコである。
ヨーコはまさにジョンが求めた100%なのである。
人間として、男として、ロッカーとして。
そのあたりの心情をジョンは余すことなく歌に書き上げた。

大衆に迎合したポール。その音楽はポップ素晴らしい。でも何かが足りない。
ジョンとポールは少しずつずれていく。
でも、そんな中、「ジョンとヨーコのバラード」に参加したポール。
ずれながらも「俺の本当のパートナーはジョンだぞ」と言わんばかりに参加したこのセッション。ジョージとリンゴは参加していない。
不思議なのは100%ビートルズサウンドであること。そしてポールらしさも随所に散りばめられている。
葛藤の中にも現れた史上最強のデュオといったところか。

ところで、ジョンを奪ったヨーコを許せないという人がいる。
「なぜあんな女にジョンが」という人もいる。
しかし僕は言いたい。
こういう人たちはヨーコの女性たる魅力を理解できない人たちだ。
単なる精神面だけではなく、真に女性としての。

実は僕は、ジョンがヨーコを求めたことと、ヨーコの魅力、そしてそれを芸術的に描いたこと。
そのあたりが本当は最もビートルズの奥深く、素晴らしい部分ではないかと思う次第なのである。
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テーマ : The Beatles(ビートルズ)
ジャンル : 音楽

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鍵コメさん

おはようございます。
先ほどお邪魔して返信させていただきました。

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10/26 16:04の鍵コメさん

こんばんは。
いつもありがとうございます。
鍵コメではもったいなく思いますので、お名前を伏せた上でコメントの一部を紹介させていただけないでしょうか。

「オノ・ヨーコの素晴らしさや凄さそして少しも媚びることなくジョンとの対等の生き方が私は好きです、そして憧れます !」というお言葉をいただきました。
女性としてこのようなお気持ちを持たれるのは、よくわかります。

ただご参考までに、ビートルズ、ジョン、ヨーコについて、普通の人よりは研究した立場から、そして男性の立場から、少し違った意見も紹介させていただきます。一部記事で書いたことの繰り返しになります。
たしかにヨーコの立ち振る舞いや言葉は「媚びていない」と捉えられる面はあるにはあります。
でも、それは彼女の癖みたいな部分がそう見せている場合が多く、実は「媚びない」ということをあまり意識はしていなかったようなのです。
その実は普通の人同様に繊細であり傷つきやすく、あの大バッシングには多いに心を痛め参ってしまう寸前だったとのことです。そしてそれをジョンは守っていたようなのです。

また、名曲「イマジン」は、本当はジョンとヨーコの共作だったのですが、共作としてクレジットしてしまうと多くのファンを失望することになるからジョンの単独作ということにした、とヨーコ本人が語っていました。
あるいはまた、1、2年前に日本のテレビに息子ショーンと出演した時に、ショーンを想う気持ちや自分の育った家庭を思い起こす気持ちには、普通の女性以上の慈愛に満ちたものを感じました。
そして、映画「イマジン」などを観ると無邪気で本当に女性らしいヨーコも見ることができます。

結果として「媚びることなく対等に」であった部分があるのは事実でしょうけど、ヨーコ本人の中に敢えてそうしようとした考えは僕には見られません。

僕は男性ですのでどうしてもジョンから見たヨーコに関心が行きます。
1980年に発表したジョンの曲「ウーマン」では、自分はなぜヨーコを好きなのか、なぜ感謝しているのかを実直に歌っています。
例えば、「男の中には小さい子がいる」(the little child inside the man)と歌い、そして「そのことを君も理解しているように」と歌います。
男はいつも孤独で繊細であり、かつ(にもかかわらず)常に競争にさらされているわけです。
そこを女性が理解し、逆に男は女性の弱さを理解し保護する。
こうした基本的な部分で分かり合い、かつ独自の生きる希望と方向性を持っていく。これこそがベストカップルではないでしょうか。

あと、記事にも書いたように、僕は純粋に女性としてのヨーコも好きです。
革命家とか戦闘家とかではなく純粋に女性としてです。

以上、かつての記事、「ジョンとヨーコ愛の姿」http://strocker.blog62.fc2.com/blog-entry-37.html、でも書きました。
よろしければぜひご覧ください。

それから僕もヨーコの芸術はよく分かりません。
でも、分からなくてもいいのではないでしょうか。
ヨーコの世界、あるいはヨーコとジョンの世界は、分かることも分からないことも混然一体となってアーティストとして存在しているように思います。(このことは彼らに限らないことだと思いますが)
もし分かることだけなら、アーティストではなくインストラクターになってしまうでしょう。
芸術は一歩間違えば気の振れた世界になってしまいます。また堅気過ぎれば全然おもしろくないですし。
その微妙なバランスを保ちつつ、深遠(そう)なものを醸し出す。
それこそが最も魅力的なアーティストだと思います。

だからこそ、ビートルズにおいて最もアーティストとして極まったのはジョンとヨーコの世界であると思い、今回の記事で書きました。

大変長いお返事となり、失礼しました。

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10/28 17:05の鍵コメさん

こんばんは。
とってもご丁寧なコメントをいただき、とてもうれしいです。
承知しました。
先ほどお邪魔してコメント書きました。

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10/28 22:45の鍵コメさん

おはようございます。
リンク先記事もわざわざ読んでいただき、また再コメントをありがとうございました。
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ST Rocker

Author:ST Rocker
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つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
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