FC2ブログ

絶対に正しいことはない。

こんばんは。
ニッポン列島凍えてます。
皆さまは大丈夫でしょうか?

数日前にuriboさんのブログで、現実か、夢遊病か、夢か、という内容の記事がありまして、コメントのところでuriboさんは「この世に絶対に正しいものはない。例えば、『この色は赤だ』と言ってみたところで、皆勝手に『赤』と思い込んでいるだけで誰もそれが赤だと証明できない。」というおもしろいことを書かれていました。
科学の本質に迫る大変興味深いコメントだと思いましたので、今日はそのことを記事にしてみます。

この話は2つの点で大変意味のある話と考えます。

まず1点目は色の認識について考えてみましょう。
光は波の性質も持っており、その波長には幅があり、波長の違いが色として認識されます。
可視光(人間の目に見える範囲の光)では、一番波長の短い色は紫で、その波長は約400ナノメートル(1ナノメートルは百万分の1ミリ)。
一番波長の長い色は赤で、約700ナノメートルです。

目に入った光は、奥の網膜で波長を検知し、脳の回路をいろいろ経て解析・変換され、最終的には視覚野で色を認識します(注;一部間違っているかもしれませんが、大体こういう流れです)。
まず、網膜で波長を検知する段階では皆基本は同じだと思います。そのメカニズムは同じだからです。
個人差によってどの色の感度が比較的大きいとか小さいというような差は現れるかもしれませんが、500ナノメートルの光をある人は400に、ある人は700に感じるなどということはまずありません。

問題は脳の中での解析・変換です。
脳の中で起っていることは最近かなりわかってきましたが、それでも色をどう解析・変換するのかなどの具体的に何をやっているかほとんどわかっていません。
そして、人によりやり方が違うのかどうかもわかっていません。わからない以上、違う可能性はある、と見ておくべきでしょう。

網膜で検出された「色」の信号は、その後脳の中でどう解析・変換されるのかは、少なくとも後天的に形成されていくようです。
生まれつき(あるいはかなりな幼少期に失明した)目の不自由なある人が、大人になってから手術を受け目が見えるようになったのですが、脳はなかなかそれを解析・変換できず、しばらくは情報が多すぎて(というか御しきれず)、物が見えている状態とは程遠かった、とのことです。

色に限らず五感から入る情報を脳で解析・変換する回路およびそれを動かすソフトウェアの形成は後天的であり、かつ個性的ではないかと思います。
ちょうど、脳自体をハコモノとしてのPCに喩えるなら、脳のどのセクターを使い、どんなソフトで色やその他の情報を解析・変換するのか、と似ていると思います。

最終的には、ほとんどの人が、赤は「赤」、黒は「黒」、緑は「緑」として一対一に対応し認識することができ、他人との間で同じ色としての共通認識ができます。
しかし、最終認識に至る経路とメカニズムが違う可能性があるので、他人とは別の色に感じている可能性はあると思います。
例えば、「緑は新緑の癒されるあの緑、赤は燃え滾るあの情熱的な赤だよね?」と言えば、別の人が「そうだね」とは言うものの、その人は赤い色を緑に感じ、緑を赤く感じているかもしれません。
もし、他人の脳を移植することができたとして、その人が別の色認識メカニズムを持っていたなら、移植後に違う色が認識されることでしょう。

もう1点目は「絶対的に正しいことは存在するか?」について考えてみましょう。
この問いに関してはほとんどの人が「Yes」と思っていることでしょう。
例えば仮に、2012年2月20日正午ちょうどに富士山が噴火したとします。
この"事実"は肉眼で、あるいはTVなどを通じて広く日本国民の知ることとなります。
そして「絶対的に正しいできごと」としてほとんどの日本人の認めるところになります。

しかしです。時間軸をぐっと引き伸ばしてみます。
ではその噴火は12時0分0000秒なのか、12時0分0001秒なのか?という問いに関してはかなり認識がバラバラになるはずです。
時計の正確さの問題ではありません。仮に皆がものすごい正確な時計を持っていたとしてもです。

