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感染もコミュニケーションも掛け算である

みなさまこんばんは。
昨日は雨だったものの、今日を含めとてもよい天気である。
こんなよい天気にはコロナビールがめちゃ旨い。
コップなんかに注ぐのではなく、ワイルドに瓶ごと飲む。
飲み口にライムの切れ端を差して、岩塩を少しまぶすとなおよい。
これで新型コロナウイルスも飲み干す、と。

こういうことを書くのは本当はよくないのだが、超責任ある立場の人間、しかも我々が託している人間だからこそ、敢えて書かせていただく。
最近の新型コロナ関係での安倍さん、小池さんの、国民、都民に説明しているのを見るにつけ、ああこの人たちは現場を見たことがないんだなあ、とつくづく思ってしまう。
説明している時の顔つき、表情、物言い、そして滲み出るもの。
現場の辛苦を舐めた人のものとは到底思えない。
ギリギリの状況の中、進退窮まる中、清濁併せ飲んだ末に、少しでも合理的かつ有意義な決断をする。
そんな経験は皆無の連中だと思った。
国家の存亡、都の存亡がかかっている時に、銭湯で力説するオヤジ、井戸端会議で仕切るオバチャンと同程度の論旨ではないか。

苦節40年のビジネス・パースンから見れば一発でわかる。
ついでに言うと、今回の政府の専門家会議の中心的人物の顔つき、物言いも、一発で御用学者だとバレてしまう。
顔の皺一つ、目の輝き一つとってもろくな研究をしてこなかったことを物語っている。

では以下、僕がなぜこのような判断をしたのかを書いていこう。

もし、存亡の危機にある会社の社長が社員とか株主に対しあんなプレゼンをしようものなら、その社長は即刻辞任に追い込まれるだろう。
あるいは、社長でなくてもある程度責任のあるマネジャーがあんなプレゼンをしたら、やはり即刻降格ないしそれに類する人事措置が取られることであろう。

NGの理由はいくつかあるが、その最たるものが、物事の論証がなされていないこと。雰囲気だけで語ることにある。
例えば、今回感染者数(正しくは陽性者数)の終息を迎えたのは自粛をしたからと証明することはできないにもかかわらず(僕はそう思っていない、民衆の細々とした努力の集大成だ)、そのように断定した前提で説明を進め、今後も自粛するに越したことはないという説明に終始している。
なんとも論理性、定量性に欠けた説明である。データベースで話していない。

僕はむやみやたらに自粛反対、などと言っているのではない。
自粛はとんでもないマイナスを伴うのだから、お坊ちゃま感覚、お嬢様感覚で自粛してください、なんてとんでもない、という意味。

「コロナ解体新書」というとてもレベルの高いユーチューブ番組があって、政府の専門家会議よりもよっぽど優秀かつ説得性があり、真の危機管理の在り方を示唆してくれる。
そのユーチューバーさん曰く「自粛というのは抗がん剤のようなものだ」。
僕はポンと膝を打った。その通りだ!
そのユーチューバーさんはそれ以上、なぜ自粛が抗がん剤なのかの説明はしないで終わってしまった。
そこで僕は、その点を掘り下げて考えてみた。

Aさんというがん患者と、それを診ているB医師がいるとしよう。
Aさんのがんはめずらしいがんであって、これまであまり症例(データベース)がなく、どのように治療すればよいかほとんどわかっていなかった。
しかもAさんは末期であって、あと1年ももつかどうかのように思われた。

そんな中、B医師はAさんに抗がん剤治療を勧め、Aさんは納得して、半年間抗がん剤を受けたのだった。

ここで、抗がん剤のことをあまりご存知ない方のために少し説明しておく。
抗がん剤とは、がん細胞に対しかなり強烈な作用で殺傷せしめる薬剤である。
細胞分裂の速い細胞をがん細胞とみなして、強烈に攻撃を加える。

ここで問題なのは、細胞分裂の速さだけでがん細胞かどうかを見分けるので、正常細胞で細胞分裂が速い細胞もがん細胞とみなしてしまう。例えば、味覚細胞や抹消神経や毛根細胞など。
従って、抗がん剤はこうした正常細胞の一部も攻撃し死滅せしめるのである。
これが副作用である。
がん患者が抗がん剤を受けると、激しい嘔吐感、髪の毛の抜け、手足のしびれ、味覚を失う、倦怠感、体重の減少などに見舞われる。

