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大事なこと(主にマスコミの問題点において)

みなさまこんにちは。
いろいろと本当にお疲れ様です!

今回も新型コロナウイルス関係で、私が感じていることを書かせていただきます。

私の考え方の基本は、もちろん、国民一丸となって危機を乗り越えるスタンスに変りはありません。
しかし、今のままでは多くの国民は十分な納得が得られないまま、ただただ疲弊することになってしまうでしょう。
そこで今日は大事なことを書きます。

マスコミは事実を客観的に、しかも公正に報道すべきです。
しかし現状ではそうなっていません。
去年の台風でもそうでした。

最終的な行動は国民自らの考えや判断基準にに則りすべきです。
それを尊重すべく、マスコミは情報を提供すべきです。

人間の行動というのは、個人レベルでも、集団においても、あるいは社会全体においても、物事を立体的に検討し、定量的に考え、分かっていることといないことを明らかにした上で、何をゴールにするかを決め、効果とリスクを総合判断していくべきです。
実はこれは当たり前のことです。
子供を育てる場合を考えてみてください。
あらゆることを検討して育てますよね。
誰が、一辺倒のことだけを考えて子供を育てますか?

ところが、台風や新型コロナに関しては、国民は一辺倒になってしまっているのです。
マスコミは、全体をもやっと一元的な、そして誘導するような報道しかしていないからだと思います。

今回の新型コロナの報道で、少し例を出しましょう。

まず、「感染拡大」という言葉。
マスコミは、累計感染者数が右肩上がりに上がっていることだけをもって感染拡大と言っており、これを視聴者はそのまま受け取っているのが現状です。
例えば、1日の新たな感染者数が全国で50人程度の状態がずっと続いていた時も「感染拡大」と言っていました。
感染症というのは、罹った人はどんどん回復していくわけですから、毎日の新たな感染者数が一定ということは、患者数は一定ということになります。
つまり、一人の患者が別の一人に移している状態です。
これは感染拡大ではありません。
一人の患者が二人に移し、さらにその人が次の二人に移し・・・のような”倍々ゲーム”のようであれば感染拡大と言えるでしょう。

我が国においては、1日の新たな感染者数は、数十人から100人程度に移行した瞬間、さらにはそれが数百人レベルにジャンプアップした瞬間はありました。
そうした何回かの瞬間そのものは感染拡大と言えなくはないかもしれません。ただし、それが何によるものなのかが重要です。

「感染拡大」という言葉を累計感染者数の毎日の増加のみをもって使っているマスコミは非常に罪深いものと言わざるを得ません。

また、感染者の実名を挙げて報道するのもおかしいですね。  
台風の時もそうでしたが、国民全体にもや~とした超ヤバ危機意識を植え付け、全体の行動を委縮させています。

くりかえしますが、物事は立体的に検討し、定量的に考え、分かっていることといないことを明らかにした上で、何をゴールにするかを決め、効果とリスクを総合判断していくべきです。
それを国民が個々に判断できるような客観的、立体的事実を公正に報道すべきなのがマスコミでしょう。

新型コロナについて、ネット上にはマスコミの言わないいろんな意見が示されています。
しかし、いろんな意見を理解し、系統立てるのは自分自身であるべきです。自分自身の中に考える枠がないと、単に奇異な情報としてGoodかBadの感覚しか生まれないことになります。

もし、自分自身の考える枠があるという自負がある方は、下記の武田邦彦さんの動画を観てみてください。
実に立体的、定量的、総合判断的な見解が示されています。
ただし、あくまで冷静に受け取ってください。決して全てを流されないでください。

https://youtu.be/4b8eTOsaQxM

前回記事で紹介した山中先生のHPも立体的、定量的、総合判断的な内容です。

政府レベルで考えること、自治体レベルで考えること、個人レベルで考えること、そのいずれも立体的、定量的、総合判断的であるべきです。
さあ、最も強力な戦略を一緒に考えましょう。

以上です。
土日は少しでもリラックスするようにしましょう。
私も心技体のバランスを図ります。楽しいこともやりますよ。
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No title

STさん、こんにちは、そういちです。普段から拝読していろいろ勉強させてもらっています。珍しくコメントいたします。私も常日頃マスコミの言うことには距離を置いているつもりですし、今回のコロナの件でもマスコミの報道のなかに一面的と感じること、くだらないと思うことは多々あります。