仮に、富士山の現場に置いてある時計が12時0分0000秒を指した時に噴火したなら、現場にいた人は当然、「12時0分0000秒に噴火した」と認識します。
しかし、例えば300km離れた茨城の人は、富士山の噴火を知るのは自分の時計が12時0分0001秒を指した時です。光が300kmを進むのに0.001秒かかるからです。
あるいは、茨城の人から富士山に置いてある時計が見えるとしたら、噴火を知る瞬間は富士山の時計は12時0分0000秒を指して見えます。
えっ? 一体富士山が噴火したのは12時0分0000秒? それとも12時0分0001秒?
どっちでもあるのです。つまり、「絶対的に正しい一つのこと」はないのです。
ならば、TV中継はどうだ?と言う方がいそうです。
でもこれも同じことです。富士山から撮影カメラまで、カメラから電波や有線を通り基地局まで、基地局から各家庭まで、家庭のTVから視聴者まで、のような経路を光が通るのに時間がかかります。

そうです、これが相対性理論なのです。
この世に存在する全ての物(物体、空間、時間)は絶対的なものが何一つなく、互いに相対的にしか知ることはできない。
あの現象は「私にとっての・・・」「あなたにとっての・・・」でしかなく、唯一無二の絶対的なものはありません。
なぜなら、光はこの世で最も速く、そしてどんな場合でも一定の速さだから。
そしてだからこそ、ニュートリノが光より速いと厄介なことになるのです。

以上です。
現実か夢遊病か夢かの区別はまたちょっと違う話ですけどね。
上記したような厳密な話ではなくて、「99%の人が同じ理解をしている」というのは一杯あります。
でもこれとて「絶対に・・・」と証明するのは難しいでしょう。

どうですか?
溜飲が下がりませんか?

Science & Technology Rocker
スポンサーサイト



テーマ : 自然科学
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

No title

今晩は^^
まさかuriboのあのコメントからこんな話になるとは想像もしてなかったです。。
ST Rockerさんの素晴らしい頭の中を拝見した感じです!
 
uriboは、ホントに何も考えてなくて・・
ただ単に世の中の常識と言われている事は絶対そうだという確証がないと思うだけ^^;
例えば、歴史がそうですね。。
縄文時代があって弥生時代があって・・平安時代があって戦国時代があって・・
でも、その時の時代の名前とかは全部現代の人がつけてませんか?
その時代の人が自分たちは縄文時代に生きてるんだ!という認識はなかったはず。。
ずっと遡って、恐竜がいた時代・・誰もその時代に生きてた人は今の現代にはいないはず・・
なので、恐竜の名前も勝手に現代人がつけたもの。。
本当にそんな名前かどうかも分からないのに、その名前が当たり前の世の中。。
色もそうでしょ?赤色という名前を付けた人がいて初めてそれが世の中の常識になっただけで、それは黒色という名前だったかもしれない。。
リンゴの色は黒です!という世の中だったかもしれないしね(笑)
 
なぁ~んて、意味不明な事書いちゃいましたけど・・
ST Rockerさんみたいに論理的な話は出来ません^^;
書きたい事だけ書いちゃって・・失礼しました。。

No title

uriboさん
早速のご丁寧で渾身のコメントをありがとうございました!!
とてもうれしいです。
でも、そんなに大したもんではありませんよ(笑)。
歴史や太古のことを現代人の目線で見たり名前をつけていることが変に思われる、全く同感です。
本当に世の中は「絶対視」に満ち溢れていますよね。
今日記事で書きましたような厳密な科学的意味での「絶対はない」という以外に、社会的な意味での「絶対はない」ということも言えますよね。
物事は何事も相対的に成り立っているんだ、という境地に立てば、この現代の世の中の存在意義や己の存在意義が見えてくるかもしれません。
uriboさんの感覚はとても大事だと思います。
昨日からちょっと気合入れましたので、少しリラックスしましょうね。
ま、今後もよろしくお願いします。

No title

はじめまして、コメントありがとうございました。
この記事とても面白く、興味深く読みました。
これからもいろいろと教えてください。
宜しくお願いします。

No title

このはな桜さん
コメントありがとうございました。
とってもうれしいです。
こちらこそ、いろいろ教えていただきたく、
よろしくお願いします。
プロフィール

ST Rocker

Author:ST Rocker
ビートルズ解析ブログへようこそ!
つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
コメントは本筋に沿ったものをお願いします。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
FC2カウンター
Number of visitors
リンク
RSSリンクの表示
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

月別アーカイブ
最新トラックバック
QRコード
QRコード