こんなに激しい副作用に見舞われながらも、がん細胞が減少し、あるいはがんの再発や転移を防ぐことにより、結果的には、抗がん剤を受けなかったよりも受けたことによるプラス効果はあり得るのである。
しかし一方で、あまりの副作用によりすっかり体調を崩し、場合により抗がん剤により死亡することすらある。
さらに、抗がん剤そのものが発がん性を示す場合もあると言われる。

要するに、抗がん剤は諸刃の剣である。
抗がん剤を受けるからとにかくがん治療にとってよいこと、なんてことでは全然ない。
よいことよくないことか拮抗して、総合的に少しはよいことのほうが多い程度、というのが抗がん剤の正しい姿だ。

抗がん剤をやるべきかどうかの判断は、がんの種類によっても違うし、個々の病状にとって違う。
がんの種類によっては抗がん剤はほとんど効かないということもあるし、またあるがんの種類では、こういう場合い効いた、というデータもある。

そして、患者と医師との念には念を入れたディスカションの末に決めるべきものである。

AさんとB医師の関係において、安倍さんの国民に対する説明は次のようである。
前提として、AさんはB医師から半年前に抗がん剤を勧められた。
Aさんのがんの種類に抗がん剤が効いたというデータはこれまでなかったが、B医師はとにかく勧めた。

Aさんは、抗がん剤はいやだったものの、B医師の勧めを受け入れ抗がん剤治療を行った。
それはそれはつらい治療だった。
生きた心地がしないほど身体がつらく、食欲はなく、食べ物の味もせず、髪の毛はなくなり、全ての意欲を失った。
手足のしびれは甚大で、おそらく一生の後遺症となりそうだった。

Aさんは抗がん剤だけに頼るのは心もとないと考え、しかも抗がん剤自体も毒の側面もあるため、自ら考えて、あらゆる民間療法を取り入れた。

半年後、がんはほとんど消えた。
ただし、Aさんの体は消耗甚だしく、精神面もほとんど限界であった。

さて、こんな状況で、AさんがB医師に次のようなことを言われたらどうする!?
「Aさん、抗がん剤、半年頑張ってくれました。抗がん剤ががんを小さくしてくれました。でも気を緩めてはいけません。またがんが再発したり転移します。だから、もう半年抗がん剤を続けましょう。抗がん剤は大変ですけど、ダイエットという本来の目的にも沿うものなので、その意味でもいいことですし」

これが今の安倍さんであり、小池さんである。
(注:ダイエットの喩えは、安倍さんが、「テレワークという本来的なことにも沿うので」ということに引っ掛けた)

もし僕がB医師の上司であったら、間違いなく一発でダメ出しである!
B医師は次のようにAさんに言うべきである。
「Aさん、半年の治療、本当に大変でした。頭が下がります。がんはほとんど消えました。しかしこれが抗がん剤によるものか、あるいはAさんの民間療法によるものなのかは、はっきり言ってわかりません。Aさんのがんにおいては、抗がん剤が積極的に効いたというデータはまだないので、正直手探りの段階です。さて、これからなんですが、がんが再発または、転移しないための予防としての抗がん剤を使う例があります。ただし、Aさんのがんではなく、大腸がんにおけるデータです。大腸がんでは、予防の目的での抗がん剤の半年の投与で、5年生存率が10%上がりました。このデータが、即、Aさんのがんに当てはまるわけではありません。しかし、類似のがんであることから、おそらくは半年の抗がん剤の投与をしないよりはした方が優位的に5年生存率が上がると考えています。副作用はもちろん大きいです。少しでも生存確率があがるために副作用に打ち克つというAさんのご意思があるなら、抗がん剤を勧めます」

以上が前置きである。(すごい長い前置きで失礼m(__)m)

