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ゼロの不思議(その2)・・文系と理系でこんなにも違うゼロと無限大の捉え方

みなさまこんばんは。
天候の変動を繰り返しながら、季節は確実に春に向かっています。
お元気でしょうか。

今日の記事の要約
・今日はノーヒントで失礼します。
・いつも渾身で書いているつもりですが、今日の記事は特に渾身!
・共感する人はこの指とまれ!
-----------------------
最近のスーパーはセルフレジの導入が急速に進んだためか、お客さんのレジの使い方がかなり速くなってきました。
半年位前までは、セルフレジに人が並んでいる場合は、店員さんレジに並ぶ方が早かったですが、今やそうでもありません。
もしセルフレジ選手権なるものがあるならば、数年前ならば関東大会に出る自信がありましたが、今は市の代表もおぼつきません(^^)/

「ゼロの不思議」というお話を去年始めました。
「前座編」「その1」を書きましたので、今日は「その2」です。

のっけからですが、文系の人がイメージするゼロと無限大(∞)と、理系の人がイメージするゼロと無限大(∞)を僕なりに描いてみました。
2019-02-20 ゼロの不思議(その2)図

断っておきますが、僕が勝手に考えたものであり、このような研究や見解が発表されているわけではありませんので、ご承知おきください。
別の言い方をしますと、今まで誰も提唱したことのない考え方を発表しようとしています。

x軸は何かの因子、y軸はxの因子によりもたらされていたアウトプットです。
xとyは何でもよいです。
例えば、xを地震の震度、yを原子炉が爆発する確率でもいいです。
あるいは、xを半導体の製造技術の成熟度、yを半導体の純度でもいいです。
あるいは、xをある男性のある女性への行動、yをその女性が受けた好感度でもいいです。

文系の人のゼロと無限大のイメージは、ゼロと無限大を両端にもつ直線です。
文系の人は、物事がない(または起きない)状況を容易にゼロと捉えることができ、物事が十分ある(または起きる)状況を容易に100%と捉えることができます。
そして、xという因子が変わるにつれ、yのあり方(または起き方)はxに比例(線形)するイメージを抱きます。

というか、xとyの相関というよりも、yはxによってある(または起きる)かどうかの定性的なこととして捉えるきらいがあります。
例えば、大地震が起きる可能性がある以上、原発はやめなければならない、という考え方。

ゼロとはないこと(または起きないこと)、無限大とは目いっぱいあること(または起きること)=100%、というイメージであり、ゼロと無限大ということに対し明確な捉え方をできます。僕はこれを「有限化」と呼びます。
基本的に足し算ベースでの考え方と言えるでしょう。

文系の人は、物事をこうした線形的、定性的、有限化で捉えます。
そして、この捉え方ベースに、政治、文化、経営、あるいは人文的分野で活躍しているわけです。

それに対し、理系の人のゼロと無限大のイメージは、上図の如く、xの変化によって、桁が変りながら変化(指数関数的)していきます。
ここで、S字カーブのうねり方とかそういう細かいことは無視してください。桁が変ることのみ注目してください。
原発の例で言えば、震度がすごく小さくても原子炉の爆発の可能性が完全になくなるなんてことはないし、震度がすごく大きくても完全に爆発するなんてこともありません。
xが変れば99%が99.9%、1%が0.1%になることはあっても、完全にゼロになったり、完全に100%になったりすることなどないのです。
そもそもゼロとか無限大なんて定義できません。
別の言い方をすると、ゼロ=0ではなく、100%=無限大でもありません。
限りなく小さくなるか、限りなく大きくなるかであって、両端などないのです。
(理系の人間にとって、ゼロとか無限大なんて、ブラックホールのごとく恐ろしい概念です。)

このことは、理系で扱うのは主に足し算ではなく、掛け算であることによります。
だから、ある(起きる)か、ない(起きない)という議論ではなく、これとあれを比べればどの程度の桁の違いでありやすい(または起きやすい)か、という定量的議論に重きを置きます。
原発の場合であれば、ある原発の場所で、震度6の地震が起きる確率が何種類かの別の確率が指摘されている場合に、それぞれの確率における原子炉爆発対策の採り方の技術とそのコストを見積もることにより、GOかNGを判断するとか。
要するに、理系の人間の存在意義は、桁による評価と、物事のあり方(起き方)の定量的見積りと言えましょう。

こうした、文系の人の捉え方と理系の人の捉え方を敢えて研究する場は、これまでありませんでした。
文系の人は、政治を中心としたリーダーシップ、理系の人は専門分野での技術的な検討、というすみ分けがこれまでありました。

でも、僕が考えている上述した特性の差が、文系と理系にあるとしたら、新たな取り組み方があるように思います。

例えば、これまで文系の人が中心あった政治等の世界で、理系的な方法論を持ち込むことがまず一つ。
これについては、ブログで結構書いてきました。

そして、もう一つは、現代人の悩みの解決の分野などに理系的取り組みを持ち込むこと。
これもすでにブログで書いたように、悩みの対象を無限大と捉えてしまうと、悩みはものすごくなるので、有限化しよう、と既に書きました。

夢が膨らみます。
ここから先は、ビジネスフォーラムで語り合いましょう。

PS
50代の頃は、50代が人生で一番おもしろいと思っていましたが、60代のほうがさらにおもしろいいです。
知力、アイデア、センスは50代よりもさらに増し、体力もある意味では向上します。
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モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
コメントは本筋に沿ったものをお願いします。

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