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「確信犯」という言葉

みなさまこんばんは。
今週も仕事、家事、勉強..にお疲れさまでした。

今日は言葉のお話です。
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少しというかかなりうれしいことがありました。
前回のYesterdayの弾き語りの記事に対し69の拍手をいただきました。
これまでの最高は65か66でしたので新記録です。
これもみなさまのご愛顧の賜物です。本当にありがとうございました。

拍手数に固執しているわけではありません。
でも、仕事につなげようとしている内容であろうと余興であろうと、なるべく多くの方に共感いただき支持いただいた方がやはりいいです。
これからももっと拍手いただけるように書いてまいります。

僕は技術系の人間です。しかし国語にもかなり関心が高いです。
今までもそうでしたし、これからやろうとしている仕事も国語力が大きく物が言うと思っています。

死語とか最近の流行り言葉などにも興味があります。
また、古くからある言葉が最近、用法が異なってきたりしている点にも関心があります。
よくTV番組で、本来の意味を現在誤って使われがちの例が時々放送されますよね。
単に博識かどうかよりも、その使い方の変化が社会性にどう及ぼすか、なんていう方がおもしろいです。

ごく最近起きたある「事件」というか「できごと」を見て僕は「確信犯」という言葉が頭をよぎりました。
昔から重い場面でキーワードとして使われてきた言葉です。
そして最近では使われ方が変化してきているように思います。
で、そもそもこの「確信犯」の本来の意味はどうだったでしょうか?

1.その犯行を悪いと知りながらしたたかに計画し実行すること。

2.その行いは犯罪にもかかわらず正しいことと信じて(あるいは盲信して)実行すること。

さあ、あなたはどちらがオリジナルな意味だと思いますか?
1は例を挙げるまでもなく意味は明解ですよね。
2は例を挙げますと、ある教義を信じ、ある世直しの目的という善行を行うことで結果としてそれが犯罪行為になっても、良心の呵責を感じない場合、などです。

最近は1のケースで使われることが多いように思います。
でも本来の意味は2ではないでしょうか?

仮に2が本来の意味でありかつ最近では1にシフトしてきたことが事実だったとしたら、どう考えるべきでしょうか。
死語とか流行り言葉の変遷は何らかのニーズに基づいてそうなっている可能性もあります。

しかし、「確信犯」という言葉に限っては本来の意味で使い続けた方がよい気がします。
そうでないと、問題の多い確信犯を生まないためにもこの言葉を流布させて人々の注意を引く方がよいように思います。
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テーマ : ことば
ジャンル : 学問・文化・芸術

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同感です。

ST Rockerさんこんばんは。
仕事お疲れ様でした。

今日の記事同感です!
ずっとそう思っていました。

言葉の意味や用法が変化していっている言葉は探してみるとけっこうありますよね。

例えば「全然」のあとに非定形がくるはずなのに「全然あるよ」と使われるようになってしまいました。

同じような考えの人にあえて嬉しいです。


レトリック

おはようございます。
猛暑で苦しんだ記憶は薄れ、街はもうクリスマスのデコレーションをはじめてます。一年なんて、あっという間ですね。

さて、言葉の話題が出ると、性懲りもなく顔を出したくなる性分なので(笑)、今回も書かせていただきます。

確信犯は、ST Rockerさんのおっしゃるとおり、正しいと信じて実行したことが、結果的に犯罪になる場合ですよね。誤用とされる「意図的に悪いことをする」のは、本来は故意犯というべきなんでしょう。でも故意犯なんて、ニュースではまず聞きませんよね。

なんでだろう?

と、ST Rockerさんの記事を読んで考えてみたんです。

思うに、確信犯の「確信」はレトリックですよね。「正しいと信じている」という部分を「確信」という言葉のイメージで修辞している。純粋に「言葉」として見た場合、とても美しいレトリックだと思います。

美しいから、つい使いたくなっちゃう。そのことが確信犯の乱用につながっているんじゃないか……と、分析してみました。いや、データによる裏付けはないので、分析という言葉も誤用かな(苦笑)。