何週間前から、感染を8割減らすために人出を8割減らす目標となり、いろんな繁華街の人出の減少率をモニターしている。
これには大きな数学的な誤りがある。

ある場所に通常10人の人出あると仮定しよう。
話を簡単にするために、Aさん、Bさん、・・・・、Jさんの10人がいつもその場所に繰り出すと仮定する。

数学的にわかりやすくするために、ウイルスの感染を2人の人の間で起こるとする。(本当は3人以上の間で起こることもあるが、それはごくわずかなので無視する)
10人の間で、感染が起きる「2人」の場合の数を考えてみる。
はい、数Iで習った。
2人の組合せは、AさんとBさん、AさんとCさん、・・・・・・・・IさんとJさんというように、45通りある。
数学的には10C2と称するが、今日のところはそこは述べない。とにかく45通りだ。
つまり、誰と誰との間で感染が起こるという可能性は45通りある。

では、人出を8割減にしたらどうなるか?
つまり2人がその場所へ行くわけだ。
すると、感染が起こる2人の場合の数は1通りしかない。
従って、人出を10人から8割減の2人にすると、感染の可能性は45通りから1通りになるので、1/45、すなわち2.2%となる。
8割減どころか9割8分も感染の度合いが減る。

では、人でを半分に減らしたらどうか?
つまり、その場所へ5人が繰り出すとする。
5人の場合、感染する2人の場合の数は、10通り。
従って、感染機会は10/45で22%となる。ほぼ8割減だ。

このように、感染の機会を8割減にしたいのなら、人でを8割減にする必要はなく、5割減かそのやや少し少ない程度で十分だ。

このことを、男女の出会いで考えてみるともっと理解しやすい。
テレビ番組「フィーリングカップル5対5」を思い出してほしい。
あらら、古いね(^^)/ 50歳未満の人は知らないね、きっと。
一言で言うと、合コンのテレビ版。
5人ずつ男女が出てしゃべり合い、カップル成立を目指す。
最大5件のカップルが成立する場合もあれば、1件も成立しない場合もある。

男女5人ずつの計10人の場合、カップルの組み合わせは25通りある。
先ほどの10人の人出で感染する2人は、同姓間でもよかったが、カップルの場合は異性間のみなので、25通りとなる。
人の数を8割減らして、2人、つまりフィーリングカップル1対1にすると、カップルの組み合えせは1通りしかない。
従って、人の数の8割減にすると、男女の出会いは1/25、すなわち4%となる。
もし人の数を6割減らして、4人、つまりフィーリングカップル2対2にすると、カップルの組み合えせは4通りとなり、男女の出会いは4/25、すなわち16%となる。

かように、男女の出会いは、人の数が減ると掛け算で出会いの機会が減ってくる。

では、人の数を増やす場合を考えてみよう。
昔から「三人寄れば文殊の知恵」という素晴らしい諺がある。
2人で話しているより3人の方が知恵が膨らむというように一般には理解されているかもしれない。

でも僕は、この諺はもっと重大な意味を示していると思う。
2人に比べて3人の方が情報量が1.5倍に増えたから、というよりももっと重大だと思う。

今仮に、AさんとBさんが、それぞれ3つずつの情報を持っていたと仮定する。
よくありがちな、そのへんのおじさんやおばさんの会話は、相手の話に相槌こそ打っても、それに対してどうこう味付けをして返すわけでなく、単に自分の話をするだけだ。
するとこの場合、単に3つの情報が合わさって、3+3=6となる。
情報が増えたのだから、それはそれでいいことではある。

しかし、有意義なコミュニケーションとは、足し算でなく、掛け算だ。
つまり、AさんとBさんが有機的にディスカションしたことにより、3X3=9のアウトプットが得られる。

そしてこれが3人になると。
単なる井戸端会議では、3+3+3=9。
でも、3人で有機的なディスカションをすれば、3X3X3=27。
これこそ「文殊の知恵」だと思う。
ビジネスの場面でも経験することである。

かくように、感染もコミュニケーションも掛け算なのである。

最後に蛇足。
大西つねきさんと藤井聡さんの対談を1,500円払って観た。
藤井聡さんという人、大した人であることは間違いないが、どうも話が下手くそのような気がする。
前から三橋貴明さんとの対談は何度も聞いたことがあったが、正直三橋さんも話が下手くそなので(ごめんm(__)m)、藤井さんの話がわかりにくかった。
大西さんの話は超わかりやすいのだが、それでも藤井さんの話はわかりにくい。
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