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サラリーマンでも刺激的に生きられる場合がある

みなさまこんばんは。

朝晩はまだまだ寒いですけど、昼間は何となく春の香りがしてきましたね。

今日の記事の要約
・僕のサラリーマン人生の若干の紹介と、ある上司の話を紹介する。
・「サラリーマンとはこんなもの」と言いつつも、「こんなこともある」というお話です。
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池江璃花子選手が白血病と診断された。
いろんなリアクションがあると思うが、参考までに、僕の場合のこと(大腸がんステージⅢ)を紹介しよう。

多くの人が「びっくりしました」ということを言っていただいたのだが、僕にとって最もありがたいのは姉の言葉だった。
「ふ~ん、そうか。驚きもしないけどね。」
その後、淡々と具体的なアドバイスがあった。
要は、「そんなの想定範囲だよ。STなら何とかできるんじゃない。あとはやるようにやるしかないよ。」という意味に受け取った。
そして、父も特別狼狽もせず、「ま、お医者さんを信じるんだな。」と。
この2人の言葉をもって僕は一気に、戦闘モードに突入したのだった。
あくまで、ご参考までに。

前回の記事にも書いたように、今日も計5kgの錘をまとって、”行軍”をしてきた。
あ~気持ちよか(^^♪
音楽を聴きながら行軍するのである。
ランダムモードにして、なるべく、苦手な音楽も聴く。

では本題。

サラリーマンというのは、組織に属すので、あまり勝手なことはできないし、基本的には労働に対し対価をもらう図式である。
最近は成果主義が進み、マナジャーはどれだけ会社に利益をもたらしたかで評価される。
でも、サラリーマンは、基本は1日8時間とかの枠に縛られるのである。

でも、たまにそういう地道なサラリーマン道からかけ離れた刺激的な生活でもできることを、今日は紹介したい。

僕は、修士を卒業後、製造業の企業に入り、4年目には、都内のある大学に1年半、研究生として派遣されて、新しい技術を勉強する機会に恵まれた。
研究生とはいっても、結局、大学院生らと全く同じことをやるのである。
当時、ちょうど高温超電導ブームというのが起きて、その大学はその中心的な位置にいたので、僕もその研究の一端に加わった。(会社の研究のテーマはそれとは違うことだった)
要するに、先生たちや技官の人や学生たちと寝食をともにしたのだった。

すごく貴重な経験だったし、その後、研究も発展した。

大学での1年半以外は、会社の技術者として多くの時間を使ったが、基本は、地道なサラリーマン生活だった。
ただ、前にも書いたように、30代の頃は、5時以降は上司の意向に沿わない自分自身の考えによる研究を11時までやったりとか、今から思えば自由なこともやっていた。

僕は40歳になったあたりで、大学の教員になりたいと思って、準備をしていた時期があった。
当時、大学の教員の公募のサイトがあって頻繁にチェックしていた。(今でもあるのかな?)
何度か応募したことがあったが、あっさり蹴られた。
やはり公募は難しいとつくづく思った。

結局、自分のやりたいことをやるには、より小さい会社を経由して、最後には一人でやりたいと思い、47歳の時、1桁サイズの小さい競合他社に転職した。
しかも営業職として入った。
むしろ営業を体験することをとても前向きに考えての転職だった。

営業と言っても技術営業であり、そして未来永劫営業というわけではなかったので、応募したのだった。
その営業を4年くらいやった。

営業も技術同様、サラリーマンであるがゆえ、基本は縛られた仕事である。

でも、うまくやれば、技術職よりも刺激的なやり方ができるのである。

すごく新進的な新技術を開発し、社運が一気に伸びるようになることがあれば、一生好き放題にできるかもしれない。それはすごく稀だ。
だから、大半の技術職は不毛に終わるし、日々のメンテに追われるのである。
でも、営業の場合は技術よりは、”一発当て”のチャンスが多いだろう。

僕が47の時に転職した時の営業の直属上司がそんな一発当ての人だ。
彼の前の会社は、金属材料等を扱う商社だった。
彼は、ある金属の再利用を行うビジネスモデルを考えて、大当たりしたそうだ。
特別の新技術とか納品形態の開発などを伴うものでなく、やり回し的なものだった。

彼のアイデアでその商社は大きな利益を得たので、彼はとうにノルマを達し、1週間のほとんどを遊んで暮らしたそうだ。
一応、毎日仕事に行くふりをし、会社にも時々顔を出し、新規開拓的な営業をやっているふりをしながらも、その実はほとんど遊んでいたそうだ。
とは言え、豪遊とかでなく、喫茶店で好きな本を読んだりとか、そういう類の遊びではあったようだが。
その上司は60で完全に退職したが、音楽の趣味も合って、仲良くさせてもらったし、今でも連絡している。

かく言う僕も、4年間の営業時代には結構遊ばせてもらった。
商社のタヌキオヤジからいじめらたにせよ、結構やりたいこともやった。
全国津々浦々(注:この言葉を若い人から聞いたことがない。もしや死語になったのだろうか)で、おいしいものを食べたり、いろんな大学の先生と自由なディスカションをさせてもらった。

51歳の時、僕は、ある大手電子デバイスのメーカーの技術者と多いに意気投合し、両社にとって全く新しいビジネスモデルを考えたのだった。
これはすごくいい!と思ったのだけど、ちょうどリーマンショックもあり、当時の社長には断られてしまった。

ま、要するに、サラリーマンも捨てたもんじゃないってこと!
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酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
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