ただ、今回の件ではかなりいろんなテレビ報道をみており、新聞もいつもより読んでいるのですが(ヒマ人なのでしょう)、マスコミの報道もダメな面ばかりではないと感じています。たとえば、さまざまな「数字」の意味を捉えようとするなど定量的な側面の議論・解説、その他ものごとのさまざまな側面を知ろうとする取材も、ないわけではない。いつもよりたくさんの報道をみていてそう思いました。さすがに台風のときよりも、真剣に取材している感じです。取材や報道の量が多いから、多少は立体的になるのでしょう。

私は、今回はマスコミの問題よりも、国レベルの「政府」の対応のほうが気になります。政府のトップレベルの対応です。社会のさまざまな立場のなかで、とくに仕事ぶりに問題がある、その筆頭ではないかと感じています。定量的な議論を歪めたりぼやかしたりするうえでも、政府や政府の専門家(の一部)のスタンスはマスコミ以上に悪い影響を与えていると感じます。

私自身は普段は政府批判はあまりしないほうなんですが、今回は「政府はこんな程度だったのか」とやや驚き、がっかりしています。山中教授の危機感、問題意識にも政府への苛立ちということは強くあると思います。そして、山中教授も普段は政府批判とは距離を置いているはずの人なのに、やむにやまれずということなのでしょう。

そういちさん

こんばんは。
こちらこそ貴ブログでは勉強させていただいています。また、もう1つのサイトに書かれている感染症と歴史の件も、拝読し始めたところです。
とてもご丁寧なコメントをありがとうございました。
大変参考になりますし、書かれたこと私も同感なところも多いです。また、政府のトップの側近の専門家の問題は、同意します。
その上で、さらに意見を書かせてください。

実はですね、今回コメントをくださったこの記事というのは、自分として「マスコミ報道は立体性と定量性に欠ける」と書いていながら、その内容は定量性に欠けるものでした。
そこで、これの2回後の記事「必要条件、十分条件、必要十分条件」にて、具体例を挙げながら定量的主張に努めました。
本当はその記事を読んでいただくのが一番ありがたいのですが、なにぶん長いしわかりにくいと思うので、ざっと言いたかったことを書かせていただきます。

現在、政府もマスコミも、次のことが「正しい」という前提に今回の新型コロナ問題に取り組んでいます。
1.PCR検査で陽性と出た人は必ず感染者である。
2.新型コロナウイルスは3密で移りやすい。
3.PCR検査で陽性と出た人が重症肺炎になった場合、それは新型コロナだからこそである。
数学的表現をすれば、命題1~3はいずれも必要十分条件である。

政府はこの前提のもと、これまでいくつかの対策をしてきて、我々に自粛を要請しています。
その上で、政府の対応は間違っていたとかの議論がありますし、人出の規模と3密の関係、感染者と医療崩壊の関係、外国の状況など、たしかにある程度は立体的議論、定量的議論がテレビでも紹介されています。

しかし、私が疑問を呈しているのは「前提」の部分です。
例えば1に関して言えば、現状でPCR検査で陽性と出た人の何%が真の新型コロナウイルスの感染者なのか、まだ全く結論を見ていません。
少なくとも、陽性者数をもって「感染者数」と称してはいけないのは明らかです。

あらゆる医学的検査というものは、信頼性が100%というのはあり得ない中、新型コロナウイルスの陽性者数の一体何%が真の感染者数なのかという議論が現在起きています。
ある医療関係者は99%と言い、またある医療関係者は、現在の新型コロナウイルス対象のPCR検査は全てのコロナ型ウイルスを陽性としてしまうので、真の新型コロナウイルス感染者数は陽性者数のごく一部(例えば2割とか)と言います。
項目1だけとってもこの状況です。

2、3はいちいち書きませんが、やはりまだ定量的議論の最中です。

要するに、1も2も3も、目下全然必要十分条件ではなく、必要条件なのか十分条件なのかの結論も見ていません。
我が国の新型コロナウイルスの状況を判断するには、項目1、2、3の掛け算ですし、さらに別の考慮すべき項目もあります。

これの2回後の記事「必要条件、十分条件、必要十分条件」にて、私は、状況の把握のパターンとして、3つほど挙げました。
手書きで、しかも推定に基づき恐縮ですが、集合の大きさをもってリスクの違いを示したつもりです。
基本的な要素の解釈の違いにより、あれだけ違うマップが描けてしまうのです。
政府とマスコミの述べている現在の状況の把握は、単なる「端の方にある1点」(解釈の一例に過ぎない)です。
にもかかわらず、政府とマスコミの考える端の方にある1点だけに立脚する取り組みで本当にいいのですか?

