1)総武線 vs 京葉線 2)赤羽線 のお話

みなさまこんばんは。
昨日は東京で飲み会でした。
割と早めに帰ったのですが、疲れましたね。

大事なお話でしたので、個室でやや高めの季節料理・てんぷら料理店でした。
今日はまた鉄男くん、鉄子さんに捧げます
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今日は2件お届けします。地元ネタと、リクエストにお応えしてのネタでございます。

(1)総武線 vs 京葉線

まず、ここで言う総武線は、総武本線を除かせていただきます。(総武本線ファンの方々、すみません。)
言うまでもなく、京葉線の方が新参者です。
総武線は東京から千葉まで、やや内陸を走るのに対し、京葉線は海辺を走ります。

何と言っても最大の功労は、乗客がかつては総武線のみ(JRで言えば)が一手に引き受けていたのが、この2線に分散するようになったおかげで、断然混雑が減ったことです。
このことは、埼玉で「京浜東北線・東北線・高崎線」という1系統だったのが埼京線ができたことも然りです。

私が前の会社にいた時既に千葉に住んでいたのですが、東京本社に出勤する際、最初の頃は総武線しかなく、快速の混雑たるや筆舌を尽くしがたいものでした。もう、「おしくらまんじゅう」などという形容をはるかに超えた惨状でした。
朝出勤するだけで1日の大半のエネルギーを使ったのでした。

その昔は、総武線は秋葉原からしか出ていませんでした。
そのもっと昔は、両国駅から蒸気機関車が出ていたそうです。父が昔よく乗ったと言っていました。
ある時(1980年頃?)、総武線快速が東京駅地下から出るようになり、横須賀線と相互乗り入れするようになり、便利になりました。
今日はその件を書くと長過ぎるので、それ以降の話のみ書きます。
総武線快速は便利になったとはいえ、
ものすごい混雑を緩和し、また臨海の住宅地や商業地への便宜を図る上でも、京葉線が着工されました。
1980代のことです。
最初は確か新木場と新浦安あたりの部分開通で、その後次第に延伸し、東京-蘇我間が開通したのでした。

最初は乗客が少なくさびれた感じでしたが、この頃は随分混んでいます。
特に、ディズニーランドのある舞浜、住宅地の新浦安、ららぽーとのある南船橋、幕張メッセのある海浜幕張、新興住宅地の検見川浜や稲毛海岸、ホテル街とモノレールのある千葉みなと、など利用者が最近はかなり増えています。

さて、総武線と京葉線は比較的近いところを走っているので、万一どちらかが止まった場合に片方を利用して帰宅できるので便利です。
また、蘇我以遠に住んでいる人は東京に行くのにどっちを選ぶかは悩ましいところです。
が、いずれにせよこの2線は補完関係にある、というのが第一の特徴です。
どっちが速いのかは、どの電車を選択するかで違うのですが、最速は京葉線の通勤快速です。
停車駅は、東京、八丁堀、新木場、そしてなんと蘇我までノンストップです。
東京-蘇我を35分ほどで行きます。
新木場-蘇我間は30分近いので、飲み過ぎで気分の悪い人やトイレに行きたい人は要注意です。
通勤快速は以前は新木場も停車しませんでした。そのうち新浦安や海浜幕張に停まるようになる気がします。

通勤快速を利用しなければ、総武線と京葉線の所要時間はケースバイケースです。
京葉線の方が若干空いているので、蘇我以遠に行く人は、なんとなく京葉線の方が気楽です。
ただ、東京駅の京葉線ホームはものすごく遠いですね。
なんと、東京と有楽町の真ん中あたりにあります。
運動をしたい人にはいいです。

京葉線の快速は開通時には結構通過しましたけど、今や各駅とほとんど変わらなくなってしまいました。

普通、電車というのは郊外に行くにつれだんだん空いてくるのですが、京葉線の場合は新木場、舞浜、南船橋、海浜幕張などで乗ってくる人が多いです。しかも、新浦安を過ぎれば住宅地は検見川浜までないので、新浦安で座れなければ、基本的に検見川浜まで座れないことになります。これがちょっときついかな。

京葉線は海岸線を高架で走るので、ちょっとした風ですぐに止まります。
でも大分改善されるらしいですね。

最後に、これまで京葉線をややためらっていた理由がありました。
それは、京葉線の車両は他線の「お古」を使っていたことでした。
古い車両はうるさいし、スムーズさに欠け、少し汚いです。
どこの線のお古なのかが謎でしたが、中央線かもしれません。
京葉線は水色の車両も走っていましたが、運転席の窓の形状から判断して京浜東北線のお古ではなかったようです。
ところが、一昨年あたりからついに京葉線も新しい専用車両が走るようになり、かなり快適になりました。

(2)赤羽線

赤羽線といっても今の若い方々はご存じないでしょう。
今は埼京線になっている池袋-赤羽間は昔、赤羽線と言いました。
途中わずか2駅(板橋、十条)という短い区間を行き来していたのです。
おそらく首都圏で最も短い線区だったでしょう。
しかしここがとても重要な線であり、利用者もかなり多かったのです。
特に山手線の左半分である池袋・新宿・渋谷方面と埼玉方面をつなぐ線の意味合いがありました。

私自身も大学~大学院の計6年間を赤羽線を利用して毎日通いました。
池袋では赤羽線と山手線外回りは同じホームで対面でしたので、帰りの乗り換え時は楽でした。
しかし問題は赤羽での乗り換えでした。
今でこそ赤羽駅はどのホームも同じ高さにありますが、昔は京浜東北線がとても高い位置にありました。
よって、京浜東北線と赤羽線の乗り換えは階段を上り降りして大変でした。
特に終電で帰る時、山の上の京浜東北線まで駆け上がるのが大変でした。
もっとも、途中から飲み会の日は友達の下宿やマンションになだれ込むようになりましたので、関係なくなりましたが。

途中駅である十条、板橋は残念ながら下車したことがほどんどありませんでした。
懐かしいのは、十条駅の近くには花の女子大とその付属高校・中学があり、通学時には女子校生でいっぱいになることでした。
板橋駅は板橋と名乗っているにもかかわらず、板橋区の中心では全然ありません。

赤羽線の車両はやはりお古を使っていました。
多分、山手線のお古だと思います。
山手線が黄緑色になってからも赤羽線は黄色い車両を使っていました。
そのもっと前はこげ茶色の車両でした。
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鍵コメさん

こんばんは。
盛りだくさんでとってもうれしいです。
改めてじっくりお返事させていただきますね。

おはようございます。

赤羽線、懐かしいです。
高校時代の夏休みに、代ゼミの公開模試を受けようと
赤羽で乗り換えましたよ。

2年間だけ江戸川区に住んでいたので(30年以上も前ですが)
総武線にもお世話になりました。
ものすご~~く混んでいましたねぇ~。
女性専用車両なんてなかったし、よく痴漢に遭いましたっけ。

viviさん

おはようございます。
ありがとうございます。
viviさんはもともとが埼玉でいらっしゃいますか?
我々の世代ですと何と言っても代ゼミでしたよね。
姉は中学から短大まで毎日赤羽線で通ったので、随分大変でした。
そうですか、総武線。あらら。大変でした。
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つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
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