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不可算名詞の謎に挑む

みなさまこんばんは。
結局日曜も雨結構降りましたね。
私は今日は車で少し遠方まで行く用があったものですから、ちょっとしんどかったです。

さて、英語において我々日本人を悩ませるのが冠詞と並んで「可算名詞、不可算名詞」である。
冠詞については以前持論を書きましたので、お時間のある方はカテゴリの「英語」をクリックいただけますか。

英語の可算名詞とは文字通り数えられる物。そしてそれが単数か複数かも問う。そしてそれがさらに定冠詞を伴うのか不定冠詞を伴うのかも問う。
そして不可算名詞とは文字通り数えられない物。数えられないから単数も複数もない。単数がないから不定冠詞はあり得ない。でも定冠詞はありうる。そしておもしろいのは、冠詞が伴わないこともある。

可算名詞は比較的理解しやすい。しかし不可算名詞は理解しにくい。これこそ英語の特徴的なことではないだろうか。
不可算名詞の定義は、一つの形のある単位として規定できない物、とされる。
例えば、water(水)、air(空気)、wood(木材)などの「材質」に関するものは典型的な例である。
材質は境目のない「化学的性質」を指すのだから数えられないというわけである。
これに対し、a cup of water(コップ1杯の水)、two cups of water(コップ2杯の水)などとすれば数えられるようになる。
でも、これらの場合なお、waterは不可算名詞だ。

冠詞を伴わない不可算名詞の例としては次のようなものがある。
Water is indeed necessary for the human being. (水というものはまさに人間にとって必須のものである。)

さらに、定冠詞を伴う不可算名詞もあり得る。
Water consists of hydrogen and oxygen atoms. But it rarely contains deuterium atoms. The water is used for a special analysis. (水は水素原子と酸素原子から成る。しかし稀に重水素を含有することがある。そういう水は特殊な分析に利用される。)
しかし、こうした定冠詞を伴う例はあまり多くないだろう。
これに対し日本語は、物が数えられる・数えられないという概念はあると思われるが、日本語においてそれを規定はしない。
日本語は、それが可算か不可算かどうかということに意識を集中しない。どうでもいいわけではないが、何をさしおいてもそれを吟味することなどしない。
なぜなら、可算か不可算かをことさら示さなくても一向に不便ではないからだ。

人が水を飲んでいることを描写する場合、あるいは「水とは・・・」という化学論文を書く場合、いずれにおいても「水」と書けば事は足りる。
コップ1杯か2杯かを区別したいならその旨書けばいいし、論文で何かを主張したければそれを強調すればよい。
たとえそれがことさら強調されなくとも、前後関係で容易に類推されるであろう。
つまり、不可算名詞の概念がないからといって、実用上困るとは思えないのである。
では何故、英語には不可算名詞の考え方があるのだろうか???????

可算名詞と不可算名詞を英語のルールとして捉えるなら、その習得はある程度容易である。
でも、ならば、何故adviceは不可算名詞でsuggestionは可算名詞なのか。
Suggestionにおいても「示唆」のようなものは不可算名詞だが、具体的にthat節を伴う「提案」は可算名詞なのか、このあたりは日本人には大変理解しにくい。

以下は私の中でおぼろげに浮かぶ仮説であって、まだ具体的根拠はない。けど、なにかこれまでの欧米人との付き合いからなんとなくもたげてきた持論である。

私は、このブログで、文科系・理科系という分け方は日本的であって、欧米では、理論的か実際的かの分け方を行う、と書いた。
理論も実際も両方大事なのだが、より理論の方が欧米人は尊ぶ気がする。より神に近い領域ではないか、と。

「形而上学」という言葉がある。
そして、ユダヤ教、キリスト教の世界では偶像(=形のあるもの)は否定する。
神との契約は形のない「概念的」なものである、と。
それに対し、形をなすものは実世界のものだ、と。

ならば、より神に近い領域では不可算名詞が重要であり、実世界では可算名詞、ではないだろうか。これが私の仮説である。
神に近いのか、実世界なのか、の違いで名詞を使い分ける。
これが英語の精神なのではないだろうか。
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テーマ : 英語
ジャンル : 学問・文化・芸術

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No title

以前、英会話の先生が、日本人の多くが、会話の際に、複数形の最後のSを忘れる・・・と言っていました。
例えば、I like books. や、 I'm interested in books.と言うべき時に、booksを bookと言ってしまう。
話は通じるものの、先生曰く違和感を感じるとのことでした。
日本人にとっては、この場合の本は、不可算名詞のようなものではないかと思います。。。

mittanさん

こんばんは。
コメントありがとうございました。
象徴的な例の一つだと思います。
この場合の「本」は日本人にとって不可算名詞的だというのは鋭い指摘ですね。私も同感です。
要するに、日本人は可算名詞も不可算名詞も実質的には(同じ単語で)使い分けているのだと思います。
英語の場合は「この単語は不可算専用」とか「この用法では不可算」のように、0か1でくっきり決めてしまうのに対し、日本ではその境目はグレーだし規則もない。「本」という場合も、具体的な本の概念(可算)も、読書という概念(不可算)も混在していると見られ、しかも人それぞれでその割合はまちまちなのだと思います。
私はこの英語と日本語の考え方の差を宗教の差ではないかと思っています。神と直接対話するには形をもたない不可算名詞を用いる、のような発想が欧米にはあるような気がします。
mittanさんはその点どう思われますか?
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