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鏡の謎の解答

こんばんは。

引き続き暑いですね。
さて、昨日の問題は考えていただけましたでしょうか?

これに関して私は昨日から今日にかけ2つのことを知りました。

一つは、この問題は自分がこの世で初めて考えたと自負していたところ、古くからある問題であることがわかりました。
もう一つは、(私の調べた限りでは)、あまり正しい解答は見当たりませんでした。
よく見かけたのが、実は鏡に映った像は左右逆ではない、前後が逆なのだ、と。
これは言い換えに過ぎません。
鏡に映った自分は、右側に心臓を持つ「左右逆の自分」です。

では、私なりの解答をいたしましょう。
考え方の真髄はまさに昨日申した「上下」と「左右」の話です。
鏡に映った自分は「上下」は変らなく、「左右」が変る。
カメラはどうでしょうか。感光面には「上下」も「左右」も変る像が写される。(注;今のカメラは知りません。少なくとも昔のピンホールのカメラはそうです。)

ここで、「上下」と「左右」は人間が作り出した概念ですが、昨日も申しましたように、「上下」は変えても認識できないもの、「左右」は変えたら認識できるもの、です。
よって、何かの相対位置が逆転したと認識されたなら、その方向は「左右」、となります。
構造上等価で鏡面対象の関係にある時、それらは「左右逆」と言います。
カメラの感光面のような場合は、構造上も等価であり、かる左右も同じですので、全体的に全く同じです。

ここで注目すべきは、これらの関係を説明するのに「上下」の言葉は出てきません。「上下」はあくまで人間の都合による表現に過ぎず、物理的意味を成しません。
なにらや禅問答のようでわかりにくいと思います。では、もっと別の角度から説明しましょう。

もし仮に、人間というのは心臓が左にないと生きられない、とします(勿論事実はノーですから、大胆な仮定と捉えてください)。
その事がものすごく大事であり、それを成立させるために人間はいかなることもする、とします。

すると、鏡に映った自分は、足で歩くと心臓が右になってしまいますので、頭を下にして歩くべき、となります。
言葉を変えると、上下が逆になった自分が映っているわけです。

すなわち、「左右」の方向とは人間の主観によりどっちの方向かが決まります。
足で歩くことがあまりに当たり前になっているので、「上下が変らず、左右は変った」という見方をしているだけであり、「左右は変らず上下が変った」(注;ここで言う上下、左右は便宜的な表現であり、物理の本質ではありません)と見ても一向に差し支えないのです。同様に「前後が変った」と表現しても構わないわけです。

要するに、「左右」いう意味のある変換を成し遂げるのが鏡です。これが一言でいう解答です。
鏡に映し出される自分は思いのほか哲学的で深遠なものです。

L-アスコルビン酸しかビタミンCの働きをしないように、鏡に映った自分のキャラクターは自分とは全く違うかもしれません。
長年見てきた自分の顔は自分ではありません。
何かすごくいいことやいやなことがあった時に自分の顔の写真を撮るのは、自分を知るきっかけになるかもしれません。

いかがでしたか?
夏の夜の夢になりますでしょうか?

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テーマ : 宇宙・科学・技術
ジャンル : 学問・文化・芸術

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酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
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