冗談はともかく、美しいレトリックだからこそ、乱用(誤用)は避けて、本来の意味で使いたいですね。その点、ST Rockerさんと、まったく同じ意見です。

同じ誤用でも、本来の意味が時代の移り変わりで通用しなくなり、同じ心情をべつの言葉で表すようになったのは許せるんですよ。たとえば、「一所懸命」が「一生懸命」とも使われるようになったように。

一所懸命は、土地を必死で守ることから来ている言葉ですが、もうそんなのが通用する時代ではなく、「一生を掛けてがんばる」としたほうが、いまの時代に合うともいえますからね。

とはいえ、以前「ぜんぜん」や「ら抜き言葉」でもコメントしました通り、なにがよくて、なにが悪いのかの線引きは難しい問題ですよね。言葉の誤用は、言葉の進化(多様性)を促す一因でもあるわけですから、よけい難しい問題です。

いつもながら、偉そうなことを長々とすいません……

シロさん

おはようございます。
コメントありがとうございました。

シロさんの記事はいつも読みやすく発信力も大きい日本語で書かれていると感じていますし、言葉のことも話題にされていたので、こうした言葉の変遷には関心の高い方だと思ってきました。
こちらこそ光栄です。
おっしゃるような「全然」のような呼応の副詞の使い方も変わってきていますね。

ただ、シロさん、僕は一方では時代や社会の要請で言葉は変わっても構わないとも思っています。
その際、単なる乱用や根拠のない考えではもちろんいけませんけど、しっかり考えた上での変化ならよいのではないかと思っています。

TERUさん

おはようございます。
いつもありがとうございます。

本当に時の流れは早いですよね。今年は寒さに始まり酷暑、そしてまた寒さ。そして洪水その他の災害。あまりちょうどよい気候の記憶がありません。
はい、クリスマス。この早さはちょっとヤバいですね。

さて、言葉のプロであるTERUさんより大変洞察の深い解析をいただいてうれしいです。
「レトリック」!
実はその感覚が僕の中にもあったのですが、どう表現するかがわからなかった。さすがTERUさん、ぴったりの表現です。
社会性を表す重要なキーワードである一方、このレトリックがあるからこの言葉は格別な位置付けにあったと思います。
そして、この言葉のもつ美しさが本来の用法の枠を外れて乱用され始めた、と。

言葉の変化は、おっしゃるように、前向きな合理性があるなら変化を認容してもよいと思います。
しかし単なる略式とか、意味のない流行りとか、確信犯のように特別の位置づけにある言葉の乱用とか、そういうものは避けたいですね。

「一所懸命」ね。そもそもこのオリジナルな表現を知らない人も多いのではないでしょうか。
ところで余談ですが、「乱用」と「濫用」ってどう違うんでしたっけ?

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鍵コメさん

ありがとうございます。
大丈夫です。
今私は千葉にいますが、茨城の方も大したことはないでしょう。

乱用

こんにちは。
いただいたレスにご質問が含まれていたので、またまた登場でございます。

乱用と濫用は同じ意味ですよね。単に漢字を置き換えただけのようです。これも誤用が定着したのかなと思っていま調べたら、1954年に国語審議会が試案として出したのが元なんだそうです。(Wikipediaによると、内閣告示じゃないのに、新聞各社が一斉に採用したそうです)

へー、そうなんだ。知りませんでした。

言葉というのは、自然に変化するだけでなく、意図的に作られることも多いんでしょうね。そもそも言葉って、たった1人が基礎を作ることもあるわけですもんね。イタリア語におけるダンテが有名だけど、日本語だって紫式部が使った言葉が定着して、基礎となったと思うんですよ。

語り出したらきりがないんで、この辺で失礼します(笑)。

TERUさん(再び)

こんばんは。
再びありがとうございました。
そしてわざわざ調べていただきありがとうございました。

乱用と濫用は同じでしたか。
そしてその言葉の生まれる背景と採用の背景にそんな話があったとは驚きです。
言葉は大衆の力で生まれたり変わったりする一方、そんな恣意的な力も働くのですね。

それにしても、一度TERUさんには言葉の講演会をやっていただきたいですね。
プロフィール

ST Rocker

Author:ST Rocker
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つくば-千葉-さいたま の三角形を行き来していますす。
モットー:理系なのに熱く音楽、政治・経済を語る。
酒と冒険と音楽をこの上なく愛し波乱万丈の人生を送るB型です。
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