今の政府とマスコミの捉える端の方の1点は いわば最もリスクのあるケースを想定しての話です。それをもとに自粛や事業の凍結を求めている。国民はそれで納得するのですか?という話です。

リスク回避の作戦において、失うものと守るもの。それは断固定量的であるべきと私は考えます。
真面目で場を大切にする日本人ですから、今回もきっと我々は耐え抜いてみせるでしょう。
でも、それが本当に幸せなのかい? と私はみなさんに問い正したい。

本当は結論を見ていない前提を固定して取り組みを展開してしまったら、何をやっているのかわからなくなります。 
今こそ我々数学的論証を専らとする者が声を上げなくてはいけないと考えています。

こうした考えは決してテレビでは取り上げられません。
ネットを観ない限りその情報を得ることができません。
山中先生のHPにもこのことは出てきません。あれだけの立場の人なので、責任問題もあるのでしょう。

たしかに台風の時ほどマスコミの恣意的な誘導はないかもしれません。
マスコミも十分に取材できていないと思いますし、マスコミに情報を与える学者の問題もあると思います。

結局、「定性的で情緒的になり過ぎた日本人」ということに帰着するかと思います。
日本人のいい面でもあるんですけどね。

以上、長くなり失礼しました。
ともあれ、気を付けましょう。

ありがとうございます

STさん、さっそく丁寧なコメントへの返信、ありがとうございます。私のほうのお礼は遅くなって恐縮です。

今回の件に関し、全体像を把握するための定量的なデータが、日々のデータを評価するための前提となる部分も含めて、きわめて不足というか欠落しているというのは、私も強く感じています。まさに「群盲ゾウをなでる」という感じになっていますね。そのなかでSTさんの問題提起も勉強になりました。

未知の現象に直面したときには、「群盲ゾウをなでる」はある程度仕方ないのでしょうが、今回の当局には「意識的に全体像を定量的に把握しよう」という意思がいつまで経ってもほとんどみえない。「都合の悪い全体像がうかびあがるとまずい」という気持ちから、きちんとしたデータを得ることを避けようとする雰囲気さえ感じます。だとしたら、恐ろしいことです。

「定量的に」「全体像を」というのは、ふつうのテレビ報道には、まず期待できないと思います(たしかにそんな低度だと思う)。だから、ここは当局の中核の人たちが関心を持ち、できるかぎりデータを整理していくべきと思うのですが、どうにもダメな様子ですね。そこはおっしゃるように日本的なダメさと思います。ほんとうに、統計とか数量的な議論が私たち日本人は苦手なんだと、今回も思います。細かい数字を並べてごちゃごちゃした話をする人、一面的・部分的なデータから強引に主張する人などは沢山いるけど、本質や全体構造をおさえてざっくりシンプルに数量的な現実を示すことができる人は稀だし、社会的に重用されることも少ないように思います。

ただ、定量的な議論の浅さ、歪みについては、私は責任が大きいのはマスコミ以上に政府のトップクラスやそこにかかわる専門家たちだと思っています。

また長く書いてしまいました…では、とにかくしばらくは、お互い気を付けて過ごしてまいりましょう。

そういちさん

再度とてもご丁寧なコメントをありがとうございました。
私の主張する点へご理解いただいたこと、ご支持いただいたこと、ありがたく思います。
また、そういちさんの主張されている点もわかります。

なお私としては、政府と比較した上でマスコミが最も問題だ、と書いたのではありません。
我々庶民に対して、より身近にいるマスコミは、正しいことを客観的に伝える義務があると思います。そのために放送法でもその基本が謳われていますし。
もし政府が誤った判断をしたり、誤ったことをしようとしていたら、マスコミはそれを暴かないといけないと思います。
そのためにハッパをかけたわけです。

話は変わりますが、よろしければ音楽などもどうぞお楽しみください。
残るGW期間をぜひ楽しくお過ごしください。
プロフィール

ST Rocker

Author:ST Rocker
ビートルズ解析ブログへようこそ!
つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
コメントは本筋に沿ったものをお願いします。

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