FC2ブログ

ブルガリア留学生の思い出

みなさまこんにちは。
お盆休みですね。そして暑いですね。
お元気でしょうか?

今週はやることいっぱいありますので、超手抜き記事で失礼します。

僕の今の会社は欧系だが、その前は米系の会社に勤めていた。
28~9歳の時に、ある都内の大学に研究室として派遣されていた。
厳しい研究室として有名で、博士課程、修士課程、学部4年生、外部からの卒業研究生などが、頻繁に徹夜していた。

僕にとって2年目の研究生生活が始まる頃、ブルガリアからの留学生をいきなり指導することになった。
それまでの人生で人を指導したことはそれなりにはあったが、目上の人(35歳、男性)で、しかも外国からの立派な人を指導するなんて。

なぜ若造の僕が指導することになったかと言うと、助手以上のスタッフで海外経験のある人でないと英語を話せる人がいなかったから。
実に単純な理由である。博士課程以下の学生では英語を話せる人は皆無だった。(今ではそんなことは全然ない)
大学側もテキトーな判断だったし、僕の勤めていた会社のマネジャーもよくも合意したものだ。
で、僕自身はというと、おかなしな判断だとは思ったものの、自分の勉強になりそうだと思ったので、快諾した。

指導とは言っても、研究そのものの目標や進捗のチェックは助教授がやる。
それ以外の一切の指導は僕だった。実験のやり方や安全面、生活もろもろ面なども。

そのブルガリアからの留学生をSさんとしよう。
Sさんは国立科学アカデミーに属していたので、エリートである。
日本の大学で研究したいことがあったのだが、共産圏からの研究生ということで、研究内容に規制がかかり、Sさんにとっては不本意な内容を研究することになった。
時は1988年。ベルリンの壁崩壊の前なので、ブルガリアは純粋な共産圏の国だった。
僕としてそれなりに理解していたつもりの国だったが、Sさんと付き合ってみて、知らないことがとてもたくさんあった。

さて、Sさんの指導を開始した。
予想通り、時間も労力もかかったが、英語の勉強にもなり、またいろんな勉強ができた。
研究室のミーティングや輪講などにもSさんは出席したので、その通訳はとても大変だった。

最初の頃に困ったのは、Sさんの思い描いていた勤務時間の感覚である。
ブルガリアの職場では9~5時の勤務時間が徹底されており、この日本の大学の研究室でもその時間帯を押し通そうとしていた。
時間管理はさすがに僕の一存では指導できないので、助教授に任せた。
すると助教授はSさんに向かって激怒し、Do in Rome as the Romans do!(郷に入っては郷に従え)、と。
Sさんは最初は反発していたが、最後の頃(1年間の終わりの頃)は少しは学生たちの時間に合わせていた。

しかし、Sさんは夏休みは妥協しなかった。
確か3週間くらい取ったと思う。学生やスタッフはろくに夏休みも取らなかった中で。
Sさんは日本国内をいろいろ旅行し、富士山にも登った。
当時僕はまだ富士山に登ったことがなく、なんで留学生が先に日本の象徴に登るのだ、と少し憤慨してしまったけど。
また、アカデミーから予算をたくさんもらっていたらしく、かなりよいアパートに住んでいた。

そんなSさんだったが、僕には結構信頼を寄せてくれて、いろんな話ができた。
最初は学生たちが寄り付こうとしなかったが、次第に溶け込んでいき、研究もそれなりにまとめることができた。

Sさんにとって日本というのは異国中の異国であり、戸惑うこともたくさんあった。
1年間にはたくさんのエピソードがあった。いくつか紹介しよう。

ブルガリアでは、エレベータをどちらの方向に動かしたいかでボタンを押すそうである。
例えば、今3階にいて5階に行きたいとし、今エレベータは4階にいるとしよう。エレベータをまず3階に下ろさないといけないので、「下へ」を押すそうである。(外で待っていて押す時も、中にいて押す時も同じ)
「日本では行きたい階のボタンを押せば、エレベータが自分の動く方向を勝手に判断してくれますよ」と言ったら、驚いていた。
エレベータの中には、「開」と「閉」と書いた小さいボタンがあり、皆がどっちかを押している。(注:古いエレベータだったので、開閉のボタンがすごく小さい)
「この2つのボタンの意味は何か?」と訊くので、「『開』がopenで『閉』がcloseです」と言ったら、メチャ驚いていた。
まるで正反対の意味なのに、字がほとんど一緒だし、虫眼鏡でないと読めないような複雑な字だし、それに、開と閉の違いは、ごく一部がわずかに違うだけであり、とても正反対の意味の字とは思えない!と。
これにはSさんに一理ある。
こんな似ていて複雑な字のわずかな違いを一瞬にして見分けられる日本人の識別力はすごい、と言いながらも、どこか合理性を疑っている風にも取れた。

日本に来て初めて野球を観た(テレビで)とのこと。
なぜ、あんなに小さい球をあんなに細い棒っきれで打てるのだろう!と。
言われてみればその通りである。

日本の看板はなぜ英語だらけなのか?と不思議がっていた。
日本語だけでよいのではないか?と。

日本の唐辛子をSさんはかなり気に入った。
いろんな料理とか白いご飯にかけまくるのである。
料理やご飯の表面が赤で覆い尽くされるまでかけるのである。
ちょっと行き過ぎな感じだが。

あの当時はまだタバコ天国だった。
机の上の適当な場所に灰皿を置いて、誰もがプカプカやれる時代だった。
とこりがSさん、タバコの火を軽くもみ消してからゴミ箱にポイ。これは驚いた。
それとか、夏の暑い時期に、実験に着るTシャツを、ずっと同じものを洗濯もせず来ていた。
ここらあたりは、やや紳士さに欠ける人だった。

ブルガリア語はロシア語とほとんど同じで、使う文字も共通している。
Sさんによれば、ロシア語がブルガリア語から派生したとのこと。

以上のようなエピソードはあるものの、基本は欧米人に特有のロジカルな考え方は強かった。
僕としても、多いに研究に役立てたし、考え方として影響も受けた。
基本は学ぶものが多かったのである。
ただ、日本的な考えの延長に新しい発見があるのも確かだということも実感した。

Sさんが帰国後も文通を続けていたが、ブルガリアで政変が起こると、音信不通になってしまった。
しかしまた最近、研究関係のサイトを検索したらSさんの名前が出てきて、活躍していることを知り、うれしくなった。

30歳になろうという多感な時期にした貴重な体験だった。
スポンサーサイト



テーマ : ♪人生・生き方♪
ジャンル : ライフ

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

ST Rocker

Author:ST Rocker
ビートルズ解析ブログへようこそ!
つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
コメントは本筋に沿ったものをお願いします。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
FC2カウンター
Number of visitors
リンク
RSSリンクの表示
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

月別アーカイブ
最新トラックバック
QRコード
QRコード